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[CEDEC 2012]「絵筆をCGに持ち替えた」職人が3DCGに挑む。「プリキュア」シリーズのエンディング ダンスはどのように生まれたのか
今回,CEDEC 2012で,その制作スタッフによる講演「プリキュアシリーズ エンディング ダンスの変遷」が行われた。3DCGによるあのハイクオリティなダンスは,どのようにして生まれたのか。内容はゲームと直接関係しないものだったが,3DCGの技術とアニメの組み合わせにまつわる話などが語られた,興味深いものなのでお届けしよう。
「絵筆をCGに持ち替えて」3DCGというチャレンジ
プリキュアシリーズでは以前にもエンディングにダンスが使われたこともあったが,セルでダンスシーンを作るのはスケジュールや作画枚数の制約があるため,それならCGでやってしまおうということになったそうだ。
フルCGでダンス映像を作るのは初めてだったものの,「絵筆をCGに持ち替えて,どこまでできるか試してみよう」という方向性で制作がスタートした。
前述のとおり,プリキュアシリーズは朝に放送される女児向けアニメだ。そのため,大人目線で見たクオリティの高さではなく,あくまで子供が喜ぶ映像を意識して制作が進められたという。例えば,背景が薄暗いなど夜的なイメージのシーンはできるだけ少なくするなど,徹底されている。
モーションキャプチャでダンスを作るのは初めてだったため,振り付けはシンプルなものにし,加えて,視聴者である子供に振り付けを覚えてもらうため,できるだけキャラクターの全身を収めるような画面作りが心がけられたという。つま先や指先がわずかに外へ出ただけでも容赦なく修正の指示が出たそうだ。
とはいえ,全身が収まるようなアングルだけでは画面が単調になりがちなのも事実。現在放映中の「スマイルプリキュア!」のエンディングでは,ダンスの背景にスクリーンが設けられ,そこでちょっとした寸劇が演じられる。これはダンスの振り付けを分かりやすくしつつ,画面にバラエティ性を持たせるためだという。
一年間のTVシリーズでは(前期/後期の)2本のエンディングを作るが,横尾氏によると90秒という時間は「新しいものを作るうえでは,丁度いい長さの尺」であり,前回できなかったことを実現するというスタンスで,クオリティを上げていったそうだ。プリキュアシリーズをやりたいというスタッフのモチベーションも高いということで,毎回進化するエンディングには,こうした秘密があったわけだ。
より自然かつアニメチックな表現を目指して
続いて実際の映像制作について,製作本部 デジタル映像部 シニアデザイナーの宮本浩史氏(以下,宮本氏)と,製作本部 デジタル映像部 チーフリギングアーティストである中谷純也氏(以下,中谷氏)の講演が行われた。
現在デジタル映像部には28体のキャラクターモデルがライブラリ化されており,新人もこれを見て自主的に勉強できる環境が整えられているという。
「スマイルプリキュア!」では,大規模プロジェクトを見越したキャラクターモデルの仕様化が行われているそうだ。主人公達5人は,肌・眼球・口のモデルやUVマッピングのレイアウト(3Dモデルにテクスチャを反映する為の座標情報)が統一されており,最初の一体に時間を掛けて作り込めば,その成果をほかのキャラクターにも流用できるようになっている。これがCGの輪郭線に強弱を付けてアニメチックな見た目にする作業で,とくに役立ったという。
キャラクターのUVマッピングは,ほかのプロジェクトのモデルとも統一されているため,例えばトゥーン調のプリキュアのUVマッピングを,リアル系のキャラクターに流用することも(頂点数の違いなどはあるが)可能になっているという。
肘を曲げると,押さえられた上腕の筋肉が潰れる。これは人体では当たり前の現象だが,これまでのシリーズの3Dモデルでは,こういった表現が難しかった。しかし「スマイルプリキュア!」では,ジョイント(関節)による筋肉表現が取り入れられ,肘や太ももを曲げたときに筋肉が潰れるようになったという。現在の同部署では代表的な3DCGソフトであるmayaが使用されているが,通常であれば筋肉に使用される「マッスル」でなく,「ジョイント」を使った理由として,中谷氏は「処理速度が現実的であったこと」と「デフォルメ的な表現が可能だったこと」を挙げた。アニメ的な体型のキャラクターを扱うことが多いため,ジョイントによる筋肉表現はデフォルメ表現との相性が良かったそうだ。
髪の毛やアクセサリなど,身体が動くと揺れる「ユレモノ」の表現に関しても進化は続いている。初の3DCGダンスである「フレッシュプリキュア!」ではノウハウ不足からすべて手動でユレモノにアニメーションを付けていたが,「ハートキャッチプリキュア!」では,社内で制作したプラグインを使った簡易ダイナミクスが導入され,揺れが自動で生成できるようになった。
ただ,実行するたびに揺れ方が微妙に異なってしまうため,リテイク(やり直しの指示)対応の際の使い勝手が,あまり良くないものだったという。同作の後期エンディングでは改善が行われたものの,続く「スイートプリキュア♪」ではMotionBuilderにツールを変更。髪やスカートの先端は根元の部分から遅れて動くようになり,さらにリアリティがアップした映像が作られるようになった。揺らせる部分も増加し,これまでの髪の毛とスカートに加えてリボンなども自動で揺れるようになったのだから大きな進歩だ。
その後,「スマイルプリキュア!」ではmayaを使用し,これまでと同様のクオリティを実現しつつ,動きを柔らかくする「Delay」や,弾力を表現する「Bounce」といった機能が実装された。ちなみにキュアマーチのポニーテールの付け根の動きには「Bounce」機能の恩恵が現れているらしいので,次回放送日にチェックしてみるのも面白いだろう。
エンディングの画面が生まれるまで
エンディングのダンスの元となっているのは,実際に人間が踊ったときのデータだ。つまり,モーションアクター(アクトレス)が踊った動きのデータをコンピュータに取り込んでいるのである。
「フレッシュプリキュア!」では初めての試みと言うこともあり,この作業は外部スタジオに委託されたが,「スイートプリキュア♪」からは内部にモーションキャプチャ用のスタジオを構築し,ここで踊りのモーションを取り込めるようになったという。
モーションキャプチャに要するスペースは,TVシリーズだと6m×6m前後。多数のキャラクターがポジションを変えながら踊る劇場作品では11m×7mと普段より広い空間が用意された。
モーションキャプチャのためには特殊なスーツを着るが,エンディングのダンスを収録する時にはスーツの上にスカートを身につけてもらい,スカートの動きを意識した上で踊ってもらったという。こうすることで,「後から3Dモデルにスカートを取り付けたら,動きが激しくて手足がスカートを突き抜けてしまった」という事態を防げるのだという。
モーションキャプチャに必須の機具と言えば,全身に取り付けて動きを検出する「マーカー」だ。「スイートプリキュア♪」では指の動きの表情を取り入れるべく,すべての指にマーカーを付けてのモーションキャプチャが試みられたが,すべての指関節の動きを取り込むと,コストだけでなくノイズの問題も生じるため,「スマイルプリキュア!」では親指・薬指・人差し指に限ってキャプチャを行い,その結果から計算してほかの指の動きを作り出しているそうだ。
中谷氏は指のモーションキャプチャについて,満足な結果は出せていないとしながらも,新技術を積極的に取り入れ改善していきたいと語った。
モーションキャプチャで踊りを取り込めば,それで作業が終わるというわけではない。宮本氏が言うには,そのまま使ってもアニメっぽく気持ちのいい動きにはならないのだという。そこでMotionBuilderで動きに緩急を付け,アニメキャラクターに合った軽快な動きを実現している。
調整の作業はこれだけではない。現在デジタル映像部で使われている環境を使えば「アニメーターがモデリングに近いことも可能なくらい」(宮本氏),3Dモデルを操作することが可能となっている。とくに「スマイルプリキュア!」では表情をかなり細かくいじることができ,例えばカメラアングルによりキャラクターの表情が見づらくなった場合でも,顔のさまざまなパーツを操作することでアニメ的な表情が作れるという。
また現在のプリキュアシリーズでは,2Dのキャラクターが活躍したあとに,3DCGによるエンディングが始まるが,その違和感を減らすための配慮も行われているという。
と言うのも,エンディングの最初から3DCGならではの画面を展開してしまうと,番組を見ていた子供の目には2Dアニメと3DCGで別のキャラクターに見えてしまうのではないかという思いがあったからだ。そのため,「スマイルプリキュア!」の前期エンディングでは,最初はセルアニメに近い手書き風の画面でスタートし,曲の後半でドラマチックなライティングで描写された3DCGならではの画面に移行させるといった構成を取っているのだという。
普段何気なく見ているエンディングのダンスだが,本来2Dのキャラクターを3DCGにするために,実にさまざまな手順と職人技が必要になっていることが分かるだろう。
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