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印刷2007/11/28 15:05

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永劫回帰の中での選択肢 第23回:『ジュリアス・シーザー』→歴史モチーフ

 

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『ジュリアス・シーザー』
著者:シェイクスピア
訳者:福田恒存
版元:新潮社
発行:1968年3月
価格:420円(税込)
ISBN:978-4102020067

 

 『ジュリアス・シーザー』は,シェイクスピアが16世紀末にイギリスで書いた歴史劇で,古代ローマに(というかヨーロッパ史に)燦然とその名を輝かすシーザー(カエサルと書きたいが,本稿ではあえてシーザーで統一させていただく)の暗殺にいたる顛末を描いた政治劇でもある。それってどんな話だっけ? という人も,「ブルータスよ,お前もか!/ Et tu, Brute!」というセリフは,どこかで聞いたことがあると思う。
 作品としては,シーザーの凱旋に始まり,暗殺計画の進行,そして元老院でのシーザー暗殺――で終わるのではなく,むしろここから話がクライマックスに向かっていく。タイトルがジュリアス・シーザーなのに,シーザーが殺されてからが本題なのはどうよという気もするが,ともあれ物語はシーザーの遺体を前にした演説というクライマックスを迎え,最終的には政治的敗者となったブルータスらが軍事的にも敗北するところで幕となる。

 本作は古来,民主主義の問題点を描く作品であるといわれてきた。優柔不断で強者に簡単になびく元老院,理念や理想よりも情念と実利に訴える演説で,簡単に支持する相手を変える民衆,正義の名の下に無差別な殺戮を行う暴徒と,作中では衆愚政治に陥った民主制の無残さが,これでもかというほど描かれている。
 だが一方で,歴史を題材としたエンタテインメントとして見たとき,本作はいまもって読者を楽しませ得る技法をいくつも備えていることに気がつく。

 本作では,何か歴史的事件が起こる前段階に,必ずその事態を覆し得る要素が提示される。シーザーが暗殺されるまでに,シーザーの前には暗殺を回避する選択肢が何度も提示され,そしてその都度,シーザーは自分の暗殺に向かう選択肢をとり続ける。周囲の人々が為す努力も同様で,シーザー暗殺を阻止しうる行動は,ことごとく中途で失敗する。結果,シーザー暗殺という歴史イベントは,可能性の隘路を縫って,奇跡的な成功へと辿りつくことになる。
 そしてまた,次の大きな歴史イベントである「シーザーの遺体の前での追悼演説」にしても,ここでブルータスらがアントニー(シーザー側の政治家)に大敗を喫するという結果にいたる間には,それを回避する選択肢が用意されている。ブルータス側はアントニーを殺してしまうこともできたし,アントニーの追悼演説を拒むこともできた。最悪でもアントニーが先に演説してからブルータスの演説が行われるという順序にできた。だが,ブルータスは自らの理想と理念に基づいて,この選択すべてを悪い方向に選び取り,アントニーの巧みな人身掌握術の前にローマからの撤退を余儀なくされる。

 この,「理想と現実の折り合いをつけようと最大の努力をしていたら,なんとかなるような雰囲気が漂ってきたのに,やっぱりなんともなりませんでした」という展開は,よく出来た歴史ストラテジーを思い起こさせる。歴史の大きな流れを前に,局面局面で後知恵に基づき「最善の選択肢」を使って流れを押し留めようとしてみたところで,やっぱり船は流される。そんな独特の無常観(あるいは宿命論)が,ここには確かに息づいている。

 ちなみに新潮文庫版の巻末には,シェイクスピアが底本にしたといわれるプルタルコスの「対比列伝」が引用されていて,これがまた非常に面白い。当然ながら「対比列伝」でもやっぱりシーザーは暗殺されるし,ブルータスは弁舌で敗北するし,最後は剣に倒れる。でありながら,「対比列伝」の段階ですでに「もしかしたら」的演出は随所に挿入されていて,読んでいるとついつい「こっちのシーザーはもしかしたら生き延びるんじゃ?」「こっちのブルータスは勝利するんじゃ?」とかいう,あり得ない妄想が忍び込んでくる――そして「こっちのシーザー」も「こっちのブルータス」も死ぬことを見,改めてそれが歴史なのだと思い直す。だって歴史なんだから仕方ない。
 それでもやっぱりもう一度,別の可能性を求めて『ジュリアス・シーザー』を読み返し,やっぱりシーザーは死んでブルータスも死ぬ。「ハーツ オブ アイアンII」で何度プレイしてもルクセンブルクは誰かに必ず踏み潰されるし,「天下統一II」の佐竹家を担当し,死力を尽くして宿敵・北条家を打倒してみたところで,ご近所の上杉家は北条家・武田家の2勢力がかりでようやく抑え込まれていたのだから,そこで北条家が弱れば,余力の出来た上杉家がたちまちゲームの大局を制してしまう。結局佐竹家は「天下第六位の大身」(史実どおり)くらいにまとまるのが関の山なのだ。
 同じようにシーザーとブルータスは必ず死ぬにもかかわらず,やっぱり読み返してみたくなる。それが正しい意味でのリプレイアビリティでないことは分かっているのだが,読み手/プレイヤーが予測済みの挫折を楽しめる点は妙に似通っている。

 それはそうとして「対比列伝」の時代,つまり紀元1世紀頃から,歴史をエンタテインメントとして楽しむ手法に,Paradoxメソッド=別の選択肢の提示が採用されてきたのかと思うと,2000年経っても歴史エンタテインメントの形は,さして変化していないのだという意味で,驚きを感ぜざるを得ない。

 なお,同様な観点で歴史を描いたシェイクスピア作品のなかでは,個人的に「リチャード三世」も推したい。ストラテジー的にもゲームルール的にも完璧なプレイングを,歴史の濁流が無慈悲に押し流していくという点では「マクベス」もよいが,「リチャード三世」のほうがプレイヤーのスキルが高いぶん,崩壊時のカタルシスも大きい。「リチャード三世」から派生していく歴史ミステリにも傑作が多いので,『ジュリアス・シーザー』が気に入った人は追ってみることをお勧めする。

 

「真夏の夜の夢」と「ただ春の夜の夢の如し」

※「保元物語」における源 為朝の献策も典型的ですな。

 

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■■徳岡正肇(アトリエサード)■■
当サイトでは連載「ハーツ オブ アイアンII 世界ふしぎ大戦!」をはじめとして,Paradox Interactive作品を扱った一連の記事でお馴染みのライター。版元/編集プロダクションの一員として,本を書く側でもあるわけだが,この人の読書傾向も一筋縄ではいかない広がりを持つ。最近読んだ本の話題が,最近プレイしたゲームの話題に劣らず危険な匂いを漂わせているといった感じで,例によってそれを「どこまで出すか」が課題だったりする。
  • 関連タイトル:

    ハーツ オブ アイアンII 完全日本語版

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    天下統一 -相剋の果て-

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