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[CEDEC 2022]「ヘブンバーンズレッドにおける『最上の,切なさを。』を形にしたビジュアルアイデンティティ」レポート。職人集団が基本を積み上げて切なさを支える
※本稿には物語のネタバレにあたる話題も含まれている。とくに「『最上の,切なさを』を形にするシネマティクス」に関する部分にネタバレがあるため,これから遊ぶ人は気をつけてほしい
「ヘブンバーンズレッドにおける絵作り」(菊池景伍氏)
2022年2月にスマートフォン版のサービスが始まった(「ヘブンバーンズレッド」(iOS / Android / PC)。「最上の,切なさを。」というコピーでTVCMなど様々なプロモーションが展開しており,名前を聞いたことがある人も多いだろう。この「最上の,切なさを。」という言葉は,同作のタグラインでもある。タグラインとは,企業や製品,サービスがどんな価値を提供するかを表す言葉であり,企業と顧客の約束でもある。つまり,本作のスタッフは「最上の,切なさを。」提供し続けなければならないというわけだ。
そのため,菊池氏たちはアートを量産する前に,絵作りにおける「最上の,切なさを。」とは何かを言語化した。それは「色の調和」「光」「間」の3点だ。色の調和とは,暖色から寒色への変化や,そこから連想される情緒のことで,本作では色にこだわる姿勢が貫かれているという。光は,逆光や斜光を使うことで,不安や寂しさといった感情を操作すること。そして間は,あえて余白を取り入れることで,ユーザーの視線を迷わせないようにするということである。本作ではアート面においても気持ちを揺さぶることが優先されているというわけだ。そのためには,PCによる開発環境だけでなく,実機で表示したときの見た目も重視し,前述した3点が実現できているかどうかを確認するのだという。
本作のアートにおいて優先されるのは,ストーリーや演出に沿った絵作りになっているかどうかだ。菊地氏は3Dアートディレクターなので,目標とするシーンをリアルタイムレンダリングで表現することを追及しなければならない。とはいえ,「学園基地」での日常生活や,ダンジョンでの探索,敵「キャンサー」との緊迫したバトルまで,呼び起こしたい感情も様々である。
そのため,アーティストの意見を取り入れ,様々な部分を調整できる開発ツールが作られた。画面の全体的な色合い,影の色,空の色を個別に変えられる機能や,Y軸方向にもフォグをかけられる機能,周囲の時間や光の状態に応じてキャラクターの色をアニメーションで変化させる機能や,「キャンサー」の巨大さを表現するフォグも実装されており,演出に役立っているという。
中でも影については,それぞれの影を個別で変えたいという希望が多かったそうで,そんなことからも,いかに細やかな気遣いがされているかが分かるだろう。菊地氏は,「最高のストーリー体験には,これを支えるアートが不可欠。丁寧に画面作りを行っていくことで,ヘブバンの感動体験につなげることができる」と,アート作りの大切さ,繊細さについて語った。
「インゲームで感情を途切れさせない演出」(南 敬介氏)
ヘブンバーンズレッドには,2Dのアドベンチャーパートと,3Dの探索パート,3Dのバトルパートと,大きく3つのパートが存在する。表現方法や呼び起こされる感情も異なる3パートだが,プレイヤーの感情移入を途切れさせることなく,これらを行き来させなければならない。そのための演出が南氏のパートにおけるテーマで,今回は「スキル発動時の演出」が題材となった。
バトルにおいては,キャラクターたちが様々なスキルを発動させる。その際に流れる演出はわずか数秒だが,その中でキャラクター性を表現し,スキルの効果や威力を伝え,さらにはカッコ良いものとしなければならない。いうまでもなくこれは難題だが,菊地氏は「短い尺でもしっかり感情が伝わるように」「視認性や体感を上げる」「気持ちを途切れさせない」ことを心がけているそうだ。
スキル発動シーンには,必ずバストアップ以上の決めカットが入れられている。キャラクターの表情を見せ,スキルに込めた力や決意といった感情を伝えるため,性格に応じた演技をさせ,キャラクターのモチーフや設定を取り入れるようにしているという。そうした工夫の中で特に興味深いのが,「カードイラスト」とスキル演出の連携だ。
本作におけるキャラクター(スタイル)は,ステータス画面などで使われる2Dのイラスト(カードイラスト)と,バトル画面での3Dモデルで表現されている。カードイラストで描かれたポーズとスキル演出の動きを合わせ,カードイラストのテーマが花火なら,スキルで花火を使わせるといった,スキルをカードイラストに寄せるなどの工夫で,没入感を高めているという。スマートフォンゲームで3Dグラフィックスが当たり前になって久しいが,そうした時代ならではの気遣いといえるだろう。
短い尺でキャラクター性を伝えるには,ポーズの細かいところまでこだわることも重要だ。そのため,南氏はシルエットとLine of action(アクションの流れを表す想像上の線),コントラポスト(片足に重心を掛けて立つ姿。傾きの角度で印象を変えられる),構図といったところを重視しているという。イラストを描いている人なら分かるとおり,これらはアートの基本であり,1つ1つをしっかりやることでクオリティが上がる,と南氏は基本の大切さを指摘した。
シルエットをしっかり作ることで,キャラクターが何をやっているかが伝わる。一度単色にして「手や足がシルエットから出ているか」「指と指の間にスキマを作ってキャラクターの感情を伝える」といったところを意識するのがお勧めなのだという。また,Line of actionをしっかり考えれば,力の流れや女性的な姿など様々な表現が際立つ。
コントラポストについては,人体とはアシンメトリー(非対称)に動くということを意識することで,ポーズの説得力や視認性もアップするのだという。南氏は「インゲームでもキャラクターを常に生きているものとして扱い,ゲームとストーリーをシームレスにつないで,気持ちを途切れさせないことが大事である」と,自身の仕事で大切にしている部分をまとめた。
「『最上の,切なさを』を形にするシネマティクス」(竹俣太樹氏)
※注意(ネタバレあり)。本パートには,本編ストーリーのネタバレが含まれている。物語を初見で楽しみたい人は,この先を読み進めないでほしい
ヘブンバーンズレッドの仕事は,「最上の,切なさを。」を形とし,プレイヤーに感動を伝えるものだったため,難度の高いチャレンジであった……と竹俣氏は語る。この目標を達成するため,早期に絵コンテを作成して他パートと演出方針を共有。麻枝氏が描きたい感情を掴み,キャラクターの死によって他のキャラクターやプレイヤーが受ける影響について丁寧に扱うといった取り組みが行われた。そして,竹俣氏個人の目標は「最小手で史上最大限のドラマチック表現を。」というものであったという。
最小手というとネガティブな印象を受けるかも知れないが,言い換えればアプローチを厳選することであると竹俣氏は語る。氏がヘブンバーンズレッドに携わるようになったのは,リリースの7か月前。しかもシネマティクスに専任しているのは氏のみで,それでいて「最上の,切なさを。」という高クオリティでの感動体験を実現しなければならなかったのだから,厳選する必要があったのだろう。
そうした中で「最小手」として厳選されたのは,キャラクターにリアルタイムレンダリング,敵のスケール感やスペクタクルを表現するのにプリレンダを用い,そして違和感を覚えさせないハイブリッド手法。限られたリソースでフェイシャルに注力,2Dテクスチャの切り替えのみだったところにブレンドシェイプを用いることをリリース4か月前に判断し,3か月前に実装したという。
そして4章からのモーションキャプチャの採用である。竹俣氏は早期からモーションキャプチャの必要性を説いており,4章から導入されることとなった(なお,バトル部分はそれまでと同様にモーションは手付けされるとのこと)。これにあたり氏は,モーションキャプチャにおける過去のしくじりを踏まえた取り組みを進めた。しっかりとスケジュールを確保して,アクターの芝居を作り込む時間を確保。アクターと事前の打ち合わせをしっかり行って信頼関係を築き上げてキャラクターの心情を深彫りする。
期限が逼迫した中で妥協するようなことのない収録スケジュールのもと,自らアクターとなって熱量高く見本を見せたうえで,徹底した演技指導をするなど,「最上の,切なさを。」を目標としてモーションキャプチャ体制を作り上げていったという。収録はZoomでオンライン中継され,見学した開発スタッフにも好評であったという。
竹俣氏は,これらの取り組みについて「革新的なことは何もしていない」という。当たり前のように見える工程を軽視しなかったことが感動体験につながっており,こうした丁寧な感情表現の追及こそは,本作におけるビジュアルアイデンティティの一つであると語った。
ヘブンバーンズレッドの感動体験を支えているのは,職人たちによる細やかな仕事だったということが分かる講演だった。こうした点を踏まえて,改めてゲームを遊んでみるのも面白いのではないだろうか。
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