業界動向
Access Accepted第856回:名門スタジオの「解体」か「昇華」か。Ubisoftが描く3年計画と巨大資本がもたらす劇薬
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2026年初頭,Ubisoft Entertainmentは同社の長い歴史において,最も大胆な組織再編を断行した。その背景にあるのは,Tencentによる11.6億ユーロという巨額出資と,創業家による経営権維持の思惑だ。名門Red Storm Entertainmentの変容や重鎮の離脱が示すのは,再生への昇華か,それとも創造性の解体か。フランスの巨人が選んだ大手術の深層に迫ってみたい。
巨大資本の影とVantage Studiosの誕生
2026年に入り,フランスのゲームパブリッシャ,Ubisoft Entertainmentはその歴史において,最もドラスティックな組織変革の完遂に向けて突き進んでいる。同社はかつて,世界各地に点在する自社スタジオが有機的に連携する「協調開発(Co-development)」を強みに,広大なオープンワールドを量産するスタイルにより一時代を築いてきた。
しかし,開発期間の長期化や人的コストの高騰,そしてライブサービス型タイトルの度重なる苦戦は,同社の財務体質を圧迫し,株価の低迷を招く要因となった。
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こうした状況を受けて同社が打ち出したのが,本年度を起点とする新たな「3年計画」であり,その核心にあるのが「5つのクリエイティブ・ハウス(Creative House/CH)」と,それを横断的に支援する「クリエイティブ・ネットワーク(Creative Network/CN)」からなる再編である。
この新体制において最も象徴的な動きが,「Vantage Studios」の設立と本格始動だ。この組織はCreative House 1に位置づけられ,「アサシン クリード」や「ファークライ」「レインボーシックス」といった看板タイトルの開発とブランド管理を一手に引き受ける。
Vantage Studiosについて特筆すべきは,中国のTencentから11.6億ユーロ(約2100億円)という巨額の直接出資を受け入れ,親会社から切り離された独立採算制の戦略的子会社として機能する点だろう。
Ubisoft,組織改革のための「3年計画」をアナウンス。「プリンス オブ ペルシャ 時間の砂 リメイク」の開発は中止に
Ubisoft Entertainmentは2026年1月21日,クリエイティブリーダーシップの再獲得と持続的成長の回復に向けて,組織・運営・ポートフォリオ面での大規模な再編方針を発表した。あわせて,「プリンス オブ ペルシャ 時間の砂 リメイク」の開発中止も明らかにされた。
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変革の過程では,「アサシン クリード」シリーズを長らく牽引してきたマーク=アレクシス・コテ(Marc-Alexis Côté)氏の離脱,それに伴う法廷闘争という出来事も発生した。コテ氏は,Vantage Studios設立に伴う組織改編やモントリオールからパリへの移動を「実質的な降格」と捉え,約130万カナダドル(約1.5億円)の損害賠償を求めて提訴中だ。
さらに,「ファークライ 2」や「Watch Dogs: Legion」で知られ,シリーズ最新作「アサシン クリード コードネーム(Hexe)」のクリエイティブ・ディレクターに就いていたクリント・ホッキング(Clint Hocking)氏も,2月にUbisoft Montrealを退社した。
長きにわたり同社を支えてきたクリエイターの去り際としては,あまりにも残念だ。
しかし,同じく2月には,かつて「アサシン クリード」シリーズの黄金期を支えたジャン・ゲドン(Jean Guesdon)氏が,ヘッド・オブ・コンテンツとして復帰を果たした。ヘッド・オブ・ブランドという役職に就くマーティン・シェリング(Martin Schelling)氏,そしてヘッド・オブ・プロダクション・エクセレンスとなるフランソワ・ド・ビリー(François De Billy)氏と共に,「三頭政治」ともいえる新たなリーダーシップチームを結成したことで,コミュニティの懸念は払拭されつつある。
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「アサシン クリード」新章に向けた,リーダーシップチームの新たな顔ぶれを発表。ヘッド・オブ・ブランドにはマーティン・シェリング氏が就任
Ubisoft Entertainmentは,「アサシン クリード」の今後に関して重要なアップデートをアナウンスし,新たなリーダーシップチームに加わる3人を明らかにした。ヘッド・オブ・ブランドにはマーティン・シェリング氏,コンテンツ開発はジャン・ゲドン氏,制作はフランソワ・ド・ビリー氏が担当する。
カリスマ的な開発者に頼る時代は終わり,ブランドのDNAを熟知したベテラン陣による「集団指導体制」へ。Ubisoftの屋台骨は再構築されつつあるようだ。
その一方,Vantage Studiosの共同CEOには,Ubisoft Entertainmentのイヴ・ギルモ(Yves Guillemot)氏の息子であるチャーリー・ギルモ(Charlie Guillemot)氏と,義兄弟と報じられるクリストフ・デレンヌ(Christophe Derennes)氏が就任する。
露骨な親族経営の維持は,やはり変わり切れない体質が表面化しているのかもしれない。
ジャンル特化型運営と「Tencent流」の注入
そのほかのクリエイティブ・ハウスにおいても,従来のスタジオ単位の壁を取り払った「ジャンル専門化」の運営が加速している。
Creative House 2はタクティカル・シューターとサバイバルジャンルに特化し,「ファークライ」シリーズのエクゼクティブ・プロデューサーだったサンドラ・ウォーレン(Sandra Warren)氏のもと,「レインボーシックス シージ」の長期運営と新作「Ghost Recon」の開発にリソースを集中させている。
また,Creative House 3および5を率いるのは,Tencent Games Globalから招聘されたジュリアン・バレス(Julien Bares)氏だ。バレス氏の起用は,単なる人事異動ではない。巨額を投じたTencentが,Ubisoftの看板IPを「終わりのないライブサービス」へと作り変えるべく送り込んだ側面が強い。
実際,3月31日に配信が予定されている「ディビジョン リサージェンス」(iOS / Android)の徹底したモバイル最適化とデータ駆動型の運営手法は,従来のUbisoftには見られなかった「Tencent流」そのものだ。
バレス氏はVantage Studiosの取締役としても名を連ねており,伝統的なプレイスタイルに「継続収益の設計図」を書き加えていく,極めて強力な監視・指導役を担っている。
クリエイティブ・ハウスを支えるインフラとして機能しているのが,元Massive Entertainmentのマネージング・ディレクターだったトーマス・アンドレン(Thomas Andrén)氏率いるクリエイティブ・ネットワークである。
3月半ば,トム・クランシーシリーズでお馴染みのRed Storm Entertainmentから105人が解雇され,ゲーム開発業務を終了することが海外メディアにより報じられた。開発スタジオとしての役目ではなく,クリエイティブ・ハウスに技術提供を行う専門集団へと変容するというのだ。
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1990年代に産声を上げ,タクティカル・シューターの礎を築いたRed Storm Entertainmentについては,当連載「第397回:トム・クランシー氏がゲーム業界に残した足跡」で詳しく解説している。
現在は内製テクノロジーであるSnowdropエンジンの高度化,シューターにおけるタクティカルな監修,そしてVR/AR技術の共通基盤構築を担うクリエイティブ・ネットワークの技術的支柱となっている。
前述の大規模なレイオフと開発業務の停止については,名門スタジオの「死」ではなく,全社的な技術共有プラットフォームへの「昇華」であると主張している。それぞれのクリエイティブ・ハウスは技術開発の重複を避け,「ゲーム体験」の創出に没頭できる環境が整えられたというわけだ。
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しかし,合理化の裏側には,複数の開発スタジオの閉鎖,欧米における小規模拠点の統合,そして「プリンス オブ ペルシャ 時間の砂 リメイク」をはじめとする長期停滞プロジェクトの中止といった,厳しい「選択と集中」の跡が刻まれている。
これまで「何でも作る」ことで全方位をカバーしてきた同社の拡大路線は,2026年を境に明確に終焉を迎えた。
今後のUbisoftが目指している「3年計画」の実情は,かつての肥大したパブリッシャとしての姿ではない。厳選されたIPを,最新の技術共有ネットワークとデータ駆動型のライブ運営ノウハウによって,より確実に,より長く成功される「細マッチョなエンターテインメント企業」への脱皮といえるだろう。
創業者であるギルモ家による経営権の死守。Tencentとの戦略的パートナーシップ。2つの巨大な力が拮抗する微妙なバランスを保ちながら,Ubisoft Entertainmentは自らのクリエイティビティを再定義し,ゲーム市場における覇権を再び奪還しようとしている。
スタジオを解体し,技術を抽出しながらブランドを再編――この劇薬のような大手術は,フランスの名門パブリッシャに新たな黄金期をもたらすのか。名門Red Storm Entertainmentが姿を変えたその先に,真の「再生」が待っていることを願わずにはいられない。
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著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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