連載
あの人気ホラーゲームがついに小説化。「放課後ライトノベル」第133回は『青鬼』で人を喰らう謎の青鬼から逃げ回ります
近年,巷ではリアル脱出ゲームが盛んに行われているようだが,ネット上には個人制作の脱出ゲームが無数にあり,これはこれで非常に楽しいものである。リアル脱出ゲーム未体験の筆者も,いつか頼れるブレーンとして参加を求められるその時に備え,ネットの脱出ゲームで日々腕を磨いているところだ。……べ,別に一緒に行ってくれる友達がいないとかじゃないんだからね!
脱出ゲームに限らず,インターネットを通じて無料で遊べるゲームの中には,クオリティ,人気共に商業作品顔負けの本格的なものも少なくない。中でも,とくに人気が高いジャンルがホラーだ。読者諸氏の中にも「ゆめにっき」や「Ib」といった名前を聞いたことがある人もいるだろう。今ではPSPのホラーゲームとして高い人気を誇る「コープスパーティー」も,元をたどればフリーゲームである。
グラフィックスなどの素材面でどうしても商業ゲームに見劣りするフリーゲームだが,逆に言えばユーザーに想像させる余地が大きいために,ホラーと相性がいいのかもしれない。今回の「放課後ライトノベル」で紹介する『青鬼』も,原作はフリーの人気ホラーゲーム。ゲームのノベライズは数あれど,原作が個人制作のフリーゲームというのは極めて異例だ。この機会にぜひ,原作未プレイの人も恐怖の「青鬼」世界に足を踏み入れてみてほしい。
『青鬼』 原作:noprops 著者:黒田研二 イラストレーター:鈴羅木かりん 出版社:PHP研究所 価格:1000円(税込) ISBN:978-4-569-81020-1 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●延べ5000万人が恐怖した,ホラー系フリーゲームの代表作
小説版の中身に触れる前に,そもそも「青鬼」とは何ぞやという人のために,まずは原作ゲームの内容を紹介しておこう。
物語は,卓郎,たけし,美香,ひろしの4人が,お化けが出るという噂のある町外れの屋敷を訪れるところから始まる。しかし無人のはずの屋敷には,彼らが予想もしていなかった怪物が住んでいた。巨大な頭部と目を持つ,全身がブルーベリー色をした異形の巨人――青鬼。人と見るや,見失うまでひたすら追いかけ,襲いかかってくるこの謎の生物によって4人は離れ離れになり,一人,また一人と命を落としていく……。
かくしてプレイヤーは,青鬼の襲撃から逃げ回りながら,出口を求めて屋敷の中を探索することになる。舞台の仕立てはオーソドックスながら,歯ごたえのある謎解き要素,そして何より,何の前触れもなく現れてはプレイヤーを追いかけてくる青鬼の恐ろしさとインパクトによって,数あるフリーゲームの中でも多くのファンを魅了。現在までに,関連動画の総再生数が5000万を超える人気作品となっている。
フリーゲームということで,小説版が刊行された現在でも,ゲーム本体は原作者のサイトからダウンロード可能。プレイを始めたが最後,予測不可能な恐怖体験からは逃れられない。青鬼怖さのあまり,早々に攻略情報に手を付けてしまった筆者が保証する。
●ゲームとはひと味違う,小説版の意外な設定とは……?
さて,そんな「青鬼」を元に刊行された小説版だが,ストーリーはゲームとはいささか趣を異にしている。
3学期になって転校してきたシュンは,内気な性格のせいでクラスになじめず,クラスメイトの卓郎にいじめられていた。彼の心の支えとなっているのは,趣味であるゲーム作りと,彼のゲームのファンであるクラスメイトのひろし,そして学級委員長の杏奈への淡い想いだった。
シュンはある日,卓郎とその取り巻きであるたけし,美香が〈ジェイルハウス〉と呼ばれる町外れの屋敷に何かを運び込もうとしているのを目撃する。その様子を隠れて見ていたシュンだったが,運悪く卓郎たちに見つかってしまい,何をしていたのかと問い詰められる。その時,誰もいないはずの屋敷の中から物音がし,その場に居合わせたひろし,杏奈を加えた6人は屋敷へと足を踏み入れる。
だが6人が中に入った直後,玄関の扉は固く閉ざされ,同時に不可解な現象が次々と起こり始める。まるで,シュンが作ったゲームの内容をなぞるように……。シュンはそのゲームの登場人物に,「卓郎」「たけし」「美香」「ひろし」といった同級生の名前を付けていた。つまり,作中でシュンが作っているゲームこそ,我々がプレイしている「青鬼」であるという,一種のメタ構造になっているのだ。
ゲームでは「仲良し4人組」くらいの情報しか提示されない4人の原作登場人物だが,小説版では卓郎が自己中心的なナルシストであるなど,独自の肉付けがなされているのが特徴。ゲームではプレイヤーの分身として,冷静に事態に対処していくひろしも,他者の心の機微を理解せず,自身の好奇心の赴くままに行動する(結果として冷静に見える)という,人としての欠点も持つキャラクターとして描かれている。
そして小説版ではそんな,良くも悪くも人間らしい登場人物たちが,無残にも次々と殺害されていくのだ――。
●ゲームと小説,それぞれの「青鬼」を楽しもう
「青鬼」で特筆すべきは,何をおいてもそのホラー表現にある。ただ,小説という媒体では,原作の「どこからともなく敵が襲ってくる恐怖」は表現しにくい。そこで小説版では,ゲームとはまたひと味異なる恐怖表現が用意されている。
それが“グロテスクさ”だ。
たとえば青鬼に襲われた人間の末路が,小説ではこれでもかというほど克明に描写される。文字どおり目を背けたくなるような惨劇の表現は,ゲームとは対照的ながら,こちらはこちらで読み手の恐怖心を煽ってくる。異常に目が肥大化したネズミの群れや,真っ青な昆虫といった青鬼以外の怪生物の存在も,生理的な嫌悪感を掻き立てる。さらに小説版では,書籍という媒体ならではのちょっとした仕掛けも用意されている。
基本設定は踏襲しながら,さまざまな意味で原作とは異なる小説版『青鬼』。これを「ゲームと違う」と言い切るのはたやすいが,逆に言えばすでにゲームをプレイしたファンにも楽しめるし,だからこそニヤリとしつつ読めるという部分もある。何より正体不明の青鬼の恐怖という,ゲームの根本部分は決して揺らいでいない。原作のテイストを受け継ぎつつ,小説ならではの魅せ方を示した本作は,原作プレイの有無に関わらず楽しめる,まさにゲームノベライズのお手本と言える一作だ。
なお,小説版は原作ゲームのver.3.0をベースに執筆されており,現在入手できるver.6.23とは展開が異なっている。小説版の描写を手掛かりにゲームを進めると,青鬼にやられること必至なのでご注意を。
■青鬼に追い回されなくても分かる,黒田研二作品
ネットでコアな人気を得ているフリーゲームのノベライズという,難しい仕事に果敢に取り組んだ著者・黒田研二。1969年,三重県生まれで,2000年6月に第16回メフィスト賞を受賞した『ウェディング・ドレス』でデビュー。20年近い歴史を持つ同賞は,現在までに森博嗣や西尾維新,舞城王太郎といった多数の人気・実力派作家を輩出してきた。受賞作のジャンルは多岐にわたるが,その中でも新感覚のミステリを世に送り出しているというイメージが強く,黒田研二のデビュー作も,異なる二者の視点から交互に物語が進んでいくという構成と,大胆なトリックで魅せる一作となっている。
『ウェディング・ドレス』(著者:黒田研二/講談社文庫)
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このように,ミステリ作家としてキャリアをスタートさせた著者だが,意外にもゲームとの関係も深く,これまでに「逆転裁判」のノベライズやコミカライズ原作,「真かまいたちの夜 11人目の訪問者」のシナリオを手掛けたりしている。上記から分かるとおり,主にミステリ&ホラー畑の作家であり,「青鬼」の小説化を手掛ける人材としてはまさに適任。ちなみにイラストを担当した鈴羅木かりんは,可愛らしい絵柄と凄惨な展開とのギャップが印象的な「ひぐらしのなく頃に」のコミック版を手掛けた作家。こちらも適任と言える人選だ。
なお,PHP研究所ではフリーゲームの書籍化プロジェクトが進行しており,『青鬼』はその第1弾。第2弾として『ささみさん@がんばらない』原作者の日日日による「ゆめにっき」のノベライズが予定されている。
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