インタビュー
[インタビュー]「富江」「うずまき」を手がけたホラー漫画の巨匠・伊藤潤二氏に,「マジック」のカードイラストと創作について聞いた
圧倒的な筆致による,美しくも奇怪なキャラクターたちと,一枚の絵に込められたドラマという伊藤氏の持ち味は,同作の世界でも存分に発揮されている。
ホラーのテイストで,「マジック:ザ・ギャザリング」のイラストを手がける
ホラー好きであれば,漫画家・伊藤潤二氏の名前を知らない人はいないだろう。そうでなくても,死んでも復活する魔性の美女・富江が関わる者を破滅させる「富江」や,渦巻きに関する怪事件が起こり,読後は普段当たり前に目にしていた渦巻きが怖くなる「うずまき」といった作品の名は,目にしたり聞いたりしたことがあるのではないだろうか。
謎の美少年が少女たちを死に誘う「死びとの恋わずらい」をはじめ,実写映画やアニメ化された映像作品も多い。その物語は美と醜,人知の及ばない奇怪な事物に満ちており,読む者に強烈な印象を残すのだ。
その伊藤氏が,トレーディングカードゲームの元祖であり代名詞ともいえる「マジック:ザ・ギャザリング」のカードアートの制作に参加している。
2022年10月にリリースされた「Secret Lair Drop Series Special Guest: Junji Ito」では,「思考囲い/Thoughtseize」「最後の審判/Doomsday」「屍肉喰らい/Carrion Feeder」「疫病造り師/Plaguecrafter」を。そして,2023年2月に発売された「ファイレクシア:完全なる統一/Phyrexia: All Will be One」では,「機械の母、エリシュ・ノーン/Elesh Norn, Mother of Machines」を手がけている。
今回4Gamerでは,伊藤氏にインタビューを行い,カードアートの制作秘話や創作にかける思いを聞いた。
●「Secret Lair Drop Series Special Guest: Junji Ito」
(2022年10月発売)
「思考囲い/Thoughtseize」/「最後の審判/Doomsday」/「屍肉喰らい/Carrion Feeder」/「疫病造り師/Plaguecrafter」 |
●「ファイレクシア:完全なる統一/Phyrexia: All Will be One」
(2023年2月発売)
「機械の母、エリシュ・ノーン/Elesh Norn, Mother of Machines」 |
「マジック:ザ・ギャザリング」公式サイト
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。早速ですが,「マジック:ザ・ギャザリング」のイラストを描くことになった経緯を教えてください。
伊藤潤二氏(以下,伊藤氏):
ウィザーズ・オブ・ザ・コーストさんから依頼を受けました。ただ,私はゲーム全般に疎いもので,「マジック:ザ・ギャザリング」のことも存じ上げてなかったんです。
そこで色々と調べてみたところ,世界的に有名なカードゲームだということで,これはちょっとお引き受けしなければ……となりました(笑)。
4Gamer:
「マジック:ザ・ギャザリング」には,さまざまなデザインのカードがありますが,これらのイラストを見て感じたことはありますか。
伊藤氏:
深みのあるファンタジックな世界が広がっていますし,自分では描けない絵が多くて感動しました。
4Gamer:
カードのアートを手掛ける際に,「マジック:ザ・ギャザリング」のカードテイストに寄せようと意識したりはしたのでしょうか。
伊藤氏:
既存のカードの特徴は踏まえた上で,自分なりの絵を描いたかなという感じです。最終的には,自分寄りになってしまい,「機械の母、エリシュ・ノーン」なんかは,ポーズ的にやり過ぎたかなと思ったんですが,良い反響をいただけているようで,なによりです。
4Gamer:
カードアートも怖さを感じる作品になっていますが,普段描かれている漫画やイラストとの違いはありましたか。
伊藤氏:
漫画ですと,ストーリー作りから始まって色々とやることが多く,ページ数も多いので,一枚の絵を完璧に描くということがなかなかできません。
でも,カードのイラストは絵だけに集中でき,じっくりと納得いくまで描き込むことができましたので,やっていて楽しい仕事でした。カードのサイズは小さいので,あまり細かい線にしちゃうと潰れちゃいそうで。その点は,いつもより意識していました。
4Gamer:
今回のイラストはどれくらいの制作期間がかかっているのでしょう。
伊藤氏:
ラフが上がってからは,3日間くらいですね。作画としては余裕がある方だと思います。ただ,それまでに試行錯誤をしているので,実際にはもっと時間がかかっている感じでしょうか。
4Gamer:
制作を進めるにあたり,「マジック:ザ・ギャザリング」側とのやり取りは,どのようにして進められたのですか。
伊藤氏:
まずラフを見てもらい,OKだったらそのまま作業に入るという感じでした。ほとんどのイラストがスムーズに進んだんですが,「屍肉喰らい」だけは別でしたね。
ラフの段階では墓石が十字架の形をしていて,英語で人名を入れていましたが,ここにNGが出ました。完成版では十字架でない板状の墓石で,名前もボカしてあります。
4Gamer:
名前の方は,偶然に同じ名前の人がいたりすると大変ですしね。
伊藤氏:
「機械の母、エリシュ・ノーン」については3種類くらいラフを描きました。横向きものや,斜め向きのものもあったのですが,迫力があるということなのか,正面向きのものが採用されましたね。
4Gamer:
イラストを描く際に,意識した部分や苦労した点はありますか。
伊藤氏:
今回のオファーは,「モノクロで」ということでした。白い紙と黒いペンの描線から生じるコントラストが鮮烈な効果を生む……ということは日頃から感じていたので,そうした部分は意識しています。
先に用意したラフはかなり勢いよく描いてまして,その雰囲気をイラストにも活かせましたので,それほど苦労はしていないかなと思います。ただ,薄墨を使うのではなく,ペンのハッチング(複数の平行線を引いていく技法)のトーンで鮮烈なイメージを出したいと思いましたので,その作業は大変でしたね。中でも「最後の審判」のビルを描くのに結構苦労しました。
4Gamer:
「マジック:ザ・ギャザリング」から新たにオファーが来たとして,またイラストを描かれたいと思われますか。
伊藤氏:
今回のお仕事が非常に楽しかったので,ぜひ描かせていただきたいです。墓場でゾンビが出てきたりするホラー的な要素が非常に強いイラストを描けたということで,私の好みには合っていました。
また,納得いくまで絵を描くというのはとてもやりがいのある仕事なんですよ。普通の漫画ですと締め切りがタイトになりがちですし(笑)。
「これを描けたら,もう死んでもいい」。思いを込めて創作を続ける
4Gamer:
伊藤先生の漫画には,富江をはじめとして美しい女性が多く登場します。美しい女性を描く際に意識していることはありますか。
伊藤氏:
生活や仕事の中で,モデルさんやタレントさんの姿を見た際には,色々と吸収して紙に描いておくということをしています。
美しい女性を描きたいという欲はあるのですが,私にコラボの話が来る時は大抵ホラーでして……。たまに,美女を描いて欲しいという話が来たときは,そこで欲求を発散していますね。
4Gamer:
「機械の母、エリシュ・ノーン」も女性キャラクターですよね。
伊藤氏:
ええ。ですので,鎧の下に見えている顔は美しいですし,スタイルも良く描くといいんじゃないか……ということで楽しかったです。ちょっと変なポーズにしちゃったんで,申し訳なかったんですけど(笑)。
4Gamer:
伊藤先生の作画環境はアナログなのでしょうか。それともデジタルなのでしょうか。
伊藤氏:
今は完全にデジタルです。絵の描き方はアナログ時代と変わりないんですが,ブラシや点描を一気に描けるのは利点ですね。
4Gamer:
カードのイラストを見て,てっきりアナログなのだと思っていました。
伊藤氏:
あまりにもキレイな,いかにもデジタルっていう線にはしたくないというところがあります。デジタルでアナログみたいな線を描くにはどうしたらいいかを日々考えながらやっているので,アナログで描いたと思っていただけるのはとても嬉しいですね。
一本の線を引くにしても,デジタルにはアナログほどの幅広さはなくて,少し制限はありますから。
4Gamer:
「作画をデジタル化すると,色々なツールや効果が使えるので幅が広がる」というような声は聞きますが,逆に制限を受けてしまうこともあるんですね。
作画環境の変化も影響してくると思いますが,画業とホラー作家を長年続ける上で,大切なところはどういった部分にあると考えられていますか。
伊藤氏:
核になりそうなアイデアをある程度ストックした上で,その都度新しいアイデアを投入していくのが大事かなと思います。あとは締め切りを恐怖することですね。怖がってちゃんと仕事をする。
4Gamer:
締め切りはたしかに怖いです(笑)。先生がアイデアノートを書かれているのは有名な話ですが,今は何冊くらいになっているのでしょう。
伊藤氏:
4〜50冊くらいでしょうか。ただ,その中でも使えるネタっていうのは本当に少ないです。漫画に対してですが,どこか一つでも面白い点がないと描き続けられないという恐怖感があります。ですので,つまらないネタを使うのは絶対に避けたいんですよ。
4Gamer:
漫画を1本描くのも長く大変な作業ですから,自身のアイデアを信じられないと走りきれないし,だからこそ使えるネタは少なくなる。自分のアイデアに没を出すのは難しいと思いますが,そこをやらないといけないわけですね。
伊藤氏:
なぜメモするかというと,シチュエーションやアイデアの面白さが,理屈でないところで感じられるからですね。若い頃に読んだ小説や漫画の面白さから,自分の中に面白さの基準ができあがった状態でメモを取るんですが,それでも後から見て8割方はつまんなく感じるんです。
この辺りは完全に直感というか,「何が面白くて,何がつまらないか」っていうのを,自分なりに感じ取ることも大事ということです。
4Gamer:
考え込んでは駄目と。
伊藤氏:
考え込んでしまうと,わけがわかんなくなっちゃうと思います。
4Gamer:
一旦描き始めたものを,軌道修正を行ったり,没にしたりといったこともあるのでしょうか。
伊藤氏:
ありますね。そうした時は,最初にメモした時に,そのアイデアの何が面白いと思ったのかというところに立ち返らないといけないです。
その上で,面白さを再び引き出すようなストーリーの作り方ができればいいんですけれど,それもできないとやり直しになります。
4Gamer:
元々のアイデア自体が面白くなかった時と,漫画にする上で面白さを引き出せなかった時があると思うんですが,このふたつはどうやって見分けたらいいんでしょう。
伊藤氏:
アイデアの面白さを最大限に引き出せるように,メモした中の面白さを無くさないようなストーリーの組み立て方をするようにしています。間違った方向で面白さを引き出せなかった場合は立ち返ってやり直し,それでもダメなら最初に面白いと思ったこと自体が間違っていたとなりますね。
4Gamer:
この辺りは実際に試していかないと面白くなるかどうかは分からない,といった感じでしょうか。
伊藤氏:
そうです。アイデアメモ自体も数行の短いものなので,具体的なストーリーにするにはまず描くしかないんですよ。
私の場合は,最初のメモから文章にしてアイデアを膨らませるんですが,そこからコンテに入ってもシナリオ通りにいかないようなこともあります。文章で表現することと絵で表現することはなかなか一致しないこともあるので,毎回試行錯誤しています。
4Gamer:
物事を進める際には,どうしても近道や秘訣的なものを求めがちですが,そうしたものではなく,地道に試行錯誤をするしかないと。
伊藤氏:
そういうコツのようなものでやってしまうと,型にはまっていっちゃうような気もします。個人的には,毎回違った発想の新しいやり方がないかと考えていて,なるべく型にははまらないようにやってます。
4Gamer:
あまりコツによる効率化を求めすぎると,コツという型になってしまうわけですね。
伊藤氏:
常に未知の領域に行きたいという気持ちがあるのですが,型にはまってしまうと,前と似たようなものができちゃう可能性もありますから。
あとスケジュール管理も大事ですね。時間は有限ですから,アイデアが出てこない時は,その分作画の時間がどんどん削れていくんですよ。絵というのは時間を掛けただけ確実に良くなると思いますから,時間の扱い方も気を付けたいと思っています。
4Gamer:
アイデアメモは普段から持ち歩いていて,気になることがあるとすぐに書かれる感じなのでしょうか。それとも,面白い出来事を覚えておいて,家に帰って書くのでしょうか。
伊藤氏:
以前はメモ帳を持ち歩いてましたが,今はスマホを使ってます。その場で書けない時は思いついたことを反芻しつつ家に帰る……なんてこともやってましたが,忘れてしまうことも多かったんです。
4Gamer:
忘れてしまうのは厄介ですね。そういう時はどうされるのでしょうか?
伊藤氏:
思い出すまで頭の中で記憶を辿っていきますね。アイデアを思いついた時,何をしてたか,何を見聞きしてたかな……と行動を遡って思い出していくんです。7〜8割は思い出せるんですけど,どうしても記憶の彼方に去ってしまったアイデアもあるような。
4Gamer:
メモといえば,自分が見た夢の日記を付けると面白いという話もありますが。
伊藤氏:
夢日記は非常に面白いと思います。私も昔,面白い夢やヘンな夢を見た時は夢日記を付けるようにしていました。最近は朝起きて夢の内容を思い出せないということが多くて,ちょっと残念なんですけど。
4Gamer:
伊藤先生は漫画家になる前に歯科技工士をされていたそうですが,歯科技工士時代と漫画家になってからで,夢の内容が変わったりしましたか。
伊藤氏:
大きな変化はないと思います。ネタになるような夢を見られればいいのですが,自分の意識ではどうしようもないこともありまして(笑)。
4Gamer:
伊藤先生が付けられていた夢日記を見たいという人も多いと思います。
伊藤氏:
夢日記だけでなく,普段の日記も後から読み返すと面白いですね。その頃に何をしていたか思い出せますから,もっと早くから付けていれば良かったと思っています。ずっと書いていれば,エッセイ漫画なんかでもネタにできるようなエピソードがあったかも知れないなあと。
4Gamer:
日記を付け始めた人は,同じ思いをしている人も多そうですよね。「伊藤潤二の猫日記 よん&むー」は細かい描写が多いですが,やはり日記をベースに描かれていた感じでしょうか。
伊藤氏:
あの頃日記は書いてなかったので,記憶で描きました。
4Gamer:
記憶で描いてあの密度なんですね。
これまでのお仕事ですと,締め切りはどれ位のペースだったのでしょう。
伊藤氏:
私の場合は月刊が多くて,短いと隔週ペースでした。しんどくなってくると休載させてもらい,その間に描き溜めをするようなこともありましたね。
どうしても絵には凝りたい性分で,締め切り通りにはいかないんですよ。締め切り前は徹夜したりするので,毎回眠れない辛さを感じながら仕事するのが大変です。
4Gamer:
締め切り直前の厳しい時期を乗り切るやり方のようなものはあるんでしょうか。
伊藤氏:
やり方ではないのですが,締め切り間際になると集中力が出てきますね。最初からやっておけという話なんですけれど(笑)。締め切りがまだ先だなと思うと怠け心が出てしまい,結局はギリギリになって大変になっていくと(笑)。
4Gamer:
もしかして,学生時代は夏休みの宿題も最終日までズレ込むタイプでしたか。
伊藤氏:
はい(笑)。友達は夏休みの前半で終わらせたりしてるんですが,私は最終日に必死になっていました。
あと締め切りを乗り切るとはいっても,白い部分を残したまま雑誌に載せてしまい,単行本になるまでに仕上げるようなことも結構ありました。
漫画家もベテランの域に入ってくると体力がなくなってくるので,締め切りまでに完全に仕上げるって事はなかなか難しいなあと。結局,乗り切れてはいないという感じですよね。
4Gamer:
描かれているのが人間の情感に訴えかけるホラーですから,作品を仕上げるのはより大変だと思います。
先ほど,「マジック:ザ・ギャザリング」の作画を3日間で終えられた話が出ましたが,これも集中力のなせる技だと思います。その集中力を保つために,何か心がけていることはありますか。
伊藤氏:
私にとっては,騒音がなるべく聞こえないっていうことが大事です。あとは,椅子に座り続けているのがしんどいので,音楽をかけながらや,YouTubeを見たり聞いたりしながら仕事をしています。
ただ本当に,「マジック:ザ・ギャザリング」のお仕事は,楽しく集中しながら描くことができましたね。マンガですと,ストーリーの最初に日常的な場面が必要で,こうしたシーンは描いていて面白くないんです。だから,集中を保つのが非常に難しくて(笑)。
4Gamer:
仕事中の音楽はどういったジャンルを聞かれているのでしょう。
伊藤氏:
ジャズやクラシックです。ジャズだと1950年ぐらいの身体が乗ってくるようなビバップ(即興演奏を主体としたスタイルのジャズ),クラシックはバッハが体に合っているという感じがします。ロックとしてはビートルズも好きなんですが,集中するというよりは音楽の方に気が入ってしまうんですよ。
4Gamer:
1950年代のジャズですか。
伊藤氏:
そうです。「トムとジェリー」で流れていたようなジャズの雰囲気があるのがビバップで,あのようなアニメを見ていた頃の童心に帰って心が落ち着くのかも知れないですね。
4Gamer:
伊藤先生の作品に,謎のレコードに魅入られた人々が殺し合いを演じる「中古レコード」という作品がありますが,「タイトルも分からないけれど心に残る名曲や名盤との出会い」というのは実体験だったりするのでしょうか。
伊藤氏:
あの話は,中古レコード屋で「ザ・スウィングル・シンガーズ」のレコードを買ったことがインスピレーションになっています。バッハの曲をジャズ風にコーラスでやるというグループで,最初はラジオで流れていたのを聞いたのが出会いでした。そこからレコードを探して買った体験もベースになっています。
4Gamer:
今回のインタビューにあたって,先生の漫画を色々と読み返しました。「マジック:ザ・ギャザリング」のインタビューをするという頭があるせいか,「リ・アニメーターの剣」の剣(※1)や,「寒気」に出てきた翡翠の彫板(※2),「浮遊物」で毛玉(※3)が大量発生する様など,そのままカードになってもおかしくないような気もします。
謎の「生かし屋」が持つ剣で,死者を生き返らせる。
(※2)
人を惹きつける不思議な彫板。虫のような形をしていて,持っていると身体に穴が空くが手放せない。
(※3)
人の身体から出る毛玉。空を舞い,本人の声で心の中の秘密を喋る。
伊藤氏:
「リ・アニメーターの剣」は,自分としては結構異質なものを描いたと思いますね。色々と模索しながら描いていた初期のものですから。
4Gamer:
伊藤先生が描かれた中で,印象に残っている作品はありますか。
伊藤氏:
自分なりにいいものができたかな……というものだと「首吊り気球」「長い夢」「阿彌殻断層の怪」辺りが気に入っています。
4Gamer:
どの作品も,不条理で怖い出来事が起こって原因の説明がなくて,想像力が刺激されて深読みもできる。伊藤先生ならではの漫画ですよね。
伊藤氏:
新しいものが作れたらいいなと思いながら描いていますので,そういうものができたときはやっぱり成功したと感じますね。
4Gamer:
ご自身での評価が高い作品と,世間で評価が高い作品は同じなのでしょうか。それとも,結構ズレが出てくる?
伊藤氏:
読者の方によって千差万別ですね。「富江」が好きな人,「うずまき」が好きな人,短編が好きな人。ズレがあるというより,人それぞれという感じでしょうか。
4Gamer:
皆がカメラ付きのスマートフォンを持ち,その中に写真を加工するアプリが入っているような現代ですが,こうした世相がホラーマンガ作りに影響を与えているようなところはありますか。
伊藤氏:
非常にあります! ホラー漫画のストーリーを展開する上で,携帯電話っていうのは非常に都合が悪いんですよ。いつでもどこでも助けを呼べるし,懐中電灯代わりにもなってしまう。ホラーの入り口に立った人を,深みに陥れるような状況を作りにくくしていると思います。
あとはAIの発展ですね。瞬時に作画をしてしまうのはやはり衝撃的で,絵を描いて飯を食ってる人間としては脅威だなと感じています。そのうち,漫画自体もAIに描かれちゃうんだろうなという。
4Gamer:
ただ,人間が感じる恐怖や嫌悪感といったホラーの部分はAIにも真似できないと思います。伊藤先生の漫画には双一シリーズを始めとして,ホラーかつ笑いの要素があるものもあり,違う感情なのに近しいところにある不思議さは表現できないんじゃないかと。
伊藤氏:
基本的に,時代を経ても人間の怖いものはそんなに変わりがないのかなと思います。その一方で,何か新しい怖さを生み出したいという気持ちは常にありますね。
それまで怖いと思ってないようなものが,突然怖くなるという感じです。私はかつて「うずまき」という漫画を描きました。当たり前に存在する渦巻き模様と恐怖を繋げ,それまでは何気なく見ていた渦巻き模様がやがて怖く感じられる。このように,思いもよらなかったものが恐怖になる……という物語をAIより先に作りたいですね。
4Gamer:
確かに「うずまき」を読んだ後は貝殻すら怖くなりますから,既にAIに先駆けておられるような気もします。読者に受けるホラーの傾向は,時代によって変わってきたりしているんでしょうか。
伊藤氏:
昔と違って「人怖(ひとこわ)」という言葉がありますね。人間のサイコパスなところを怖がるという意味で,そうした傾向は昔より強くなっていると感じます。
ただ,恐怖を分類したり言語化したりしているわけではないので,よく分からないところはありますね。そうした部分が分析できれば,作品にその傾向を入れて売れるものを作るんですが(笑)。
4Gamer:
今回,アナログゲームのお仕事を手掛けたわけですが,デジタルゲームを遊ぶことはあるのでしょうか。「DEATH STRANDING」ではカメオとして出演,「四十八(仮)」はシナリオ原案とイラスト,出演を担当されているので,プレイされているのかなと。
伊藤氏:
ほとんどやらないですね。プレイする時間がなかなかとれないという事もありますが,とにかくゲームと名の付くものが本当に不得意なんです。トランプもダメだし,子供の頃は将棋の駒も動かし方を覚えられなかった位ですから。
「DEATH STRANDING」もその場でグルグル回っちゃったりとか,壁にぶつかっちゃったりして,自分が出ているところにたどり着けてさえいないんですよ。もうこのセンスのなさは何だろう……という感じですね。本当にゲームは下手なんです(笑)。
4Gamer:
今はゲームに限らず,色々な娯楽のコンテンツがしのぎを削り合っています。そうした中,ホラーマンガを描かれ続けている伊藤先生ですが,ゲームという娯楽はライバルになったりするのでしょうか。
伊藤氏:
ライバル視しているというわけではないですね。「DEATH STRANDING」の小島監督も凄い方だと思いますし,ただ憧れているだけという感じです。
マンガは紙に描いたもの,ゲームは自分で参加するものなので,意識自体したことはないですね。
4Gamer:
ホラー漫画家として仕事をされている中で,一番楽しかったことと一番苦しかったことを教えてください。
伊藤氏:
苦しいのは,毎回の締め切り前の徹夜ですね。
楽しかったのは,「首吊り気球」辺りでしょうか。毎回「これを描けたら,もう死んでもいい」と思いつつ,手応えのある充実した仕事ができていた時期なんです。描いていた本数も多かったですし。
4Gamer:
「これを描けたら,もう死んでもいい」。そう思えるくらいの仕事に出会えるのは,幸せなことですよね。何らかの形で創作をしている,いわば伊藤先生の後輩たちに向けてひと言お願いします。
伊藤氏:
創作という形で新しいものを作っていくというのは人生の醍醐味です。色々とものを作り続けてこられている方も多いと思います。私も青春を投げ打って漫画ばかり描いてきましたが,フリークリエーションというのは本当に素晴らしいので,今までになかったものを生み出してやろうという気持ちで頑張っていただけたらと思います。
4Gamer:
では最後に,「マジック:ザ・ギャザリング」のプレイヤー,そしてゲームは遊んだことが無いけれど,伊藤さんのイラストをきっかけに始めてみようと思っている方に,メッセージをお願いできますか。
伊藤氏:
今回のイラストは,自分なりには非常に楽しく納得いく絵にできたかなと思いますので,私のカードでプレイ楽しんでいただけたら嬉しいです。
ゲームをやったことがない方も,私のイラストをきっかけに「マジック:ザ・ギャザリング」の世界に入っていただけたなら,仕事を請けて良かったなと思います。
4Gamer:
そういえば,伊藤先生の奥さんの石黒亜矢子さんも「マジック:ザ・ギャザリング」のイラストを描かれてるんですよね。
伊藤氏:
そうなんですよ。「稲妻の連鎖」「過大な贈り物」「先祖伝来の宝刀」「木霊の手の内」といったカードのイラストを描いています。
あと,2023年9月3日まで世田谷文学館で「ばけものぞろぞろ ばけねこぞろぞろ」という原画展をやっているみたいです。こちらもよろしくお願いします。
4Gamer:
9月であれば,この記事を読んでから見に行くのも間に合いますね。ありがとうございました。
「マジック:ザ・ギャザリング」公式サイト
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