レビュー
特盛ボリュームの太平洋戦争シムが,廉価版に
太平洋戦記2 文庫版
» ジェネラル・サポートから発売中の「太平洋戦記2 文庫版」は,膨大なデータを緻密なシステムで包み込んだ玄人向けの戦略級シミュレーション。なにせ2003年の作品であるだけに,物足りない部分はあるものの,コアなストラテジーゲームのプレイヤーであるライター徳岡氏の心眼には,太平洋の大海原と緑の島々の姿がはっきりと映っているのである。
「太平洋戦記2 文庫版」は,2003年にジェネラル・サポートから発売された「太平洋戦記2」の廉価版だ。税込みで3000円を切る低価格設定や,システムの最低要求がCPU:Pentium II/200MHz以上と負荷が少ないこともあって,ついうっかり気軽に手が出せる作品かと思いきや,その内容は濃くて重く,いつものジェネラル・サポートである。軽装に見えるのは,A4で合計300ページくらいあるマニュアルがpdfで添付されているからであって,まかり間違ってもライトなゲームではない。
作品としては,1941年の真珠湾攻撃に始まる太平洋戦争を,日本側の視点で扱った戦略級ストラテジーである。プレイヤーは日本以外の国を選ぶことはできないし,そもそも,マップ上に北米大陸の姿はない。マップ外での活動として潜水艦を使ったパナマ爆撃やドイツへの潜水艦隊回航といった選択肢はあるが,ゲームはあくまでも現実的な(および史実で日本が重点的に活動した)範囲で展開されることになる。
なお,太平洋戦争といったが,プレイヤーは中国戦線および東南アジアの戦線も面倒を見なくてはならず,作品としては文字どおり「太平洋戦争をまるごとワンパッケージに納めた」ものなのだ。
クラシックなターン進行制
ターン制だが,1ターンに実行できるコマンドの回数はプレイヤーが決定できる |
それぞれのターンはいくつかのフェイズで分割されており,外交交渉や生産管理,技術開発といった行動は特定のフェイズでのみ行える。
それ以外の,一般的なイメージに基づいた「戦争」の部分――つまり戦闘機や爆撃機を飛ばしたり,戦車で攻撃したりといった部分――は作戦フェイズにまとめられている。作戦フェイズでは,一定数のコマンド(ゲーム開始時にプレイヤーが決定できる)を発行でき,これらのコマンドは即刻処理される。
作戦フェイズでは,日本側と連合側が交互にコマンドを発行し,処理させていくことになる。リアルタイム制のような,両勢力の完全な同時/同期性はないが,およそ合理的な範囲内において「事態が同時に進行している」といえるだろう。
「どうすれば勝てるのか」の追求
本作を大きく特徴づけているのは,勝利条件の設定と,補給管理の徹底ぶりである。順に解説していこう。
勝利条件は「アメリカとの講和」の一点にかかっている。アメリカと講和できればゲームは終了だ。逆にいえば,太平洋とアジアを暴れまわってすべてを日本の支配下に置いたとしても,ゲームは終わらないし,日本の勝利もない。たとえそのような奇跡が起ころうと,日本はやがて軍事的に決定的敗北を喫するのであり,「かりそめの勝利」には何の価値も与えられないのだ。
また,講和にいたる道のりの設定も興味深い。本作では,日本は直接アメリカと和平交渉をすることはできず,必ず第三国の仲介が必要になるのだ。第三国の候補としては,ソ連,イギリス,中国,そしてオーストラリアがあるが,イギリス以下三国とは戦争状態にあるため,仲介を依頼したければ,まずは日本との戦争から脱落させる必要がある。
仲介の成功率は,戦争から脱落させた国の数に比例して向上する。従って日本は早期講和を目指すために戦線を拡大するという,根本的に矛盾したシステムを抱え込んでいるのだ。
勝利条件が戦争の大枠を決定するとすれば,補給管理は戦争の実務を規定する。
本作において,空母や戦艦が敵艦隊に打撃を与える――卑近な言葉を使えば「敵をやっつける」のは,誤解を恐れずにいえば,ゲームの主眼ではない。
旧日本軍には「食う飯がなくても,撃つ弾がなくても戦うのが我が軍である」といった趣旨の発言をした上級指揮官がいたが,現実的には,食料も弾薬もなしに戦える軍隊は存在しない。燃料がなくては飛行機は飛べず,艦船も動かない。また,兵器とは機械であり,従ってそれらは戦闘に使用しなくても普通に故障する。そして,故障を修理するには整備部品が必要だ。
本作では,こういった事情が,余すことなく数値で(具体的には1トン単位で)管理される。どれほど占領地を広げたところで,占領した先に補給が続けられないのでは意味がない。あるいは占領地から日本に向かって軍需物資(有名なのはパレンバンの石油だろう)を運ぶにしても,その航路の規模と安全性が確保できなくては,史実の末期が示すとおり,まったくもって無意味だ。
とはいえ,原油を国内に持ち込むために,燃料を消費してタンカーを走らせる(当然ながら往復ともに護衛の小艦隊つき)というのは,とても切ない行為ではあるのだが……。
太平洋を舞台とした戦争ならではの展開
なんといっても,スケール感が陸戦とはだいぶ異なる。なにしろ戦場は全地球の面積の1/3を占める太平洋。実際にゲームで使う範囲はそれよりも狭いとはいえ,たった2国+αが戦争するにはあまりにも広い。
そうなると,いうまでもなく索敵が最重要事項になるのだが,索敵する範囲もまた地球の1/3だ。航空機を利用した探知のためのネットワークを組んだとしても,それでようやく藁束の中に落としたやや大きめの針を探すような状態である。
一方で,この広大な太平洋に動員されている兵士の数は,広さに比べてまるで足りない。空母の艦載機は1隻あたり100機に満たず(当たり前だ),同時期にヨーロッパで飛び交っていた航空機の数と比べると桁が二つほど違う。結果として,一人のパイロットの戦死/脱落は,それだけでボディーブローになっていく。
陸戦慣れしたプレイヤーにとって新鮮な驚きとなるのは,水上機の利便性だ。「あんな重たい足をつけた飛行機なんて,前時代の遺物だろう」と思いきや,数機編隊の水上機に,ちょっとした整備要員を乗せて南洋の島の入り江に送れば,そこは一夜にして哨戒基地に様変わりする。もちろん補給は必須だが,密林を切り開いて滑走路を作り,それを維持することに比べれば圧倒的に負荷が低い。
もちろん,無条件でこの方法論が正しいわけではないが,広大な太平洋での戦争ならではのやり方であるのは間違いない(航空機の性能が低い時代には,地中海でも行われていたことだが)。
詳細なデータを完備
もちろん艦船の改装も可能!
具体的な数字を挙げれば,航空機が179種,戦闘車両37種,艦船は277クラス。相当マニアックな要求をしない限り,ほとんどの兵器がデータ化されているはずだ。
また,主役となる艦船については,史実で行われた改装そのほかを自由に行える。資源と時間の膨大な無駄遣いにはなるが,大和と武蔵すら空母に改装してしまうことが可能だ。
もっとも,ゲームが始まるのは1941年12月なので,その段階から必死で空母を量産したところで,戦争の大局に影響を与えるのはそう簡単なことではないが……。
シナリオは10本用意され,基本的にはそれぞれ開始年代が異なっている。真珠湾スタートのグランドキャンペーンはもちろん,珊瑚海海戦,ミッドウェー,そしてガダルカナルといった地域での戦いを中心としたシナリオもあるし,八八艦隊が完成していたことを前提とする架空シナリオや,史実の三倍を超える資源が用意された初心者用シナリオ(それなら戦争しなくてよかった気も……)などなど,バリエーションは豊富だ。
これでも足りないという場合,シナリオエディタも用意されているので,さまざまな歴史の“if”を実験できる。
もはやお家芸? インタフェースにいささか問題アリ
最大の問題はインタフェースだろう。のちに「グロス・ドイッチュラント2」にも実装されるマウスの自動追従はかなり便利に機能しているが,それでも全体として見ると,操作性が良いとはいいづらい。情報の閲覧性にしても,一定の覚悟がないとかなり厳しい。
ゲーム全体の見とおしの悪さもある。筆者的にいうと,本作を最初に触った瞬間の断絶感は,「ヴィクトリア」に初めて触れたときのそれに限りなく近い。だがそこで「とりあえずどこか平和そうな小国を選んでみよう」という形で迂回路が存在するヴィクトリアに対し,本作では否応なく日本をやるしかない。海路が絡むと,この手のゲームは一気に手間と難度が上がる傾向にありまして。
細かい点としては,ディスプレイの解像度の問題もある。2003年標準仕様のゲームのうえ,説明書に「港から3ドット以内」といった恐ろしい表記がいくつもあるので,あまり解像度を上げすぎてプレイすると血を見ることになる。マップの拡大表示は可能なので,横1280ドットくらいの解像度であれば,「3ドット」にオゾケをふるうこともないが,これを超え始めるとプレイに支障が出かねない。
コアなストラテジーゲーマーを自認するあなたに
そのうえで,いったん最初の関門を乗り越えれば,本作はかなり楽しめる太平洋戦争のシミュレータになっている。そもそもが古い作品ということもあって,類似の諸作品に比べて弱点と思える部分も少なくはないが,根本的なデザイン思想としては高いレベルにあるのだ。
プログラムは軽快に動き,近頃流行のNetBookクラスのパワーでもプレイ可能だと思う(繰り返しになるが最低要求は200MHzのPentium IIなのだ)。画面としても800×600ドットが基本なので,とくに問題は発生しないと思われる。こんな重量級のゲームを,モバイル環境でプレイすることの必要性はさておき,できないよりはできたほうがいいに決まっている。
「どうも最近のストラテジーは,グラフィックスに凝ってばかりだったりで,いま一つどれも同じだなあ」と思うコアなストラテジーゲーマーであれば,本作を手に入れておくべきだろう。けして万人にオススメできる作品ではないものの,「狭くて高いハードルこそわが本領」と思うのであれば,その先に広がる世界の面白さも含め,本作はもってこいである。
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