インタビュー
今甦る真月譚,新生「月姫R」クリエイターインタビュー。奈須きのこ&BLACK両氏が語る世界の裏側,そしてこれから
世界を拡張し,罪に向き合う物語
4Gamer:
シエルルートの話題に移ろうと思います。同人版から大幅にリファインされ,もはや新作と言っても過言ではない内容になりましたが,ここまで大きく手を加えた理由はなんだったのでしょうか。
奈須氏:
シナリオ作業に入る前に同人版のシエルルートをプレイしてみたんですが......シンプルにイマイチだったんですよね。なので全面的に直すことにしました。むしろそう決めたからこそ,アルクェイドルートをそのままの形でリメイクしたんです。
コンセプトとしては二つ。まず世界に広がりを持たせるために,聖堂教会側の話をしっかり描くこと。そしてもう一つが,同人版で心残りだった加害者と被害者の関係を描くことでした。シエルの罪の所在を作中でちゃんと形にしなければ,彼女はヒロインとして成立しえませんから。
4Gamer:
順にうかがわせてせてください。まず前者はマーリオゥに代表される教会側の新キャラクター,および設定についてだと思いますが,かなり意味深なキャラクターだと感じました。
奈須氏:
マーリオゥは“世界に広がりを持たせる”ために登場したキャラクターです。聖堂教会側のバックボーンを語るキャラクターが,今回は必要になるはずだと。
同人版の当時は,ストーリーに直接関係しない人間が出てくるのは物語にとってノイズになるだけと思っていましたが,今なら受け入れてもらえる下地がユーザーの皆さんにもできているだろうということで,スケールを広げることにしました。
4Gamer:
魔術協会側は近年設定が掘り下げられつつありましたが,聖堂教会側の情報が更新されるのは久々だと感じました。
奈須氏:
「月姫R」のために2010年に作った聖堂教会年表があるんですが,「FGO」や「ロード・エルメロイII世の事件簿」で使っている魔術教会年表はこれがベースになっています。だから順序としてはこっちが先なんですよね。
4Gamer:
あ……なるほど。そうだったんですね。
奈須氏:
日の目を見ないうちに「FGO」が始まっちゃって,かつ三田氏(作家の三田 誠氏)からも「事件簿を書いてみたい」とオファーをいただいたので,じゃあ魔術協会側も聖堂教会と同じレベルで作り込むかとなって,別軸で魔術協会から見た年表を作ることに。
4Gamer:
ファンとしてはようやくその一部を垣間見ることができた,というわけですね。
奈須氏:
本当にようやく,ですね。10年前にいろいろと作った設定やデザインが,今になって少しずつ出せてる状態で。まだ出せてないデザインもたくさんあるので,担当してくれたイラストレーターさんには本当に申し訳ないと思っています。待っていて……お願い,未来で待っていて……!
4Gamer:
第七聖典も,今回とんでもないことになっていましたね。
奈須氏:
だって……「聖典って言っておきながら武器じゃねーか!」というのが当時は驚きだったわけですが,それはもう皆さん周知のことでなので。より大きなサプライズを……と考えた結果,これはもう戦車しかないなって。
4Gamer:
確かに戦車と形容されていましたが,戦車らしい活躍はなかった……ですよね?
奈須氏:
今回お見せした第七聖典は,触りの部分だけですから。本来は対吸血鬼制圧車両であって,そしていろんな武器の工場でもある。全容はまだ……これも少しずつお出ししていけたらなと。
4Gamer:
今作における第七聖典が初披露されたシエルルートのヴローヴ戦は,アルクェイドルートとはまた違うカタルシスがありました。
奈須氏:
あの戦闘シーンは,戦う者としてのシエルの凜々しさを見せる意味もありました。下っ端の吸血鬼とはいえ二十七祖と,埋葬機関のスペシャリストが戦うとこうなるんだ,という。
4Gamer:
代行者というか,変身ヒーローというか。もうなんでもありだなと(笑)。
奈須氏:
万能ヒロインであるアルクェイドに対して,シエルは戦闘ヒロインという立ち位置なので。近代兵器から無骨な近接武器まで,さまざまな武器を操り,心を固く閉ざして戦場に向かう。そこがシエルのもっとも心を掴む表現……なんじゃないかと思っています。
4Gamer:
ちなみにシエルの魔力量なんですが,通常の魔術師が20として5000と語られてますが,これとんでもないのでは? 天才とされる凛で500+αだった気が。
奈須氏:
前の才能を上回る者へと転生を繰り返しているロアが,これは最高傑作というくらいですから。時計塔のロードで最大の魔力消費量を記録したトランベリオで2000くらいだから,凛ならそんなもんです。
4Gamer:
……もしかして,TYPE-MOON世界で一番の才能なんでしょうか。シエルって。
奈須氏:
MPだけで言うならそうですね。でもほかにも色々な特性・才能がありますから。トランベリオは毎ターンのMP回復量が破格ですし,ゼルレッチは平行世界の運用があるから事実上無限だし。イリヤはMPというより魔術回路の質がすごい感じ。例えるならもしもボックスというか,何でも叶える3Dプリンタみたいな?
4Gamer:
……ははあ。
奈須氏:
でもシエルは魔術回路が複雑というわけでもなく,ただただ大出力。その大出力を利用して,いろんな武器を使ってます。第七聖典は燃費がすごく悪くて,普通の人間が使ったらすぐに衰弱死します。MPが高くてもすべての魔術が使えるわけではなし……それを補っちゃうのがロアの知識なんですけど。
4Gamer:
ノーマルエンドでは同人版とは異なる結末が描かれましたが,あれも世界の広がりを描くためでしょうか。マーリオゥとその部下達がいい味を出していたのが印象深いです。
奈須氏:
あのノーマルエンドにもちょっとした意味があるんですが,これもまだ語れなくて……。ただエクストラ・ルートが真エンドでないことは,ここでお伝えしておきたいです。エクストラはあくまでエクストラで……だって事件の結末,落としどころまでは描かれてないでしょう?
4Gamer:
確かに。ノーマルエンドでは後日譚まで語られたのに。
奈須氏:
トゥルーであるからには,本来そこまで描くべきだと思うんです。そのうえで,ちゃんと現実に帰る話でなくてはならない。とくに今回はノエルのこともありましたし,失われるものがなければ嘘になってしまう。誰かが貧乏くじを引かなければならない。その帰結として,あのノーマルエンドがあるわけです。
蝶と蜘蛛,そして異物
4Gamer:
ノエルの話が出ましたので,彼女について聞かせてください。先ほどの“シエルの罪の所在”という話につながる人物ですが,個人的には今作における裏のヒロインじゃないかと思えるくらい,魅力的なキャラクターでもありました。
奈須氏:
自分としても,ノエルは書いていて熱のこもったキャラクターですね。初期プロットでは,シエル先輩が登場すべきところでノエル先生が現れるという,言ってみればアルクェイドルートのサプライズ要員でしたが,シナリオ作成に入るとき,これはきちんと描くべきキャラクターだと改めました。
4Gamer:
ああ,アルクェイドルートでは,確かにそんな役回りでした。なにしに出てきたんだコイツ,みたいな(笑)。
奈須氏:
シエルに比べて弱くて頼りなーい,でも裏にはシエルの影がちらついて……という。でもシエルルートでは超人ではないからこその葛藤を,プレイヤーに投げかける役どころになりました。
悪人ではないけど善人でもなくて,努力もするけどサボりもする。ズルいところもあるし,自分かわいさで悪に走ったりもするけれど,でもそれって,責められる? 皆だってそうでしょ? といったような。
4Gamer:
TYPE-MOON作品に登場する神秘側の人物は基本的に強者の側――一見すると普通に見えても何かを隠していることが多いので,彼女みたいな“本当に普通”の代行者というのは,新たな視点だと感じました。
奈須氏:
今回はたまたま機会があったので,一般人寄りのドラマを持つキャラクターとして彼女を描いています。
4Gamer:
魔術世界の一般人という意味では,ウェイバーが近いかとも思ったのですが。
奈須氏:
ウェイバーはなんだかんだ主人公してますからね(笑)。ノエルはもう純粋な犠牲者で,フランス事変を生き残った末に一般社会に戻れなくなった人間です。だから教会で下働きするか,代行者になるしか選択肢がなかった。
4Gamer:
彼女が幸せになる道は,最初からなかった?
奈須氏:
うーん……祖に会ってしまった段階で汚染物質扱いですから,ずっと修道院で暮らすしかなかったでしょうね。一般社会に戻れるレベルを遙かに超えていますし,そうなったら隔離され,幽閉されてしまいます。それがイヤなら狩る側にまわるしかないという世界です。
4Gamer:
死徒となったノエルの最後の叫びは,心に響くものがありました。
奈須氏:
プロットどおりではあったのですが,書いていて筆が乗ってしまったところはあります。それに加えて茅野さん(ノエル役・茅野愛衣さん)の演技がとんでもなかった。
「月姫R」では主役の5人を若手の声優さんにお願いすることになったので,サブキャラクターはベテランで固めることにしたんですが,正解でした。ノエルは超難しいからぜひ茅野さんでとお願いしたところ,これ以上はない演技をいただけました。魂を搾るような慟哭でした。
4Gamer:
なるほど。死徒ノエルのデザインは,これは蝶のモチーフですね?
奈須氏:
正確には“蜘蛛の巣に囚われる”蝶でしょうか。死徒のノエルは,今までの鬱積から開放されて本人はノリノリですけど,だからこそ痛々しい。「私が主役!」と思ってパーティー会場に来たけど,誰も彼女を主役どころか客(ゲスト)とすら思っていなかった,みたいな。
4Gamer:
……それは心に来ますね。
奈須氏:
武内にデザインを発注するときも,「ここは浮いてもいいから,思いっきり空気読めてない,はしゃいじゃってる絵で」と依頼しました。
外見が14歳なのは,フランス事変のクリスマスの夜が,ちょうどこの歳だったから。大通りのパン屋とカフェ,ちょっと離れた人気店の娘同士。シエルは,カフェに自分より年下のかわいい娘がいるって認識でしたけど,実はノエルのほうが年上で。ノエルはノエルで12歳のくせにあんな育ちやがって! とか思っていたのでしょう。
4Gamer:
ノエル以外のサブキャラクターについてはいかがでしょうか。とくに阿良句博士は,登場シーンから古参ファンの度肝を抜いたんじゃないかと思いますが。
奈須氏:
彼女は“異物”を体現したキャラクターです。同人版の遠野邸って,志貴とヒロイン達しかいないから,居心地がいい場所だったじゃないですか。その空気感を大事にしたい気持ちもありましたが,今作ではあえてそこに異物――安心できない存在を紛れ込ませています。それは斎木もなんですけど。
4Gamer:
ああ,斎木もまたインパクトの強いキャラクターです。“ザ・伝奇もの”とでも言いますか。
奈須氏:
まさに,横溝正史的な伝奇を象徴したキャラクター。ただどちらも異物ではありますが,役割と方向性が異なっている。阿良句の異物感は「なにこいつ」。傍で見ているぶんには楽しいけれど,何一つ理解できない,理解したくない。それが彼女です。
4Gamer:
とある選択肢では,死亡フラグを掴まされて酷い目に遭わされました(笑)。
奈須氏:
でも悪意はないんですよ,この人。あれで誰かが憎いとか,嫌いだかいう感情は一切持っていない。なので,スナック感覚でああいうことをする。
あと阿良句については,能登さん(阿良句役・能登麻美子さん)の演技も欠かせない要素です。あれでも……抑えたほうの,控えめな演技をいただいて……。遠野邸の雰囲気どころか月姫世界を壊しかねない,ということで泣く泣くボツにしたバージョンがあるんですが,最高にキュートでマッドでファンシーで……改めて能登さんの凄さを思い知りました。
4Gamer:
となると,今後の阿良句の登場シーンにも期待が高まります。というか,スタッフロールを見るまで能登さんだと気付かなかった人も多いんじゃないでしょうか。
では教会側のキャラクターはどうでしょうか。マーリオゥには先ほど少し触れましたが,まだ何か隠していそうな人物です。
奈須氏:
彼の状況については推理できる材料をバラまいているので,ある程度推測できるんじゃないかと思います。実際,真相に辿り着いている人もいて,作り手として嬉しい限りです。
彼の部下達もバックボーンはしっかり用意していますが,あくまで脇を固めるキャラクターですので,主役を奪うようなことにはなりません。
4Gamer:
謎を残しているという意味では,ヴローヴもまだ何かありそうですが……。
奈須氏:
そうですね。彼もまた,これで終わりではありません。「MELTY BLOOD:TYPE LUMINA」(PC / PS4 / Xbox One / Switch)でも少し語られますが,それは「月姫R」の補足でしかないので……。なぜこういうことになったのか,なぜそこにいたのか,この先どんな役割を担うかは,まだ少し先の話になるかと思います。
4Gamer:
そういえば,ヴローヴのデザイン面についてはあまりうかがっていませんでした。王道の吸血鬼という話ではありましたが,それだけには留まらない部分がありますよね。
奈須氏:
一見すると耽美的。とはいえ北海のものすごい田舎者なので……騎士でありつつも狩人――マタギの側面もある。そんな雰囲気を出してほしいとオーダーしました。そんな辺りも含め,今後をお楽しみにと言うことで……。
4Gamer:
なるほど。……ちょっと設定寄りの話になるんですが,この機会にFateシリーズと月姫の世界の違いについて,改めて教えていただければと思います。というのも「FGO」でTYPE-MOONを知って,月姫世界に触れるのはこれが初めてという人も多いと思うんです。
奈須氏:
そうですね。端的に言えば,月姫の世界はサーヴァントが存在し得ない世界です。
「月姫」や「空の境界」「まほよ」で固めてきたTYPE-MOONの世界観は,本来こちらからスタートしています。
そんなとき,武内から「Fate/stay night」をやろうと持ちかけられ……これは困ったぞと。なにせ月姫世界だと,サーヴァントはちょっと派手すぎる。「空の境界」では絵に描いていた餅が,現実化してしまう。そうなると全体の重力が狂ってしまう。なのでFateをやるとしたら,これまで積み上げてきたルールを一旦棚上げするしかありませんでした。
4Gamer:
結果として,Fateによって多くの人がTYPE-MOON世界を知ることになりました。
奈須氏:
そうですね。幸いにもFateは大きなコンテンツに育ってくれました。なので,これはもう明確に世界を分けるしかないなと。そうして生まれたのが,先ほどお話しした聖堂教会と魔術協会の二つの年表です。ほぼ同じだけど,細部が違う。根本で言えば,“朱い月”が現役かそうでないかの違いでしかないんですが。
4Gamer:
Fateシリーズ,とくに「FGO」では“人理”が大きなキーワードになっていますが,これは関係ありますか?
奈須氏:
Fateは人理が強い世界で,月姫は人理が弱い世界と言うこともできます。
英雄という存在を扱う以上,Fateでは人類史が大きな意味を持ってくる。今の我々が,過去のどんな発展と繁栄,衰退の先に立っているのかを,きちんと語らなくてはならない。「FGO」で語られる特異点の物語は,まさにこれを辿ってほしいからでもあり……。なので必然,テーマは人類讃歌になっていく。
4Gamer:
ですが,月姫世界はそうではない?
奈須氏:
月姫の世界は,今を生きる人達と,そして人外達とのお話ですから。あとは未来かな。あ,さらにおおざっぱに言うなら魔術協会がメインのお話か,聖堂教会がメインのお話かという分け方もできます。月姫世界は後者です。
4Gamer:
ああ,それは分かりやすいですね。
奈須氏:
「月姫R」の設定を練っていた2010年頃,改めて教会について資料を漁り,いろいろ考えました。「月姫R」には,そのときの学びがかなり反映されています。だから三田氏から「次の『冒険』は教会の話というのはどうでしょう」と提案されたときも,「教会関連は月姫でやるので,エルメロイはこのまま魔術関係で!」とお願いしています。
4Gamer:
二十七祖や埋葬機関の設定も更新されましたが,これも何か関連があるでしょうか。
奈須氏:
あれは単に能力が被っていたところを調整して,世界観のスケールアップをしただけですね。基本的には,二十七祖の空いていた枠に今回の「月姫R」に必要な祖を入れた形です。
あのリストの中の三分の一くらいは,直接ではないにせよ今回の「月姫R」の中で紹介できるかと。そのほかの面子は……作品の形では出てこないと思います。よっぽど手を広げない限りは。
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月姫 -A piece of blue glass moon-
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