レビュー
カンフーアクション「師父―Sifu―」レビュー。多くの「師父」から見出した武術的ゲームデザインで,3週間で100万本を売り上げたインディーズゲーム
「師父―Sifu―」(PC / PS5 / PS4)(以下,Sifu)はそんな現代ゲーム文化に喝を入れにやってきた作品だ。本作は清々しいほどのシンプルな格闘アクションゲーム。主人公はカンフーの使い手であり,主に肉体を駆使して,無数の敵が待ち構える悪党の根城へ殴り込む。殴る,蹴る,掴む,潰す。あらゆる技を使って敵をなぎ倒す。
2022年2月にリリースされると,わずか3週間で100万本を売り上げ,インディーズゲームの規模とは思えない人気を誇る「Sifu」。本稿では,本作の美しいアクションとゲームデザイン,そして目標を考察したい。
アクション映画のビジュアル,「SEKIRO」やアメコミゲームのシステム
本作のストーリーはアクション映画,カンフー映画へのリスペクトに満ちている。
冒頭,雨が降り注ぐ道場を舞台に,非情な兄弟子によって師父が殺され,復讐を誓うシーンから始まり,そこから,脳内で敵をイメージし,さまざまな技を習得していくチュートリアルへと続く。ここは復讐へのエモーション,香港映画へのリスペクト,そしてゲームプレイ上のチュートリアル,さらにスタッフロールを全部兼ねた最高のイントロダクションだ。
主人公が実際に報復へと赴く最初のステージ「廃倉庫」は,香港らしき乱雑な団地群。道中では土屋ガロン原作,パク・チャヌク監督の「オールド・ボーイ」を彷彿とさせるシチュエーションまで再現され,本作がカンフーのみならずさまざまなアクション映画から影響を受けたことがわかり,否が応でも気分があがっていく。
開発者のピエール・タルノ氏はMP1STのインタビュー(外部リンク
)で,本作が影響を受けた作品として,ジャッキー・チェン監督の「ポリス・ストーリー/香港国際警察」「奇蹟/ミラクル」,サモ・ハン・キンポー監督の「サイクロンZ」,ギャレス・エヴァンス監督の「ザ・レイド」,チャド・スタエルスキ監督の「ジョン・ウィック」,ウィルソン・イップ監督の「SPL/狼よ静かに死ね」,ロニー・ユー監督の「SPIRIT」,ツイ・ハーク監督の「ブレード/刀」,クエンティン・タランティーノ監督の「キル・ビル」などを挙げている。また,「無限の住人」の作家である沙村広明さんの名前もあり,映画のみならずアニメ・漫画カルチャーにも精通しているようだ。
ゲームデザインの上で「Sifu」の魅力と言えば,豊富な防御方法を使った駆け引きである。ガード,見切り,受け流し,そして一度後ろに引く回避も使える。「SEKIRO」と同じく,ガード回数の上限となる,いわば「体幹ゲージ」のようなものも存在するので,攻防をしっかり見極めて戦わなければ窮地に陥る。
また本作は多勢に無勢,というシチュエーションが頻発する。1vs5なんて当たり前,下手すると10人以上に囲まれることもザラだ。そのため,プレイヤーは常に死角からの攻撃を注意しなければならず,戦い抜くためには地形を活かす必要がある。囲まれずに1対1に持ち込める狭い場所,また,吹き飛ばした時にぶつけられる壁や,投げつけられる空き瓶の存在などは,プレイヤーの数少ない友となる。この雑魚戦はむしろ,「SEKIRO」よりも「Batman: Arkham」シリーズや「Marvel’s Spider-Man」などのアメコミゲームに近い。
そして,雑魚敵との戦いは簡単なものではない。操作に慣れないうちは,当然のように袋叩きにされるし,操作に慣れたころでも少し油断すれば簡単に敗北する。各ステージの最後にはボスがいるのだが,そこにたどり着くまでの道中は険しく,幾度となく死ぬことになるだろう。
しかし,死んだとしても,さながら「SEKIRO」の「回生システム」のように,プレイヤーがその場で復活できる。また死亡するほど歳を重ね,年齢に応じて最大体力を失う一方,攻撃力が増していく。20歳で始まり,70歳の状態で死亡するとゲームオーバーとなって最初からやり直す,という珍しい仕組みだ。
死んだときの加齢も1歳ずつ歳を取るわけではなく,同じ場所で負ければ2歳,3歳と加齢する幅が大きくなり,困難な場所を突破すれば,逆に加齢の幅が小さくなっていく。そして,死亡したことで重ねた年齢はステージをクリアしても元に戻ることはなく,次のステージに引き継がれる。
これは道中で死ぬことが,ある程度許容されているということでもあり,何度も死ぬことを前提としたシステムなのだ。
相手を倒すのではなく,自分が強くなることに特化したゲームデザイン
「Sifu」はテーマ面で古今東西のアクション映画に影響を受けながら,ゲームデザインでは「SEKIRO」のシステム,また「Batman: Arkham」シリーズをはじめとするアメコミゲームからも影響を受けている。まさに多数の「師父」と呼べる作品たちのノウハウを見事に吸収しながら,独自のゲーム体験を構築しようとした作品だと言える。
そこで問われるべきは,「Sifu」はこれらを踏襲し,何を進化させたかではないだろうか。
体幹ゲージ,回生システム等で本作に影響を与えたであろう「SEKIRO」は,“死闘感”を強く意識した作品として設計されている。忍びである主人公は大半のモブ戦を回避することができ,ボス戦はどれも極めて手ごわいものの,そのほとんどは手前にチェックポイントが用意されており,すぐに再戦に挑める。
一方「Sifu」の場合,香港映画にありがちな「多勢に無勢」というシチュエーションが多く,「SEKIRO」のようにステルスで切り抜けることはない。むしろ正面から「かかってこい」と挑発できるぐらいだ。さらに,こうしたモブ戦での失敗も「加齢」という形で加算されていき,一定の失敗回数(70歳)に到達すると,チェックポイントどころかステージを丸ごとやり直すことになる。
つまり「Sifu」は「SEKIRO」のシステムに影響を受けているが,そこから作り出されたゲーム体験は大きく異なる。表現しようとしたものは似ているようで,実はまったく違うのだ。
同じボスと何度も戦う「SEKIRO」に対し,「Sifu」はボスの前に無数の悪党との集団戦が待ち構えている。また,死ぬほどに歳を重ねるシステムにより,そんなモブとの戦いですら気を抜くことができない。
ただひたすらに己と向き合う
全てのモブからボス戦まで,一瞬たりとも油断ができない「Sifu」。神経が擦り切れそうになる戦いを続けていると,次第に「自分が何と戦っているのか?」という疑問が湧く。
確かに,物語において,主人公は師父の仇を討つために戦っている。だが,そのために何十人,何百人ものモブをなぎ倒し,そして自分も何度も倒されるうちに,「敵」は画面内の悪党達ではなく,そんな「敵」に何度も敗北するような「弱い自分自身」と戦っているのではないかと思った。
事実,「Sifu」は極めて独特かつ複雑な操作を採用しており,弱攻撃,強攻撃に加えて,足払い,掌底,決め投げ,迅雷打,舜撃といった無数の技が存在し,コンボによって派生していく。
これらの技をどこまで把握し,的確に入力できるか。己の肉体をコントロールできるようになって,本作は初めて打開できるのである。
己の肉体,己の技巧,己の精神。そのすべては途方もない数の敵,底知れぬ量の悪意の中で育ち,極まるのだ。
それこそ,武術の境地そのものではないかと思う。前述のインタビューによれば本作を開発したフランスのSloClapには,ディレクターのジョーダン・ラヤニ氏を始めとした多くの武術経験者が在籍している。中でも,本作は白眉拳という中国南派の武術を参考にしており,そのために中国のゲームファンドKowloon Nightsと連携を密にし,さらに中国で白眉拳の修行を重ねたベンジャミン・コルッシ氏(外部リンク)の指導を仰いだという。
緻密な入力,繊細な判断。いかにして主人公の手足を自らのものと同じように動かすか。数々の艱難辛苦の末に,無数の悪党を相手に立ち回れた時,プレイヤーは主人公とまるで一体になったかのように感じるだろう。その達成感は筆舌に尽くしがたいものになる。
「己を高める」ことに心血を注いだゲームデザインは,興味深いことに「SEKIRO」と近いようでいて対照的である。どちらも優れた作品であるのは間違いないが,「SEKIRO」は敵を知り,対処していくが,「Sifu」は己という存在こそが最大の障壁だ。己を鍛え,技を極めることが,結果的に悪を打ち破ることになる。
「Sifu」は面白いだけではなく,実にユニークなゲームである。表面的にカンフー映画をなぞるわけではなく,また名作アクションゲームをただ流用するだけでもなく,ゲームデザインに武術を採用した意義をしっかりと反映している。そしてその武術は洗練され,無駄がない。大作が次々にリリースされた時期に生まれた本作ではあるが,今からでもプレイする意義は大いにある。
「師父―Sifu―」公式サイト
- 関連タイトル:
Sifu
- 関連タイトル:
Sifu: Vengeance Edition
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