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マーケティングは誰かに話したくなる体験を作る時代へ。ゲーミフィケーションを応用する意義と海外の成功例が語られたセッションをレポート
2025年11月21日に東京都で開催されたイベント「Gamification conference 2025 Quest」では,「面白いか,無視されるか。〜AI時代のエンゲージメント体験のあり方とは?〜」と題したセッションが行われた。
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セッションでは,セガ エックスディー 取締役 執行役員COOである伊藤真人氏と,電通デジタル アドバンストクリエイティブセンター エグゼクティブディレクターの潮田 健一郎氏が,ゲームの知見をマーケティングに応用する必要性と実際のコツについて語った。
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広告から,誰かに話したくなる体験を顧客に贈る
これまでの発信は,TVなどのマスメディアから一方的に一様な情報が送られていたが,現在は情報がSNSで拡散される時代となった。中でも重要なのが,ソースの情報に独自の解釈を加えて拡散する「ファン」たちの存在である。
彼らの影響力が顕在化したのが,ここしばらくで行われたいくつかの選挙戦だ。候補者のファン=支持者たちは,演説やストーリーに自身の主観を入れて切り抜き,これがSNSで拡散されることで大きな影響を与えたのである。
同じ演説でも,従来の一方的かつ一様な情報送信から,ドラマチックに“盛れる”ストーリー性や共感性の高いメッセージなど,多様な切り口のショート動画がたくさん作られたわけで,その違いは歴然である。
選挙のショート動画にとって追い風となったのが,SNSのパーソナライズアルゴリズムだ。スマートフォンの総利用時間の5〜7割は無目的なネット回遊に費やされているが,ここにドラマチックに編集されたショート動画が拡散されたうえ,SNSのパーソナライズアルゴリズムで関連動画が次々と提示され,より強く訴えかけるものとなったのだ。
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こうした現状を踏まえ,企業のマーケティングも従来型から変えていかなければ「乗り遅れる」と潮田氏は警鐘を鳴らす。
事実,企業からは「いろいろな施策を展開してはいるものの,どうも効いていないような気がする」という相談が多く寄せられているという。ユーザーにメールやメッセージを送っても,スルーされるどころかフィルタリングされて届いたことに気づいてもらえない。
だからといってインフルエンサーを起用しても,動画タイトルにはPRを付けなければならず,案件であることが視聴者を遠ざける(インフルエンサー側も自身の信頼性が下がるとして案件を嫌がるような例もあるという)。
もはやマーケティングそのものに逆風が吹いているような状況ではあるが,ここでゲーミフィケーションの考え方が役に立つわけだ。しかしながら,ゲーミフィケーションは2010年代にブームが訪れたが無数の失敗がされてしまった,と伊藤氏は指摘する。
ゲーミフィケーションは,ゲームの方法論を応用することである。そして,(当時の)ゲームではランキングシステムが流行していたため,マーケティングや施策にランキング的なものを導入すればいいという表層的な理解がなされてしまった。
結果として,顧客が求めてもいないポイントやバッジを与えるというゲームの技術部分のみをなぞった施策が多数行われ,顧客としては心に届かないし,拡散したくもならない失敗となってしまったわけだ。
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同じ轍を踏まないためには,人間の欲求を「達成欲求」「有能欲求」「自律欲求」「求知欲求」「感性欲求」「関係欲求」「獲得欲求」「保存欲求」「回避欲求」と定義し,これを刺激する101個の手法を参考にして,より良いエンゲージを考えていくことが重要であるという。
そのうえで,顧客から得られたデータは体験を生み出すヒントとし,従来型の広告に使われていたクリエイティビティのリソースで,顧客とのエンゲージをどうするかを考えていく。そして,体験を受け取った顧客が他者に拡散したくなる「One to One to Many」の考え方が重要になっていくという。
こうした体験を作るのに,ゲームの仕掛けを役立てるゲーミフィケーションの知恵が役立てられるというわけだ。海外ではすでにこうした顧客体験の創造が進んでおり,両氏は成功例の中からいくつかを紹介していった。
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SpotifyのSpotify Wrapped(Spotifyまとめ)
音楽配信のSpotifyは,ユーザーがその年にどれだけ再生したか,どんな曲を好んで聞いたかなどの記録「Spotifyまとめ」(関連リンク)を2016年から公開,年末の恒例行事となっている。
これは「One to One to Manyの元祖的な施策である」と潮田氏は語る。ポイントは,ユーザー全体の総計ではなく,個人個人の記録であることだ。ある意味で自分だけに向けられた施策であり,人によって異なる結果となるため共有したくなる。事実,ある年ではSNSにおけるシェア率が50%を越えたという。
なお,ゲームでは2020年に「My Nintendo Switch History(現,今年の振り返り)」,2021年に「Steamリプレイ」,2024年に「あなたのPlayStation」といった施策が行われている。大手各社がSpotifyまとめからヒントを得たわけで,One to One to Manyの考え方がいかに大事であるかがうかがえる。
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マクドナルドが「ワクドナルド」を公式に商品化,アニメまで作ってしまう
日本アニメにおいて,マクドナルドをオマージュした「ワクドナルド」といった架空ブランドが良く使われるのはご存じの通りだ。これは許可を得るプロセスをすっ飛ばす裏技であるが,2024年にすっ飛ばされた側のマクドナルド自身が「ワクドナルド」を公式にしたことがある。
このキャンペーンでは,日本の老舗アニメスタジオである,スタジオぴえろとコラボした日本アニメ風プロモーションビデオを展開し,さらには「ワクドナルド」でよくみられるMを逆にしてWとしたロゴによる商品も提供した(関連リンク)。
本当にアニメを作り,その題材も超人バトル,現代ラブコメ,合体ロボ,異世界ものと日本アニメの今を反映したものとなっており,実に解像度が高い。
公式チャンネルでは合体ロボが202万回,異世界ものが172万回,超人バトルが142万回,現代ラブコメが132万回(いずれも英語版)再生されている。中でも合体ロボの再生数はチャンネルの歴代7位に入っており,PR効果も十分といえるだろう。
このキャンペーンは日本で展開されなかったが,これは日本で日本アニメを見ていることが当たり前すぎるためだ。一方,海外ファンの場合は「わざわざ異国のアニメを見ている自分だけが知っている『ワクドナルド』が本家で商品化された」という,仲間に伝えたくなる体験となる。
ファンにしっかりと高いクオリティの施策を届け,遊び心ある内容で拡散を狙っているというわけだ。
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ひいきのファストフード店から来る「あなたのドッペルゲンガーが現れた」というメール
メキシコ料理を扱うファストフードのChipotleでは,ブリトーの具を数百万通りにカスタマイズできる。コアなユーザーたちは自分だけのレシピを開発しているが,同じレシピを頼んだ人が現れると「あなたのドッペルゲンガーが現れた」として日時と場所,注文内容を記録したメールが送られてくるサービスが好評を呼んだ。
顧客の購買データを活用しつつ,単に「同じレシピを頼んだ人がいる」ではなく「あなたのドッペルゲンガーが現れた」とユーモラスな体験に昇華するクリエイティビティが面白いところ。顧客が偶然性を求める求知欲求を刺激しているというわけだ。
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ヴァセリン(ワセリン)ハックの認定
保湿を主用途とするクリームのワセリンだが,近年はユーザーやインフルエンサーがさまざまな使い方を発明する「ワセリンハック」が話題を呼んでいる。ただ,こうしたハックの中には危険なものもあり,SNSで無秩序に拡散されてしまっている。
この事態に対し,ワセリンを「ヴァセリン」ブランドで販売するヴァセリンが行ったのが「Vaseline Verified(ヴァセリン認証済)」施策だ。
同社はユーザーから送られたさまざまなハックを検証,安全であると確認できたものにはVaseline Verifiedのお墨付きと記念品を贈っている。ヴァセリンはハックの発見者個人とやりとりしているが,発見者はVaseline Verified という名誉をSNSで拡散するOne to One to Manyだ。
総インタラクション数6330万,1か月の小売売り上げ13.9%増加と,明確に数字としての影響も現れている。個人的には,ファンが安全なハックを見つけやすくなる共存共栄の側面も強い,優れた施策であると感じられる。
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ケンタッキー・フライド・チキンのお詫びと補償
スペインのケンタッキー・フライド・チキンはフライドポテトがまずいことで有名で,SNSに辛辣なレビューが書かれることも珍しくなかったという。それを受けてフライドポテトをリニューアルすることになったが,ストレートに伝えるだけでは,ありきたりなお知らせとしてスルーされてしまう。
ここで同社が打ち出したのは,まずいフライドポテトを提供し続けたことへの「お詫び」と「補償」のキャンペーンだ。
これまでの購買データを使い,過去に買ったまずいフライドポテトと同じだけリニューアル品を無償提供したのである。無料のフライドポテトを貰ったユーザーはレビューを書くし,ついでにほかの商品も買うというわけだ。謝罪によってファンと共存し,ここからOne to One to Manyにつなげていく。まずいフライドポテトというマイナスをプラスに変えていく,逆転の発想が光った施策といえる。
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企業からいろいろとメールは届いているがスルーしている,LINEでも店舗を登録はしただけで活用していない。一方で,SpotifyまとめやSteamリプレイといった面白い施策には積極的に乗っかって楽しむ……という行動はもはや特別なものではない。
そうした意味で,講演の「面白いか,無視されるか」というタイトルは実に現代的なフレーズといえるだろう。個人的には,熱狂 or 無関心(嫌ってすらもらえない)という,広告において最も望ましい反応と最も避けたい反応の両極端であり,従来のやり方を続けることが難しくなっていることの象徴とも感じられる。
企業が言いたいことのみを告げる従来の手法から転じ,現在は界隈に面白がってもらうことで大きな反響を得られる時代になっている。
2010年代にあったような表層的ゲーミフィケーションから一歩進み,企業がどれだけ顧客に寄り添えるかが問われており,そのツールとしてゲーミフィケーションが重要であると感じられた講演だった。
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講演/シンポジウム - この記事のURL:




































