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ニンテンドー3DS「プチコン3号 SmileBASIC」を使った中学校の授業から見えてきた“義務教育過程におけるプログラミング教育の意義と課題”
一見,ゲーム情報サイトとは縁遠い催しだが,公開授業の一つである3年生クラスの技術・家庭科(技術科)授業「プログラムによる計測・制御」では,ニンテンドー3DS LL(以下,ニンテンドー3DS)を使ったプログラミング学習が行われている。
ゲーム機が教育現場の最前線でどのように扱われ,またゲーム分野が今後どのような形で教育分野に貢献していけるのか。こうした可能性を探るため,授業の様子を取材することにした。
40人の生徒が一斉にニンテンドー3DSを操作する授業風景
今回取材した公開授業の題目は「携帯ゲーム機を使って,使用目的や使用条件に合った計測・制御システムを考えよう」。生徒達がそれぞれ考えてきた計測・制御システムのアイデアを4人の班単位で発表し合い,そこからアイデアを一つ選出。それをプログラムで再現する,という流れで授業が進められた。
冒頭では,過去8回にわたって行われたプログラミング学習のおさらいが行われた |
班ごとに制作するシステムを選出する相談には,当初の予定よりやや長めの時間がかけられた。楽しげなシステム名が目立つ |
プログラムに用いられたソフトは「プチコン3号 SmileBASIC」(以下,プチコン3号)。スマイルブームが2014年にリリースした本作は,オリジナルのBASIC言語「Smile BASIC」が搭載されたツールである。
すでに生徒達は,ソフトの基本的な操作をはじめ,画面に文字を表示する,BGMを演奏する,ニンテンドー3DS本体の傾きによって効果音を鳴らす,といった初歩的なプログラムを学習済みということで,いざ実機を使うときの流れはスムーズだ。制服姿の中学生がタッチペンを手に取り,一斉にBASICプログラムを打つ姿は,ゲームが大人から目の敵にされていた時代に多感な時期を過ごした筆者にとって,隔世の感がある。
授業の最後に,完成した計測・制御システムを発表できたのは10班中2班。しかし,授業風景を見る限り,まったく手の付けようがなかったという班はなく,ニンテンドー3DS本体を寄せ合って意見を交換しながら,着実に完成に近づけていたようだ。
10班制作の「The Beep」。ジャイロセンサーを利用した盗難・不正利用防止システムで,本体を開けたり持ち上げたりすると警告音が鳴る。Yボタンを押して,暗証コードを入力するとロックが解除される |
2班制作の「鳴れば恥だが役に立つ」。ベストの背中にニンテンドー3DS本体をセットして使用する。居眠りによって上体が前傾姿勢になると,合成音声が「起きて!」と注意してくれる |
プログラミングは概念的な学習だけでは意味がない
──中学校教諭がBASICを選んだ理由
そもそもニンテンドー3DSを導入することになったきっかけは,昨年にさかのぼる。上岡教諭が生徒達の思考をより深める授業の在り方を模索していたときに,栃木県総合教育センター研究調査部の研修に出席し,プチコン3号を使ったプログラミング学習の可能性に触れたという。
ニンテンドー3DS本体に入力装置としてのボタン類,加速度やジャイロといったモーションセンサーが搭載されている点に注目した上岡教諭は,それらをプチコン3号で制御することが,中学校の学習指導要綱(平成24年4月〜)に記された技術科の目標「情報に関する技術」のうち,「プログラムによる計測・制御」の学習に適していると考えた。
そこで,プチコン3号を紹介した同研究調査部の糀谷隆雄氏,研修に同席していたスマイルブームの徳留和人氏と話し合い,平成29年度前期の授業でニンテンドー3DSを使った授業を行う体制を整えたとのことだ。
これまでにも「フローチャートを組み合わせるとプログラムが完成する」といった簡易型のプログラミング学習用教材は存在した。しかし,2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化される流れにおいて,PCのアプリケーション内で概念として完結する形のプログラミング学習を,中学校で行うことには「意味がない」と上岡教諭は断言する。
「自動ドアの仕組みなど,普段の生活に密着したコンピュータ制御への理解を深めることが私達の教科(技術科)の目的なので,センサーを搭載していることが教材としての最低条件と考えていました」(上岡教諭)
上岡教諭は「Smile BASICでできることの,ほんのわずかな部分で授業を行っています」と謙遜したが,「プログラミングに使用した機材がそのままセンサーとしての機能を果たし,命令したとおりの動作を実行する」という体験は,ニンテンドー3DSとプチコン3号の組み合わせならではのものだ。ほかの教材より,コンピュータの仕組みを感覚的に理解しやすいものと言えるだろう。
授業に導入した感想として,上岡教諭が挙げたのは「生徒達の授業に対するモチベーションの高さ」。「ニンテンドー3DSが教室にあるというだけで,テンションが目に見えて上がります。これは本当にありがたいですね」とのことで,ゲーム機が持つ魅力を再確認したという。
上岡教諭自身,もともとテレビゲームへの関心が薄く,今回の授業を行うにあたってニンテンドー3DS本体を購入したそうだ。後学のために人気ゲームを遊んでみたことを学校で話したところ,生徒達の食いつきが非常によく,「武器は何を使っているんですか」「こうやって戦うといいですよ」といった具合にゲームの話題を振ってくる生徒もいたという。テレビゲームが新たなコミュニケーションのきっかけになったこと,生徒達が「ゲームをものすごく遊んでいること」を実感できたことは,上岡教諭にとって大きな発見でもあったようだ。
初歩的なBASICプログラミングを2クラスで指導してきた上岡教諭だが,「提示していく順番が大事」と振り返る。「プログラミングは難しそう」という先入観を持っている多くの生徒達に,いきなり難しいことをやってしまうと,そこで学びが終わってしまうのではないか。そうした危惧は当初からあったそうだ。
そこで,プログラミングの基礎学習段階において,本来の目的とは直接関係のない音声合成出力(TALK命令)も教えたりして,「まずは面白がって,いじらせること」を意識したとのこと。
ちなみに,今回の授業を班単位でのグループ学習形式にした理由は,本格的に導入する前に「プレ授業」を行った際,生徒一人ひとりの能力差が大きく現れたためだという。「グループで課題を共有することで,各自の思考が深まる」という上岡教諭の狙いは,ニンテンドー3DS本体を寄せ合いながら話し合う生徒達の姿を見る限り,成功しているように感じられた。
「普通教育なので,みんなが最低限知っておくべきものを教えています。授業を受けた全員がプログラミングに興味を持つことは難しいけれど,こうしてきっかけとしてあれば,この中の誰かが将来プログラマーになって,社会に貢献するアプリを開発するかもしれないですからね」(上岡教諭)
“唯一の正解がない学習”にどう向き合っていくか
他校が同様の授業を行う際の課題としては,機材をいかに調達するかといった予算面,年35時限しかない3年生の技術・家庭科授業の中にどう組み込んでいくかといった日程面などが挙げられた。前述の糀谷氏は,今回の公開授業を見学した感想として「プログラム言語の共通理解を共有し,共同学習として成立している」「子供達がワクワクウキウキしながら取り組んでいる様子がうかがえた」と述べ,ニンテンドー3DSとプチコン3号を用いた「プログラムによる計測・制御」授業の在り方に一定の評価を与えた。
今回取材した公開授業では,「このまま続けて,みんなゲームを作れるようになればいいのでは……」と思ってしまうほど,生徒達が前向きに取り組んでいる様子が印象的だった。当初のモチベーションこそ「本来,学校で使うべきではないゲーム機を授業で堂々と触れること」の物珍しさだったかもしれないが,基礎的なプログラムを学び,実行することで,ゲームソフトをはじめとするさまざまなアプリケーションがどのような仕組みで動いているかを実感。それによって刺激された技術的向上意欲を,それぞれの水準やペースで高めていった,ということなのだろう。
実際,「どの程度の学習効果があるか」については,教師側のプログラミング学習に対する興味の度合いで大きく変わると思うが,上岡教諭をはじめ,分科会出席者の間では「こういう授業の進め方であれば,これだけの効果を得られる」というモデルをいかに確立するかに,比重が置かれているようだった。こうした取り組みが,単に学習機会の平等化や学習内容の均等化に留まることなく,生徒一人ひとりの新たな可能性を開く“Hello world”となることで,現代社会の基盤となるコンピュータ産業に,実のある形での活況が生まれるはずだ。
「スマイルブーム」公式サイト
「プチコン3号 SmileBASIC」公式サイト
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プチコン3号 SmileBASIC
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