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[CEDEC+KYUSHU]インスピレーションをどうデザインに落とし込むか。講演「2D兼3Dコンセプトアーテストの経験談とワークプロセス」
Entei氏は,コンセプトアーティストという仕事のコアにあるものとして,「ビジュアルを通して世界観を作り上げること」を挙げた。そしてそれは,2Dと3D問わず,共通した目的と手段であるとも語る。コンセプトアート自体は2Dの制作物だが,Entei氏の作業フローには,デザイン提案の段階からモデルを制作し,デザインが確定すればそのモデルを3Dプリンターで立体化し検証するというものが含まれているという。つまり,氏のスカルプターとしての活動が,職業としてのコンセプトアート制作につながっているというわけだ。
まず,“初歩的であり,ものすごく大事なこと”として,「写実を学ぶこと」「写実の過程で情報を抽出する能力を身につけること」が挙げられた。
この能力は,現実的な表現をするためだけではなく,抽象的な表現をするうえでも重要だ。たとえばファンタジー作品でも,現実世界の歴史的,人間的,言語的な知識を持ったうえで世界を構築しなければ,説得力のある世界観の裏付けにならない。むしろ,“堅実なリアリティ”があるからこそ,強調されたフィクション的な部分がより印象的になるわけである。
またEntei氏は,「優秀な作品からインスピレーションを得るのも大切だけど,自然から得られるものが参考になることが多い」とも話した。
その例として挙げられたのが,トカゲを被写体とした2枚の写真である。1枚は撮影者の主観的な理解が入った芸術的な写真,もう1枚はグルメブログで食材として紹介されていたものだ。堅実なリアリティを得るためには,影を落としたことでディテールが見えない前者より,そのもの(トカゲ)自体を記録として残した“ただただ解像度”が高い後者のような写真のほうが,参考資料として価値が高いそうなのである。
他者の作品は,その人が自分の解釈で主観的にフィルターをかけた情報であり,そういった作品を見て情報を吸収するだけでは,作品を作る際の原材料の選別力と制御力をどんどん失っていく。自然の中や水族館などに赴き,「自分の目で見て,自分の耳で聞いて,自分の手で触ってみることで得られる情報の積み重ねが,無意識のうちに作品の豊かさを左右する」とEntei氏は語った。
葉脈がクリーチャーの質感の参考となり, 顕微鏡で見た微生物が巨大モンスターのデザインのヒントになる。このように,主観的な参考資料を避け,自然からインファレンス(推定)の収集を行うことで自身の想像力を広げ,新たな着想も得られるようになるというわけだが,この実践例として,雲の表現が挙げられた。
手で掴めない,触れられない雲は,日本や中国の木彫りや吉祥文様といったもののように,モチーフとして装飾的な造形や表現となることが多い。Entei氏は彫刻作品を制作するうえで,それらとは違う柔らかな表現をするためにはどのような形状にすればいいのか悩んでいたという。その悩みを解決してくれたのがクリームだ。豊かで多様なテクスチャを生み出すそれは,リアリティとデコレーティブの間のようなフォルムを求めるEntei氏のニーズにあったものだった。またクリームは,毛の流れを造形するときにも参考になることが多いという。
こういった形で,インファレンスをデザインに生かすために行うこととして,スケッチの習慣の重要性を語った。
本棚やPCのHDD内に,解剖学や動物の図鑑,鎧や衣装の資料集,建築写真集といった参考資料が山ほどあるのに,いざ仕事が始まるとそれらを使うことを忘れてしまう。手元にある資料を作業に生かせない……そういったことは,アーティストに限らず,資料を引用する機会が多い職種の人間であればよくあることだろう。
しかし,自分の記憶から引き出せない知識は,自分自身に属しているものではない。ただ,自分はそれを持っていると錯覚しているだけ。知識を作業に生かすには自分の脳と手に覚え込ませることが必要で,デザインにおいてはスケッチが重要であるというわけだ。
続いて,Entei氏がとくにこだわりを持っている「柔らかさの表現」について語られた。
なお,ここでいう柔らかさとは,物理的な意味ではなく, アートの文脈の中での柔らかさだ。それは「自然であること」「調和が取れていること」「流動していること」「 生命力が感じられる」ことだという。今回の講演でメインとして説明されたのは,調和と流動の2つ。この2つの要素が,造形のテクニックに直接関連しているという。
調和は,シルエットのコントロール。プライマリ(一次的),セカンダリ(二次的),ターシエリィ(三次的)シェイプについて語られた。第一印象であるプライマリ(一次的)として見えるシルエットは,いくら強調しても“しすぎる”ことはない。では,どのようなシルエットが印象に残るのか。それは○△□といったシンプルな形だ。人間の視覚は,シンプルな形に対して非常に敏感で,いろいろな図形のある中から,常にシンプルな形を最初に見つけ出す。また,外皮のシルエットをシンプルにすれば,見る人の集中力がより作品の内側(伝えたいもの)に集中しやすくなるそうだ。
Entei氏はいくつかの自作を例にそれを説明した。その一つ「Dragon Mermaid」は,当初のデザインは龍と人魚のみで水の部分はなく,全体の構図が横長で面白みがなかったそうだが,立体化の際にデザインを更新。これによって水の部分が□,その上の龍と人魚の部分が△という,オブジェとして非常に安定感のあるシルエットを作り上げた。
これに一歩近づくと,龍と人魚のディテールが見えるようになり,置物から生き物のキャラクターへと作品の印象は変化する。見る人の体験と視線を誘導するシンプルなシルエット,新鮮さと面白さを感じさせるコントラストの強さのあるディテール。それらの調和が,作品のデザインの重要な一部分となるわけだ。
流動でキーとなるのが,リズムとガイドラインだ。
リズムとは,要素を並べるルールを習慣的にデザインしたもの。写真のように9つの●を並べ,モノの大きさや距離感,色の濃淡,急から緩,粗いから精密,垂直から回転といった,造形に生じる対照的な関係を視覚化できる。たとえばドラゴンの尻尾であれば,根本は太くて先は細まっていき,トゲは大きいものがまばらに生えているものから細かく密集したものになるといったことが理解できる。こうして作られた作品は,退屈で硬い雰囲気にはならず,また鑑賞者にとっては作品の変化を読み取りやすい“風通しの良い”デザインになるのだという。
流動の概念における重要なものとして,キャラクターが存在している時間と空間を描くことも挙げられた。
造形物を製作するとき,作者はその対象の動きの一瞬を記しているに過ぎない。 その瞬間を作るのではなく“掴む”という意識が大事だとEntei氏は語る。2人のキャラクターがジャンプして戦うダイナミックな構図は,どれだけ迫力あるエフェクトをかけても,動態的表現に違和感があればそれをダイナミックだと感じさせることは難しい。逆に困っている様子などの静的なシーンでも,少し開いた口やずれている視線,首の角度や真っ直ぐではない立ち姿など,要素の組み合わせや角度の付け方で次第で,今にも動き出しそうな生き生きとしたものになる。
キャラクターの動きの方向を表現するうえで重要なのが,さまざまな角度で見ながらガイドラインを引くことだ。Entei氏はそれを最初から引くのではなく,おおまかなポーズが決まったのち,造形途中でいったん止まり,また必要なタイミングを迎えたらそこで止まるといったように,徐々に試しながら行っていくという。
それによってキャラクターの身体を絞ったり,伸ばしたり大きく変形させたりすることもあり,ときには左右の腕の長さが異なる場合もあるとのこと。それはアナトミー(解剖学)の常識を超える場合もあるが,それは良い表現を行うための歪曲であり,単純に正しい/正しくないで測れるものではないそうだ。
最後にテクニック以外の部分で大事なこととして,クリエイターの心構えについて語られた。
人は,本当に好きなことをしているときにこそ最大のエネルギーを発揮できる。仕事では好きなことばかりをするわけにはいかず,どんな作業をするのかを自由に選択できないかもしれないが,その作業の中に自分の好きなものを見つけ,それに集中することでモチベーションは保てる。それらの痕跡はすべて自分の作品に反映され,そして作品のクオリティにもつながる。
作業中に,楽しくて自由なところがあるかどうかも重要で,もし自由に創作できる機会があるのなら,迷わず1番好きなところからやるべきであるそうだ。好きなことだから,繰り返しやっても飽きない。飽きないからたくさんやる。たくさんやればやるほど上手になる。ものづくりでとても重要なのが「作者が自分の気持ちに正直であること」「好きな気持ちを忘れないこと」と話し,セッションは終了した。
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