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[CEDEC 2023]「なぜサウジアラビアはゲームに5兆円超を投資するのか?」アラブ諸国のゲーム市場の現在と将来が語られたセッションを紹介
近年サウジアラビアは,ゲームビジネスへ巨額の投資を行っていることで知られ,ゲーム業界でも大きな話題になった。しかし,巨額の投資を行う背景やアラブ諸国のゲーム市場・産業については情報収集が難しいことも多い。このセッションでは,大きく変化してきているアラブ諸国のゲームビジネスについて,実際の現地調査やヒアリング,最新のデータをもとに佐藤 翔氏が語った。
まず佐藤氏は,「サウジアラビアのゲームビジネスへの投資の現状と背景」ということで,投資家としてのサウジアラビアについて解説を行った。サウジアラビアは,日本をはじめ世界の有力ゲーム関連企業へ活発に投資を行っているが,中でも主要な組織と言えるのが,MiSK系の組織と,PIF系の組織だという。
MiSKとは,ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が設立した文化財団のような組織で,ゲームやアニメ,マンガなど幅広く扱っているManga Productionを子会社に持っている。
一方PIFとはサウジアラビアの政府系ファンドPublic Investment Fundという組織で,こちらも取締役会長はMiSKと同じくムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が務めている。佐藤氏によると,この2組織はそれぞれ違う目的を持って動いているとのこと。
どちらの組織も巨額の費用を投じているが,PIFは世界の大手ゲーム企業を中心に投資を行っているようだ |
MiSK系,PIF系のほかにも活発に活動している団体は多く存在しており,政府系では投資省,情報通信省,通信情報技術委員会,デジタルゲームアソシエーション,視聴覚メディア一般委員会といった団体がゲーム開発者のセミナーやワークショップを行っているという。
教育機関系では,ゲーム開発者を育成するためにさまざまな活動を行っている企業や団体も存在する。また,一見ゲームとは関係なさそうに見えてもゲームに関心を持って実際に活動している企業や団体も多く存在しているとのこと。
その他内の「NEOM」は,サウジアラビアの推進する未来都市プロジェクトで,都市計画を進める中でのデジタル分野において,ゲーム関連企業などとの関わりを持つことも計画・実行しているという |
佐藤氏によると,現在のサウジアラビアはいろいろな組織や団体が並行して活発な活動を行っており,さまざまな形でゲーム産業の発展に力を入れているという。そういった背景を覚えておくと今後サウジアラビアの政府機関や企業などと付き合っていく上で,分かりやすくなるとのことだった。
しかし,サウジアラビアがそこまでしてゲーム産業に力を入れているのはなぜか? と疑問を持つ人もいるだろう。その疑問について,佐藤氏は2016年にサウジアラビアの成長戦略として発表された「サウジ・ビジョン2030」が大きく関わっていると話した。
これは,サウジアラビアが国家として経済能力の強化と多角化を目指し,健全な雇用機会を創出することで長期的な繁栄を目指すもので,この国家戦略とも言えるサウジアラビアのしっかりとした成長戦略がある上で,さまざまな組織や団体が動いていると認識するのが正しいのではないかと,佐藤氏はその考えを示していた。
「サウジ・ビジョン2030」には文化や娯楽に対する支出の目標や失業率の目標といったテーマも存在する。また,「国家ゲーム・eスポーツ戦略」の中では細かく分けられた86ものテーマが掲げられており,「サウジ・ビジョン2030」に合わせて2030年までに達成を目指すテーマが数多く存在する |
こうした国家の戦略がある中で,PIF傘下のSavvy Gaming Groupが行った行動が約5.5兆円の投資戦略というわけだ。ここでゲーム開発計画を支援する企業やパートナーとなるパブリッシャ,業界パートナーやeスポーツ関連事業への投資を行うという。中でも雇用の創出は重要な要素となっており,サウジアラビア内でゲーム産業ができるよう技術教育などを積極的に行っていくことを考えている企業が多いようだ。
また,「サウジ・ビジョン2030」に基づく日本との二国間協力についての戦略も用意されているとのことで,「サウジ・日本・ビジョン2030」というプロジェクトが紹介された。この中に存在する「娯楽とメディア」というテーマではゲーム産業にも言及されており,今後日本のゲーム産業について協力を求めることが,企業レベルだけではなく政府レベルでも打診されるのではないかと佐藤氏は予測している。
サウジアラビアと日本の協力関係についての具体例が挙げられ,サウジアラビアと日本のeスポーツマッチや日本のeスポーツとのMOU(基本合意書)締結などが紹介された |
こうして解説されると規模の大きさに少し驚くが,根底には「サウジ・ビジョン2030」という基本計画があり,さらにサウジアラビアのゲーム産業の戦略がしっかりと存在し,その中で多くの企業が動いているという整然とした構造になっている。しかもそれらについてはオープンソースで発表されている情報でもあるため,日本側からはそれらを確認し,吟味した上で各テーマに応じた提案をすることが望ましいだろう。
続いて佐藤氏は,サウジアラビアにおけるゲーム産業について解説。提示されたデータはサウジアラビアのゲーム開発者たちにインタビューし,それをまとめたものだという。
データの左側(丸の大きさで表示),ゲームジャンルでは開発しているジャンルとしてはNarrative-dream(ナラティブドリーム)が一番多い。ナラティブとは,多くの場合プレイヤー自身がそれぞれ物語を紡ぎ出せる(人それぞれの思い出が作られる)体験のことを指し,キャラクターの体験を自身の体験として認識できるようなものもナラティブに含まれる。とはいえ,厳密な線引はない。
佐藤氏はこのジャンルが一番多いことに注目。サウジアラビアの市場として見ると,一般的に売られているジャンルはFPSやレースゲーム,サッカーゲームといった,どちらかというとあまり言葉を使わないタイプが上位に来る傾向があるが,サウジアラビアのメーカーで作るゲームはナラティブを重視したゲームが多いと興味を示していた。
また,プラットフォーム別(データ右上)でも,サウジアラビアでは規模の最も小さいPCでの開発が一番多くなっているのも面白い点として注目していた。
Steer Studiosは元々Suvvy Game Studioという名称だったが,数日前に変更されたとのこと。また,サウジアラビアは大きなゲーム開発会社と個人の開発者が多く,そこは日本と似ている部分でもあるとも話していた |
サウジアラビアで制作されているゲーム開発の成功例として,「Abo Khashem」「A Cat's Manor」「Barrah Alsalfah」などが挙げられていた。佐藤氏によると,サウジアラビアでは一風変わったアプローチによるゲームが多く,独自性が強いという |
次に佐藤氏は「アラブ諸国のゲーム市場の基礎知識」として,アラブ諸国のゲーム市場の規模を解説。過去に佐藤氏がCEDECでアラブ諸国のゲーム市場についてセッションを行った際(2013年)はおよそ2000億円規模だったため,それから10年で4000億円近く拡大していることになる。
さらに,今後もゲーム産業に力を入れていくことがわかっており,マーケット側でもストリーマーやeスポーツなどの規模が拡大していくことも想像に難くない。市場規模の拡大は続いていくと予想される。
また,先に解説されていたように,eスポーツなどにも注力しているサウジアラビアでは,通信に関する政府機関が四半期ごとにレイテンシのレポートを提出しているという。政策目標でもあるeスポーツを支える部分でもあることから,こうしたレポートも重要な要素として扱われているようだ。
なお,通信網の整備と通信速度の速さから,デジタル決済でのリーチが可能になってきていると話し,一方でクレジットカードの保有率の低さから,決済方法がクレジットカードだけという形はあまりオススメできないと話した。
BanderitaXさんやMusutafaGOさんなどの人気ストリーマーの存在も紹介。動画視聴も活発なようで,こうした人気ストリーマーなどはチェックしておくことを勧めていた。そして主なSNSとしてはサウジアラビア,UAEともにWhatsappとなっている |
サウジアラビアでは日本のアニメ関連イベントも積極的に開催されており,人気のある日本コンテンツは多く,現地ではアニメカフェのような施設も多く建設されているという。
では具体的にどのようなコンテンツが人気なのか。という点について佐藤氏は,現地のアニメファンのコミュニティと話した結果として,90年代以前のタイトルや2010年代以降のタイトルなどが人気だとした。その理由は,90年代以前のアニメの場合,当時日本が海外に向けてアニメの放送権を多く販売していた時代でもあったため,低年齢層だけでなく高年齢層まで幅広く人気があるとのこと。一方2010年代以降のタイトルは,日本のアニメ会社が海外進出をしっかり行うようになってきたことで,若い世代を中心に人気があるということだった。
ただし,90年代〜2000年代のアニメについては,かなりコアなファンでないと知らないという。こうした古い作品と新しい作品という形で二極化していることを理解しておくと,アラブ圏での展開に役立つ面もあるかもしれない。
アラブ諸国ではゲームイベントも増加傾向にあり,さまざまなイベントが開催されているので,できればぜひ現地に行って直接見てほしいと佐藤氏は語る。その理由は,現地に赴き現地の人々と話すことで多様な知見や幅広い人脈が得られるからだという。アラブ諸国への展開を考えているなら,なおさらこうしたイベントでの体験は重要になるだろう。
続いて佐藤氏は,「サウジアラビアの諸国のゲーム市場の特性」として,まず人気のあるゲームをピックアップして提示。いずれも世界的な人気を誇るタイトルが多く見られた。なお,アラブ諸国でも大きく異なることはないとのことだった。
「Ghost of Tsushima」や「ELDEN RING」などもしっかりとサウジアラビアでレーティングを獲得し,販売されているとのこと |
eスポーツもサウジアラビアだけでなくアラブ圏全体で盛り上がってきており,直近では「EVO2023」の「ストリートファイター6」にて優勝を果たしたアングリーバード選手(UAE)が話題となった |
ここからはモバイルゲームに特化したデータがまとめて紹介された。モバイルゲームの市場規模は,コロナ禍で上昇し,やや落ち着いた2022年には少し下がるという結果になっており,現在は4.3億ドルとなっているようだ。
その中で,モバイルゲームの人気ジャンルは圧倒的にハイパーカジュアルで,この比率は世界平均より1割ほど高いと佐藤氏は話していた。その一方で,ジャンルごとの特性としてはシューティングゲームが世界平均より高く,RPGは低くなっているとのこと。ところが,前年比でのジャンル別売上を見るとカジノ系ゲームが強く,シューティングゲームやストラテジーゲームなどは低下しており,今後どのように変化するのかは注目だ。
家庭用ゲーム市場では,ソニーの代理店を務めるmodern electronicsや任天堂の代理店であるShas Samuraiなどをはじめ,サウジアラビアで一番大きなゲーム専門店でもあるTOKYO GAMES,メディア複合店JARIR BOOKS,UAEからサウジアラビアに進出してきたゲーム販売店GEEKAYといったゲーム専門店の勢いが感じられるといい,元ゲーム専門店の販売員をしていた佐藤氏としては羨ましいとも話していた。
変わってPC・モバイルについて。こちらでもいくつかの代表する企業が活躍しており,VOVと呼ばれるゲームカフェは,Savvy Game Groupが保有しているという。また,アラブ圏全体をカバーするファンコミュニティツールのWizzoやeスポーツのマッチングアプリPlayheraといったものも出てきているようだ。
通信キャリアについてもゲーム産業に対してさまざまな活動を行っており,クラウドゲーミングやコミュニティサイトなどのサービスを提供していたりもするそうだ |
ここで,佐藤氏がぜひ押さえておいてくださいと話をしたのは,サウジアラビアにおける審査制度について。サウジアラビアでは視聴覚メディア委員会(GCAM)と呼ばれる日本でいうところのCEROのような制度が存在しており,ゲームのレーティング制度を発表している。
画像左のようにレーティングが設定されており,各レーティングの中でも規定が細かく設定されているとのこと。一方で,MiSK傘下の組織が独自のレーティング制度を導入しているが,こちらはどうも更新が止まっているようだ |
最後に佐藤氏は「サウジ・アラブ諸国のゲームビジネスの今後」として,改めてサウジ・アラブ諸国のゲーム市場の現況を話し,ゲーム産業がサウジアラビアの政策目標に深く結びついていることを認識することが大事だとし,その中でさまざまな組織・団体が動いていることを知っておいてほしいと話した。
その上でサウジ・アラブ諸国と上手に協力関係を築くには,サウジアラビアの国としての戦略に合っているか,またはサウジアラビアとしてのゲーム戦略に合っているか,もしくはその企業の戦略に合っているかを丁寧に分析して提案することがひとつ大きな要素だと述べた。
サウジアラビアが大きく動くことで感化されることも多いUAEやカタール,バーレーンなども注目すべき国だと佐藤氏は付け加えていた |
また,注意すべき点として,アラブ諸国では管轄の変更や組織の改編,担当者の変更などが急に行われることが多いため,複数のコミュニケーションライン(メール,SNSなども含む)を確保しておくことが重要だという。そして,相手側の事情に左右されないよう「サウジ・ビジョン20230」をはじめ,組織としてビジョンを共有し,長期的な関係が築けるよう提案することを勧めていた。
ちなみに,「サウジ・ビジョン2030」は和訳もされているとのこと。興味があったら確認してみてはいかがだろうか。
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