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[GDC 2012]あの時ほど嬉しくて,すべてに感謝したいと思ったことはありません――和田康宏氏が語る「牧場物語」ができるまで
GDCで人気となる定番の講演というと,有名タイトルのクリエイターが登壇する“ポストモーテム(事後論議)”系のセッションが挙げられるわけだが,GDC 2012では,「牧場物語」の生みの親として知られる和田康宏氏が「Classic Game Postmortem:Harvest Moon」という講演を行った。
和田氏は,元々はマーベラスエンターテイメント(現在はマーベラスAQL)のエグゼクティブプロデューサーとしてゲーム制作を指揮していた人物で,その前身となるマーベラスインタラクティブやパック・イン・ビデオでは代表取締役も務めるなど,長い間ゲームビジネスに従事している人物として知られる。
1996年の「牧場物語」第一作からはじまり,16年以上にわたってさまざまなプラットフォームで展開されている牧場物語シリーズ。累計販売本数1000万本以上を誇る「牧場物語」ブランドは,どのようにして生まれ,育っていった作品だったのだろうか。
和田氏は,「商業的なもの作りにおいて,重要なのは“コンセプト”だと思います」と発言しながら,クリエイティブとビジネスの両面からゲーム作りを考えることが大切だと語る。
ここでいう“コンセプト”とは,氏曰く「ゲーム制作に関わるたくさんの人達の道標となるようなもの」とのことで,「何を作りたいのか。そして,それをどう実現するのか」を,短い言葉で端的に表せるものだという。
ちなみに牧場物語の場合,「田舎の生活を体験すること」と「戦わないゲーム」がクリエイティブ面のコンセプトであり,一方のビジネス面においては「最小のリスクで挑戦する」がコンセプトになっていたという。
そもそも,牧場物語の構想(コンセプト)は,和田氏自身の体験に端を発するものだったそうで,東京から遠く離れた田舎に生まれた和田氏は,都会への憧れがとても強い若者で,「いろいろな事情があって地元の大学に進学しましたが,結局それに耐えきれず,東京に上京することになりました」と,当時を振り返って懐かしそうに語る。
念願かなって晴れて東京に出て来た和田氏だったが,「都会での暮らしは,若い私にとってとても刺激的で有意義なものでした。しかし皮肉なことに,田舎から離れてみて,はじめて田舎の良さが分かりました」とのことで,そこで抱いた感情をなんとかして他の人に伝えることができないかと考えたそうだ。
「都会は賑やかで面白いと思える半面,非常に他人に冷たいというか,クール過ぎてつまらないと思うようになり,次第に都会に対して“違和感”を覚えるようになりました。これは,ホームシックだとか,都会より田舎の方がよいだとか,そういう意味ではありません。おそらく,私自身が“ずっと田舎を一つの側面でしか見られてなかった”ということに対する違和感でした。そしてそのとき私は,そこで感じた違和感,こみ上げてきた気持ちを,なんとかして他人に伝えることができないかと考えました」
「戦わないゲーム」というコンセプト
和田氏自身のなかで,田舎に対する考え方に変化が出ていた頃というのは,すでに仕事としてゲーム制作に関わっていた氏が,ちょうど自分の企画を考えはじめていた頃でもあった。講演の中で和田氏は,「しかし当時のゲームは,そのほとんどが戦うゲームでした」とコメントする。時期的に見て,スーパーファミコンが盛り上がっている,あるいは格闘ゲームなどが登場してきた頃合いだろうか。そういう状況のなかで和田氏は,「自分が作るゲームで,偉大な先輩方のゲームを後追いしても仕方がない」と考えたのだという。
「そこで生まれた最初のコンセプトが,“戦わない/競わないゲーム”でした。そしてそれと同時に,この戦わないというコンセプトが,常々伝えたいと思っていた田舎に対する思いと,非常にマッチするのではないかということに気が付きました」
「当時,そんな“戦わないゲーム”なんてものはほとんどありませんでしたし,上手く表現することができれば,まったく新しい体験をプレイヤーに提供できるのではないか。そう考えて,クリエイティブのコンセプトを“戦わない/競わないゲーム”“田舎の生活を体験するゲーム”と定めたのです」
しかし一方で,このプロジェクトを進めるためには別のロジックも必要になった。まったく新しいゲームということは,その時点でそのゲームで投資を回収できるマーケットが存在しないことをも意味する。簡単に言えば,そんな訳の分からないゲームが売れるという証明が,その時点では絶対に出来ないという話である。
「今振り返ってみても,私自身にそこをクリアするだけのビジネスアイデアはありませんでした。とはいえ,ゲーム市場自体は拡大しており,お客さんのニーズは多様化していくという確信はありましたし,このゲームが成功するチャンスは十分にあると考えていました」
結局,このゲームが成功するというビジネススキームまでは考えられなかった和田氏だったが,この企画を進めるために,“最小のリスクで挑戦する”というビジネスコンセプトをかかげる。
具体的に何をしたかというと,ゲームビジネスのポートフォリオを設定し,牧場物語の企画を“その中の一つ”として位置づけたという。
「事業が成長をするためには,新しいことに挑戦することが必要不可欠です。今までやってきたことをただ繰り返すだけでは,大きな成功は望めません。しかし一方で,そもそも計画すら立てようがないものにお金を出す経営者はいません」
「そこで私がとった戦略は,確実に需要が見込めるであろう企画や,海外のゲームで日本にマッチしそうなものを輸入する企画など,複数の事業をまとめて実施する“ポートフォリオ戦略”でした。そこで儲けた利益を使って,まったく新しいチャレンジをする……そういうことを提案しました」
ここでゲームの単体の企画を飛び越えて,会社の事業戦略そのものまで提案してしまうあたり,和田氏の実業家としての氏の側面が見えてくるわけだが,これ自体はとても大切な考え方だろう。ゲームとはいえ,ビジネスである以上,単に「作りたい」「面白い」をアピールするだけでは駄目,という意味でもある。
ともあれ,まったく前例のない企画だった牧場物語は,そうした回り道(?)を経て,開発をスタートさせる。それは,企画を立ててから2年後のことだったそうだ。
「しかし,この提案は思わぬ効果ももたらしてくれました。この2年間の間に,経営者に対して実績を示すことができ,信頼を得ることができたからです。また,2年間ゲーム制作/ゲームビジネスの現場に接することで,開発やプロモーションなど,ゲーム事業をより深く理解することもできました。結果,牧場物語の企画を立てた当初より,ずっと現実的で,説得力のある計画を立てられるようになり,開発の予算も少しだけですが増やすことができました」
「ここで私が学んだことは,ビジネスを成立させようとする場合に一番大事なのは,プロジェクトを判断してGoサインを出す人の信頼をいかに獲得するか。すべてはそれにかかっているということです」
「そのためには,マーケティングデータや綿密な資料といったことも大事ですが,それよりも,結局は地道に実績と結果を積み上げて,信頼を勝ち取っていくことが大切なのだと思いました。もちろん,そのすべてを上手くこなす必要はありませんが,そこで自分が何をやってきたか。それが,いろいろな面での信用に繋がっていくのだと思います」
ゲームで“仕事をする”という概念
さて,ようやくこぎ着けた牧場物語の開発だったが,制作にあたっては,実際の仕様を書けるように企画の概要を示す必要があった。
和田氏は,コンセプトのみの状態だった最初の企画から考えを進め,“人生”というキーワードからは“成長”と“交流”,“田舎”というキーワードからは“緑”と“生き物”という,計4つの要素を考え出す。さらに,そうしたゲームの要素とプレイヤーがどう関わっていくのか。最後に出て来たのが“仕事”という概念だった。
「正直,この“仕事”という部分には迷いがありました。というのも,人はなんでゲームを遊ぶんだろうと考えたとき,やっぱり普段の仕事や勉強から離れて,気晴らししたいと思っているからではないか。余暇の楽しみで遊ぶゲームで,わざわざ仕事をして楽しいのだろうかと,ずっと考えていました」
しかし,最終的には「コツコツとした作業が,ちゃんと実を結べば面白いのではないか。ゲームの中の抑揚をきちんとコントロールして作れれば,面白くできるのではないか」と考えて,“仕事をして生活するゲーム”というところに落ち着いたそうだ。
どんな仕事をするゲームなんだろう?と和田氏はさらに考えを進めるわけだが,「牧場に決まったのは,実はそんなに深い理由があるわけではありません」と和田氏は言う。というのも,当時,なんでも和田氏自身が「ダービースタリオン」にハマっていたらしく,そこから「これだ!」ということになったらしい。
RPGの戦闘システムの偉大さに気が付いた
しかし,実際にどういうゲームにするのかは,この段階ではまだ決まっていなかった。アクションなのか,シミュレーションなのか,それともRPGなのか。
企画段階では,「なんとなくシミュレーション的な内容になるんだろうな」と感じていたという和田氏だが,「あくまで自分がキャラクターを操作して,実際にいろいろなものに触れるゲームにしたいと思っていました。また,数値的なものは極力表に出さずに,結果をリアクションで表現することにもこだわりました」という。ここでようやく,現在の牧場物語の概観がおぼろげに見えてきたという感じだろうか。
当初,和田氏は,ゲームの世界を動き回りながらさまざまなものに触れ,それに対するリアクションを小刻みに用意することで,ゲームにリズムが生まれ,面白い作品になると考えていたそうだ。
しかし,まだ問題はあった。それは“単調さ”という問題だ。例えば,住人との交流にしても,話しかけるとアクションを返し,時にはイベントが起こる。けれど,これを毎日やると,どうしても作業感は拭えない。イベントが毎回必ず起こるわけでもないし,会話のパターンを増やしたとしても,この問題が解決するとは思えなかった。動物とのふれあいにしても同じで,本来,動物とのふれあい自体は楽しいものだが,それをゲームとして記号的に表現した瞬間に,どうしても単調なものになってしまうからだ。
和田氏はここで,改めて「RPGの戦闘システムの偉大さ」に気が付いたという。
「やもすれば単調な作業になりがちなRPGの戦闘ですが,その戦闘のシステムを練り上げることで,ゲームのリズムやゲームの遊びの幅を作ることができます」
「牧場物語は,最初のコンセプトからしてその偉大な戦闘システムを否定していたゲームだったので,そもそもゲームとしてのリズムや幅が欠落していたことに,そこで気が付きました」
ここに来て頭を抱えることになった和田氏。しかし,そこで思いついたのが「農作」だった。たくさんの種類の農作物があり,その成長の過程を細かく表現していけば,ゲームのリズムや幅が生まれるのではないか。今でこそ「FarmVille」のようなファーム系の作品はメジャーなジャンルとして認知されているが,当時は違った。しかし和田氏は,「これには凄い可能性がある」と考えて,具体的なプランを煮詰めていったそうだ。
農作のシステムには,「シムシティ」と「ゼルダの伝説」という,二つの偉大なゲームからインスパイアを得た。シムシティからは,街のオブジェクトがリアルタイムに変化していく様子を参考に,それを農作物の成長に置き換えた。ゼルダの伝説は,そのアクション部分を農作業のアクションの参考にしたのだという。
木を切る,種を植える,水をやる,収穫するなどといったアクションが,初代ゼルダのそれを彷彿とさせることは,実は筆者も常々感じていたところなのだが,実際にインスパイアされていたものだったとは……驚きである。
「こういった経緯で,交流と農作と酪農という,三つの要素が揃った牧場物語の原型が出来上がりました」
画面上で初めて芽が出た時の感動
企画の雛形に手応えを得て,実際の開発がはじまった。最初はごく少数のチームで,まずはゲームの肝になるであろう「農作」の部分から作り始めた。
開発中のゲームはまだまだ荒い状態だったが,テストプレイをしてみると,農地からゴミを取り除き,綺麗な更地にするだけでも,その作業は面白かったという。和田氏は,「農地が整っていくのが目に見える。そういった些細なことでも,プレイヤーのモチベーションになり得る」と,あらためてそこで発見したのだと語る。
そして開発がさらに進んだある日,プログラマーが「このキーボードを叩いてみな」と言ってきた。和田氏が言われたままに目の前のキーを叩いてみると,画面の中の畑から一斉に“芽”が出たという。「思わず『おおー!』と歓声を上げました」と,和田氏は感慨深い面持ちで振り返る。
「ただのゲーム,モニタの中での出来事だったんですけど,あの初めて芽が出た時の感動,新鮮な驚きは,今でも忘れられません」
和田氏は,ここに来て「このゲームはいける!」という確信を持ったそうだ。「よし,この調子でどんどん作っていこう!」,気を良くした和田氏は,チームのメンバーにそう声を掛けながら,さらに開発にのめり込んでいったという。
ゲームの開発に合わせて,世界観やキャラクターも練り込んでいった。ほのぼのとした雰囲気がウリの本作だが,人生の中の大イベントである“結婚”という要素を入れることを決め,花嫁となる5人のヒロインを作った。さらに,子どもでも楽しめるようにファンタジー要素も入れ,今の牧場物語の世界観が出来上がっていったという。
ちなみに,和田氏は当初,本作のタイトルを「人生牧場」にしようと思っていたらしいのだが,本作のシナリオ/世界設定を担当した当時のスタッフ・宮越節子氏がそれに大反対,結果として,宮越氏が提案した「牧場物語」にしたのだという。
「今考えると,自分の考えた“人生牧場”にしなくて,本当によかったと思います」
数々の困難を乗り越えて
しかし,今度はここで「処理落ち」という問題が発生する。それぞれパーツの状態では動いていたプログラムが,併せてみるとまともに動かなかったのである。用意されたたくさんのオブジェクトが仇となったと,和田氏は言う。
しかし,単純にオブジェクトを減らしてしまっては,ゲームがつまらなくなってしまう。和田氏は,プログラマーにその意図を伝えながら,プレイヤーには見えないところのグラフィックスを描画しないようにするなど,プログラムを全面的に見直すなどして,少しずつゲームを軽くする作業を進めていったそうだ。
こうして,処理落ちの問題にもめどが立った頃,さらにとんでもない問題が発生する。なんと,開発を依頼していた制作会社が倒産してしまったのだ。
「そのときはもう,目の前が真っ暗になりました」
と,和田氏は振り返る。開発の社長は行方をくらまし,結果,未完成のデータだけが残された。絶望的な気持ちになりながらも,和田氏は,プログラマーの山楯氏に残されたデータの中身を解析してもらったという。結果,「要素は8割くらい揃っているが,ゲームとしての完成度は3割ほど」と言われたそうだ。
どう考えても,残りの予算で完成にこぎ着けることはできない――諦めかけていた和田氏だったが,事情を宮越氏と山楯氏に話したところ,彼らから思いもよらない返事が返ってきたという。二人が「完成させましょう。やりますよ」と言ってくれたのだ。
「私は,とても自分を恥じました。自分は予算の事ばかりを考えて,ゲームを完成させるという情熱が,それに負けていたのです」
和田氏は,会社と必死に交渉して,自分を含めた3人の開発予算をなんとか承認してもらい,会議室の一室に開発機材を持ち込んだ。開発機材だけではなく,寝袋も。そこから,3人で必死に開発に取り組んだという。
宮越氏は絵とシナリオを担当し,山楯氏はプログラムの作り直しを,和田氏はシナリオを手伝いながら,当初の仕様からは入りきらない要素を大幅にカットする作業に取り組んだ。要素を切り捨てる作業は大変だったが,「結果として,ゲームの大事な部分を見つめ直すことができた」と和田氏は語る。この半年後,ゲームはついに完成した。
「あの時ほど嬉しくて,すべてに感謝したいと思ったことはありません。なかでも,宮越と山楯の両名には,言葉では言い表せないほど感謝しています。彼らがいなければ,牧場物語が世に出ることはなかったでしょう」
作品は一本限りと,当初はシリーズ化には否定的だったという和田氏。しかし,会社に説得され,「いろいろな人への恩返しのつもりで作った」という続編の「牧場物語GB」が,30万本を超える大ヒットになった。
結果として,多くのユーザーからの反響を目の当たりにした和田氏は,「ユーザーの期待に応える続編を作りたい!」と強く思うようになったという。以後,牧場物語は,16年の長きにわたって,さまざまなプラットフォーム,さまざまな形で進化していくことになるわけだ。
和田氏は最後に,以下のようにコメントしながら,今回の講演を締めくくった。
「私は,すでにマーべラスエンターテイメントを離れ,新たな道を歩み始めましたが,有能なスタッフと暖かいファンに守られた“牧場物語”は,今後もさらに発展していくことでしょう。今現在プロデューサーを務めている同社のはしもとよしふみ氏が,このシリーズに新しいアイデアを吹き込んでくれるのを,ひとりのファンとして楽しみにしたいと思います」
さて。まさに山あり谷ありといった感のある「牧場物語」の開発秘話を,惜しげもなく披露してくれた今回の講演だったわけだが,長年ゲームビジネスに従事する和田氏の“根っこ”が垣間見えたという意味でも,とても興味深い内容だったと思う。
ゲームが完成したときの嬉しさや,ファンからの反響があったときの嬉しさ。そういった当時の様子を,情感いっぱいに語る氏の姿を見るにつけ,和田氏がゲーム制作に何を求めているのか――何かそんなところを感じ取れる講演になっていたと感じられるからだ。
マーベラスエンターテイメントを退職後,一時的にグラスホッパー・マニファクチュアに在籍していた和田氏だが,現在はTOYBOXという新たな会社を立ち上げて,コンシューマ向け(?)のゲーム開発に着手しているという。
「牧場物語とはまったく違う,新しい体験ができるゲームです。E3には何かしらお見せできると思います」と和田氏が語る作品が,いったいどんなものになるのか。今からその出来映えが気になるところだろう。
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