連載
【Jerry Chu】日本のゲーム音楽は配信サービスに乗り遅れている
Jerry Chu / 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー
Jerry Chu「ゲームを知る掘る語る」Twitter:@akemi_cyan |
日本のゲーム音楽は配信サービスに乗り遅れている
筆者は小中高生のとき,「平日はゲームをしてはダメ」という家庭内ルールが課せられていた。もちろん,筆者を勉強に専念させるためだ。平日はゲーム音楽を聴いたり,ゲーム音楽を脳内で再生したりして歯痒さを凌いだ。
「ソニックアドベンチャー2」の冒頭,軽快なポップスを聴きながら街を走り抜けたときの疾走感は忘れられない。「悪魔城ドラキュラ」シリーズはまさに名曲揃いで,ただゲーム音楽を聴きたい一心でプレイし続けた。「ヴァルキリープロファイル」と「ペルソナ3」の戦闘曲は,何百回と聴いているうちに愛着が湧いてきた。
大学生になっても,ゲーム会社に就職した現在も,ゲーム音楽をずっと聴いている。通勤通学中はイヤホンで聴き,仕事中の“作業用BGM”としてゲーム音楽を流すこともある。
学生時代から変わらず,今もゲーム音楽を好んでいるが,一つだけ変わったことは「聴き方」である。
ゲーム音楽の宝庫である配信サービス
筆者はiPhoneを愛用しており,「Apple Music」を利用している。Apple Musicは4000万曲以上のカタログを擁し,ベートーヴェンからAKB48まで古今東西のあらゆるジャンルが揃っている。月額980円(個人メンバーシップの場合)の料金を支払えば,いつでもどこでも好きな曲が聴き放題だ。
さらにApple Musicのメンバーは,iCloudのミュージックライブラリが利用可能になる。iTunes Storeで購入した楽曲に加え,CDからiTunesにインポートした楽曲も自動的にクラウド上にアップロードされるので,スマホにダウンロードせずともストリーミング再生が可能だ。
Apple Musicのカタログだけではなく,自前のコレクションもスマホで気軽に聴ける。音楽好きにはたまらないサービスだ。
Apple Musicはゲーム音楽も網羅している。「Assassin’s Creed」シリーズや「The Witcher」シリーズ,「Uncharted」シリーズをはじめ,「Horizon Zero Dawn」や「Prey」「Mass Effect: Andromeda」といった新作のサントラもゲームの発売直後に配信開始となった。「Axiom Verge」や「Monument Valley」「Thumper」など,インディーズゲームのサントラも多数配信されている。
ゲーム音楽と言えば,作曲家のAustin Wintory氏に触れないわけにはいかない。氏の作品ではグラミー賞にノミネートされた「Journey」(邦題:風ノ旅ビト)のサントラが最も有名だろう。「Assassin’s Creed: Syndicate」の楽曲はヴァイオリンの旋律が印象的だった。Apple Musicのメンバーなら,Wintory氏が生んだ優雅な旋律を思う存分に堪能できる。
筆者はMick Gordon氏による「DOOM」のサントラも愛聴している。インダストリアル・ロックの荒々しさと力強さを兼ね備えた名盤であり,今や筆者の作業用BGMの要(かなめ)になっている。
カナダの作曲家,Michael McCann氏が手がけた「Deus Ex: Human Revolution」のサントラもお気に入りだ。ゲーム音楽にオーケストラ楽曲は多いが,McCann氏の楽曲は電子音楽と環境音楽に主眼を置き,ほかのゲーム音楽とは一線を画している。それでいてゲームの世界観にマッチしており,最も好きなゲームサントラの1枚である。
両氏の音楽が好きな筆者にとって,それらがApple Musicで聴き放題であることが非常に嬉しい。
Apple Musicには「プレイリスト」というシステムがある。キュレーターがApple Musicで配信中の楽曲によるリストを作成して,一般メンバーに公開できるというものだ。Ubisoftが作成した「Watch Dogs 2」のプレイリストには,「Watch Dogs 2」のオリジナル楽曲だけではなく,ゲーム内に登場したライセンス楽曲も含まれている。
また,「Grand Theft Auto V」の開発元であるRockstar Gamesも,ゲーム内のラジオから流れる楽曲を集めたプレイリストを複数作成している。こうしたプレイリストを流すだけでも,ゲームの雰囲気に浸れるのだ。
ゲーム音楽の名曲を聴けるだけでなく,ゲーム内で流れるライセンス楽曲もプレイリストを通じて容易に見つかる。そのうえで新作のサントラも次々に追加されていく。ゲーム好きの筆者には月額980円がお得すぎると思えるほど,Apple Musicに満足している。
ほとんど見られない日本発のゲーム音楽
Apple Musicについて,一つだけ不満に思うことがある。それは日本発のゲーム音楽がほとんど配信されていない点だ。
日本発のゲームサントラの場合,iTunes Storeでダウンロード販売されることは多いが,Apple Musicで配信している楽曲はほとんどない。最近のゲームを例に挙げると「ファイナルファンタジーXV」と「ペルソナ5」のサントラはiTunes Storeで販売中だが,Apple Musicを検索してもこれらのアルバムはヒットしない。
「モンスターハンター」「メタルギアソリッド」「龍が如く」「ドラゴンクエスト」「Bloodborne」「DARK SOULS」「ゼルダの伝説」といったタイトルやゲーム会社名でも検索してみたが,目当てのゲームサントラは一切出てこない(「メタルギアソリッド」や「ゼルダの伝説」で検索すると,「ザ・グレイテスト・ビデオゲーム・ミュージック」がヒットするが,これについては後述する)。とても残念なことだ。
「iTunes Storeで買えば聴けるではないか。別にストリーミング配信でなくてもいい」という意見はあるだろう。確かに「FFXV」と「ペルソナ5」のサントラはクオリティが高く,筆者も喜んでアルバムを購入した。
だが,4000円のサントラを進んで購入するのはゲームファンだけではないか。このままでは日本のゲーム音楽の魅力がゲーマー以外に伝わらない。
聴き放題だからこそ,いつもは聴かないジャンルにも気軽に手を出し,新たな音楽に出会う機会が生まれる。Apple Musicの運営者によるプレイリストには,ゲーム音楽が入っていることがある。
例えば「Electronic Orchestra」は映画に登場した電子音楽を集めたプレイリストだが,その中に「Deus Ex: Human Revolution」と「Mass Effect 3」の楽曲が含まれている。ロックをセレクトした「Ripped Rock」には「Call of Duty: Black Ops 2」の楽曲がある。映画音楽の作曲家,Lorne Balfe氏とBrian Tyler氏の名曲を集めたプレイリストにも,「Assassin’s Creed」シリーズや「Far Cry 3」「Beyond: Two Souls」といったゲーム音楽が見られる。いくつかのヒップホップのプレイリストにも,「Grand Theft Auto V」のオリジナル曲が取り上げられている。
つまり,ゲーマー以外の人がさまざまなジャンルの音楽を聴いているうちに,ゲーム音楽と出会う機会があるということだ。
「ファイナルファンタジー」シリーズの音楽は海外でも評判が高く,これまでにワールドツアーのコンサートが行われている。もしApple Musicで配信されていれば,オーケストラのプレイリストに選出されていてもおかしくない。同様に「ペルソナ」シリーズも,J-POPのプレイリストに名を連ねるだろう。
ストリーミング配信が見送られたことで,日本のゲーム音楽はゲーマー以外に届くチャンスを失っているのではないか。
Apple Musicには「Video Games」と「Video Games: The Greatest Themes」といったゲーム史に残る名曲を厳選したプレイリストも存在する。それには「ゼルダの伝説」や「クロノトリガー」「ファイナルファンタジーVIII」などの楽曲が含まれているが,ゲームの音源ではなく,ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団が演奏したバージョンである。
数年前,ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団はゲーム音楽を演奏したアルバムシリーズ「ザ・グレイテスト・ビデオゲーム・ミュージック」を制作した。このアルバムはApple Musicで配信されているので,日本のゲーム音楽もプレイリストに選ばれているというわけだ。
だが,こうしたケースは特別であり,日本のゲーム音楽は欧米のゲーム音楽と“競演”する機会がほぼない。
現在,Apple Musicには2700万人以上のメンバーがいるという。「Spotify」は5000万人以上のメンバー数を誇る。人々が音楽配信サービスで数千万もの曲を聴き,好きな音楽に出会える時代だ。欧米のゲーム会社やインディーズゲームクリエイターが積極的に配信サービスを活用しているのに,日本のゲーム業界は乗り遅れているように見えてならない。
「ストリーミング配信によって,アルバムが売れなくなる」という懸念があるかもしれない。しかし,筆者は杞憂に終わると思っている。
「DOOM」のサントラは2016年9月にiTunes Storeでリリースされたが,同時にYouTubeやSpotifyなどでも配信を開始した。それにもかかわらず,「DOOM」のサントラは発売初日のiTunes Store内セールスランキングでトップに立った。サントラのクオリティが確かなものであれば,ファンはおのずと支持してくれるはずだ。
今後,日本のゲーム音楽はどう展開していくのか
「日本人は実体の商品を好むため,ダウンロード販売が海外のように普及しない」と言われる。ストリーミング配信への需要は低かったかもしれない。
だが,音楽配信サービスが続々と日本でも展開されるにつれて,ストリーミング配信で日本のゲーム音楽が聴けるチャンスが増えていくだろう。
Amazonによる音楽配信サービス「Prime Music」では,「Bloodborne」のサントラがストリーミング配信で聴ける。「モンスターハンター」シリーズの旧作や「ICO」「GRAVITY DAZE」といったサントラもラインナップに含まれている。
昨年,日本上陸を果たしたSpotifyでも,カプコンタイトルのサントラが公開されている。筆者がカプコンに問い合わせたところ,それらは北米のSumthing ElseにCapcom USAがライセンスアウトして音源を提供をしているものだそうだ。また,Apple Musicを含むストリーミング配信について,前向きに取り組んでいる旨の返答をもらっている。
欧米に比べて乗り遅れた感は否めないが,日本のゲーム音楽も配信サービスへの進出を始めているようだ。これまで日本のゲームは数々の名曲を生み出しており,それらをゲーマー以外にも聴いてほしい。音楽配信サービスにおける日本ゲーム音楽の展開に期待している。
■■Jerry Chu■■ 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー。中学の頃は「真・三國無双」や「デビルメイクライ」などをやり込み,最近は主に洋ゲーをプレイしている。なるべく商業論を避け,文化的な視点からゲームを論じていきたい。 |
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