連載
ゲームデザイナー,ゲームマスター必携の一冊「コボルドのRPGデザイン」(ゲーマーのためのブックガイド:第5回)
「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載だ。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,さまざまなテーマでお届けする。
第5回は,ゲームデザイナーはもちろん,ゲームマスターにも必携の書であるという「コボルドのRPGデザイン」を,翻訳家や文芸評論家,作家,そしてゲームデザイナーとして知られる岡和田 晃氏に紹介してもらった。
コボルドのRPGデザイン
「ゲームデザイン」を銘打った書籍には,企画書の書き方からレベルデザインの作法,著名デザイナーの体験談からアカデミックな理論書までバラエティ豊かなものが存在しているが,RPGに特化した本は珍しい。今回紹介する「コボルドのRPGデザイン」はテーブルトークRPGのデザイン作法について,実績豊かな英語圏のデザイナー達が,自らの試行錯誤に基づく方法論を詳細に語ったマニュアル本だ。
表題の「コボルドの〜」とは,「初心者でも理解できる」の謂いで,さながら“サルでもわかるRPGデザイン”といった風情だが,全40章に分かれ,A5判・430頁を超える本格的な内容となっている。
「コボルドのRPGデザイン」
著者:ウォルフガング・バウアー&チーム・デザインオールスターズ
翻訳者:中村俊也/柘植めぐみ(監修:安田 均)
版元:新紀元社
発行:2021年4月8日
価格:3000円(税別)
ISBN:9784775319208
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新紀元社公式サイトの「コボルドのRPGデザイン」詳細ページ
テーブルトークRPGのデザインというと,日本では基本となるルールシステムやメカニクス――キャラクターをどう創造するか,判定のためにダイスをどう振るか,戦闘はいかにして行うのか――などの設計に終始した内容を思い浮かべるかもしれないが,本書はそれだけではない。冒険シナリオを書いたり,背景世界を設定したりする行為もまた,立派な「ゲームデザイン」だ。そうした意味で,本書はテーブルトークRPGのシナリオを書くときにも大いに役立つ,まさしくゲームマスター必携の書なのである。
一つ注意したいのは,北米のテーブルトークRPG市場は「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(以下,D&D)のシェアが圧倒的であり,本書もまたそれを前提に書かれているところだろうか。D&D的なゲームデザインの強みと弱みを把握したうえで,そこからどうオリジナリティを発揮すべきかを模索するのが,本書の主題の一つともなっている。
例えば日本のテーブルトークRPG市場で最も高い人気を誇る「クトゥルフ神話テーブルトークRPG」(以下,CoC)への言及では,D&Dが遊んでいくうちにキャラクターがどんどん強くなっていくメカニクスであるのとは対照的に,CoCでは長くプレイすればするほどキャラクターが弱くなり,それによってプレイヤーが期待する「恐怖」をメタレベルで提供するという説明がある(10章「RPGデザインにおけるジャンルへの期待とメカニクス」,ジェフ・グラブ著)。
こうした前提さえ踏まえておけば,本書が与えてくれる示唆は膨大だ。
広大な世界のなかを勝手気ままに動き回るプレイヤーキャラクターに対し,その自由度を阻害することなく,いかにして挑戦し甲斐のあるプロットを提示し,モンスターとの緊張感ある遭遇を配置していくべきか。ステレオタイプの強みと弱みの双方を押さえたうえで,エキゾチックで魅力的な舞台やNPCを設定するにはどうすればよいのか。映画や小説とゲームデザインの違いを押さえたうえで,隣接する芸術ジャンルの達成を,いかに盛り込んでいくことができるのか。
そうした方法について,とにかく具体的かつ明快に,より良いゲームデザインを志す読者の疑問に答えてくれる。戦闘ルールのさじ加減からファンタジー世界で謎解きシナリオをさせる際の工夫まで,“こんなことまで教えてくれるのか”と,切り口も実に多種多様である。
それらを語る執筆陣もとにかく豪華だ。なにせ,モンテ・クック氏※やロブ・ハインソー氏※がゲームバランスを論じ,エド・グリーンウッド氏※がプロット作りのコツを伝える。キース・ベイカー氏※がファンタジー世界でハードボイルドな雰囲気を出すための工夫を教えてくれるのだから。
またテーブルトークRPGファンのみならず,デジタルのRPGをデザインするにあたっても本書が応用できる部分は多々あるはずだ。実際,D&Dから派生したゲームデザインは,とくにそう銘打たれずともデジタルのRPGやMMO,FPSなどの設計とシームレスに接続されているからだ。
例えば本書の11章「魔法システムをデザインする」を寄稿したマイケル・A・スタックポール氏※は「ウェイストランド」シリーズに関わった経験から,ゲームシステムのデザインは「クールなプログラミング技術」だけでは不十分で,「ゲームは単なるデータ操作以上のものであるべき」との確信を抱いたという。
「Fallout 2」や「Torment: Tides of Numenera」のデザインに携わったコリン・マコーム氏は,第2章で「RPGをデザインする:コンピュータとテーブルトーク」と題し,デジタルとアナログのRPGにおけるシナリオ記法と構成要素の違いを説明している。
※モンテ・クック氏……D&D第3版や「Torment: Tides of Numenera」のメイン・デザイナー
※ロブ・ハインソー氏……D&D第4版のメインデザイナー
※エド・グリーンウッド氏……膨大な設定量を持つD&Dの背景世界「フォーゴトン・レルム」のデザイナー
※キース・ベイカー氏……マジカルパンクなD&D背景世界「エベロン」のデザイナー
※マイケル・A・スタックポール氏……RPGの黎明期から活躍するデザイナーで,「トンネルズ&トロールズ」の1人用シナリオ「恐怖の街」で知られる。
ゲームマスター術から,執筆ノウハウまで
例えば掲載媒体の限られた紙幅に合わせて書き上げたテキストをどう圧縮するかや,テストプレイをどう記事に活かすかというノウハウなどは,日本においても,もう,まったく同じと言っていいわけで,筆者などはもっと早くに読みたかったというのが正直なところ。
情景描写を行うときは,五感のすべてを盛り込むのではなく,「視覚,味覚,嗅覚,聴覚,触覚,そして気温」のうち2つに絞った方が伝わるというのは卓見だ。つい長々と書き連ねたくなるバックストーリーは,思い切って縮約した方が原稿に独特のフレーバーが加味されるというのは,筆者の経験に即しても納得がいく。
原稿の執筆において,文章の内外においてどうペース配分を行うか,編集者に期待される役割の解説,あるいは酷評や失敗から立ち直るための心構えは,それこそ小説を書くときなどにも十分に応用できる。
昨今はテーブルトークRPGやマーダーミステリーのシナリオを,同人やデジタルで頒布・販売する人も少なくないようなので,ぜひ参考にしてもらいたい。
最後に,本書の欠点を一つだけ挙げておくと,英語圏のテーブルトークRPGシーンにおいて無視できない潮流となっている“ナラティヴ”スタイルのインディーズRPGには,ほとんど言及していないことだろうか。
ともあれデジタル/アナログを問わず,ゲームデザインやライティングに総じて興味のある人,および小説なども含めて広く創作に関心のある人は,舐めるように読み,自らの血肉にすべき一冊だ。
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■■岡和田 晃(TRPGデザイナー)■■
翻訳家,文芸評論家。だが今回は「コボルドのRPGデザイン」にならい,フリーのTRPGデザイナーを名乗りたい。幼少期から熱中してきた海外TRPG関連の創作/翻訳からキャリアをスタートし,以降はSFなどの文芸評論も手がけている。9月には自身が編集長を務める文芸誌「ナイトランド・クォータリーVol.30」も刊行予定だ。
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ダンジョンズ&ドラゴンズ 第5版
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