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[CEDEC 2012]ユーザー体験に基づいてシステムを設計する“UXデザイン”とは。NHN Japan此川祐樹氏が解説するチュートリアルとUIの作り方
我々がゲームプレイやWebサービスをとおして受ける使用感,例えば“楽しい・分かりやすい・心地よい”などといった感覚的な体験について,近年のゲーム業界では専門分野を交えた研究が進められている。こういったユーザーの体験から得られる経験や満足感は“User Experience(UX)”と呼ばれ,これを元にシステムを設計することを“UXデザイン”と呼ぶ。
UXデザインは近年のトレンドの一つで,CEDEC 2012でも,同様のテーマを扱ったセッションがほかにもいくつか開催されていた。そして今回の講演では,NHN JapanがどのようにUXをゲーム設計に反映させているのかを,此川氏がいくつかの事例と共に語るというわけだ。意外にも(?)同社がCEDECで講演するのは,今回が初めてなのだという。
ユーザーにとって,より良いサービスを伝えるための「UXデザイン」
此川氏によると,近年はサービスの競争が激しいこともあり,コンテンツの良し悪しをごく短い時間で判断されてしまう傾向があるそうだ。例えばオンラインゲームでは,数分のチュートリアルをプレイしただけで「自分には合わない」と見切りを付けてしまうプレイヤーが多く,加えて言えばそういうプレイヤーの数は,決して無視できない規模になるという。
そのため,NHN Japanは“使いやすい/使いにくい”といったあいまいな表現ではなく,より明確に「ゲームを続けてもらえるデザイン」の根拠を見つけだすために,UXの研究を行っている。
NHN JapanaはUXを大きく6段階のデザインプロセスに分けて,それぞれ研究を進めている。デザインの最終目的は,あらかじめ想定したターゲットユーザーに満足してもらうことで,そこへ至るまでに,「ターゲットの研究」「デザイン目標の設定」「デザインの視覚化」そして「ユーザーテストによるデザインの評価」といった流れで,プロセスを進めていく。もしユーザーテストで大きな不備が見つかった場合は,ターゲットの研究が間違っている可能性が高いため,そこに戻ってやり直す,といったことを繰り返すのだという。
ユーザーテストにおけるUXの具体例を紹介
今回の講演では,デザインプロセスの中にある「ユーザーテストによるデザインの評価」の具体的な事例が3つ紹介された。NHN JapanはゲームのUXデザインを評価するために,チュートリアルと,PC/スマートフォンにおけるユーザーインタフェースを調査対象に取り上げている。
【事例1】チュートリアルのUXリサーチ
具体的な調査方法は,チュートリアルにおける各システムの習得回数や所要時間などを,他社タイトルを交えて比較するというもの。NHN Japanタイトルのチュートリアルは,4分から長くても8分くらいと,全体的にシンプルに作られている。「早くゲーム本編に参加できるほうがいい」という思いが根底にあったので,このような作りになったそうだが,一方で比較対照の他社製タイトルは,10分以上の時間をかけて基礎を学ぶカッチリとしたチュートリアルを備えたタイトルもあった。
そしてNHN Japan自社製の2作品と,他社の2作品を含めた計4作品を独自に比較した結果,チュートリアルを終えたあと,参加者のモチベーションが高かったのは,最も時間のかかる他社製タイトルであることが分かったと此川氏は話す。
また別のユーザーテストでは,チュートリアルの最中におけるモチベーションの変化を,段階ごとに記録してグラフ化を行なった。その結果,「どのタイトルもグラフの変動傾向が似ている」「時間と共にモチベーションが低下する」ことが分かったという。
以上,2種類のユーザーテストにより,「時間の長さによる(モチベーションへの)影響/関係性は少ない」,「チュートリアルではゲーム内容をしっかり伝えることが何より大切」という調査結果が得られた。
ただ,調査方法については,もう少し詳しく聞きたかったところ。たとえば“モチベーション”はテスターへのヒアリングや,プレイ時の表情,マウス操作から読み取って判断されているというが,具体的な基準は示されていないなど,やや気になる点が残る。加えて,導かれた「時間の長さによる(モチベーションへの)影響/関係性は少ない」という結論は,画像4-10で示されている「時間と共にモチベーションの低下が見られる」という調査結果と矛盾しているようにも思える。
4-9 |
4-10 |
一方で,此川氏がこの調査結果を受けて立てた「経験価値を伝える」という仮説が,チュートリアルを制作するうえで大切だというのは理解できる。画像4-8を見ると,チュートリアル後にゲームへのモチベーションが最も高かった他社Dの作品は,ほかと比べて時間に対するレベルアップ効率やクエスト達成率が高いことが分かる。
何らかの方法で操作やシステムを理解した見返りがゲーム内に反映されることが,チュートリアルにとって重要な要素なのかもしれない。
ちなみにNHN Japanで,この調査結果を受けてチュートリアルが非常に簡素だったタイトルをリニューアルしたところ,新規プレイヤーの週間残留率やチュートリアルの完了率が大幅に上昇したとのこと。
【事例2】PCゲームのUXリサーチ
続いての事例は,「残留率が悪いPC向けの某タイトル」に関して,ユーザーインタフェースのデザインに不備がないか,というリサーチである。タイトルは分からないが,画像を見る限りではブラウザで遊べるソーシャルゲームだと思われる。
ともあれリサーチルームにテスターを招いて検証してみると,なんとなく不自然さやストレスを感じる人が多いことが分かった。詳しく調べてみると,体力などの重要なパラメータの表示が画面の「右側」に寄っており,ゲーム中,プレイヤーの目線が右から左へと流れる設計になっていることが判明した。
たとえば雑誌やWebページにおけるデザインの世界では,利用者の目線の動きに関して「Fの法則/Zの法則」というものがあり,これは使いやすいインタフェースの定説となっている。今回のタイトルのインタフェースは,どちらの法則にも当てはまらず,ストレスを感じる要因の一つになっていたのでは? と此川氏は分析する。
【事例3】スマートフォン用ゲームのUXリサーチ
最後は,とあるスマートフォン用ゲームに付随した“時計”機能についてのリサーチだったのだが,ここではなんと8割近くものユーザーから不満の声が上がったとのこと。調べてみると,時計の表示位置が「下側」であったことが,使いにくさに影響していることが分かった。
というのも,このスマートフォンではデフォルトの時計が「上側」に表示されている場合が多いのだ。利用者は意識せずともこれに慣れており,「画面の下側を見て時計を確認する」ことになんとなくストレスを感じてしまうのだという。
此川氏が紹介したこれらの事例について,調査結果だけを見ても「それって当たり前のことでは?」と感じる人も中にはいるかもしれない。だが,より良いサービスを実現するために何が必要なのかを分解し,理論に基づいて考えることで,初めて見えてくる部分もある。これを突き詰めていくのが,UXという考え方なのだそうだ。
NHN Japanは,今後もこのような取り組みをとおして「ユーザー目線の使いやすいUIデザイン」「経験価値が高いと感じられるゲーム性」を構築し,“使いやすく”てわかりやすく,快適に,ゲームの楽しさを伝えていくという。
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