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Access Accepted第417回:ゲームが牽引するVR HMD
Sony Computer Entertainmentの「Project Morpheus」,Oculus VRの「Rift」と,VR HMD(仮想現実対応のヘッドマウントディスプレイ)が欧米ゲーム業界の大きな話題になっている。ゲームをプレイするのに必ずしも使う必要はない周辺機器ではあるが,映画がサイレントからトーキーに,そしてモノクロからカラーになったように,これまでとはまったく異なるゲーム体験を提供すると思われているのがその理由だ。今回は,そんな欧米ゲーム業界における,VR HMDに対する「雰囲気」をまとめてみよう。
仮想現実という新たなゲーム体験
北米時間の2014年3月18日,Sony Computer Entertainment(以下,SCE)は,カリフォルニア州サンフランシスコで開催されていたゲーム開発者会議GDC 2014において,仮想現実対応(以下,VR)ヘッドマウントディスプレイ「Project Morpheus」を発表し,世界中の話題をさらった(関連記事)。「SCEが何かやっている」という噂は以前からあったが,いきなり現物が登場したのだから,筆者を含めて驚いた人も多かったはずだ。
発表から間もない北米時間の3月25日,今度は,ゲーム向けのVR HMDではSCEに先駆ける存在だった「Rift」を開発中のOculus VRが,ソーシャルネットワークサービス大手のFacebookに約20億ドルで買収されたことが明らかになった。
Oculus VRによると,FacebookのCEOであるマーク・ザッカ―バーグ(Mark Zuckerberg)氏がOculus VRのオフィスを訪れたのが数か月前のこと。ザッカーバーグ氏はRiftのデモに興味を示したが,実際に買収交渉が行われたのは,発表のわずか3日前のことであり,弁護士や会計士を交えて,Facebookのオフィスにほとんど缶詰状態で合意にこぎ着けたという。
この慌ただしい買収劇の背後には,「Project Morpheus」の出現に大きな危機感を抱いたOculus VRの幹部達の姿も窺えるが,すでにクラウドファンディングサイト「Kickstarter」で開発資金を調達していることもあって,この買収劇に対する批判の声も少なくない。
WiiやPlayStation 3,そしてXbox 360の時代には,「モーションコントロール」が一つのトレンドだった。「Wiiリモコン」「PlayStation Move」,そして「Kinect」が各ハードウェアのために用意され,ダンスゲームやフィットネスゲームなどの体感ゲームになくてはならない周辺機器として認識された。ゲーム市場の中に一つの定位置を作り出したと言っても良いだろう。
新たなトレンドであるVR HMDは,モーションコントロールのように操作方法を覚えることなく,同じゲームをプレイしたとしても,装着するだけでゲーム体験そのものを変えてしまうところが特徴だ。コンテンツの内容に変化はなくとも,同じ映画をIMAX劇場で見るか,自宅のタブレット端末で見るかで映像体験が異なるようなものだ。
SCEはGDC 2014で「Project Morpheusはゲームの世界を広げる」とアピールしており,新たな世代に突入した据え置き型コンシューマ機において,次の大きな流れを生み出す可能性は十分にある。
VR HMDに対するゲーム業界の期待値
欧米ゲーム業界は現在,VR HMDにかなり熱い視線を注いでいる様子で,PCゲーム市場で最も元気があるインディーズ開発会社を中心に,参入の声が次々にあがっている。
既報のように,「FPSの生みの親」として知られるジョン・カーマック(John Carmack)氏は,2013年8月に「Rift」の可能性を信じてid SoftwareからOculus VRに移籍し,「プログラミングの神様」と呼ばれるマイケル・アブラッシュ(Michael Abrash)氏も,2014年3月28日,それまでVR HMDのプロジェクトを進めていたValveから移ってきた。
GDC 2014では多くのメーカーが「Rift」のデモを展示しており,現時点で配布された開発者向けの「Dev Kit 1」は実に6万台に達するという。さらに,2014 International CESに出展された,外部カメラと赤外線LEDで位置をトラッキングする「Crystal Cove」(関連記事)を「Dev Kit 2」として,7月に350ドルでリリースする予定だ。製品のリリースは2014年内もしくは2015年初めに行われ,価格は300ドル以内になると言われている。
一方の「Project Morpheus」は,発表されたばかりであり,筆者自身は体験していないので多くは語れないが,家電メーカーらしいデザインの良さが魅力的だ。市販されている「Wearable HDTV」は,999.99ドルという価格帯になっているが,「Project Morpheus」はこれよりも安くなるとソニー・コンピュータエンタテインメントWorldwide Studiosのプレジデント,吉田修平氏は海外メディアに対して語っており,価格を抑えつつ,ソニーらしい高級感を出せるかもポイントになりそうだ。
現時点で「Rift」への対応を表明しているタイトルは140を超えている。一方の「Project Morpheus」は,GDC 2014でデモとして公開されていた,CCP Gamesの「EVE: Valkyrie」,Square Enixの「Thief」,そしてSCEの「Castle」「The Deep」が対応することになるだろう。サードパーティの発表としては,Slightly Mad Studiosの「Project CARS」があるが,今のところその程度だ。
デモ機が入手でき次第,その対応を社内で協議するとのことで,「Rift」へのサポートを表明しているメーカーの多くも,おそらくは同じように「Project Morpheus」に参入するチャンスをうかがっているはず。「Rift」に匹敵する対応タイトル数に達するのも,そう遠い先の話ではないかもしれない。
ただし,ゲーム業界の期待は高いものの,肝心のゲーマー達がどれくらいの勢いで「Rift」や「Project Morpheus」に飛びつくのか,現時点で予想するのは難しい。Oculus VRが,Facebookの傘下に入ることでソーシャルネットワークのコミュニケーションデバイスとしての可能性を探っているのもそのためだろう。価格,デザイン,対応タイトルなど,流動的な要素が非常に多いのは事実だ。
MicrosoftがウェアラブルコンピュータないしはVR HMDを開発しているという話は以前から流れており,また,開発を中断した模様であるとはいえ,一時期話題になったValveの動きも気になるところだ。さらに,多くのハードウェアメーカーが参入を狙っていてもおかしくはない。VR HMDは,今後もしばらくは,ゲーム業界のホットトピックになり続けるだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
- 関連タイトル:
PlayStation VR本体
- 関連タイトル:
Rift
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