インタビュー
[OGC 2010]社会に適応する「ネトゲ廃人」も誕生? あの“しおにく”こと澤 紫臣氏が新たに提唱する「プレイ・ライフ・バランス」とは
一介のゲームマスターに始まり,パブリッシャの代表取締役,各種メディアでのコラムや連載記事の執筆,講演(と,ファンサービスのパフォーマンス)など,さまざまな形でオンラインゲームに携わってきた澤氏を知る4Gamer読者も多いことだろう。
現在,フリーのゲームディレクターとして,オンラインゲームをはじめ,ソーシャルアプリや携帯電話/iPhone向けアプリなどを手がけている澤氏が,今回,OGC 2010にて講演を行う。
澤氏の提唱する「プレイ・ライフ・バランス」は,“仕事と生活の調和”を掲げる「ワーク・ライフ・バランス」のもじりで,意味するところはズバリ“ゲームプレイと生活の調和”である。
澤氏は,なぜ,こうしたテーマについて考え,OGCで講演を行うまでに至ったのか,そもそもの経緯をこう語る。
「これまで6年以上に渡って,僕はMMORPGやインストールタイプのオンラインカジュアルゲームを手がけてきました。その中には韓国と中国を股にかけた開発や,あるいは失敗に終わった試みなど,さまざまな経験があります。僕は今,ソーシャルアプリに携わっているんですが,そこにMMORPGで培ってきた有料アイテムの品揃えや,レベルデザインなどを含む運営ノウハウを活かせないかと考えたんです」(澤氏)
「どうすれば日本で儲かるか」というところまで噛み砕いて説明しても,澤氏の頭の中にあるものの30%を実現できたかどうかすら怪しかったそうだ。
こうした例は,澤氏のプロジェクトだけに起きたわけではなく,おそらくほかも似たり寄ったりだったと思われる。
しかしその一方では,同じように海外開発のタイトルを扱っているのにも関わらず,ローカライズに成功し,高い業績をあげているパブリッシャが存在するのも事実だ。
澤氏は,そうしたパブリッシャは積極的に開発に関与し,なおかつデベロッパはそれを信頼して受け止めるというノウハウが,きちんと蓄積していると分析する。
ここで澤氏は,一口にゲーム業界といっても,コンシューマゲームやオンラインゲーム,ソーシャルアプリ,モバイルコンテンツにはそれぞれ業界団体があり,それによって事実上のカテゴリ分けがなされ,互いに情報を交換する機会がほとんどない事実を指摘する。
もちろん大手のコンシューマゲームメーカーならオンラインゲームやモバイルコンテンツに進出しているところもある。しかしゲーム業界全体としては,それぞれのカテゴリに蓄積されたノウハウが共有されていないのが実情だ。その一方で,プレイヤーはすべてを十把一絡げにして,同じ“ゲーム”としてしか見ていないかもしれない。
澤氏は,「それぞれ商売のタネになる部分があるので,完全なノウハウの共有は難しいかもしれないが」と前置きしたうえで,今後のゲーム業界には,カテゴリにとらわれない情報の交換が必要かつ重要になっていくだろうと予想する。
澤氏は,MMORPGとソーシャルアプリそれぞれにおけるコミュニティ形成の違いを例に挙げて説明する。
すなわち,MMORPGではゲームをプレイすること自体を目的として集まったプレイヤーが,ゲーム内でギルドというコミュニティを形成する。そこには「アイツがいるだろうから,オレもログインしよう」といったプレイ継続の原動力が発生するわけだ。
ところがソーシャルアプリの場合は,先にSNSというコミュニティがあり,ゲームはその中で取り上げられる話題の一つに過ぎない。SNS内で「(ゲーム中の)〇〇さんの畑に虫を入れたよ!」などと記述し,それを元にやり取りすることでプレイ継続へのモチベーションを継続するといった流れだ。
MMORPGにしろソーシャルアプリにしろ,それぞれを個別に説明する場合には珍しくない表現だが,こうした基本的なことすら,両者を並べて論じる機会は,これまであまりなかったのではないかと,澤氏は指摘する。
さらに澤氏は,SNSはソーシャルアプリという形で多くのゲームを導入しているにも関わらず,必ずしもゲームポータルを目指しているわけではないと説明する。SNSの場合,ゲームは,人と人との相関を示す「ソーシャルグラフ」を形成する要素の一つなのだ。
「例えば,mixiアプリの『サンシャイン牧場』と『ブラウザ三国志』では,ゲーマー的に盛り上がっているのは後者です。しかしソーシャルグラフをより動かしているのは,会員数の多い前者です。つまり前者の方が,mixiにとっては,これまで培ってきた日記やサークル,足跡といったグラフに近いものになっているわけです」(澤氏)
逆にいえば,パブリッシャやデベロッパがソーシャルアプリで業績を上げようと思うなら,これまでゲームポータルで成功してきたタイトルをそのままmixiアプリにしてもダメだと澤氏は述べる。つまり,そのタイトルがソーシャルグラフをどう形成するか,あるいは既存のソーシャルグラフをどう動かすかをきちんと考慮しないと,どんなに優れたゲームであっても空振りしてしまう可能性があるというのだ。
澤氏はMMORPGを手がけていた当時,多くのプレイヤーから「クリックばかりで作業感が強い」といわれており,自身もそれを実感していたという。初めて触れたソーシャルアプリは,さらにそれを煮詰め,本当の作業にしたようなものと感じてしまったそうだ。
しかし,それはソーシャルアプリの本質ではなかった。
「例えば,MMORPGはカタルシスを感じさせるために,長時間かけて何百回,何千回と戦闘を繰り返させているんです。そういった忍耐の先にレベルの上昇やレアアイテムの入手があって,『うおっ,来たーっ!』と大きな達成感を得られるようになっています。なのでコンテンツの組み方も,長期間プレイさせる形にせざるを得ないんです。
しかしソーシャルアプリは,種を蒔いたら10分とか20分とか経つと芽が出る。自分のアクションに対して,ゲームが返してくるリアクションが早いし,大きく見えます。そこにプレイしたときの気持ち良さ,爽快感があるんです」(澤氏)
また澤氏は,MMORPGを同期型,ソーシャルアプリを非同期型のゲームという観点からも説明を加える。
例えば同期型のゲームでは,長時間連続でログインしていないと,プレイヤー同士が頻繁にすれ違うことはできない。長時間ログインし続けることで,ようやくパーティのメンツが揃い,晴れてクエストやボスモンスターの討伐に出かけることができるものだ。こうしたケースは,MMORPGプレイヤーなら一度は経験しているのではないだろうか。
これもまた上記と同じく,そもそもMMORPGが長期間プレイさせるデザインに端を発しているからと,澤氏は言及する。
その一方で,非同期型であるソーシャルアプリは,プレイヤーが一つアクションを起こした場合に,その結果が出て再びアクションを起こせるのは数分〜数十分後というようなデザインになっている。
同期型のMMORPGならレベルを一つ上げる間に戦闘をしたり,装備や消費アイテムを揃えたりと,常にプレイヤーがアクションし続けなければならないが,非同期型の場合は何もできない“待ち”の時間が生まれるのである。
ところがソーシャルアプリは,その過程が分断されている。分断されている間に,日記を書いたりできるわけですから,ネット上のソーシャルグラフを描く人達にとって“持ってこい”のコンテンツなんですよ。そんな理由もあって,ソーシャルアプリは知り合いの誰かがプレイして日記を書いているから,自分もやってみたという広がり方をしていくわけです」(澤氏)
さて,ここでようやく登場するのが冒頭のプレイ・ライフ・バランスという言葉だ。
従来,ゲームは実績解除などのやり込み要素や,美麗なムービーなどを充実させることでプレイヤーの関心を煽り,各自が持つ時間を占有してきた。
しかし,その手法は限界を迎えており,プレイヤーを今以上に長い時間ゲームに向かわせることが難しくなっているのは,おそらくは4Gamer読者のみなさんも想像のとおり。
そこで発想を逆転させ,ソーシャルアプリがプレイヤーにもたらす過程の分断を活かし,ゲームをプレイヤーの生活のサイクルに組み込んでしまおうというのが,澤氏のいうプレイ・ライフ・バランスの概念だ。
そこで必要とされるのは,1回のプレイは1分なり5分なりでも,適切な刺激を与えることで,1日に何度も触る気にさせるゲームデザインである。
さらに澤氏は,プレイ・ライフ・バランスが行き着くところまでいくと,俗に言う“ネトゲ廃人”の定義も変わるのではないかと述べる。
現状,ネトゲ廃人とはリアルの社会生活を捨ててオンラインゲームの世界に生きる人といった意味だ。しかし,働いて対価を得ずとも住む場所と食べるものが保証され,さらに1日10〜20時間ものゲームプレイを連日続けられる精神力と体力の持ち主がどれだけ日本にいるかというと,決して多くはないはずだ。
何かの事情で,自宅や自室にこもらざるを得ない状態に陥った人にしても,必ずオンラインゲームに向かうわけではないし,逆もまた然りである。
「ところがプレイ・ライフ・バランスがキッチり取れたゲームが出たとしましょう。すると,人と話しているときでも,失礼にならないような隙が10秒でもできると,ゲーム内のペットにエサを上げたり,畑に種を蒔いたりできるんです。その結果が出るまでは,普通に日常生活を送ることができるし,結果が出てもほんの数秒で次のアクションを起こせる。しかも壮大なストーリーや複雑な背景があるわけではないので,四六時中そのゲームのことを考えていなくてもいい。未来のネトゲ廃人は,普段の生活を支障なく送りながら,ちょっと空き時間ができると,まず携帯電話などでゲームをチェックするような感じになるはずですよ。テレビドラマを見ながらでもiPhoneをいじっているような,器用な──いわばマルチタスクの状態にもなるでしょう。まあ,ある意味で僕は既にそういう状態に陥っています(笑)。それが現状のネトゲ廃人と比較して,良いか悪いかは分かりませんけれども」(澤氏)
当時の日本のオンラインゲーム業界は,「ドラゴンクルセイド」をはじめとするブラウザゲームに注目していたが,澤氏は7月にmixiアプリとしてスタートしたブラウザ三国志の動向に着目した。
これは,ソーシャルアプリの本質とポテンシャルを見抜いていたこともあるが,もう一つ,経営者的な視点も働いていたという。
すなわち,従来のように新たなゲームタイトルを持ち込むたびに莫大な予算を割いて集客するよりも,すでに形成されているSNSのような大きなコミュニティにゲームコンテンツを投入するほうが,ビジネス的な利点が大きいと考えたのだ。
そうした流れを踏まえた結果,澤氏自身が手がけることになったのがmixiアプリ「カイブツライフ」というわけである。
ただ,実のところ澤氏自身,このまま日本でソーシャルアプリの盛況が続くとは考えていないという。しかしプレイ・ライフ・バランスを踏まえ,iPhoneやネットブックなど,メモリや通信でやり取りできる情報量に制限のあるハードウェア上でも十分に動作し,かつワールドワイドでの展開を前提にするならば,まだまだ発展の余地はあると,澤氏は展望を述べた。
なお冒頭で書いたとおり,澤氏は現在複数のプロジェクトに参加しており,PCだけでなく,ケータイのソーシャルアプリ,iPhoneアプリから,手の込んだブラウザゲームまで幅広く関わっているという。
現在はまだ公開できないとのことだが,追って明らかにされるものもあるそうなので,気になる人は楽しみに待っていよう。
また,どうしても待てないという人は,Twitterで澤氏のつぶやきをチェックしたり,あるいはOGC 2010の講演(2月17日13:30〜14:15)を聞きに行ったりすると,何か情報を得られるかも知れない。
「OGC 2010公式サイト」
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