連載
【鈴木謙介】「戦争シミュレーションと〈ゲーム〉のしくみ」
鈴木謙介 / 社会学者
鈴木謙介の「そこ見るんですか?」 |
WSGの快楽
戦争シミュレーションといえば,ビデオゲーム以前からの歴史があり,世界中でプレイされている,ゲームの花形ジャンルです。
「戦略シミュレーション」「ストラテジー」などと呼ばれることからも分かるとおり,単に相手軍を倒す(この定義もあいまいですが)ことだけが目的というわけではなく,自軍と相手軍との駆け引きが〈ゲーム〉の醍醐味になっているのです。
以前の記事でも紹介したとおり,カイヨワが定義した遊びの要素とは「競争」「模倣」「偶然」「めまい」の四つでした。
この考え方に従えば,戦争シミュレーションゲーム(以下,WSG)の〈ゲーム〉性は,相手との駆け引きの結果,勝利を手にするという「競争」の部分にありそうな気がします。
しかし,WSGをプレイしたことのある人なら感じたことがあるでしょうが,相手に勝利することよりも,事前に立てた戦略がうまく成功したときの「よっしゃ!」という快楽のほうが,これらのゲームの魅力としては大きいのではないでしょうか。
さらに,作戦を成功させた際の評価は,終了までにかかったターン数が短いほど高くなるので,例えば「敵拠点の占拠」が目的となっているミッションで「敵の殲滅」を目指していると,かえって評価が下がってしまうことになります。
また,自軍の歩兵を「生産」することはできないので,無謀な作戦で負傷者を増やすと,後のミッションクリアに必要な人材が投入できないという事態に陥ることさえあります。
こうした条件の制約のもと,最短で目標を達成するための戦略を考えることがこのゲームの〈ゲーム〉性の源泉になっているといえそうです。
さらに面白いのは,主人公の属する「G組小隊」は,士官学校の落ちこぼれ生徒達であり,攻撃を中止するなど,ときにプレイヤーの命令を無視するというところでしょう。
こうすることで,最初は不完全な部分もある個々のユニットの成長を期待できるという点で,ミッションの繰り返し(いわゆる「作業ゲー」)になりがちなWSGの弱点を補うことができますし,敵ユニットだけでなく味方にも「偶然」の要素を持ち込むことによって〈ゲーム〉性を高められるわけです。
また,相手との戦力差というゲームバランスの点でも,戦ヴァル2は特徴的です。正直,敵軍(の一部ユニット)が強すぎて,どうにもならない場面によく遭遇します。
まったく戦略を立てないとすると,ほかのゲームなら淡々とレベル上げをして臨むところですが,ユニットの戦力差が大きすぎるので,膨大な時間をレベル上げに費やさない限り,無策で勝利することは不可能でしょう。
言ってみれば,WSGの戦略性とは,根性論を否定するところから始まるものなのです。
ゲーム理論とWSG
……という堅い話はさておき,ゲーム理論で重要なのは,プレイヤー同士が相互に依存していて,自分と相手がどういう選択をするかによって結果が変化するということ。そして,それゆえに相手と自分の行動の結果によって得られる結果を数値化してしまえば,数学的に合理的な戦略を導くことが可能になる,という前提です。
人間の行動の結果を数値化できるのか,とか,相手がどういう選択をするかは分からないじゃないか,とか,その辺はいいっこなしです。大事なのは,お互いに最短で目標を達成しようとしていて,それを実行に移すならば,もっとも良い解は数学で考えられるよ,というところです。
そしてこの「最短で目標を達成しようとする」という考え方を,「合理化」といいます。つまり,WSGでもゲーム理論でも,基本のところにあるのは合理化という考え方なのです。
戦ヴァル2における目標と合理化の関係を考えてみましょう。敵拠点を占拠することが目標のミッションでは,
(1)可能な限り最短で目標拠点にたどり着く
(2)可能な限り自軍の被害を最小化する
(3)可能な限り敵軍との交戦は避ける
ことが戦略の合理化につながります。「可能な限り」というあたりがミソです。
WSGには相手がいますから,これが最短,と思っていても,必ずしもそのとおりに行動できるとは限りません。障害となる要素をうまく倒すか,避けるかするような戦略を,相手の動きを予測しながら立てなければいけないわけです。
相手の動きを予測するといっても,イレギュラーな動きをするユニットがいれば,こちら側は混乱しますし,ちょっとした操作ミスで当初の予定が狂うことだってあります。そうした条件の変化に対応しながら戦略を立て直すことができなければ,相手のいるゲームで勝利することはできないでしょう。
予想外の事態に対応するということで言えば,ターン制をとるWSGよりも,(実はプレイしたことはないんですが)リアルタイムストラテジーや,あるいはサッカーゲームなどのほうがはるかに大変そうです。というより現実のサッカーの試合だって,フィールドでプレイしている選手たちは,刻々と変化する戦況を見ながら,その時々に必要な戦略を立てて動いているはずなのです。
戦略を立てて複数のチームが競い合うゲームは,最近では企業の研修などでも用いられるようになっているといいます。企業に求められる戦略が複雑化する中,どんな状況の変化にも対応できる合理化された戦略的思考を身につけておくことは,ビジネスパーソンの必須スキルと言えるかもしれません。
WSGの未来
どうしても「戦場」が舞台になるため,WSGは「世の中の役に立つ」と正面切って言いにくいところがあります。しかし,合理化された戦略的思考を鍛える〈ゲーム〉と考えれば,「役に立つ」WSGの未来の姿を構想できそうです。
技術の進化で,WSGにも「リアルタイムで戦闘が進む」とか「オンライン化することで多人数が参加できる」といった要素が持ち込まれているようです。
しかし,WSGの原点に立ち返って考えるならば,その〈ゲーム〉性は,
(a)どのような制約条件の下でも
(b)時間の経過とともに条件が変化しても
(c)たとえイレギュラーな出来事が起きても
合理的戦略を立てて行動するということにあります。
また,制約条件の中には「資源の制約」と「時間の制約」があります。こうしたことを組み合わせてゲームのルールを作って競い合うという〈ゲーム〉がWSGなのです。イメージとしては,詰将棋なんかが近いと思います。
この〈ゲーム〉性を進化させれば,おそらくものすごく高度な「人材マネジメントのための戦略ゲーム」が作れると思います。
プレイヤーは戦闘時にキャラクターそれぞれの個性を見抜き,それを活かしながら戦略を立てなければならないだけでなく,平時にも彼らに対してのコミュニケーションを怠らず,モチベーションが下がらないようにしてあげなければならない。負傷者が出ると部隊全体の士気が下がるので,無用な戦闘も極力避けなければならないのです。
「戦争」を扱ったゲームとしては物足りないという人もいるかもしれませんが,現実の戦争でも,経営の世界でも,「いかに敵を殲滅するか」という派手な考え方は通用しなくなっているのです。「戦争」ではなく「戦略」にフォーカスした未来のWSGを考えることは,決して無駄ではありません。
ゲームのジャンルについてはいろんな考え方があるのですが,こうして「何が〈ゲーム〉を成立させているか」という点から考えれば,既存のジャンルの枠にとらわれない発想が生まれるのではないか,というのが今日のまとめです。それでは。
■■鈴木謙介(関西学院大学准教授)■■ 社会学者として教鞭を執る傍ら,TBSラジオ「文化系トークラジオ Life」のメインパーソナリティも務める鈴木氏。気付くと7月に発売されるゲームの予約券が溜まっており,夏にかけてまた“納税”しまくることになったそう。ただ,それらが原稿に反映できるのは,もう少し先になるとかならないとか。 |
- 関連タイトル:
戦場のヴァルキュリア2 ガリア王立士官学校
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