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菊田裕樹氏による「『聖剣伝説3』25th Anniversary Orchestra Concert」全曲解説を掲載。視聴券の販売&アーカイブ配信は2021年7月3日まで
この公演はもともと,1995年に発売されたスーパーファミコン版「聖剣伝説」の25周年,そしてリメイク作「聖剣伝説3 TRIALS of MANA」(PC / PlayStation 4 / Nintendo Switch)の発売を記念し,2020年5月10日に開催予定だった。しかし,新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けて中止が決定。
以後,水面下では観客を入れた形での公演を行うべく協議や準備が重ねられていたが,最終的に東京芸術劇場 コンサートホールを会場に,無観客収録での配信限定公演として行われた形だ。
オーケストラによる演奏がメインでありつつも,配信ならではの映像演出も盛り込んだ本公演は,ちょうど1週間後の7月3日20:00まで,視聴券を4000円(税込,手数料別)で販売中。アーカイブ配信は,同じく7月3日23:59まで視聴可能だ。
さて今回,作曲と今回の編曲の監修を担当した菊田裕樹氏に,本公演で演奏された全楽曲の解説を執筆していただいたので,以下に掲載しよう。アンコールを含めネタバレ全開の解説となる点は,あらかじめご了承いただきたい。
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「聖剣伝説3 25thアニバーサリー オーケストラコンサート」公式サイト
<第一部>
「Where Angels Fear To Tread」
皆さんご存じのとおり,「聖剣伝説3」というのは悲しい命運を背負ったキャラクター達が,戦い,傷つき,しかしそれでも諦めることなく,懸命に抗って,自分の意思で未来を切り開いていく物語です。
その物語は,マナの樹と精霊達の,悲しい伝承から幕を開けます。繰り返されるピアノの旋律,切々と歌うフルート,オーボエ,そしてかき鳴らされるハープの甘い音色。伝承はマナの樹の栄光と,その衰退を語るにつれ,オーケストラもまた,音の厚みを増していき,やがて訪れる避けがたい崩壊へと,旋律は進んでいくのです。
さて,映像本編のインタビューでも言及していますが,僕は今回のコンサートのどの曲を聴くより,まずこの「Where Angels Fear To Tread」の,緩やかに盛り上がった流れの,オーケストラヒットとともに走り出す瞬間,この瞬間をリハーサルで聴いた時に,もう胸がいっぱいになってしまいました。僕の作曲家人生で,これほど充実したアレンジ,これほど充実した演奏をもって自分の楽曲が鳴り響くのを初めて耳にしたというか,体験したというか,恥ずかしながら目に涙さえ浮かんでしまって,実現に尽力いただいたスクウェア・エニックス諸氏,4Gamer諸氏,東京交響楽団,指揮の大井剛史先生,そして誰より,腐心して素晴らしいオーケストラアレンジをしてくださった宮野幸子さんへの感謝の念が溢れたのを覚えています。
「Meridian Child」
運命というのは厳しいものです,誰だって,一度や二度,抗えない運命に泣いたことはあるでしょう,しかし,そういう時こそ,まず明日へと歩き出すことが肝心なのです。この「Meridian Child」という楽曲が,悲しく厳しい運命を受け入 れ,しかし毅然とした態度で明日へと旅立つキャラクター達を描く以上,それはマーチでなければなりません,勇壮でありながらどこかに悲しさを隠し,しかし振り返らない覚悟と勇気で,彼らは,彼女達は,旅立っていきます。その難しい感情表現を担っていただいた,東京交響楽団の演奏家諸氏の尽力には,ただただ頭が下がります。
「Whiz Kid 〜 Another Winter」
今回のコンサートは,まず最初に演奏する楽曲を選出して,演奏する曲順,つまりコンサートの構成を考え,それから宮野さんにアレンジを始めてもらったという経緯があります。だからこそ,アレンジの仕方や仕上がりの曲調にも,宮野さんの緻密な計算,コンサートすべてを通した演出が施されているわけです。そういう意味では,本当にぜいたくな仕掛けというか,理想的な形でコンサートが実現できる,大きな要素になっています。
「Whiz Kid」も,「Meridian Child」からの勇壮な曲調を受け,雄大さ,希望に満ちた魅力を感じさせるアレンジが光ります。そして「Another Winter」は,印象的なクラリネットの下降フレーズに尽きますね。しかしこれ,本当に運指が難しいんですよ。リハーサルの時から,奏者の方が滑らかに響かせるのに苦労しておられたのを覚えています。まさに玄人好みの聴きどころというわけです。
「Person’s Die 〜 Oh I’m A Flamelet」
僕は,かっこいい曲も書けますけど,可愛い曲も得意です。ピチカートと木管のハーモニーが大好きなんですよ。あの優しい調べ,情感を盛り上げるには最もふさわしい気がしますね。そして朗々と鳴るホルン,軽快に入ってくるマリンバ。僕が作る音楽の根幹にいる楽器達です。
僕の持っている感覚として,思いついたフレーズを楽器に弾かせるというのではなく,その楽器が最も魅力的に鳴りそうなフレーズを想像して書く,というところがあるのですが,そうやって書いた フレーズを,いま宮野さんが実際の楽器に当てはめて鳴らしてくれる。それは僕にとって,ある種の答え合わせのような意味合いがあり,正直言ってちょっとドキドキしますね。
「Raven 〜 Female Turbulence」
「Raven」は,見ていただければ,聴いていただければ分かると思いますが,極めてオーケストラに向いてない楽曲なんですよ。もう笑っちゃうほど向いていない。淡々と繰り返すビート,シンコペーションのリフ,とらえどころのない和声をまとったメロディ,どこを取っても僕らしい構築なんですけども,本当にオーケストラに向いていない。それをいかにもオーケストラらしい重厚なアレンジに響かせる,宮野さんの手腕,驚きですね。
そこから「Female Turbulence」に入って,こちらも淡々とした曲調,しかし,悠々とした主旋律に絡むように,さまざまな楽器達が入れ替わり立ち替わり,個性を競います。弦の重なり方も普通じゃない,ちょっと特殊なコードが用いられて,宮野さんが,僕のやりたかった曲想をしっかり理解してくれていることに,心から感謝です。
「Powell」
ボサノバです。ボサノバというのは,1950年代にブラジルのジョアン・ジルベルトというミュージシャンが,サンバのリズムを解体して,ギターで表現する,バチーダという演奏法を考案したのが始まり。ですから,リズミカルでありながら叙情的。この相反する二つの要素を一つのスタイルに封じ込めたジョアン・ジルベルトは,まさに天才の名にふさわしいと言えるでしょう。
しかし,リズミカルであるからこそ,やはりオーケストラで演奏するのは至難,ここで演奏される「Powell」も,鉄壁のリズムを刻むシェイカーを中心に,全員が心を合わせて音符を追う,その緊張感にも魅了されますね。ちなみに,曲名の「Powell」は,僕が好きだったボサノバギターの名手,バーデン・パウエルの名にちなんでいます。
「Evening Star」
どの楽曲も宮野さんのアレンジが冴え渡っているのですが,この曲でオーボエが入ってくるところの,吐胸を突かれる感じ,たまりませんね。複雑極まりない弦の重層的な和音構成の後だけに,そのシンプルな響きに,激しく感情を揺さぶられます。曲想も次から次へと流転し,しかし,土台となる風景は変わらないまま,移りゆく時間だけを描くかのように,静かなピアノの旋律が繰り返されていく。まるで宵闇の星のように,いくつもいくつも,重なっては消えてゆく思い出達,その集積こそがマナの樹であるのかも知れません。ぼんやりとそんなことを考えながらこの曲を聴くのも,なかなかに味わい深いと思いませんか。
「Little Sweet Cafe」
いかにも菊田裕樹らしい可愛い楽曲。ここでは,豪華で艶やかな弦楽の響きに加え,朗々とリズミカルに鳴るブラス,そして何より,マリンバ,トライアングル,タンバリン,カスタネットなどの打楽器達が大活躍します。もとはポップな8ビートなのですが,この8ビートのノリを表現することが,オーケストラだと意外と難しい。というかそもそもオーケストラにはノリという概念がないので,二拍四拍に体を預けるようなリズムは不得手なんですね。そのかわり,一音一音しっかりという積み重ねが,オーケストラらしいリズム感を作っていく。そういうところも聴きどころになるかと思います。
「Nuclear Fusion 〜 Positive」
「Nuclear Fusion」は皆さんお待ちかね,怒涛のバトル曲。重厚なティンパニと軽快で勇壮なスネアの連打に乗って,オーケストラの魅力満載,鳴り響く管弦の共演,戦いに臨むキャラクター達の感情が,その覚悟が,ひしひしと伝わってくるような演奏です。おなじみのトランペットやホルンだけでなく,対旋律でトロンボーンがカッコイイところを持って行きます。そういえば,リハーサルの時の宮野さんとの雑談で,僕が高校時代にブラスバンド部でトロンボーンを演奏していことをお話ししたら,驚かれ,「それならもっとトロンボーンの見せ場を作るんだった」と仰られて,二人で笑いました。
「Positive」は本当にオーケストラらしい,華やかさと祝福に満ちた曲調で,戦いと,コンサート第一部の終了を締めくくります。
<第二部>
「Splash Hop 〜 Can You Fly Sister?」
第二部は「Splash Hop」から。ブースカブーですね。これはジャンル的にはジャマイカンダブというもので,中南米の陽気なリズムを基調に,時々ティンバレスというパーカッションが独特の装飾で楽曲を盛り上げます。こういう楽曲がオーケストラで演奏されることもほとんどないというか,ゲーム音楽ならではの無茶な注文という感じですが,緩やかな弦の響きに,ゆったりと大海原を行く感じが出ていて,意外と合うのには驚きました。
そして「Can You Fly Sister?」はフラミーのテーマ。こういう8分の6拍子の曲というのは,まさにオーケストラの独壇場で,途中のハープと弦だけ残るあたりから,木管のスタッカートの複雑な和声が重なり合う流れは,オーケストラを聴き慣れた人にも,たまらないものがあるのではないでしょうか。
「Decision Bell」
「Decision Bell」,自分でも好きなんですよ。チューブラーベルの音色にも愛着があるんですが,自負というか,単純な旋律の繰り返しの中に,静かな揺らぎや情感を込める,こういう楽曲を書く作曲家は,意外と少ないと思うのです。
それを宮野さんが分解し,再構築し,思いもよらぬ角度から対旋律を沿わせ,重厚で複雑で,それでいてある種のきらびやかさを備えた,素敵な楽曲に仕上げてくれることに,大きな喜びを感じます。
僕の楽曲が持つ個性や特質を,宮野さんがしっかりと把握してくれているからこそのアレンジ,その一音一音をおろそかにせず,東京芸術劇場 コンサートホールの空間に響かせてくれた,東京交響楽団と,指揮の大井先生には感謝の言葉もありません。
「Delicate Affection」
ピアノは言わずもがな,バッハの平均律クラヴィーア曲集を基調にしていますが,そこにかぶさっていく旋律は,いかにも叙情的で,ここでも弦と木管のハーモニーが主役を務めていきます。入れ替わり立ち替わり,さまざまな楽器によって結ばれながら,いよいよという盛り上がりの部分,僕にしてはとても素直で真っ直ぐで,自分で聞いていて少々気恥ずかしくなるほどです。しかし,そういうところほどオーケストラ映えがするというのも不思議ですね。やはり素直さにこそ,音楽というものの核心があるのでしょうか。
「Intolerance」
運命の非情さ,不寛容,それこそこの楽曲の主題です。グランカッサとティンパニの重厚なリズムが,過ちと悲しみの連鎖を表しているかのように迫り,しかしあくまで静かに,緊張感を高めながら,旋律は続いていきます。ある瞬間,ある決定的な運命の瞬間へと,時間は止まることなく流れ,やがて潮は満ち,天の子午線を月がいま通過する。その劇的な瞬間を経て,もはやとりかえしのつかない暗闇の中に,誰もが飲み込まれてゆくのです。
「Strange Medicine 〜 Hightension Wire」
このコンサートの演奏曲を決める会議で,集まった関係者から「中ボス曲を入れたい」という話が出た時に,僕は「無理だ」と言ったのです。皆さんもご存知のとおり,「聖剣伝説3」の中ボス曲は,変拍子と転調を繰り返す,複雑怪奇なフュージョンが目白押しです。どの曲を選んでも,どんなアレンジをしても,演奏困難なものになるのは避けられない。結果が容易に予想されるだけに,僕としては慎重にならざるをえなかった。しかしその時,宮野さんは勇猛果敢にも,「挑んでみたい」と言われたのです。複雑怪奇なフュージョンをオーケストラアレンジすることに挑んでみたいと。素敵だと思いましたね。なんという素敵な姿勢,素敵な情熱。
「Strange Medicine」も「Hightension Wire」も,極め付きにオーケストラに向かない楽曲でありながら,今回こうして皆さんにお届けできるのは,ひとえに宮野さんのご尽力によるものであること を,心よりの敬意とともに,言い添えておきたいと思います。
「Sacrifice Part One, Two and Three」
やり過ぎです。「Sacrifice」の三楽章を全部オーケストラに編曲して,生演奏させるなんて,誰がどう考えても無茶です。とくに二楽章など,打楽器しか出てきません。それも延々と同じようなリズムを繰り返すだけ。そんなものを聴きたがる酔狂な客が,果たして世の中にいるでしょうか。そうみんなで自問した時に,答えは出たんですね。「いる」って。それをこそ聴きたいと熱望している人達が,本当にたくさんおられる。25年前の男の子達,女の子達に,それをこそ届けなければいけないんだ。そう気付かされた。
ということで,このRPGのラスボス曲としてとして前代未聞の「Sacrifice」全三楽章を,宮野さん渾身の前代未聞のアレンジ,パーカッショニスト総勢7名という前代未聞の演奏で,東京芸術劇場 コンサートホール満場のファンの方々に向け,お聴かせすることに決めたのです。
どうでしょうか,この「Sacrifice Part One,Part Two,Part Three」は,しっかりと皆さんの期待に,皆さんの想いに,お応えすることができたでしょうか,ぜひ感想をお聞かせくださいね。
「Return to Forever」
オーボエとコールアングレの温かくも切ない音色で始まり,淡々と淡々と,何かに導かれるように進むピアノの甘い旋律。スーパーファミコンの音源では表現できなかった豊かさが,ここにはあります。長い長いRPGの物語を締めくくるにふさわしい長い楽曲,「Return to Forever」は,ホルンの雄大な響きに支えられながら,フラミーと共に,いくつもの山を越え谷を越え,まるで本当に果てしないかのように,音楽の旅路を行くのです。
ハープとフルートだけが残り,静かに一歩一歩,やがて多くの楽器が重なり,みなぎりわたって,とうとうと流れ,思い出の大河のように,うねり,むすばれ,そして時折,瀑布となって流れ落ちて,砕け,海へと注ぎ込んでいく。終結は,再びフルートが,明日の希望を象徴するかのように,愛らしい音色で締めくくります。
では,本当に最後になりますが,このような素晴らしい機会を与えてくださったスクウェア・エニックス諸氏,4Gamer諸氏,東京交響楽団,指揮の大井剛史先生,そしてそして,敬愛するアレンジの宮野幸子さんに,あらためて感謝を捧げ,この文章を終わりたいと思います。
「聖剣伝説3 25thアニバーサリー オーケストラコンサート」公演概要
◆配信日:2021年6月26日(土)19:00から
◆見逃し配信:2021年7月3日(土)23:59まで
※視聴期間内であれば何度でもご視聴いただけます。
※視聴期間が終了するとご視聴途中でも,アーカイブ配信は終了となります。時間に余裕を持ってご視聴ください。
※事前収録となります。
◆演奏:東京交響楽団
◆指揮者:大井剛史
◆ゲスト:作曲家・菊田裕樹
◆チケット料金:通常チケット 4000円(税込)
※チケット情報、注意事項に関しましては公式サイトまたはチケット販売サイトにて詳細ご確認ください。
公式サイト:https://www.jp.square-enix.com/seiken3_concert/
◆主催・企画:株式会社スクウェア・エニックス、Aetas株式会社
◆公演に関するお問い合わせ:concert-info@aetas.co.jp
◆演奏楽曲:
Where Angel Fear to Tread
Meridian Child
Evening Star
Little Sweet Café
Splash Hop〜Can You Fly Sister?
Decision Bell
ほか
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