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[CEDEC 2011]アニメ業界の第一人者がゲームのエフェクトにアドバイス。セッション「アニメのエフェクト,ゲームのエフェクト」レポート
このセッションは,ゲームなどのエフェクト制作および関連業務に携わる人材に向けて,アニメーションにおけるエフェクト作画のテクニックを紹介することで,新たな視点からの制作技術の向上を図ろうという内容だ。講師を務めたのは,アニメーター/デザイナーの橋本敬史氏と,セガ 第一CS研究開発部 グループリーダー 岩出 敬氏の2人である。
アニメーター/デザイナー 橋本敬史氏。「テイルズ オブ ジ アビス」のオープニングアニメーションなども手がけている |
セガ 第一CS研究開発部 グループリーダー 岩出 敬氏 |
前編で最初のテーマとなったのは,「ゲームとアニメそれぞれにおけるエフェクト制作手順の違い」について。岩出氏は,ゲームではツールを使って作業を進め,実際にエフェクトの効果がどのように表現されるかを繰り返し確認しながら,タイミングを調整するのが普通と話す。
一方で橋本氏は,自身がアニメのエフェクトを手がける場合には,あらかじめ頭の中でタイミングを取っておき,それをフィルムに転化していくと述べ,基本的には一発勝負で作業を進めていることを説明した。橋本氏いわく,同じシーンを繰り返すと見慣れてしまい,ベストのタイミングが分からなくなってしまうことがあるそうで,そこに時間を取られるくらいなら最初から自分の感覚で絵を作るほうを優先するとのこと。
さらに続けて橋本氏は,とあるアニメーターが実際に3日かけて調整を重ねたにも関わらず,結局,最初に作ったシーンが一番優れていたケースについて話し,感覚を研ぎ澄ました先人達が“職人”として日本のアニメーション業界を支えているとまとめた。
橋本氏の発言を踏まえ,岩出氏は量産型の多いゲーム業界では,感覚や技術を研ぎ澄ますことよりも,最低限のことができる人材が優先される傾向にあるのではと述べる。
橋本氏は,それは間口を広げるという意味ではいいかもしれないが,誰にも教えられない自分だけの感覚を磨くことは,業界全体のスキルアップにも繋がるのではないかと返答。さらにアニメ業界でも各種のツールが導入されることにより,全体としてタイミングや感覚が均一化されつつあるが,先人のように研ぎ澄ますことをよしとする人達もまだまだいると述べた。
また岩出氏はツールが広く使われるようになった理由の一つとして,データの修正自体はもちろん,その指示が出しやすいことを挙げる。だが,リーダーやディレクターなどの意向を具現化しやすいことは,結局,各自のオリジナリティが失われる理由にもなっているかもしれないと続けた。
その一方で岩出氏は,以前,橋本氏とこうしたテーマで話し合ったことをきっかけに,いきなりツールに向かうのではなく,頭の中で一度絵を作り,それに合わせてデータを調整していくように自身の作業工程を変えたことを明かした。
2つめのテーマは,「何を考えてこうなっているのか,見ただけでは理解できない」と岩出氏が評価(?)する,橋本氏の原画についてだ。
橋本氏はかつて,ある人から「しょせんアニメは平面のセルに描かれるものだから,輪郭を考えて動く絵にしなければならない」と教えられたエピソードを披露する。すなわち,同じ腕を上げる動作にしても,正面から描いてしまっては腕の動きが身体のシルエットに収まってしまうが,少し角度をつけて斜めから描けば動作が分かりやすくなるというわけである。
同じように,爆発を表現する場合でも,橋本氏は破片の大小や位置,密度を意識して,視聴者の目に残るよう心がけているそうだ。こうした工夫も,また先人が培ってきたものだと橋本氏は話す。
また橋本氏は,物理法則の演算は意識していると述べ,だからこそ早くからCGアニメに適応することができたと述べる。物理法則を意識していると,何事にもそれを適用したくなるが,実際の物体の動き──例えば炎の揺らぎは,環境のさまざまな影響を受けるため,必ずしも演算通りのものと同じではない。そうしたイレギュラーな動きを表現するため,橋本氏は一通り原画を描き終えてからその順序を入れ替えたり,裏返したり,場合によっては逆さにしたりしてループを作っていったりするそうだ。そうすることで,自分の描いた絵であっても違う感覚を引き出すことができると,橋本氏は述べる。
とくに,エフェクトの一つ「スパーク」ではそうした手法を活用すると橋本氏が話すと,岩出氏はこの手法について,「それがゲームの悩みどころ」だと述べる。ゲームはその特性上,表現が時系列順──つまりリニアになっているため,容易に特定のコマの順番を入れ替えるといったことはできないというのだ。
それを聞いた橋本氏は「思い付きだが」と前置きし,スパークを2パターン作って同時に進行させ,交互に表示させるアイデアを提示。より簡単なアイデアで,何か新しい表現ができるのではないかと示唆した。
また橋本氏は,残像を利用して,描いていないのに動きをイメージさせる自身の手法を図解入りで披露。これには視聴者の頭の中で動きを補完させると同時に,自然な流れの中にわざと引っかかる部分を作ることで目に留めさせる意図があることを明かす。これは自身のクリエイターとしての「ここを見てほしい」という主張の一つであり,ゲームの30/60フレームの中でも,均等な動きの中に“何か違う動き”を作ると目立つのではないかと提案する。
岩出氏が,「現在のリアルを志向するゲームでは,エフェクトも自然な動きに見せてナンボになっている」と答えると,橋本氏はかつてアニメ映画「スチームボーイ」で大友克洋監督から「エフェクトもキャラクターの一部であってほしい」と言われたエピソードを披露。大友監督はキャラクターの悩みを煙の渦で表現したいと告げたとのことで,橋本氏は「そういった心ある生きたエフェクトがあってもいい」と述べる。
橋本氏は,CGか通常のアニメかによって,エフェクトの動きの速度を変えているとも話す。エフェクトを手がける際には,さまざまな実写動画を参考にするそうだが,通常のアニメ作品は実写より情報量が少ないため,エフェクトには速い動きをつける。
逆にCGの場合は情報量が多いので,アニメより若干タイミングを遅らせる。これはタイトル単位でも調整されており,例えば橋本氏が手がけるスタジオジブリ作品の場合,実写の1.3倍くらい遅いタイミングになっているとのことだ。
さらに橋本氏は自然の動きをそのままアニメーションにしてしまうと,どうしてもタイミングが緩くなってしまうため,ときにはあえてイレギュラーな動きを参考にすると話す。例えば水の動きを作る場合,壁が水に当たって回転する様子や,細い部分を通って広がるときにどんな渦ができるのかなどのイレギュラーな動きを参考にしながら,自分のタイミングで作っていくとまとめた。
3つめのテーマは,「リニアな流れで考えるゲームと,コマで考えるアニメの違い」について。例えばボールが弾む様子を,ゲームなら一連の動画で見せるが,アニメではどことどこで描くのかと岩出氏が問うと,橋本氏は“この絵を見せたい”というコマを決めて,それに合わせてタメを作ったり,逆算して描いたりすると答える。
つまり同じパンチを描くにしても,アニメ「NARUTO」であればパンチがヒットした瞬間が重要なので,腕の伸びや相手の顔の歪みを時間を割いて表現する。その一方で,ブルース・リーの“ワンインチパンチ”であれば,速さと威力の表現が重要なので,ヒットした瞬間ではなく相手が吹っ飛んでいくところに焦点を当てるといった具合だ。
岩出氏が「アニメのそうした手法をゲームに取り入れられるようにしていきたい」と述べると,橋本氏はアニメ映画「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」では,3DCGに手書きを交えたエピソードを披露し,CGが流れていく中に時間属性の違うものを取り入れることで「アレ?」と思わせたことを明かした。
後編のテーマとなったのは,橋本氏が手がけた黎明期のデジタルアニメにおけるエフェクトや原画などについて。橋本氏は「鴉 -KARAS-」「スチームボーイ」といったCGアニメを手がけてきたが,実はさらにそれ以前にも,3DCGと手書き風のグラフィックスを融合させるアニメ作品に携わったことがあるそうだ。その作品で,橋本氏はいわゆる“勇者アニメ”のような誇張した原画を描いたのだが,実際の仕上りはかなり異なっていたという。その違っている中でも,誇張表現として「コレは!」と感心する部分もあれば,全然ダメな部分もあり,そのとき橋本氏はCGアニメに大きな関心と興味を抱いたのだと話していた。
そうした過去を踏まえ,「スチームボーイ」では3DCGによる蒸気の表現を手がけることになったが,その完成には3年近い月日を要したという。いくつかの手法を試す中,「疲れて目がかすんでいたとき」に偶然アイデアが生まれたという。それは蒸気全体を,多数の小さな角を持たせて描き,輪郭部分を暗くして内側を明るく表現するという手法で,当時,さまざまな業界がこれを真似したとのことだ。
またアニメ「BLOOD THE LAST VAMPIRE」では,大小の無数の丸を描く手法を試み,ムラのある蒸気の表現に成功したが,「これは人間のやる作業ではない」との評価を受けたという。その結果,誰でもできるような手法として,現在では「スチームボーイ」と「BLOOD THE LAST VAMPIRE」の両者の手法を融合したエフェクトが使われているそうだ。
「スチームボーイ」における蒸気の表現 |
「BLOOD THE LAST VAMPIRE」における蒸気の表現 |
両者の手法を融合した蒸気の表現 |
CGアニメを手がけていくうえでは,監督以下,スタッフ全員が密に試行錯誤できる環境が適しているが,それとは別に空間にXYZ軸を用いたゲージがあると作業がやりやすくなると橋本氏は述べる。上記の「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」では,性質上,ゲージが用意できず,傍らにモニターを置いて,コマ送りしながら空に描いてある小さな雲の傷が画面内を何mm動いたか実測して記録し,それを元に破片が飛び散る動きを作っていくといった,緻密な作業を行っていったとのこと。
そうした作業が緻密すぎたため,日本のアニメ業界では作画に気付いてもらえず,「橋本はいったい何をやったんだ」と言われ,理解されなかったそうだ。
その一方でハリウッド映画のスタッフから「どんなツールを使って作ったのか」と尋ねられたとき,全部手描きでやったと答えると,感嘆の声が挙がったという。それを聞いた岩出氏も,「ただリアルなだけではなく,格好いい表現になっていた」と得心がいった様子だった。
また橋本氏は,「鴉 -KARAS-」で画面に向かってパンチを繰り出すシーンが,3DCGではうまく表現できず,タメの部分などはセルを使ってアニメ的な表現に切り替えたエピソードを披露。岩出氏もゲームを例に,イベントであれば手前を大きく,奥を小さく描いてスケール感を表現できるが,カメラを動かせる通常のゲームシーンでは,なかなかそうした表現で描くことが難しいと同意した。
その流れを汲んで,最後のテーマは「ゲームとアニメの違いについて」となった。岩出氏は,アニメーションと違い,ゲームはプレイヤーの任意でカメラを動かせるので,爆発にしても奥や手前の概念がなく,プレイヤーの動きに左右されると述べる。
その一方で橋本氏は,アニメでは見た目が優先され,いってしまえば見栄えがよければいいので,3D的なことはほとんど考えないと述べる。
橋本氏は,ゲームの3D表現がリアルになるにしたがって,“嘘の部分”がよく見えるようになってきたと話す。例えば着弾したときの弾痕や破片,煙などが常に同じで,興醒めするというのだ。さらに橋本氏は,アニメであればそれぞれ3パターンくらいずつ作り,拡大縮小したり,上下左右を反転させたりしてバリエーションを作れること,また爆発の火花なども時間曲線に沿ったものとランダムのものを混ぜたり,あるいは3DCGと手描きを混ぜることでよりリアルになることなどを,「手抜きだが効果的な手法」として挙げていた。
こうした手法について,岩出氏はゲームに関しては,発生のタイミングが確定していない部分は,現状どうしてもリソースを割く優先度が低くなってしまうと説明するとともに,セッションで橋本氏が紹介した数々の事例やアイデアをゲームにも取り入れていきたいと展望を述べ,講演を締めくくった。
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