イベント
「タイムトラベラーズ」の科学的側面に理学博士が迫った! 「イベントタイムトラベラーズ 素粒子カフェ編 〜物理の人から見たここが凄いタイムトラベラーズ」レポート
このイベントは,「皆さまに楽しく親しみやすい形で科学をお届けする!」をモットーに,科学にまつわるさまざまなイベントを手がける,みけねこサイエンスプロジェクトが,レベルファイブの「タイムトラベラーズ」(ニンテンドー3DS / PlayStation Vita / PSP)をテーマに企画したトークショーで,同プロジェクトが現在定期開催している「素粒子カフェ」の特別編として開催された。
登壇したのは。みけねこサイエンスプロジェクトの泉田賢一氏(高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所 協力研究員/科学技術館),タイムトラベラーズのディレクターを務めたレベルファイブのイシイジロウ氏,そして同タイトルの設定考証を行った白土晴一氏の3名。トークは,主に泉田氏が,イシイ氏と白戸氏にタイムトラベラーズの科学的な設定について質問する形で進行した。
「タイムトラベラーズ」公式サイト
みけねこサイエンスプロジェクト
「タイムトラベラーズ」に描かれた
物理学/物理学者のフィクションとは?
実は物理学者が白衣を着ないことは白土氏も重々承知しており,ゲームのキャラ設定を固める打ち合わせ時には,それを証明するため,世界中の物理学者が研究時に何を着ているかというリストを作り,資料として提出していたらしい。
ところが,その資料を目にしたイシイ氏と女性スタッフ陣が反対。「白衣萌えという言葉もありますし」と,新道と甲斐の二人だけには白衣を着せる事になったという。
ちなみに,実際のところ物理学者は研究時に何を着ているかというと,動きやすいツナギのような作業着にヘルメットという,色気もへったくれもないケースが多いそうだ。また泉田氏によれば,暑い時期にはTシャツと短パンという,ラフな格好でいることも多いという。それを聞いたイシイ氏は,「研究者の皆さんは白衣着た方がモテますよ」と白衣の着用を勧めていた。
二番目のお題は,新道の自宅に重力波観測装置が設置されている点について。そもそもこの装置を作るには現在の技術では何十億円というコストがかかり,個人で所有するにはかなり無理があるのだが,泉田氏が指摘したのは,「装置自体のサイズがリビングルームに入るのはさすがに厳しいのでは?」という点だ。
この点について,イシイ氏は重力波観測装置が大型になるのは承知していたので裏設定として,「リビングルームにあるのは一部で,装置自体は隣の部屋にあるということで」と説明。それだけ大型の装置が部屋にあるとは豪勢だが,新道の本来の目的であるロストホールの原因究明をあげ「この装置を動かすために新道は投資を募っていたので」と話していた。
白土氏が「これから20年で何かファンタスティックでエキゾチックなテクノロジーが生み出されて,全長40センチメートルくらいの重力波観測装置が作られるようになったということで」と説明すると,泉田氏も「新しい何かが発見されたと言われてしまうと,僕らも返す言葉がありません」と苦笑い。
なお白土氏いわく,普通アニメやゲームでは“科学考証的に正しい”という理由で設定にオーケーを出すことはほとんどないそうだ。しかしタイムトラベラーズでは,比較的“科学考証的に正しい”設定も多く採用されたらしい。
イシイ氏は,新道が詐欺師であり,周囲に“博士”と呼ばせることで自分を大きく見せようとしていることに言及する一方で,結果的に新道のボイスを声優/俳優の平田広明さんが演じたことで,映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」にて,平田さんが日本語吹き替えを担当するジャック・スパロウの,「オレをキャプテンと呼べ」というセリフに対するオマージュになったと語る。
また物語における“博士”という設定は,何か怪しげな雰囲気が漂って便利な存在であると白土氏。さらにイシイ氏が「洋画では,よく自らを“ドクター”(博士)と名乗りたがりますよね」と疑問を投げかけると,「文化の違いで,海外では権威として認知されているけれども,日本では“博士”を名乗ってもメリットが少ないからでは」と返答していた。
四番目のお題は,新道がゲーム終盤で核心に迫るシーンで書く数式について。これはゲーム中のTIPSに「触れないでほしい」と書かれているのだが,数式自体は一般相対性理論の「アインシュタイン方程式」がベースとなっているため,泉田氏は非常に気になっていたという。泉田氏は,同方程式を“時空を記述する式”と説明し,だからこそゲーム本編に引用されたのだろうと推測する一方で,微妙に変えてあることに着目したのである。
そんな泉田氏に対し,白土氏は,いろいろ考えたうえで,「分かる人は笑ってください,というつもりでゲームではああいった形にしました」と実情を明かす。また,その結果に至るまでの過程では,シナリオ担当の北島行徳氏と「タイムトラベルの数式を書いてください」「それができるならノーベル賞をもらえるから」というようなやり取りもあったそうだ。
量子力学の専門家を感心させた
「タイムトラベラーズ」のタイムトラベル
その一方でイシイ氏と白土氏が,ボイス台本では数式をすべてカタカナで表記していたことや,発音が不明瞭な部分はぼかしたり,新道役の平田さんに至ってはわざと咳き込んだりして,それっぽく聞こえるよう苦心していたことを明かすと,泉田氏は感心していた。
なお泉田氏自身は,数式を聞いただけでは何だかよく分からないことが多いそうで,通常は記述されたものでやり取りするとのことだ。
また泉田氏は,新道が書く数式を見て,ゲーム中のとある重要人物が“ダークエネルギー”であると推測したという。それを初めて聞いたイシイ氏は,そのやり取りを「すごく細かいところまで考えて作られた作品みたいに聞こえますね」と評し,会場の笑いを誘った。
ちなみにダークエネルギーは,物理学の世界でも難解な分野とのことで,「その数式を人間に書かせてしまうのはすごい」と泉田氏。しかし白土氏は,「いや,そこもあまり触れてほしくない部分でして……」と述べ,「SFで一番アラが出るのは,実際に数字を書いて見せるシーンなんです」と本音を明かした。
ここでイシイ氏が,「映画などで,研究者が数式を書きながら会話するようなシーンがありますが,実際にもそういうことはあるんですが?」とたずねると,「あるかなぁ? なくはないですね」と泉田氏。氏いわく,休憩時間中に話題が盛り上がると,近くのホワイトボードなどに数式を書き始める光景は,よく見られるとのことである。ただし,数式を書くことがあっても、新道のように複雑な式を一瞬で解くようなことは,まずないそうだ。
これを受けて白土氏が,「今度,タイムトラベルを使った作品の設定を作ることがあったら,ぜひ数式を考えてください」とお願いすると,泉田氏はこれまた苦笑。というのも,物理学におけるタイムトラベルは,実験ができないためにあまり研究が進んでいない分野で,一歩間違うとファンタジーになりかねないからだ。
泉田氏は,2011年にニュートリノが“超光速”であるという誤った実験結果が発表され,「タイムトラベルも可能か?」と騒がれたときに,コメントの発表を控える物理学者が多かったことを例に挙げ,慎重に取り扱うべきテーマとして認識されていることを示した。
さらに泉田氏は,自身が素粒子カフェなどで今回のようにアインシュタインの一般相対性理論が関連する話をする場合には,大掛かりな準備が必要になると語る。というのも,一般相対性理論についてうかつな発言をすると,ほかの物理学者から即座に「それ違うよ」とツッコミが入るからだ。
そこで白土氏は,タイムトラベルの要素はフラッシュフォワードを参考にしつつ,ゲームの舞台設定を筑波と取手の間で起きるくらいのスケールにしようと提案したのだが,これもイシイ氏が「舞台が広すぎて,群像劇として成立しにくい」と却下。それ以外にも「外環状線計画に沿ってLHCがあるとかできないか」というような奇抜な意見も出たそうだ。
一方,白土氏がカー・ブラックホールを使ったアイデアを提案すると,イシイ氏はやはり既存作品でよく使われていること,LHCではブラックホールはできないという発表がされていることを理由に,没になった。結果「SF小説『フラッシュフォワード』や『天使と悪魔』など,CERNやLHCは登場しすぎているのでやめておこう」という方針で,新しいネタや,同じネタでも組み合わせの新しさを追求していったという。
ちなみに白土氏と泉田氏は,SF作品でブラックホールが使われるのは,物理学でも解明されていないために,何をやっても文句が出にくいという理由があることを明かす。
またSF作品の設定は,物理学者が即答しにくい部分をうまく利用し,軸となる仕掛けをコンパクトにまとめるのがセオリーであると白土氏。しかしタイムトラベラーズでは,イシイ氏が次々に新しい要素を盛り込んできたために,相当苦心したと語る。
なお,イシイ氏は「すごく小さなタイムトラベル。素粒子のようなごく小さい物質であっても,過去に送るとものとんでもないことが起こるのではないか?」という発想が起点となったと述べる。
「18年前に素粒子が送り込まれたことによって,そのあとの18年間が特殊な環境となるから,結果的にタイムトラベルも可能になる。そういう状態を作りたくて,ずっと白土さんにいろいろなアイデアを出したり引っ込めたりして,相談していました」と,設定にまつわる一連の流れを自身の立場からあらためて説明した。
そうした苦心もあって,タイムトラベラーズは,一連の作品群とは別の切り口でタイムトラベルを描いている。泉田氏も「新鮮だった」と感想を述べ,とくに「ロストホール」の設定において,スティーヴン・ホーキングの「時間順序保護仮説」(※)を用いていることを挙げた。時間順序保護仮説は,時をさかのぼろうとすると無限のエネルギーが必要になるという内容だ。
※※ゲーム中では“仮説”ではなく「時間順序保護定理」となっているのだが,これはゲーム内の世界では実際に起きていることだから……と白土氏が台本を修正したことをイシイ氏は説明していた
泉田氏はロストホールについて「ブラックホールに近い設定。ホーキングの仮説では,ブラックホールは粒子と反粒子を垂れ流すことでエネルギーを消費しており,ゲーム中の『クオンタムエネルギー』の説明ともつながっている」「ブラックホールができているなら,確かに無限のエネルギーが生じてタイムトラベルが可能になってもおかしくない」と解説。
すると,白土氏は「そう解釈していただけるのはありがたいんですけれども,実は意図的なものではありません」と真相を明かし,イシイ氏も「今,なるほど! と納得しました」と述べ,会場は再び笑いに包まれた。
なおイシイ氏は,ゲーム中における18年間はワームホールのようなものでつながった空間となっており,そのループの中で同じ物質がマイクやギターのフィードバックノイズのように繰り返し回っているから,無限のエネルギーが発生するという可能性を考えていたそうだ。
こうしたイシイ氏のアイデアは,「コズミックフロント」などの科学ドキュメント番組がヒントになっている場合が多いそうで,白土氏は「だいたい設定ができたかなと安心していると,イシイさんが,さらに追加の設定を入れてくるんです。イシイさんはとにかく最後まで設定を積んでくる」と笑っていた。
またロストホールとクォンタムエネルギーに関する細かい指摘としては,粒子と反粒子が衝突すると,放射線が発生することも挙がったが,ゲーム中ではしっかりと対策も取られている。ゲーム終盤でルサンチ☆マンがクレーンを使って破壊したり,特殊部隊の侵攻を邪魔したりする研究所の壁は,放射線を遮へいするためコンクリートと鉛でできているとのことである。
トークショー本編の最後のお題は,ゲーム中に登場する“2種類のタイムトラベル”について。一つは5人の主人公が体験するタイムトラベルであり,もう一つがプレイヤーを“観測者”とするタイムトラベルである。泉田氏は,タイムトラベラーズでは,ゲームプレイのリトライを“観測のやり直し”という形にうまく落とし込んでいると発言。観測問題もまた物理学では研究が進んでいない分野であり,「これは観測問題なんです」と主張されると,簡単に否定できないのである。
これに対して白土氏は,意図的にタイムトラベルを「コペンハーゲン解釈」と「多世界解釈」で説明しているが,実はゲーム内ではどちらも採用していないと解説。またイシイ氏は,ゲームではゲームデザインが先にあるため,現実世界におけるそれらの解釈は,厳密には当てはまらない──つまり,タイムトラベラーズの世界とは“ロストホールが発生したことによる特殊な18年間”であり,そこに現実世界と同じ解釈問題は適用できないとした。
こうした解釈の問題に関しては,公式サイトなどでも詳しくは説明されていないのだが,その理由について両氏は,「難しくなるよりは,分かる人が気付く程度で良い」「世の中はもっとテキトーにできていると思っていたほうがいい」とも述べていた。
以上のトークを踏まえ,泉田氏は,タイムトラベラーズを,ロストホールの設定によってタイムトラベルを可能にするという王道的な側面を持つ一方で,ゲームシステムによって量子力学的にタイムトラベルを表現したタイトルであるとまとめた。
イシイジロウ氏が「タイムトラベラーズ」で
プレイヤーに突きつけた選択とは
トークショーの後半では,事前に募集した質問や,トークの内容から生じた来場者の疑問に,3名の登壇者が答えるコーナーが設けられた。以下に,タイムトラベラーズ自体に関わるものをピックアップしていこう。
まずゲーム本編クリア後のおまけモード「TTフォン」で,途中からプレイをやり直せるかどうかについては,無理とのこと。イシイ氏は,“やり直せないからこそ”という部分を楽しんでほしいと話していた。
これは当初,イシイ氏が“2030年代のエネルギー問題を象徴するもの”がほしい,無理なのは分かっているが,東京湾に軌道エレベーターのようなモノは作れないか,と提案したのだが,白土氏が「できないものはできません」と即座に却下。そこからシナリオ班全員で激論になり,最終的に“宇宙エレベーターの通称を持つ,太陽光を集める巨大建造物”というところに落ち着いたそうである。
さらに白土氏は,新道が相手を煙に巻くときにしか科学的な話をしていない点に注目すると面白いとも話していた。
一方,イシイ氏は,“縦の流れ”を意識してプレイすると,ゲームが並列に分岐しているようで,実は一本道に近いことに気付くのではないかと話す。
これはイシイ氏自身のもともとの構想にあったもので,最終的にはストーリー全体の前後の流れが変わる選択肢という形で伏線として表現されている。具体的には攻略で行き詰った場合,ツリー上では並列に表示されているイベントであっても,それらの因果律を考えれば,自ずとどちらを先にプレイすべきかが判明するというわけである。
またタイムトラベラーズでは,基本的に主人公達が死なないようにすることでゲームを進めていくのだが,それが当てはまらない選択肢も登場する。これについてイシイ氏は,同タイトルの主人公達を死なせないようにするゲームではなく,プレイヤーが“観測問題における観測者”となり,タイムトラベルによって世界をどうしていくのか選択を迫るゲームであると説明。
さらにそのコンセプトは,おまけモードのTTフォンによって強調されているとイシイ氏は話す。
このほか,タイムトラベラーズで参考にしたタイムトラベル作品については,イシイ氏が,トークショー本編にも登場したフラッシュフォワードのほか,以前のインタビューでも言及された「ドニー・ダーコ」や「プライマー」といった映画,小説「未来からのホットライン」を挙げた。
また3DS / PlayStation Vita / PSPと現行携帯ゲーム機すべてで発売された同タイトルだけに,スマートフォン版のリリースがあるのか非常に気になるところだが,イシイ氏いわく,さまざまな可能性を検討している段階とのことである。
そのほか,踏み込んだ話題としては,泉田氏からタイムトラベルのような最新テクノロジーが世間に与える影響についての質問もなされた。白土氏は,最新のものはまだ認知が足りないため,エンターテイメントには盛り込みにくいと述べる一方で,そうした分かりにくいものにこそ人間の好奇心が働くとし,うまく啓蒙に繋がるものを提供していきたいと話す。
イシイ氏は,例えばタイムトラベルによる過去の書き替えとは,当事者の主観に基づく行為であり,当事者以外の人は書き替えられるだけのはかない存在に過ぎないと話す。タイムトラベラーズではあえて“客観的に,書き換えられる側のタイムトラベル”を描くことに努めたそうだ。
その結果,氏は“タイムトラベルはあってもなくても,ある意味,変わらない”“主観のタイムトラベルを使ってはいけない”という結論にたどり着いたという。
またイシイ氏は,主題歌を歌うサラ・オレインさんが「タイムトラベルができたら,未来の医療技術を持ち帰りたい」とインタビューで答えているのを聞いて,自分の発想も含めて,これまでは過去を書き換えたことによるタイムパラドックスに着目したタイムトラベル作品ばかりだったことに気付かされたとも語る。
来場していた素粒子カフェの常連が,空中に残ったロストホールの影(?)について頭を突き合せて考察を始めたり,重要に見える演出が見栄えを重視したものだったことが明かされたりと,タイムトラベラーズのファンから物理学の専門家までが楽しんだ,ちょっと異色の本トークショー。その最後に,3名の登壇者が来場者に向けて贈ったメッセージを掲載して,本稿の締めとしよう。
白土氏:
タイムトラベラーズは,(トークショーで話してきたように)いろいろ格闘したことは間違いないタイトルです。そのあたりを踏まえてゲームプレイを楽しんでいただければと思います。
イシイ氏:
タイムトラベラーズはSFエンターテイメントですから,もしかしたら量子力学の専門家からものすごくdisられて泣きながら帰ることになるんじゃないかとも思っていました(笑)。
今日は,泉田さんから,広い気持ちで好意的に解釈していただけていることが分かって本当にありがたいです。とはいえ,そこに甘えず,専門家の方からも「まあ,これもアリだよね」と言っていただけるような作品作りをしていきます。
逆に,あまり詳しくない人にも「科学って面白いんだ」と思ってもらえるようなエンターテイメントを作っていきたいです。
泉田氏:
実は私もイシイさんとは逆の立場で怖かったんです。というのは,今回,いつもの素粒子カフェのお客さんより,タイムトラベラーズのファンの方のほうが多いんですよね。そこで難しいことを言わないよう,ドキドキしていました。
今日は,自分達が普段やっていることが,創作のインスピレーションになっていることが分かり,間接的にエンターテイメントに関わっていることを実感できました。ぜひ興味があれば,また素粒子カフェにもいらしてください。
「タイムトラベラーズ」公式サイト
みけねこサイエンスプロジェクト
キーワード
(C)2012 LEVEL-5 Inc.
(C)2012 LEVEL-5 Inc.
(C)2012 LEVEL-5 Inc.