インタビュー
現代に蘇る「シェンムー」の伝説。アニメ「Shenmue the Animation」浄園 祐プロデューサー,芭月 涼役の松風雅也さんにインタビュー
舞台となる横須賀をゲームに再現し,そこでは現実のように時間が流れ,キャラクターたちが生活を送る。ディレクター鈴木 裕氏を中心に前代未聞の試みを実現したシェンムーは,オープンワールドゲームの祖と呼ぶべき伝説の作品だった。
主人公・芭月 涼を演じたのは,戦隊ヒーローとしてデビューを果たした俳優の松風雅也さん。シェンムーでは涼のボイスとモーションキャプチャを担当し,声優として活動をスタートしている。
今回,4Gamerではアニメ版のプロデューサーを務める浄園 祐氏(テレコム・アニメーションフィルム)と松風雅也さんにインタビューを実施し,作品の見どころやアニメ化の経緯を聞いてみた。
「Shenmue the Animation」公式サイト
伝説のゲームがアニメになって蘇る
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。今回のアニメ化は第1作の発売から20年以上を経て実現したものですが,どのような経緯があったのでしょうか。
浄園 祐氏(以下,浄園氏):
海外の配信プラットフォームにおいて,日本のアニメが盛り上がっていることが発端ですね。配信を視野に入れたアニメの企画を立てることになり,弊社(テレコム・アニメーションフィルム)はセガサミーグループの一員であることから,セガのIPであるシェンムーのお話をいただきました。
松風雅也さん(以下,松風さん):
そうだったんですか! それは嬉しいですね。
浄園氏:
原作のゲームがドラマチックであることに加え,弊社はアクションとドラマの融合を得意としています。シェンムーは海外での認知度も高く,「配信を視野に入れたアニメ」というコンセプトとも相性がいい。企画を進めている最中に「シェンムーIII」制作の話が聞こえてきて,タイミングも良かったんです。
ただ,IからIIIまでの物語にしても,まだ(鈴木)裕さんが描いているシェンムーストーリーの序章に過ぎないわけです(笑)。そんな壮大な物語を1クール,全13話のアニメシリーズに収めるにはどうしたらいいのか……と悩みましたね。
松風さん:
シェンムーIIIの制作中,キャストにはアニメ化の話は伏せられていましたよ。
4Gamer:
松風さんはシェンムーIIIの収録後,アニメ化を知ったというわけですね。
松風さん:
ええ,それはそれは嬉しかったですよ(笑)。アニメ化はもちろんですが,シェンムーIIIが出たことも奇跡ですからね。「さすがにもう作らないだろう……」と思っていたので,裕さんから「ファンのために,絶対に作る。クラウドファンディングの資金額に合わせたプランも用意した」と聞いたときは驚きましたし,僕にできることなら全部協力しようと考えました。
シェンムーは僕の人生そのものですし,「続編が作られるなんて……奇跡はあるんだな」と思っていたら,その直後にアニメ化の話をいただけて。
4Gamer:
シェンムーはゲーム史においても,奇跡を起こした作品ですよね。「実在の場所をゲームに再現する」「ゲーム内でも時間や天候が変化し,NPCのふるまいも変わるオープンワールド」といった,当時の誰もなし得ていない斬新なアイデアに満ちていました。
松風さん:
まさに「十年早いんだよ!」ですね(笑)。とは言え,既存のオープンワールドゲームでは「家の壁にあるスイッチに触れると電気を消せる。でも,ゲーム的には何の意味もない」というところまでリアリティにはこだわってないでしょう? まだまだ裕さんのビジョンに追いついていないかもしれない(笑)。
各々の記憶にある「シェンムー」
4Gamer:
アニメ化にあたっては,「原作のどこを取り上げるか」といった取捨選択が必要だったと思いますが,いかがでしょう。
浄園氏:
「横須賀の物語に焦点を絞るのか,それとも一気に香港まで行くか」といったところは,慎重に話し合いを重ねました。
松風さん:
たとえば,本編に至るまでの前日譚を描くという選択肢はなかったんですか。
浄園氏:
それはなかったです。まずは,皆さんが知っている横須賀の物語からしっかりと描こうと。味のあるキャラクターが多いので,一人ひとり取り上げていけば,2クールでも行けそうです(笑)。
4Gamer:
「どのエピソード,どの場面を取り上げるか」にも頭を悩ませたのではないですか。
浄園氏:
ええ,大変でした(苦笑)。社内に「シェンムー好き,集まれ!」と声をかけたら,シリーズを遊んだことのあるスタッフがワラワラ出てきて,「バイクアクションをさせよう」「横須賀をCGで再現しよう」「ゲームセンターは絶対必要」といった意見が出てくるわけです。
4Gamer:
メインシナリオだけでなく,お小遣いをガチャガチャにつぎ込んだり,寄り道をしたりと,さまざまな遊び方のあるゲームですからね。
浄園氏:
シェンムーの面白さは,人によって異なります。「戸棚を開け閉めしたり,電気のスイッチをON/OFFしたりできるところ」が何より好きだったと答える人もいて,当時はずっと繰り返していたようです。
話を聞いてあらためて思ったのは,一人ひとりにそれぞれのシェンムーがあって,それぞれの涼がいるということです。だから,絶対の正解はないかもしれないけれど,アニメを見てくれた人に「これはシェンムーじゃない」と言われないようにしなければいけない。
4Gamer:
ゲームの自由度が高く,涼の行動もプレイヤーによってだいぶ異なります。
浄園氏:
ゲームの涼はプレイヤーが行動を選べるので,他のゲームやアニメの主人公ほどには感情が表に出ていないんです。そのため,アニメの主人公として「どう感情移入してもらうか」には気を使っています。
アニメ制作の現場では,主人公を色にたとえることがありますが,涼には色があるようでない。感情が盛り上がりすぎてもシェンムーの涼ではないし,冷めすぎているのも違うんです。
松風さん:
ゲームの場合,父親の敵討ちを決めた直後にガチャガチャもできますからね(笑)。こちらはプレイヤーが敵討ちに行ってくれるように演技をしていますが,シェンムーのジャンルは「FREE」(Full Reactive Eyes Entertainment)なので,何も強制できないんです。
その一方で最短ルートを進んでいく人もいますが,どちらもちゃんとゲームとして成立するんですよね。
4Gamer:
アニメの構成は各々が抱いているシェンムーの中から,共感の高い要素を取り上げているということですね。
浄園氏:
そのようにした上で,もちろん裕さんに監修をしていただいています。アニメに登場するキャラクターの選択にもご意見をいただきましたが,「ゴロー(三橋五郎)は出してほしい」と強く推されました。
私たちとしても,できあがった映像はまず裕さんに見ていただきたくて,そこでどんな反応になるかな……というのが楽しみでもありました。裕さんがポツリと「ここ,いいね」なんて言ってくださると嬉しかったですし,そういう部分はファンの皆さんも喜んでくれると思っています。
4Gamer:
アニメ版では昭和の横須賀に存在していた,日本的な風景が丁寧に描かれていますね。
浄園氏:
今のアニメは説明や台詞の量が多く,ストーリーを進めながら伏線を回収するといったテンポが速いものですが,シェンムーの物語には独特の間と情緒が欠かせない。そうした演出にも,しっかりと尺を取るようにしています。
松風さん:
確かに,今のアニメには原作を消化することが命題になっている面がありますが,シェンムーは切るべきところを切り,うまく間を使って表現する場面がありますね。手描き風の背景やエンディングにも懐かさが漂っています。
浄園氏:
ただ,横須賀の物語を5話に収めているので,割愛するしかなかったキャラクターが何人もいます。たとえば原崎 望のエピソードなんて,もっとやりたかったですし。「ゴメン!」という気持ちもあって,エンディングでは望をフィーチャーしています(笑)。
松風さん:
そういうことだったんだ! ただ,「シェンムーのメインヒロインは望じゃない」というのが奥深いですよ。まさか莎花に出会うまでに,あれだけの時間がかかるとは誰も思っていなかったでしょう(笑)。
浄園氏:
あるスタッフは「涼はヒドイ男だ」なんて言っていましたよ(笑)。
松風さん:
いやいや,涼は木訥(ぼくとつ)なんですよ。望の立場から見ると,実につれない男ですが……。
人生を変えた芭月 涼を再び演じる
4Gamer:
松風さんは久々に横須賀時代の涼を演じたわけですが,収録はいかがでしたか。
松風さん:
とても自然に演じることができました。現実の自分が年を重ねるのに逆らって,若いキャラクターを演じていく。これはアニメーションの基本ですからね。
テクニカルな話をすると,当時と比べて地声が低くなったことが大きな変化でしょうか。シェンムーの収録時,僕の声はもっと高くて,音響監督の方に「君のキーじゃないと思うんだけど,少し下げてくれないか?」と言われたことがあります。「自分はモーションキャプチャも担当して,ハートで涼を演じているのに,どうして声を変えないといけないんだ?」と抵抗がありましたね。
4Gamer:
俳優としての矜恃があったと。
松風さん:
はい。当時は戦隊ヒーロー(メガブルー/並樹 瞬役)でした。声優のスキルが無かったため,最初は「キーを下げてくれ」という意味を理解できなかったんです。
普段,自分が聞いている声は頭蓋骨に響いている音なので,実際の声とは違いますよね。僕は頭蓋骨に響いた音を聞いて「涼はこの声だ」と思っていたんです。音響監督の方が地声とキーを下げたものを聞かせてくれて,ようやく納得することができました。僕のために,わざわざ手間をかけてくれたんですね。その後,アニメーションのお仕事を紹介していただいたりもして,今の僕があるのはこの方のおかげです。
4Gamer:
“声優・松風雅也”はシェンムーから誕生したんですよね。
松風さん:
僕の人生そのものです! 当時は努力して声を低くしていたので,喉にポリープも作ってしまいましたが,今は地声に近いキーで涼の声を出せるようになりました。だからこそ,特に意識することなく演じられるようになったんですよ。
当時はあんなに苦労していたのに,20年経ったら涼に近づいた。まさに「何が起こるか分からない」。シェンムーのキャッチフレーズそのものですよ(笑)。
4Gamer:
シェンムーではモーションキャプチャも担当していたわけですから,涼に対する思い入れも違いますね。
松風さん:
モーションキャプチャの現場では藤岡 弘、さん(涼の父,巌役)を本当に抱きかかえましたし,又野誠治さんには加減なしで首を掴まれて死を覚悟しました。お二人ともバリバリの役者ですから,中途半端に流すなんて空気は微塵もありませんでした。映画監督の方と収録をしていたので,「映画シェンムー」を撮影していたようなものですよ。
だから,モーションキャプチャ用の全身スーツを着ている藤岡 弘、さんを見たことがあるんですよ(笑)。
浄園氏:
それはすごく貴重な体験ですね。
松風さん:
涼と巌,莎花以外のキャラクターは,モーションキャプチャとボイスの担当が違います。アフレコの時点ではゲームの映像が完成していないので,四角いポリゴンが動いているものでした。ときどき動きがおかしかったりもするので,声優が見てもよく分からない。
そこでアフレコのときには,僕が演技の意図や台詞のタイミングを先輩の皆さんに説明することもありました。「ここはもう少しタメがあります」「この動きの直後に台詞を入れるんです」とか(笑)。
4Gamer:
声優のスキルもそこで磨かれていったわけですね。
松風さん:
現在,僕が声優として通用しているのはシェンムーのおかげです。演技する際の精神性や感情の持っていき方といった,発声以外の部分も教えていただきました。
僕の強みは「顔を殴られたとき,腹を殴られたときの声の出方は違う」という,当たり前だけど皆がやらないことをやることですね。モーションキャプチャの経験があったから,こうした部分を声の演技に持ち込めたと思います。
僕が涼役に選ばれたのも,裕さんのリアリティを重視する姿勢によるものです。軍人や拳法家では技の動きが綺麗すぎて,実用性を意識した最短のモーションになってしまうため,面白みがなかったらしくて。そこで,役者である僕が起用されることになったそうですから。
4Gamer:
役者を起用して,そのままゲームのキャラクターを演じさせる。今でこそ珍しくありませんしが,当時はたいへん驚かされました。
松風さん:
僕だって驚きましたよ(笑)。祖父が剣道の師範だったので剣道をやっていましたが,シェンムーに必要とされる拳法の経験はありませんでした。あのころは毎週木曜日に八極拳を習い,週3回のモーションキャプチャ,週2回のアフレコがありました。
アフレコでは1日に400ページ収録していて,この記録は未だに破られていないそうです(笑)。
浄園氏:
400ページはすごいですね。
松風さん:
「涼が話しかけるたびに違うことを言う」というコンセプトのもと,ランダムでセンテンスを組み合わせて,無数の台詞を作り出すシステムだったので大量になるわけです。
どの組み合わせで台詞が発声されても不自然にならないように,それぞれのセンテンスはギリギリの抑揚にしなければいけない。まだ誰もやっていないシステムの演技を音響監督の方と構築していったのが,シェンムーのアフレコでした。この印象が強くて,未だに棒読み声優と言われます(笑)。
台詞をセンテンスに分けて,システム側で自在に組み合わせ,毎回異なる台詞が自然に作られている。そんな奇跡には誰も気づきませんよね(笑)。
4Gamer:
開発時からシェンムーに魅せられていたんですね。
松風さん:
「現実世界で当たり前に起こることを,当たり前に再現しよう」「どこにもないゲームを作ろう」という挑戦でしたから,その現場に参加することができてラッキーでした。
あのセガの裕さんが,シェンムーではゲームらしくないことを表現していくのが印象的でした。あるときなんて「ほら,松風君! 雨を降らせられるようになったよ! 見て!」って,空の曇り具合を指定するところを大喜びで見せてくれました。雨を実現したら「雨が降っているのに,街の人が傘を差さない」ことに気付き,それが新たなテーマとなって,開発チームがそれに応える。リアリティの追求に妥協が一切無かったんです。
シェンムーIIIでは,雨の表現がさらにリアルになっていますが,裕さんの理想はもっと先にあるでしょう。蚊に刺されたら肌が腫れて,乾燥すると肌荒れになる。これくらいのことが当たり前になれば,それがシェンムーのゴールなのかもしれませんね。
4Gamer:
私もシェンムーの“続き”に期待したいと思います。最後になりますが,アニメ版について読者にメッセージをお願いします。
浄園氏:
シーズン1は全13話になっていますが,シナリオはさらに続けられるように作ってありますし,実は香港の街をCGで作っていたりします。裕さんが描いていく道を,できることならアニメでも追っていきたいですね。
松風さん:
非常に評判がいいですし,地上波放送も始まるということでワクワクしています。ゲームのアニメ化といえば,オリジナルのエピソードを用意するケースもありますし,映画化という道もありますから,僕も今後の展開を楽しみにしています!
4Gamer:
本日はありがとうございました。
シェンムー×横須賀 アニメ化記念プロジェクト
シェンムーの舞台,横須賀市 ドブ板通りではアニメ化記念プロジェクトを実施している(6月26日まで)。シェンムーゆかりの店舗を中心としたゲーム・アニメの資料展示や,お買い物キャンペーンが行われている。詳細は横須賀市のサイト(リンク)をチェックしよう。
資料展示の様子(展示内容は会期ごとに入れ替え)
「Shenmue the Animation」公式サイト
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