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印刷2008/03/05 11:57

連載

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インタビュー・ウィズ・インフォーマー 第35回:『ファイル』→諜報戦モチーフ

 

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『ファイル 秘密警察とぼくの同時代史』
著者:T・ガートン・アッシュ
訳者:今枝麻子
版元:みすず書房
発行:2002年4月
価格:3150円(税込)
ISBN:978-4622048633

 

 今回紹介するのは,T・ガートン・アッシュの『ファイル 秘密警察とぼくの同時代史』である。東西冷戦下の東ドイツに滞在した経験を持つイギリスの歴史学者が,自分について東ドイツの治安機関が調べ上げたファイルを後年手に入れ,そこから推測できる監視者/密告者達に会って,密告の動機や監視の理由を明らかにしていくという,異色のルポルタージュだ。
 東ドイツは社会主義統一党による事実上の独裁体制で,その下の諜報/治安機関である国家保安省(MfS。通称シュタージ)が,大がかりな国民相互の監視/密告体制を築いていた。要注意人物と目されるや,シュタージの職員は周囲の人に接触し,あるいは専門の工作員を送り込んで情報を探り,弱みを握ることに努力を傾注していたのである。

 国が丸ごと西側に吸収されたという経緯もあって,旧東ドイツでは史上かつてない規模と内容の情報公開が行われた。夫が妻を密告し,教師が生徒を密告していたといった事実は,旧東ドイツ社会に大きな衝撃を与えたが,なかには自身の調査ファイルのコピーを入手し,それに基づく本を著した人もいる。密告と記録をゲーテの口述筆記者になぞらえた『シュタージは私のエッカーマンだった』や,ファイルの入手経緯まで諧謔たっぷりに説明した,詩人ライナー・クンツェの『暗号名「抒情詩」』などが有名な例だ。

 ガートン・アッシュの著作も,これらに続くものと考えてよいが,自分の記憶とシュタージの記録を比べてあれこれ講釈するに留まらず,前述のとおり密告者や監視オペレーションの指揮官を捉まえて,インタビューまでしている点が斬新である。事後のことを考えると,旧東ドイツの人には逆においそれとできない試みだろう。密告の動機はシュタージに自身の商売上の便宜を図ってもらうためだったり,愛国的な思いであったり,自身の家族を守るためであったりとさまざまで,なかには著者がてっきり密告者だと思って連絡をとってみたら,シュタージの担当官によるおおざっぱな書き込みが原因で,実は違ったなどという例も紹介される。
 そして,その例が図らずも明らかにしたとおり,監視社会が崩壊したいま,かつて密告された者は密告した(と目される)者を吊し上げることが可能という,逆の意味で危険な立場にいる。東ドイツ知識人層の代表格であるフンボルト大学の学生達の間では,東ドイツ崩壊直後の一時期,自分がいかにシュタージから危険視されていたかが,デートで異性に誇れるステータスだったことすら,あったという。

 ガートン・アッシュは当時ポーランドの「連帯」の動向を取材する形で自身の研究を進めていたこともあって,彼を監視するシュタージの記録やオペレーションを,インタビューを交えつつ分析することは,取りも直さず東ドイツおよび東欧の現代史の一断面を描くことでもある。自分の“歴史”を探究することで,当時の東ドイツ社会を描き出すこの本は,著者も言うとおり,ただのエッセイではなく,極めて特異な「歴史書」なのである。

 さて,調査を進めるなかで著者は,自分が監視される理由として「西側諜報機関のリストに載っていたから」という証言を引き出す。そして著者自身も忘れていた,若き日に英国外務省関連団体の職員のリクルートを受けた記憶にまで,話はさかのぼっていく。結局,著者が諜報員になることはなかったのだが,はるか以前に一度だけ接触した相手のことも,英国の諜報機関は律儀に記録していたのだ。
 これもまた,諜報/治安維持という分野のすさまじさ,規模の大きさと執念深さを伝える,驚くべき逸話の一つだろう。「事実は小説よりも奇なり」とはいうものの,ソ連型社会主義への痛烈な批判として『1984年』を書いたジョージ・オーウェルが,英国自身の身に跳ね返ってくるこの話を聞いたとしたら,大いにショックを受けるだろうか,それとも寂しく笑うだろうか?

 貿易立国がお家芸であり,かつて七つの海を支配した英国の,諜報にかける熱意には並々ならぬものがある。つい最近も,外務省系諜報機関である政府通信本部(Government Communications Headquarters。GCHQ)が,「Tom Clancy's Splinter Cell: Double Agent」で人材募集のゲーム内広告を展開するという試みが「ガーディアン」紙オンライン版を賑わしたばかりだ。アメリカの「エシェロン」に代表される新しい手段に対応しつつ,彼らは今日も精力的に働いている。我々に馴染み深いゲームタイトルすら,彼らの活動と無縁ではないのだ。

 話題はどこまでも20世紀的で,扱われる諜報の内容と手段も古典的ではあるものの,世界がどうやって動いている/いたのかに関し,その意図的に隠された一面に触れられるという意味で,実に刺激的な本である。

 

「ビッグ・ブラザー」の悪夢はフィクションじゃなかったのです

ドイツ人だけに,ソ連より徹底していたみたい。

 

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■■Guevarista(4Gamer編集部)■■
無駄な読書の量ではおそらく編集部でも最高レベルの4Gamerスタッフ。どう見てもゲームと絡みそうにない理屈っぽい本を読む一方で,文学作品には疎いため,この記事で手がけるジャンルは,ルポルタージュやドキュメントなど,もっぱら現実社会のあり方に根ざした書籍となりそうである。
  • 関連タイトル:

    Tom Clancy's Splinter Cell: Double Agent 日本語マニュアル付英語版

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