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[CEDEC 2014]現実と仮想の狭間でエンターテイメントを作る。SCEが語るAR(拡張現実)コンテンツの制作事例
ソニー・コンピュータエンタテインメント(以下,SCE)はそんなARを牽引してきた代表的なデベロッパであり,開催中のCEDEC 2014でもARに関連するいくつかのセッションを行っている。ここではその中から,「AR(拡張現実)コンテンツの制作事例と,最新の取り組み」と題されたセッションの概要を紹介したい。
デモ作品から発展した「Miku Miku Hockey 2.0」
セッションでは3つの事例が紹介されたが,トップを切ったのは2014年2月にPS Vita向けのタイトルとして配信がスタートした「Miku Miku Hockey 2.0」で,講演を担当したのは,SCEの研究開発部門でディレクターを務める金丸義勝氏だった。
「Miku Miku Hockey 2.0」はAR技術で現実の世界に現れた(ように見える)初音ミクとエアホッケー対戦ができるというゲームだ。単に対戦できるだけでなく,ミクのホッケーレベルを上げて,強敵「ミクダヨーさん」の打倒を目指すという育成ゲーム的要素も取り入れられている。
金丸氏はまず,このタイトルが誕生した経緯を説明してくれた。ARを使ったエアホッケーゲームは「SmartARという技術を使って,どういうゲームが作れるかを検討するプロジェクトだった」(金丸氏)とのことで,直接の祖先は,2012年に開催されたGame Developers Conference 2012で公開された「AR Hockey」になるそうだ。
AR Hockeyはリアル世界にテレビテニス(と言われても,ご存じない人が多いかもしれないが)のような画像がオーバーレイされ,2人の人間プレイヤーが動き回りながらプレイするというゲームだったらしい。観戦者を含め「3人でARを共有している点が特徴だった」と金丸氏は振り返った。
このAR Hockeyをベースに,クリプトン・フューチャーメディアとのコラボレーションで「Miku Miku Hockey」が開発され,2013年のニコニコ超会議2で公開された。さらにそれをベースにした「Miku Miku Hockey 1.5」が“試用版”という形でPS Vita向けに配信され,2014年2月の「Miku Miku Hockey 2.0」発売に至ったわけだ。
ARゲームの題材にエアホッケーを選んだのは,シンプルで誰でもルールを知っているからだと金丸氏は説明したが,PS Vita向けタイトルに仕上げるための課題もあったという。とくに問題だったのが,対戦相手に初音ミクが出てくる,というだけでは飽きてしまうだろう,という点だ。ゲームとして非常にシンプルであるだけに,リプレイバリュー(繰り返しプレイしたくなる価値)をいかにして高めるかが大きな課題になった。
そこで取り入れられたのが上記の育成ゲーム的な部分で,さらに,人気キャラクターである初音ミクの魅力をプレイヤーにアピールするため,ARによってミクを人間と同じサイズにまで大きくできるというキャラクターゲーム要素も盛り込まれた。
また,AR固有の課題もいくつかあったという。金丸氏が最初に挙げたのが,カメラをプログラム側から制御できないという点だ。本作ではプレイヤーがカメラを動かしてキャラクターを自由に見ることが可能だが,それで何が困るのかというと,見られたくない場所を見られてしまう恐れがあるということだ。どこを見られたくないのかの具体的な説明はなかったが,つまりそのあたりだ。
そこで金丸氏らはミクのモーションを工夫して,よりゲームらしくすると共に,その問題をカバーしたという。
もっとも,ユーザーがカメラを自由に動かせる点はARの武器であり,金丸氏も「今は(ユーザーが自由にカメラを操作できることを)欠点として話しているが,新しいゲーム性を生み出せる部分でもあると思う」と語った。
もう一つ,ARをゲームに活かすための工夫はユーザーインタフェース(UI)だ。「Miku Miku Hockey 2.0」では,床にボタンを貼り付けるなど,ARを活かすUIの構築にトライしたと金子氏は述べるが,ARを使ったUIに凝り過ぎると見づらいとか,操作しづらいといったことが起こりうる。そこで,重要な情報に関しては2Dでしっかり表示するという具合にメリハリを付け,ARらしく,かつ操作しやすいUIの実装を試みたとのことだ。
リアルとバーチャルが融合するARで複雑な操作を要求するゲームを制作するのは,現実として難しい。シンプルなエアホッケーはARに最適だが,一方で単純すぎると飽きられる可能性もある。ここで語られたのは,ARを使ったゲーム全般の課題ともいえそうだ。
現実と違っていても気持ちよさが重要〜ダイナミックライティング
続いて,「マジカルミライ 2014」などのイベントでSCEが公開しているPlayStation 4 Camera(以下,PS4 Camra)を使ったARの技術デモ「PS4ダイナミックライティング」の解説が行われた。
「PS4ダイナミックライティング」はプレイヤーがリアル世界に光を当てるとキャラクターが浮かび上がるというもので,CEDEC 2014の会場でもデモが披露されていた。
PS4ダイナミックライティングの技術面について解説したのは,SCEの研究開発部門のエンジニア,掛 智一氏だ。
初期のARでは,3Dグラフィックスを現実の世界にオーバーレイさせるだけといったものが多かったが,どうしても不自然に見えた。その理由の一つが,CGのライティングがリアル世界と合っていないことにあった掛氏は指摘した。これをなんとかしたいというのが,研究を始めたきっかけだという。
これを解決するには現実世界の光源の位置,色,強さなどをカメラから取り込んだ映像から判断し,その結果を3Dグラフィックスに反映させる必要があるのだ。掛氏によれば,「PS4ダイナミックライティング」ではそれをかなりシンプルな方法で実現している。
PS4ダイナミックライティングで使われている手法をまとめているのが次のスライドだ。カメラ画像の一部(掛氏によると,このスライドの映像の場合なら,初音ミクの足元30×30cm程度の画像)を抽出して3×3のブロックに分け,それぞれの平均値をリファレンス(50%のグレー)と比較することで,光源の方向や色,強さの推定を行っているという。
このようにして推定した光の方向や強さ,色などに応じて影の強弱を変え,同時に環境光のシミュレートも行っているという。とはいえ,環境光についても光源の対面にポイントライトを置くという,これまたシンプルな方法が採用されている。ポイントライトの強さは推定された光が強いときには弱く,弱いときにはやや強めにして,キャラクターを浮かび上がらせるようにしている。
以上のように,非常に簡単な方法で光源の位置などを推定しており,実際,掛氏によるとスマートフォンや1世代前のコンシューマ機などでも楽に処理できるという。一方で,これで大丈夫なのだろうかという疑問もあるだろう。例えば,ここでは光源が1つしかないと仮定しているが,現実世界には多数の光源があるはずだ。
その疑問に対する答えとして掛氏が説明したのが,現実世界と人間が抱くイメージの世界とのズレだ。例えば,机の上に何か物を置き懐中電灯で照らしているとする。懐中電灯の向きを変えても,実は物体の影は動かない。位置と向きを変えることで,初めて影は変化するのだ
確かに,筆者もPlayStation Moveを持たされたら,まず左右に振ってみるだろう。それでもオブジェクトの影に変化が起きなければ,「?」となるはずだ。
「無限回廊 光と影の箱」では結果的にPlayStation Moveの向きを変えたらオブジェクトの影にも変化が起きるという,現実の世界ではあり得ない,しかし人間には自然と感じられる動きを実装したという。現実と人間の感覚は,かくも異なるという良い事例かもしれない。
というわけで,掛氏は現実の世界をシミュレートすることより,プレイヤーの感覚のほうが重要だと強調した。上記のような簡単な方法を使っていても,人間が自然で楽しいと感じられれば,それでいいわけだ。
ARは現実と仮想現実が融合しているところが面白い点であり,現実を無視すればARの意味はなくなってしまいそうだ。しかし,仮想現実を現実世界に合わせすぎるとエンターテイメント性が失われることもある。これには,いろいろ考えさせられることがあり,ARの難しさの一端が分かったような気がした。
航空科学博物館のジオラマAR制作でもリアルとバーチャルの違いに直面
制作したのは成田国際空港とその周辺のジオラマで,縮尺600分の1,幅10m以上という巨大なもの。そのジオラマを専用端末で見ると,説明文や滑走している飛行機がARで映しだされるわけだ。佐藤氏によれば,飛行機は現実のフライトスケジュールに合わせて滑走を行っているそうで,非常に凝っている。専用端末のほかに,ジオラマ上にいくつかのカメラが設置されており,AR旅客機の離発着シーンをディスプレイで見ることもできる。
制作に当たってはまず,ジオラマ周囲にマーカーを置き,カメラが捉えたマーカーを手がかりにARの表示を重ねるという方法が試みられたが,これはうまくいかなかったという。理由はスライドに示されているとおりで,マーカーの認識が1°ずれるだけで,10m先では175mm,現実の距離に直すと105mものズレが生じ「航空機が滑走路から外れてしまう」という深刻な状況に陥ってしまうのだ。
そこで,6方向からジオラマを撮影した画像からあらかじめ特徴点を抽出し,その特徴点とカメラが捉えた映像を照合して座標を特定するという手法に切り替えた。飛行場という特性上,ジオラマに大きな遮蔽物が存在せず,カメラから特徴点が隠されることがなかったことが幸いしたと佐藤氏は語る。
マーカーを使わない方法では画像認識の精度が重要になってくるが,それにはまだまだ向上の余地があると佐藤氏は指摘した。
そのようにして作られたジオラマ展示だが,現実とはいくつか違っているそうだ。例えば,フライトスケジュールでは10分おきに飛行機が飛ぶことになるが,それでは来場者がAR飛行機を見ることができなくなる恐れがあるため,現実のフライトスケジュールの合間に「AR専用機」といったタグを付けた飛行機を頻繁に飛ばしている。
また,飛行機を600分の1に縮小すると小さすぎるので,意図的に大きくしていたり,滑走路を滑走する速さを600分の1に縮小すると「秒速1センチと,とても遅くなってしまう」(佐藤氏)ため,かなり高速にしたりしているという。
それで不自然だという指摘は受けたことはないと佐藤氏は語るが,このことからも,ARではある程度の誇張表現が必要だということが分かるだろう。
というわけで,セッションで語られたARに関する3つの事例を簡単に紹介した。ARはリアリティを追求すると同時にエンターテイメントのために嘘もつかなければならないというあたりが今回のセッションの面白い部分で,今後のARを使ったゲームタイトルが進化する方向性もここらあたりにありそうな気がするが,果たしてどうだろうか。
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