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燃えよ,ファイヤープロレスリング! 〜亡きヒューマン,そして増田雅人氏に捧ぐ男達のバラッド〜
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印刷2015/06/06 00:00

インタビュー

燃えよ,ファイヤープロレスリング! 〜亡きヒューマン,そして増田雅人氏に捧ぐ男達のバラッド〜

開発者自身が語る

ファイプロシリーズの魅力


4Gamer:
 楽しいエピソードが多すぎて,どこまで掲載していいのか不安になります(笑)。
 ところでファイプロに関わった皆さんからみて,このシリーズの魅力はどこにあるとお考えですか?

山﨑氏:
 一番言いたいのは“2拍子のゲーム”というところですね。相手と組み合って,腰を落としたら技をかけるという,誰にでもひと言で説明できるルールなのが素晴らしい。

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岩下氏:
 ファイプロ以前からプロレスゲームはありましたが,どれも勝負論のゲームなんですよね。それに対してファイプロは,自分なりの試合が組み立てられた。しかも難しいコマンド操作じゃなくて,ボタンを押すタイミングで技が成立する。緊張するとタイミングが合わなくて技が失敗するという点でも非常に斬新で。しかも慣れてくると,ハンマースルーであったりのプロレスでは欠かせないムーブも使いこなせる。そこもプロレスをよく表現しているエポックメイキングな部分ですよね。

須田氏:
 体力ゲージもない,連打が必要なゲームでもないというのは,確実にプロレスゲーム革命でしたよね。組んでからボタンを押すという感覚がどんどん研ぎ澄まされていくのは,ファイプロならでは。いまでも十分に活用できるシステムですし,プロレスという競技をきっちり再現できるものですよ。

山﨑氏:
 対戦ゲームだったら狸寝入りは必要ないしね(笑)。

岩下氏:
 十字キーをガチャガチャ動かして関節技を外すというのも,目からうろこでしたね。遊んでいて左手がしびれたのは初めての経験でした。今みたいに合議制でゲームを作っていく過程では,きっとあのシステムは採用されなかったでしょう。

須田氏:
 パイオニアだったからこそ,操作やシステムでいろんな“遊びの発明”ができたんでしょうね。ですから,以後のファイプロでも,増田雅人という神様によって作られたシステムが,脈々と受け継がれていくことになった。

田村氏:
 そうしたベースがありつつ,晩年に変わってきているのはエディットの充実やロジックの拡充ですよね。
 当初は自分の手で操作してナンボだったのが,自分の好きなレスラーをエディットして思い通りに動くことを楽しむようになったり。現実を再現するも良し,自分を再現するも良し。プロレスを知らない人に向けては,ファイプロGのときにエディットしたレスラーをガチで戦わせてランキングを決めるという遊びも用意しました。そうした拡がりも魅力です。

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岩下氏:
 あと欠かせないのは,ゴングが鳴ってすぐには大技がかからない点ね。PlayStationで人気のあったとあるゲームは,相手が試合開始直後からツームストンドライバーをかけてきたりするんですよ。ファイプロではそういうことはないし,「ここだ!」という勝負どころでキチンと大技が決まる。そのサジ加減が絶妙でした。

4Gamer:
 そういうロジックは増田さんが考えていたんでしょうか?

山﨑氏:
 そうですね。スペシャルまでは,半ばブラックボックス化されていて,細かな数値は増田さんしかいじれなかったんですよ。でも,僕や浅古さんの世代は直接話を聞けたので,のちにパラメーターを増やすことができたというわけです。

4Gamer:
 なるほど……。

須田氏:
 それにしても,現実のプロレスの多団体化に伴って,ファイプロというブランドも“団体化”していったんじゃないかと思うほどに,当時のプロレス界への影響力は大きかったですね。
 土曜の夕方は新日本の中継があるから,そのあとはファイプロの時間だといった具合に。

岩下氏:
 須田さんらしい定義づけがきたぞ(笑)。

4Gamer:
 まあ確かに今,現実のプロレスの第一線で活躍しているレスラーの中にも“ファイプロ育ち”を公言している方は多数います。「ファミリースタジアム」や「実況パワプルプロ野球」で野球を覚えた世代がいるように。

田村氏:
 そういえばリターンズの発売前にDDTプロレスリングの高木三四郎,KUDO,飯伏幸太の3選手にプレイしてもらう機会があったんです。飯伏選手のプレイが,見事に本人そのままの動きなのを見て衝撃を受けましたね。あ,操作していたのは,僕がエディットした飯伏選手によく似たレスラーでしたが。

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田島氏:
 私もリターンズまでずっと関わっていたので,シミュレーターとしての精度の高さがあり,(プロレスの情景を)なんでも再現できるということが魅力だと思います。試合をちゃんと選手になりきって再現できるようにシステムを作っていったのは,自分の中でのファイプロの魅力です。

笹沢氏:
 僕は初期に携わっていたソフトであって,まるまる一本を作り上げた初めてのゲーム。なのでプロレスゲームというよりも,そこへの思いのほうが強いですね。自分をゲーム業界の人間に育ててくれたタイトルですから。
 ゲームとしては,4人同時プレイができたのが大きな魅力だったんじゃないですかね。PCエンジンで出すからにはこれを活かしたものにしようということで,それだけは最初から決まっていました。


受け継がれる増田氏の魂。

ファイプロ魂は死なず!


須田氏:
 これを期にファイプロが復活できればいいんですけどね。ここにいるメンバーで作れちゃう。

岩下氏:
 作れちゃうんだけど,きっとそれは幻(笑)。

須田氏:
 旗揚げ当初のZERO-ONE(故・橋本真也が立ち上げたびっくり箱のようなプロレス団体)みたいに“スゴイことが起こるぞ!”と期待させて,結局とくに何も起こらない。

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田村氏:
 企画レベルでは何度か新作を作ろうという動きはあったんです。残念ながら,実現にはいたっていませんが。

須田氏:
 でも最近,「ファイプロ作らないんですか?」って言われることが増えているんですよ。大手メーカーの幹部にも,「俺はファイプロのエディットで育ったみたいなもの」と言って憚らない人もいますから,なんとか実現にもっていければ……。

山﨑氏:
 まぁそうは言っても,つまるところ,お米がね,ウン。

(一同笑い)

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4Gamer:
 大人の事情はともかく(笑),僕らファイプロファンは「新作出ないかなー,出ないかなー」と毎年のように言ってるわけですが。世間の一部では最近,“プロレスが来てる”というムードになりつつあります。それが追い風となって,いつか新作が出てくれることを期待しております。
 さて最後に,今回お集まりいただいた皆さんが増田さんから学んだことで,とくに大きかったものが何かを教えてください。

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笹沢氏:
 ゴメンナサイだけど……ないよね。増田さんにって言われるとないんだけど,ファイプロは初めて1から作ったゲームだから思い入れはあるし,ものづくりの楽しさは教わりました。けど,それを増田さんから教わったかというとまた違うのかも。反面教師的なことでいうと,ちゃんと会社来ようと(笑)。
 山﨑が言っていたように,オタクでユニークな方でしたというフォローは入れておきます。

山﨑氏:
 最後にそれですか(笑)。オタク的な知識に関連するんですけど,ファイプロのレスラー名のひねり方は増田さんから受け継いだものですね。自分の知識やネタから引っ張りだして決めるという。素人がパッと思いつくようなものじゃなくて,センスによって左右されますよという“トンチのきかせ方”。
 ヒューマン・クリエイティブ・スクールの先生としての増田さんからは,プログラムを少し教わりましたが,僕の職能的にはほぼ役に立っていません!(笑)

岩下氏:
 私にとっての増田さんは,スクールの先生であって直接の上司。かつて「どうやってファイプロのシステムを思いついたんですか?」とか,「現実にあるものをどう面白くゲームに落としこんでいくんですか?」といった,企画の考え方のようなことを,よく質問していました。
 その後,私は現在の会社に移るんですけど,それからはずっと企画職一筋なんですよね。そう考えると,唯一“師匠”と呼べるのが増田さんなのかもしれないですね。

田村氏:
 僕自身ファイプロを作りたいという動機だけで一点突破でヒューマンに入社しました。直接の教えを受けたことはなく,亡くなられたと聞いたときは,「なんでもっとファイプロの話をしなかったんだろう」と後悔しました。ですけど,そのためにゲーム業界に入り,たくさんのファイプロを作らせていただいたということを考えると,僕の人生を変えてしまった方。大きな大きな,恩人であると思っています。

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須田氏:
 僕も現場ではご一緒しておらず,時折パラメーターに口を挟んでくるくらいだったんですけど,ファイプロの歴史を遡ると増田さんは,カール・ゴッチよろしく神様なんですよね。何も教えてはもらってないけど,そこにいてくれただけで意味がある。
 一番よく覚えているのはFinal Boutを作り終えたあとの面談で,増田さんが「須田君,次(スペシャル)はもっと自由に作っていいよ」と言ってくれたことです。生みの親である増田さんがそう後押しをしてくださったのだから,ファイプロを預かる身としては「よし,やるぞ!」となった。そこから僕のクリエイティブが変わったんです。そのクリエイティブな気持ちは自分の会社を作った今も持ち続けています。あのとき,あの日,社内の会議室でくったくなく笑っていた増田さんの顔が今でも脳裏に焼き付いてますね。僕の背中を押してくださった方です。

田島氏:
 私は今日のメンバーの中で一番後輩なので,ますます増田さんとの接点は薄いんですが,ファイプロの攻略本に掲載されている増田さんを見て,ヒューマン在籍中は1ファンのような気持ちで接していました。学生の頃からプロレスが好き,ゲームが好きだったからこその出会いだったのかと。
 近年にお会いしたときにはファミリーコンピュータの「プロレス」を作っていた頃からの様子を聞いたんですが,今みたく分業制ではなく「企画職とか言ってないで,関わるスタッフがゲームの中身を考えればいいんだよ」と言っていたのと,子供みたいに無邪気に楽しむ姿勢だったのが印象的でしたね。

岩下氏:
 ……思い出した! 増田さん,マスターアップの日に来なかったことがあったそうですよ。ほかは新人ばかりでどうやってマスターアップをしたらいいかわからずパニックになったらしいんだよなぁ。

(一同爆笑)

笹沢氏:
 ほら,やっぱり「ダメだ!」だよ(笑)。

田村氏:
 みんなそうやって増田さんに鍛えられたおかげで,今でもこうして生き残ってるってことですね(笑)。

4Gamer:
 何となく綺麗にまとまったような気がしているうちに……本日はどうもありがとうございました!

すわ新団体旗揚げか,と思わんばかりの集合写真に収まった元ファイプロ開発者たち。ひとたびプロレスに染まった者の体からは,どうやったってプロレスがにじみ出るのである
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 この記事の最後に,2003年に「ハイパープレイステーション2」で筆者が担当した増田雅人氏のインタビューを再掲載して,本記事のまとめとさせていただく。
 2014年3月に48歳という若さで天に召された増田氏だが,ファイプロ開発時は今ほどゲームクリエイターがゲームファンの目に触れることは少なく,増田氏はまさに知る人ぞ知る存在であった。そんな“ファイプロの父”のプロレス観とゲーム観が語られた記事を,追悼の意を込めつつ紹介したい。なお,記事の再掲載にご協力いただいた関係者の皆様に,この場を借りて感謝を申し上げたい。

※出展:「ハイパープレイステーション2」2003年6月号
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  • 関連タイトル:

    Fire Pro Wrestling

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