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ゲームでのサウンド開発をとことんサポートするミドルウェア「Audiokinetic Wwise」の実力は? 「2012年東京Wwiseツアー」レポート
さて,Audiokineticは,2000年にカナダのモントリオール市で設立されたミドルウェアベンダーで,ゲーム用統合オーディオオーサリングミドルウェア「Wwise」(ワイズ)を開発している。
Wwiseは,「オーディオ・パイプライン・ソリューション」というサブタイトルが示すように,ゲーム実行時のミドルウェア部分のみならず,オーサリングやゲーム開発&デバッグ環境までパッケージ化しているのが特徴だ。海外では大手ゲームメーカーで採用されており,日本への進出はつい最近のことながら,すでに数社の有力な国内ゲームベンダーからの採用を勝ち得ているとのこと。
そのほか,日本のメーカーからの問い合わせも数多く受けていることもあって,最新機能を紹介し,日本向けのサポート改善に関するメッセージを届けるために,本セミナーを開催するに至ったそうだ。
Audiokinetic設立の動機は,オーディオデザイナーやオーディオプログラマが,創造性を発揮できるようなツールを作りたいという思いからだったそうだ。
現在では,Wwiseはさまざまな要素を取り込み,ユーザーからのフィードバックをもとに巨大なプロジェクトに成長してきたとのこと。
当日行われた重要な発表は,Audiokineticの日本語サイトを立ち上げたという報告だ。日本語で書かれたドキュメントについても,少しずつ提供を開始しているとのことだった。また,3月中旬までには,トレーニングビデオやチュートリアルビデオもすべて日本語化する予定で,今年の目標としては,Wwiseのドキュメントをすべて日本語化することと日本オフィスを開設することを挙げていた。Wwiseチームによるサポートを東京で提供していきたいという。
まず,Wwiseの位置づけについて,ドゥボー氏は以下のように語っている。
「ゲームのオーディオデザインの制作ワークフローすべてをまかなうために,Wwiseは開発されました。また,プログラマにテクニカルな面で依存する部分をできるだけ少なくし,デザイナーが自由にデザインできるようにすることがWwiseの目的です」(ドゥボー氏)
さらに,Wwiseの利点としては,非常に安定していることや複数のプラットフォームで最適化されていること,ゲームそしてゲームエンジンへの統合が非常に効率的に行えることなどを挙げていた。
メンテナンスコストが低いのも特徴とのことで,ゲームの開発段階の後半でWwiseをゲームゲームエンジンに統合した事例を紹介していた。これがなぜメンテナンスコストの話になるのか少し分かりにくい人もいるかもしれないので噛み砕いて説明しよう。一般的には,ゲームと音楽を別々で開発して,最後に組み合わせるようなやり方はリスクが高いので行うべきではない。しかし,やむをえず,そのような対応が必要になることもあるわけだが,そんな状況でもWwiseを使ってトラブルなく統合が可能だったという事例があったということだ。
これはあながち偶然というわけではない。支障なく統合が可能だったのは,Wwiseが単にオーディオオーサリングや再生用ミドルウェアではなく,ゲーム内でのオーディオ再生に関わる作業すべてに対応したツールになっているからである。
「プロダクションパイプラインに対するツールを提供するのがWwiseの目的だというのはすでにお話ししましたが,これは非常に強力なツールであると考えています。デザイナーはオーサリング段階において,オーサリング以外のシミュレーション,プロファイリング,ミキシングも行えます。ゲームあるいは開発ツールがなくても独立して作業が可能になっているのです。また,SDKやランタイムが準備できた段階でも,サウンドデザイナーはプログラマに頼ることなく,簡単に作業を進めることができます」(ドゥボー氏)
ゲーム本体とは独立して音楽制作の作業をしながら,通常ならゲームに組み込まなければできないようなことも単体で進めることができるのだ。このように,Wwiseには単なるミドルウェアの枠を超えた開発環境を提供するツールとしての側面がある。
もちろん,Wwiseは一般的なオーサリングなどでも実に多彩な機能を持っているのだが,ドゥボー氏が挙げていたものだけでもここで詳しく紹介するのは無理があるので,Wwiseの機能個別の説明については,以下の画像とキャプションをご一読いただきたい。
リードプログラマが語るWwiseのSDKについて
デュフール氏は,
「まず,WwiseのSDKについて一番大事なのはサウンドエンジンに対するAPIが優れていることです」
と語り,その例として,氏は,Wwiseでサウンドをトリガーさせる例として,次のC++のコードを挙げた。
AK::SoundEngine::PostEvent("Sword_Slash",MAIN_CHARACTER);
見て分かるように,「メインキャラクターが剣で斬る」といったものをイベントで送ることが記述されているだけで,ハードウェアのポート操作によるボイスマネージメントやバスマネージメントなどは一切行われていない。ビヘイビア部分を変更/拡張することで,追加プログラミングを行うことなく,さまざまなオーディオ制御ができるという高レベルなAPIが用意されている。これは,さまざまなプラットフォームの違いを抽象化するには非常にきれいなやり方だという。
もちろん,こういった高レベルAPI以外に,もっと細かいことのできる低レベルのAPIがいくつもあるが,Wwiseの基本的な考え方としては,サウンドエンジン(Wwise)側,そしてサウンドデザイナー側でできるだけ多くのことを行うということが望ましいとしている。
サウンドエンジンがうまく機能するためには,ゲームエンジンシステムと緊密に統合される必要があるのだが,Wwiseではサンプル実装用のメモリマネージャ,ストリーミングマネージャ,ファイルパッケージャなど,置き換え可能なゲームコンポーネントをいくつも用意している。これらのソースコードはWwiseのSDKに入っているので,そのまま使用してもよいし,独自のものと置き換えることも可能だ。クライアントによっては,Wwiseのストリームマネージャを使ってオーディオ以外のゲームコンテンツのストリーミングをすべてを管理しているところもあるという。
また,エフェクトプラグイン用のAPIも用意されており,独自のエフェクタを作成することもできる。さらに,それに対応するUIをWwiseオーサリングで作成可能だ。それらのAPIは,Wwiseプラグインやサードパーティベンダーが使用しているものと同じものとのこと。
実演されたWwiseによる「セインツロウ ザ・サード」のサウンド制作過程
氏は,大学でミュージックとサウンドデザインを学んでおり,Volitionに入社する以前にも映画,アニメ,劇,ソニックアートなどでサウンドデザインを行っていた人物だ。ゲーム制作に関わるのは初めてだったが,入社して2週間経った頃には,すでにWwiseでシステムのデザインやサウンドのデザイン,プロファイリングやミキシングを行っていたという。Wwiseは直感的かつ効率的に使えるツールだと氏は語る。
スラント氏は,トレイラーを流して,セインツロウ3は三人称ゲームで非常にマッシブなリアルワールドゲームだ,と簡単なゲームの紹介を行った。ゲームにはサウンドアセットが10万個あり,そのうち8万はセリフ,2万がサウンドエフェクトやミュージックであり,これら10万以上のサウンドアセットは,すべてWwiseによってオーサリング,実装,そして処理されているという。
ゲームのサウンド系開発で最初に行うのがサウンドデザインとアセットの制作だ。この部分でのWwiseの機能と操作性をスラント氏は絶賛していた。
「Wwiseでまず最初に感じたのは,DAW(筆者注:デジタルオーディオワークステーション:コンピュータベースの統合音楽制作環境のこと)と似ていることです。すぐにWwiseが頭の中でDAWと同質になりました」(スラント氏)
世界中のサウンドエンジニアに愛用されているツールと見た目や操作性を合わせてあるとのことだが,単にそれだけではないのだという。
「Wwiseでは無制限といっていいほどコントロールの範囲が広がっており,またプレイバックの機能も数多くあります。実際,それは私のデザインのスタイルに影響を与えるまでになっています」(スラント氏)
サウンド制作とデザインが終わった時点で,Wwiseに取り込んでゲーム用の設定をしていく作業となる。
サウンド制作部のデモに続いて,Wwise上で,先ほど作成したサウンドのプロパティやビヘイビアを設定していく過程なども示された。
さらに実際にセインツロウ3のプロジェクトをWwiseに表示させて,ゲーム内でサウンドデータを扱う際の詳細な説明が行われた。
ここで使われたデータは,実際のゲーム制作時に使用されたWwiseプロジェクトそのもので,音声ファイルを実に10万個以上扱うというものなのだが,非常に高速にプロジェクトが開かれていたのが印象的だった。
以下,セイントロウ3のプロジェクトを使って,スラント氏がどのようにゲームサウンド開発をしているのかがいろいろ示されたのだが,細かい部分は省略する。実際のゲーム画面を用いた映像の一部がこちらになる。見ていただければ,Wwiseを使ったゲーム開発の雰囲気や機能の豊富さを感じていただけるだろう。
通常のゲーム画面とは違い,画面上にはサウンドを発するオブジェクトにマーカーが表示されており,空間的な広がりの範囲などが分かりやすく示されているのが確認できるだろう。
また,サウンド処理の負荷についても,実際のゲームプレイの状態をキャプチャしつつ,Wwiseのツールを使って解析&最適化していく様子が紹介された。サウンドの制作から,デバッグ,最適化まですべてWwise上で処理できるわけだ。「オーディオ・パイプライン・ソリューション」と呼ばれるにふさわしい機能のカバーぶりがうかがえる。
「サウンドデザイナーとして言っておきたいことは,Volitionではサウンドデザイナーとはエモーションデザイナーと考えているということです。サウンドやミュージック,ボイス,これらはすべてゲームの中のキャラクターに重量感や感情を与えるのに重要な要素です。各サウンドの再生の仕方,その特徴についてコントロールできる範囲が増えれば増えるほど,ゲーム全体の感情におけるインパクトが強まります」(スラント氏)
インタラクティブミュージック機能を使用して,音楽や楽器パートをさまざまな方法で切り替える(トランジションする)ことができる |
Wwiseのインタラクティブミュージック機能について。これだけで一つのプロダクトに相当する非常に多機能で洗練されたシステムなのだそうだ |
日本で統合型サウンド開発ソリューションは浸透するか
ローカライズについて。Wwiseではローカリゼーションは重要な機能だと考えていて,各国用に用意されたオーディオファイルをインポータを使用して,ゲームにインポートする。ドラッグ&ドロップでプロジェクトに簡単にインポートできるほか,ファイル名のルールに従って,自動的に各国語に対応させることも可能 |
ワークグループ機能について。ワークグループのおかげで複数の人が同時に一つのプロジェクトで作業できる |
ではなぜ,わざわざ「オーディオミドルウェア」と銘打ってこのような製品がリリースされ,しかも何十人ものゲームサウンド開発者がセミナーに参加するのだろうか。
その理由の最たるものは,おそらくクロスプラットフォーム対応にあるのだろう。iOSやAndoridといったスマートフォンから,PlayStation 3やXbox 360まで一つの開発ツールでカバーできるというのはクロスプラットフォームのタイトルリリースが常態化している現状では実に魅力的に映るのであろう。
とくに今後,PC,PS3やXbox 360といったハイエンドデバイスでリリースされた製品をスマートフォンやポータブルデバイスに数年後に移植する,という状況がさらに一般化するなら,Wwiseはオーディオ周りの開発を1ツールで行い,ダウンサイジングしてリリースできる,実に効率的なソリューションといえる。
そして,リソース(つまりメモリ使用量やディスクの有無,CPUパワーなど)に応じて再生コンテンツを制限したり,解放したりできる(しかも1プロジェクトで。オプションチェックなどの簡単な操作で)というところもさすが商用のミドルウェアといったところか。
Wwise経由でゲームタイトルに接続し,リソースメーターとにらめっこしながらコンテンツ効果をプロパティやビヘイビアでON/OFFしていけば最適化ができてしまうというのは,正直素晴らしいと思う(かつてはこういうパラメータなどもプロジェクトごとにプログラマが開発していた)。
開発者のとっつきやすさについてもよく考えられている。プログラムに近い部分はさすがに(サウンドデザイナーにとっては)勉強も必要だろうが,ミキサー部分などは,スラント氏も述べていたように,どう見ても通常のDAWにしか見えない。しかし,Wwiseの本当の姿は「プログラマがリアルタイム制御できるオーディオワークステーション」であろう。オブジェクトのプロパティやビヘイビアも,ゲームのサウンド開発に慣れている開発者ならすぐ使えそうで,実際,スラント氏はわずか2週間でWwiseで仕事を始めているとのことだった。
実際の安定性などについては,試したわけではないので受け売りにしかならないのだが,10万個のオーディオファイルをストレスなく,安定して扱えるというのであれば,まず安心できるのではないだろうか。デモにおいても,10万個のアセットを使ったプロジェクトは十分短時間で,文字どおり「あっという間に」開かれたのが印象的であった。
さらにビデオチュートリアルや日本語によるテクニカルサポート,トレーニングプログラムや各ゲームエンジンへの組み込みなど,まさに至れり尽くせりと言ってよい。
それでは死角はないのか。筆者はWwiseが日本国内で普及するにはその完成度以前に,各ゲーム会社が長年(海外ベンダーより遙かに長い期間をかけて)培ってきたオーディオツールを「捨てる」ことができるかどうかにかかっていると見る。「捨てる」は言いすぎかもしれないが,長年使用して,長所も短所も,挙動も安定性もすべて習得している自社ツールを使わず,商用かつ汎用性の高いツールに乗り換えるには相当勇気がいる,というか,投資に見合わないと考えるベンダーも多いように思われる。Audiokineticが国内でメジャーに躍り出るためには,ここが最大の問題ではないだろうか。
また,自社ツールを使用するということは,優秀なリソース(人材)を社内に囲っておくことが可能になる。イヤな言い方に聞こえるかもしれないが,仮に誰もがこのWwiseで開発するようになると,どこかの会社で必ず仕事があるという状態になる。すると,ゲーム会社のサウンドデザイナーの雇用形態が根本的に変わってしまう可能性がある。海外ではご存じのとおり,ゲーム業界に限らず労働者の人材流動性が高いため,逆にこのような汎用ツールが重宝され,受け入れられる。ツールのおかげでゲーム会社を渡り歩くことができるわけだ。一方,日本では会社から会社に移動する人は相変わらずそれほど多くない。転職する人でもせいぜい一人で2,3社程度であろう。
こういう状況で,良くも悪くも保守的な国内大手ベンダーが,はたして,どれくらい興味を示すか,筆者には想像がつかない。実際,汎用ゲームエンジンも海外でもてはやされているほど国内ではメジャーでないはずだ。クロスプラットフォームでゲームの根幹を支えてくれる便利なツール……と誰もが理解しているはずだが,国内大手ベンダーは相変わらずスクラッチでシステムを構築している(もしくは,かつてのシステムをブラッシュアップして使用し続けている)のが現状だ。オーディオミドルウェアからこの状況にメスを入れるのは容易ではないだろう。
前述の「将来の小型デバイス移植も含めたクロスプラットフォームサポート」にどれくらい支持が集まるか,が当面の課題であろう。
ひとまずはAudiokineticに「Good Luck」と申し上げたい。個人的にはフリーランサーや中小のサウンド開発会社でもプラットフォームを問わず,簡単にサウンド組み込み作業まで行える利点は大きく,Wwiseにはぜひ日本でもメジャーになってもらいたいと思うのだが。
Audiokinetic公式サイト
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