インタビュー
ソニーの開発者に聞く,ヘッドマウントディスプレイ「HMZ-T2」。第1世代からズバリ何が変わったのか?
一方,発表時のテストレポートでもお伝えしたとおり,HMZ-T2はどちらかというと,HMZ-T1のブラッシュアップ版といった趣の製品だ。HMZ-T1ユーザーからすると,買い換えるべきかどうかというのは重要な検討テーマになるのではないかと思う。また,第2世代品でフルHD化が実現されなかったので,フルHDモデルが登場するまで待ったほうがいいのではないかという疑問も,当然あることだろう。
4Gamerでは,ソニーでHMZ-T2(およびHMZ-T1)の開発に携わった技術者である高橋巨成氏と西尾文孝氏,そしてHMZシリーズのプロダクトマネージャーを務める森 英樹氏に技術的な話を聞くことができた。今回は,そこで明らかになったHMZ-T2の詳細と,HMZシリーズの今後などをまとめてみたいと思う。
なお,インタビュー実施日は2012年9月28日である。実施時点で4Gamerではレビュー記事用の検証を進めており,そこまでに得られたテスト結果を基に話を進めているところもあるので,その点はあらかじめお断りしておきたい。詳細なテスト結果は,後日掲載予定のレビュー記事でお届けする予定だ。
ソニーのHMZシリーズ製品情報ページ
HMZシリーズ公式Facebookページ「HMZ没入快感研究所」
ゲームプレイ時の操作性を左右する遅延は
「見えないところの改善」により安定性が向上
4Gamer:
本日はどうぞよろしくお願いします。
まず,ゲームで最も重要な遅延周りから話をお聞きしたいのですが,我々のテストですと,HMZ-T2とHMZ-T1で表示遅延周りに大きな違いは見られない一方,HMZ-T1では設定によってブレることがあったのに対し,HMZ-T2だとそういった違いが見られず安定するという結果が得られています。その理由は何でしょうか。
森 英樹氏(以下,森氏):
ソニーとして遅延に関する具体的な数字を公表していないことはご理解ください。また,「遅延を安定させるような新要素」といったものは導入していません。ただ……,
高橋巨成氏(以下,高橋氏):
4Gamer:
遅延に直接関係のあるところを弄ったわけではないものの,総合的な改善が,安定性の結果を生んだ,といったところでしょうか。
高橋氏:
もともとHMZ-T1のときから,遅延はできる限り排除しようとしていました。
「遅くなる要因」というのはいくつかあって,(ソニーの液晶テレビシリーズである)ブラビアの場合は「ゲームモード」を有効化すると,それらをバイパスすることで速くなります。
一方,HMDはテレビと異なるデバイスなので,遅延の原因もテレビと異なるのですが,HMZシリーズの開発に当たっては,遅延をできる限り最小化しようという考えが初めからありました。HMZ-T1でもHMZ-T2でも,そのときに考えられるシステムにおいて一番いい状態にチューニングしてます。
なので,HMZ-T1とHMZ-T2でテスト結果に違いがあるとすると,「HMZ-T1のときは十分じゃなかった」ということがあるかもしれませんね。
4Gamer:
遅延の原因はHMDとテレビで異なるとのことですが,バイパスすることなく遅延を最小化しているということですか。
ブラビアにある“バイパスモード的なゲームモード”は,HMZシリーズには用意されていませんよね。
高橋氏:
なくても,お客様に何も言い訳することなく,「遅延の最小化はできている」と。ただ,テレビ(=BRAVIA)にはいろいろ必要なもの,たとえば入力ソース1つとってもいろいろありますし,それらのサポートは絶対に外せないものだったりします。
HMZの場合は(テレビではなく)ディスプレイ機器であるという,特化できる部分がありましたから,最初から遅延の低減などはしっかりやろうと考えていたのです。
実のところ,最初は(低遅延のゲームモードの)切り替え機能をつけようという話もあったんです。でも実際にやってみると「いらないじゃん」と。
4Gamer:
低遅延モードをつけようという計画があったんですね。
森氏:
これは商品仕様にも絡むところですが,開発当初は「遅延がかなり発生するようなモードでなければ映像の質を担保できないのではないか」と考えていたんですね。その部分は,開発当初だと私達も掴めていなかったのですが,結果として(負荷の高い映像処理は)必要はないと判明したため,「低遅延モード切り替え」は導入しなかったという経緯があります。
4Gamer:
素人考えでは,「あったほうが分かりやすいのではないか」とも思うわけですが。
森氏:
(そのため,コストなどのバランスを考えて,最終的に)「HMZで,複数の経路を用意する必要はない」という結論に至ったわけです。
HMZの場合,デフォルトのモードで,今回のシステムとしては(十分に)遅延が低くなっていますから,モードを増やすとしても,「むしろ遅延の大きなモードを増やすかどうか」という話になるんですね。
4Gamer:
先ほど,テレビとは違う処理があるとおっしゃっていましたが,具体的にはどういう処理が違うのでしょうか。
森氏:
内部の処理までは詳しくお話できないのですが,いろいろな要素が絡んでいるのは確かです。
そうですね……。たとえば,HMZシリーズの場合,入力はHDMIのみですし,シンプル化できているところはあると思いますね。
4Gamer:
テレビに比べてシンプルというのは分かるのですが,そのほかにも,テレビに比べてHMDだからという要素はあったりするのでしょうか。
高橋氏:
はい,あります。
HMZシリーズは,没入に対しての画像処理――たとえば視聴時間に合わせて輝度を落とす「暗順応」という機能や,HMZ-T2では「色温度ナチュラル調整」というものも組み込んでいますが,これはテレビにはないものですね。
逆に言うと,テレビでやっているような,たとえば「X-Reality」のような時間軸超解像とか,そういう機能は入っていません。
森氏:
パネルの特性などがテレビとは異なりますので,HMZ専用に実装している機能というのはあります。ただし,それが遅延を増やす方向に動いているかというと,そういうことはないと思います。
4Gamer:
遅延の話に戻りますと,HMZ-T1のときは(設定による遅延のブレもあり)縦スクロールシューティングやリズムゲームでわずかな遅れを感じることがありました。
HMZ-T2の開発にあたって,HMZ-T1のアンケート結果を参考にされたと聞きましたが(関連記事),HMZ-T1のユーザーから遅延に関する意見はあったりしましたか。
森氏:
明確に「遅延が大きくてゲームに影響が出る」というフィードバックはほとんどなかったですね。ネット上の口コミも含めて,遅延が話題になったことは私達でも認識していますが,目に見える形で要望は上がってきていません。
ここはあまり深く検証していないのですけれども,おそらく,FPSやレース,オープンワールドのゲームがHMDとの相性がいいということで,そういった(遅延の影響が劇的にシビアではない)タイトルを中心に遊んでいた人が多かったかなと考えています。
4Gamer:
たしかにHMDで縦スクロールシューティングをプレイしようという人は少数派でしょうね……。
森氏:
ただ,もちろん遅延を気にする方がいらっしゃるのは認識しています。また,低遅延を打ち出しているメーカーがあることも承知していますから,開発テーマの1つではあります。今後,HMZシリーズの発展を考えたとき,(低遅延化は)方向性の1つに入ってくるでしょう。
遅延とは別のところで用意された
「ゲーム」モードの秘密
4Gamer:
森氏:
HMZ-T2で「ゲーム」モードと言っているのは,画質部分でゲームを意識した絵づくりをしているモードということです。ゲームモードではそれに加え,「パネルドライブモード“クリア”」という,残像感の出にくい駆動を併用しています。
4Gamer:
パネルドライブモードはゲームモードをオンにした状態でも無効化できますよね。このあたりの挙動がいまひとつ把握できていないのですが,HMZ-T2の「ゲームモード」は画質プリセットの1つという理解でいいのでしょうか。
高橋氏:
考え方としてはそのとおりです。ただですね,ここが難しいところで,メニューの初期値が変わっているだけかというと,そうではありません。ゲームモード以外でパネルドライブモードの調整を行っても,ゲームモードとまったく同じにはならないんです。内部のフィルタ特性はけっこういろいろ変えていまして,ゲームモードではゲームモード用にチューニングしてあります。
4Gamer:
つまりゲームモードを有効化したときと無効化したときでは,パネルドライブモードの挙動が変わる,と。
高橋氏:
トータルとして見たとき,ちょっと違うものにしています。そこは時間をたっぷりかけて綿密にやってます。
4Gamer:
具体的にどう違うのでしょう?
高橋氏:
「画質・映像設定」メニュー以下の「パネルドライブモード」。ゲームモードにすると,デフォルトでは「クリア」となる |
こちらは「カスタム」を選んでいるところ |
そうですね。たとえば(パネルモードのクリア設定は)ご想像どおり,仕組み上ちょっと暗くなりますが,そこを,輝度感を変えないで暗くならないようにする,とかですね。
さらに,それに合わせてエンハンス(≒画質調整)しています。少し精細感が必要だということがあったりしますので,フィルタ特性は(ゲームモードと非ゲームモードとでは)裏でまったく違うものを使っています。
ただ,そういう絵づくりを嫌うお客様もいますので,「カスタム」モードではなるべくフラットにしています。ですから,カスタムモードにしていただくと,ある意味で私達の思いが届かなくなってしまうのですけども(笑)。「放送業務的に正しく出してください」というお客様もいらっしゃって,HMZ-T1ではその主義に従っています。そのため,ほんのりとした絵づくりしかしていないのですが,HMZ-T2で,HMZ-T1のときのそれ(=絵づくり)に近いのがカスタムモードですね。
実は,HMZ-T2の絵づくりにどういう反応があるのかというのは,私達も興味があるところだったりします。
4Gamer:
HMZ-T2では,明示的にカスタムモードを選択しない限り,積極的に絵づくりされた映像を楽しむことになるわけですね。このあたりにはHMZ-T1ユーザーのフィードバックも反映されているのですか。
高橋氏:
またHMZ-T2は,プロジェクタを参考にしていることろもあります。具体的には弊社の「VPL-VW1000ES」という4Kプロジェクタをクライテリア(=判定条件)の1つに使って,絵づくりの参考にしました。
HMZの「画角45度」が
決まるまで
4Gamer:
HMZ-T1のときからの疑問なのですが,HMDには「○m離れた○インチ画面」という表記がありますよね。HMZ-T1とHMZ-T2はいずれも画角45度で20m離れた750インチという表記がありますが,この値はどのようにして決定されているのですか。近くにもっと小さいスクリーンを置いても,視野角は同じになるわけですけれども。
高橋氏:
これは本当に“正直ベース”で決めていまして,レンズの設計そのままです。
森氏:
「虚像の焦点距離が20mで,画角が45度」ということがレンズの設計で決まっています。それで750インチ相当と。この数字を変えてしまうと嘘になってしまうので,そのように表記しています。
高橋氏:
ピントだけではなく,輻湊(ふくそう)――目がどれくらい寄っているか――が非常に大事です。遠くを見るとき,(目の角度は)平行で,近くの物を見るときには目が寄ります。20m先のスクリーンを見るときには0.1度ほど目が寄りますが,そういうディメンション(=特性)にHMZはきっちり合わせていますので,ある意味では非常に正しくやっていると言えます。
もちろん,「お客様がそう見えるか見えないか」は,さんざん議論のあったところですが。
4Gamer:
実感でお話しすると,もっと近いところにスクリーンが見えますね。
高橋氏:
これはもう人間の視覚システム(が原因)ですね。人間がものをどう見ているかというと,わりと相対的に見ていることが多いので。
一方のHMZの場合はその仕様上,どうしても「覗き込んでいる」感が(映像を見るときの)経験に刷り込まれるので,小さく見えることがあるのかな,と。もちろんこのあたりは人によるでしょうが。
4Gamer:
20mというと映画館で言うとどれくらいの位置でしたっけ。HMZ-T1のときに確か説明がありましたよね。
森氏:
500人くらいのホールの真ん中くらいですね。
高橋氏:
プレミア席か,そのちょっと後ろくらいで,非常にいい位置といったところです。もちろん「そんなに離れた位置でゲームっていうのはどうなの?」ということはあると思うんですが,ゲームでも意外にいいねという声はいただいてます。
4Gamer:
感覚的に近く見えることが,逆にゲームではちょうど合う印象なんですよね。むしろ20mという数字のほうを「ちょっと違うかな」と思ったくらいです。
森氏:
プロモーション的には,数字の言い方を変えるという選択肢はあったのかもしれませんが,スペック値がそう(=20m)なので,そう言わせていただくしかないと。
4Gamer:
ちなみに,目の負担としてはちゃんと遠くを見ているということですよね。
森氏:
そうです。よく「スクリーンが目の近くにあるのでメガネを掛けなくても大丈夫ですか」という質問を受けるのですが,残念ながら映画館と同じ環境で(=近視の場合はメガネなどを装着して)いただかないと見えません。
高橋氏:
(近くに小さな画面を置いても同じことではないかと言われることがあるが)実のところ,単純に三角関数で計算したようにはならないと私達は考えています。ピントの位置と輻湊の関係がありますから。
森氏:
レンズの仕様は,高橋が非常に手間ひまかけて決めていまして,いろいろな画面サイズを鏡で映して両目で見るという実験を,2つの画面と合わせ鏡を使って行っています。
4Gamer:
具体的にはどんな作業だったのでしょうか。
高橋氏:
画角が30度,33度,45度のとき,それぞれ距離との関係で画面サイズはさまざまに取れますよね。画面の大きさは「画面をどこに置くか」で決まってくるわけですが,ここで,何が妥当なのかを実験したんです。
関連する論文も調べましたが,遠ければ遠いほど臨場感が出るのかというと,そういったところを明確に書いているものはありませんでした。なら,やってみるしかないと。
画角を固定して最初は25インチでやってみて,次に45インチでやってみて,最後は大きな会議場を借りて200インチでやってみました。画角はすべて同じなので,画面は同じ幅に見えるわけですが,ピントの位置と輻湊の違いがあるため,見え方は違ってきます。
結局,遠くの200インチというのがいちばん臨場感が出たんです。「ならば,せっかくだから映画館に合わせてみよう」と(いうのが,最終的なレンズのスペックに反映されています)。
このあたり(=実験)は,結構なお金と機材と時間をかけまして,半年くらいやっていましたね。弊社には200人くらい入る会議場があるんですが,そこに230インチくらいのスクリーンを借りてきて,プロジェクタを置いてみたという。
森氏:
そういうことが分かったうえでレンズを作り,プロトタイプを作ってみたという流れですね。
高橋氏:
「画面の高さの約3倍離れたところから見るのがベスト」とよく言われますが,その場合,画角は30度とか33度とか,それくらいになります。しかし,HMZシリーズの45度というのも画角と距離の関係を実際に作り,実験の結果決めたものです。
4Gamer:
60度とか,画角は広いほうがいいという意見もありますよね。
高橋氏:
「画角は広ければ広いほどいいの?」というと,意外とそうでもないんですよ。
実際,社内でも「60度くらいにしろ」という偉い人がいたんです(笑)。機材の都合で限界が57度までだったので,そこまで広げてみましたが,そうすると賛否両論になって,「つらい」という人が出てくるんですよ。そこで,(画角と見づらさの間には)何か閾値があるのだろうと(いう考えに至りました)。
45度は,100%とは言いませんが,33度に設定したときよりもずっといいと言う人が多く,一方の57度だと「ダメだ」という人が半分くらい出ました。16:9の画面の中で,オブジェクトが端のほうにあったとき,(広い画角であるほど)目をよりグリグリと動かさなければならないのが,「つらい」(という意見を生んだ)原因でしょう。
4Gamer:
ただ,一般論として,視野角を広めにとっておけば,あとから狭くするのは簡単ですよね。
高橋氏:
もちろん,解像度を犠牲にすれば,横方向をどんどん小さくしていくことで可能ですが……,
森氏:
(高橋氏の発言を受けて)私達も「45度以外はやりません」というわけではないので,画角は今後も検討していく部分だと思っています。
4Gamer:
解像度の話も交えると,2560×1600ドットとか,それ以上にして画角を稼ぎ,必要に応じて解像度ごと狭くするという可能性もありますよね。
森氏:
将来的には,解像度を大きくして,通常は中央だけを使うモードを作るといった展開はあり得ると思います。(HMZシリーズの45度という画角は)現状最もバランスのいい設定ということになりますね。
HMZ-T1とHMZ-T2で光学系は同一だが
装着の仕方でフォーカス感はガラリと変わる
4Gamer:
お借りしているHMZ-T2を何人かで試しているのですが,映像外周部のフォーカスが甘いという声と,むしろHMZ-T1よりくっきりしているという声が別々の人間から上がっています。これは装着の仕方でずいぶん変わってくるものなのでしょうか。
森氏:
HMZ-T1とHMZ-T2の違いということで言えば,光学系はまったく同じですので,そこが原因となって違いが出ることはありません。
高橋氏:
レンズ関連の技術者に聞くと,製造精度(の違い)というものは若干あるとのことなので,数を作るほどこなれてくるということはあるでしょう。ですから,最初期のモデルに比べると今のモデルのほうが良くなっているということがあり得るかもとは思います。
ただ,HMZ-T1と比べてHMZ-T2のフォーカスが落ちているということはないはずです。
西尾文孝氏(以下,西尾氏):
目幅調整も,HMZ-T1のときは左右連動の5段階だったのを,HMZ-T2では左右独立して5段階にしたことで,選択肢も多くなっていますから,HMZ-T1よりもフォーカスは合わせやすいはずです。
4Gamer:
なるほど。光学系が同じなら,たしかにあとは調整でしょうね。
西尾氏:
とくに周囲のフォーカスを気にする方は,まずヘッドパッドの前後調節を行ってみると,いい位置が見つかると思います。レンズと目の距離は非常に重要でして,1段階変えるだけでもまったく見え方が変わりますよ。
4Gamer:
その調整機構に関してですが,目幅調整が左右独立になったのはいいと思うのですけれども,1目盛りで約3mmほど動くところは変わっていませんよね。HMZ-T1のときも思ったのですけれども,3mmでは大きすぎたりしませんか。
森氏:
これもレンズ設計の話になります。
光をレンズに通して目の網膜に入れるよう設計していますが,理論的には目の位置とレンズの位置とでレンズのパラメータは決まります。しかし,そこにはある程度のマージンがあって,「かっちり合わないと見えない」ようなレンズにはなっていないので,目幅調節機構は,マージンを踏まえた刻み幅にしているんです。
「光学的な仕様上,このレンズで綺麗に目に入るはず」という考えから,あえて5段階にしているということですね。
高橋氏:
おっしゃるとおり,目幅調節のステップ数をどうするかのは議論はありました。理論的にはピッタリ合っていますから,むしろ,ちょっとずれて装着してしまうと合わせきれないということがあるかもしれませんね。
森氏:
目幅調節は「調整機構」として一番目に見えて分かりやすいので,(それが裏目に出て,本体がズレているのに気づかず)まずここで合わせようとしてしまって「合わない」という方が多いのかなあと。
4Gamer:
それはあるかもしれません。HMZ-T1だととくに,頭に固定したら目幅調節を……という流れになりますし。
HMZ-T2だと,まずはヘッドパッドの奥行き調整から,というわけですね。
「HMZ-T2では光学系の特性を加味した
絵づくりが行われている」
4Gamer:
テスト時に気づいたこととして,ドットがRGBで構成されているため,白い横線などが表示されると点線に見えてしまうというのが挙げられます。実際には真っ白なものを見ない限り気づくことはなく,たとえばPlayStation 3のメニューなどを見ていても違和感はないのですが。
森氏:
単純にサブピクセルがサブピクセルとして見えてしまうということですよね。
4Gamer:
それだけフォーカスがいいといえば,そういうことになるのでしょうが。
高橋氏:
OLED(=有機ELディスプレイ)という自己発光のデバイスを使っているので,ブラックマトリックス(≒黒色)が影響しているかもしれません。自己発光のデバイスがある周囲は黒くしておかなければならないということがあって,サブピクセルとサブピクセルの間に黒い縁があります。
黒い縁をできるだけ小さくしなければならないというのはデバイスとしては重要なところで,(HMZシリーズだと)今の技術では最高のレベルでやっていますが,そこはやはり自己発光デバイスのつらいところになりますね。
4Gamer:
液晶のほうが目立ちにくいということですか。
高橋氏:
液晶のほうが楽ですね。自己発光ではなく透過ですから,(発光する)デバイスをそんなに入れなくていいぶん,ブラックマトリックスをやらなくて(=配置しなくて)済みますし。
自己発光の場合は光が隣に染みてしまい,色が漏れてしまうということがあるので,光をきちっと分けることが重要です。それをやらないと色のリニアリティ(が低下する)というか,カラーがぼやっとしてしまいます。これは自己発光の宿命ですね。
4Gamer:
ではなぜHMZでは有機ELパネルを採用したのでしょう。
高橋氏:
そこもいろいろ考えはあったのですが,やはり「暗い環境で映像を見るときに,黒が浮いてしまうのは良くない」というのがあります。現在の液晶デバイスでも,できるだけ黒が浮かないようにはなっているのですが,やはり自己発光に比べると(黒の浮きでは)原理的には不利になります。
HMZは周囲が真っ暗になりますが,そこで黒がグレーに浮いてしまうと,一気にリアリティが落ちてしまいます。やっぱり枠の中を見ているんだと感じられてしまうのです。
森氏:
「液晶だとこう」「OLEDだとこう」という単純な問題でもなく,いまのバランスとしてこうなっているということですね。色の鮮やかさや応答性の良さ,黒の沈み込みということを考えたときに,(HMZには)OLEDが最適と考えた次第です。
4Gamer:
画質に関してはもう1つ質問があります。HMZ-T2では,「有機ELの性能を引き出す14bitリニアRGB3×3色変換マトリクスエンジン」の採用が謳われていますよね。これはどういうものなのでしょうか。
高橋氏:
これは高校レベルの数学でして,色を変換するとき,たとえばRから別のR'を作りたいなら,Rに別の色を組み合わせるわけです。黄色っぽい赤を作りたいなら別の色を混ぜてやると。そこでマトリックスを使って計算しています。
実のところ,これをきっちりやっている映像機器は意外と少ないんです。何かしら適当なゲインの値をRに掛けるだけという機器もあります。
ただ,それではせいぜいレベルが変わるだけです。本来,色を作るというのは色を混ぜていく操作になりますから,マトリックスを使う必要があるわけですね。
マトリックスは,積和の計算なのでbitが膨れるわけです。「RからR'を作るならマトリックスの計算で何bit持てばいいのか?」ということになります。
もちろん,入力は8bit,出力も8bitでいいんですが,計算途中は位が上がっていく可能性がありますから,bit数がたいへん重要です。そこで14bitにしましたというのが「14bitリニアRGB3×3色変換マトリクスエンジン」です。
積和の計算でbit数がどーんと膨れても,14bitあるので収められますし,それを「SBMV」(Super Bit Mapping for Video)という手法で8bitに丸めるわけですけれども,目指したフィルタの性能をきっちり出せる。これが大事なんです。
4Gamer:
要は「bitを切り捨てる量が少なくて済むから精度が出せる」ということですか。フィルタはマトリックスで持っているんですね。
高橋氏:
ある理論値に基づいたフィルタ特性を決めてマトリックスで持っています。詳細は秘密なので明かせませんが(笑),ソニー独自の考え方で創ったマトリックスです。
先ほどもお話しましたように,“普通”の機器だと,ちょっと係数を決めてRGBのゲインを変えてやっているくらいなんです。もちろん,それでうまくいってしまう場合もあるんですが,HMZではちゃんと色を表現するために潤沢にbitを持ち,フィルタもしっかり設計してやっています。
4Gamer:
そのフィルタが画質モードで切り替わるわけですね。
高橋氏:
はい。いくつかのフィルタを持っていて,モードで切り替えます。
4Gamer:
それは,たとえばブラビアでもそうやっているわけですか?
高橋氏:
秘密ですねえ(笑)。もちろん,エンジン自体の話は一般的なものですが。
4Gamer:
ちなみに14bitというのは多いほうなのでしょうか。
高橋氏:
それにはもう1つ話がありまして,ガンマがかかった映像なのか,そうでないのかによります。ガンマがかかっていると,入力に対して出力が偏っていますから,bitを刻むとき,潤沢にbitがないと極端に値が切れちゃうんです。
14bitという値は,ガンマがかかった映像を前にすると多いほうではなく,「それくらいなければダメ」という値です。しかし,HMZはリニアです。だから非常に贅沢にbitを使っているとい言えるでしょう。
「普通だよ」と言う人はいるかもしれませんが(笑),リニアで14bitというのは贅沢だと思いますよ。
4Gamer:
14bitというのはやや半端な気がしますが,14というところに何か意味はあるのですか。
高橋氏:
これがまたシステムとの絡みがあるところで,1bit増えると処理(=回路規模が)2倍に増えるわけですから,そのバランスですね。
森氏:
入力と出力が8bitですから,そこにどれくらいマージンを持たせるかということですね。
4Gamer:
16bitにすると逆に無駄が多いというわけですね。
ちなみにこれ,CPUを使った計算ではなく,専用のLSIを使って計算しているわけですよね。
高橋氏:
そうです。専用の回路でリアルタイムに計算しています。
4Gamer:
だからbitを増やせば増やすほどコストかかり,減らせばそのぶん得だと。
高橋氏:
そうです。十分に性能が出るなら,できるだけ削っておきたいところで,バランスですね。
4Gamer:
色といえば,HMZ-T2では,HMZ-T1の「エンハンスフィルタ」が「新エンハンスフィルタ」になりました。
森氏:
「エンハンスフィルタ」に関しては,HMDという製品特有の事情があります。「パネルの映像をレンズ越しに見ている」というところが特殊なところで,レンズは高性能に設計にしているんですが,それでもある種の光学フィルタ的な要素を持ってしまいます。
そこで,その影響を逆手にとって,パネルに出す映像のほうに(影響を)加味することで,最もよく見えるようにしているのです。この部分も高橋が非常に考えて,HMZ-T2で新たに(「新エンハンスフィルタ」として)盛り込んだ要素となっています。
高橋氏:
何かモノを通すと必ずローパスフィルタになるんです。高域(※フーリエ変換的な意味での「高域」のこと)が落ちてしまう(=画像の詳細部分が欠けてくる)んですね。
直視型のものとはちょっと考え方が違うんですね。直視型だと,絵づくりのためにエッジを少し立たせたりしますが,HMZでは「だらだらと落ちる高域を元に戻して補正する」ということをやっています。
森氏:
そこは,HMZ-T1の経験からかなりノウハウが溜まった部分で,(レンズを通した映像の)見え方の傾向が掴めてきましたから,そういう処理を入れることで,見え方をトータルに良くしようと。(前述のとおり)HMZ-T1では素直な絵づくりをやっていましたが,HMZ-T2では絵を見るまでの経路を考えて絵づくりをしているという違いがあります。
4Gamer:
映像は人が見るものなので,人によっても受ける印象は違いますよね。
高橋氏:
たしかにそうですが,光学はCADである程度シミュレーションできますからね。「光線追跡」などと言いますが,「この光学特性があれば周波数特性はこうなります」ということが計算で分かるので,そこを持ち上げるといういうことができます。
もちろん,シミュレーションだけでやってしまうととんでもないことになるのですが(笑),ひとまず理論に沿って進めて,最後は人間がチューニングしています。
森氏:
最終的な好みの部分は,ユーザー自身が選べるようにすることで担保するという考え方です。
4Gamer:
つまり,映像はHMZ-T2のほうが良くなっている自信があると。
高橋氏:
「そうじゃない」という記事が出たりするとガッカリしたりしますが(笑)。我々としてはそういう気持ちでやっています。
インナーイヤー型とオーバーヘッド型に向けて
それぞれ音のチューニングが行われたHMZ-T2
4Gamer:
サウンド周りのお話も聞かせてください。
HMZシリーズでは,ソニーのバーチャルホンテクノロジー「VPT」(Virtual Phones Technology)を使っていますよね。以前,ソニーからゲーマー向けのヘッドセットとして「DR-GA500」が出たとき,開発者の方からは,VPTにおいてプロセッサボックスとヘッドフォン部は一対であって,ヘッドフォンの特性まで追い込まないと,ベストな音は出ないというようなお話がありました(関連記事)。
そのため,HMZ-T1でオンイヤーヘッドフォンが用意されたとき,「ああ,あれが理由だな」と思った次第なのですが,HMZ-T2では着脱式になりました。これは大きな変更だと思うのですが,このあたりの詳細を教えていただけますか。
西尾氏:
説明が難しいところもありますが,VPTも細かく分けると,ヘッドフォンとプロセッサを合わせてチューニングしたもの(※編注:これが“無印”のVPT)と,WALKMANのように後からヘッドフォンを変えられる「VPT Acoustic Engine」とがあります。
「ならHMZ-T2はVPT Acoustic Engineなんだね」と思われるかもしれませんが,HMZ-T2では特定のヘッドフォンではなく,インナーイヤー型とオーバーヘッド型,2種類のヘッドフォンタイプに向けてそれぞれ最適なチューニングを施しているため,(無印の)VPTを名乗っています。ターゲットのヘッドフォンを特定するのではなく,インナーイヤーとオーバーヘッドとを想定して,それぞれきっちりとチューニングしたことから,あえてVPTと名付けたわけです。
4Gamer:
西尾氏:
この設定がなければ,おそらく汎用のVPT Acoustic Engineになったと思います。ユーザーインタフェースで最適なモードを選択できるようにしたので,VPTという打ち出し方をさせていただいてますね。
4Gamer:
しかし,オーバーヘッドのヘッドフォンは機種が多く,密閉型だったりオープンエアだったり,特性はかなり異なりますよね。また最近はインナーイヤー型でも複数のドライバーユニットを搭載するものがあったりと,製品による違いはかなり大きいと思うのですが,VPTではそこを吸収できるのでしょうか。
西尾氏:
「ヘッドフォンを特定してチューニングする」手段は2つあります。サラウンド感を効果的に出そうとするものと,使っているドライバーのクセを補正するものですね。
HMZ-T2はどうかというと,ヘッドフォンの付け替えが前提なので,「標準的なヘッドフォン」というものを想定してやっています。たとえば,HMZ-T2の標準イヤフォンは「MDR-EX300SL」相当のものですが,聴いていただければ分かるように,非常にクセのない音を出すんですよ。インナーイヤーは,この標準イヤフォンをリファレンスにチューニングしていています。
オーバヘッドのリファレンスは明確には謳っていませんが,弊社の「MDR-Z1000」を前提にチューニングしています。
4Gamer:
MDR-EX300SLとMDR-Z1000を前提としつつ,他社のも含めてほかのイヤフォンやヘッドフォンもテストし,それぞれの特徴を保ちつつサラウンド効果が出るようにしてきた,といったところでしょうか。
西尾氏:
ですから,ユーザーが使っているヘッドフォンでサラウンドがオフの状態と「ミュージック」とを切り替えていただくと,「このヘッドフォンならサラウンド効果がこれくらい出るんだな」と分かっていただけるはずです。
4Gamer:
つまり,イヤフォンやヘッドフォンによって,サラウンドの効果には違いがあると。
西尾氏:
正直なところ,ヘッドフォンによってサラウンド効果が出やすいものと出にくいものがあります。ざっくり言うとクセのあるヘッドフォンのほうが出づらいですね。バーチャルサラウンドを実現するうえで重要なものに「頭部伝達関数」というものがあるんですが,ヘッドフォン自体がクセのある頭部伝達関数を持っていると,サラウンド効果が出にくくなります。
ただ,「クセのある頭部伝達関数を持つヘッドフォンだと,ガラっと音が変わってしまう」ということはなく,HMZ-T2では,もともとヘッドフォンが持っている音色や特徴を生かしつつ,そのヘッドフォンの能力に応じたサラウンド効果が得られるようには設定しています。
森氏:
HMZ-T1のフィードバックでもそうだったのですが,ヘッドフォンは好みがさまざまで,「これが一番いい」と定義できません。なので,サラウンド感や音質を含めてお客様に選んでいただく形にしました。
もっとも,おすすめの組み合わせというのがあったりもするんですが……。
4Gamer:
ソニーのヘッドフォンとセットでどうですか,という提案もあるわけですね。
森氏:
そうですね,非常に良い質問です(笑)。
実はそういうご提案もできればと思っていまして,10月に発売される「MDR-1」というオーバーヘッド型が,HMZ-T2と組み合わせていただくと非常に良いのです。また「MA-900」という,今年春に出たオープンエアのヘッドフォンも空間的な広がり感があり,お勧めです。
いまソニービルではMDR-1と一緒にHMZ-T2を楽しんでいただくというデモをやらせていただいていますので,ぜひお試しください。
MDR-1(正確にはそのベースモデルとなる「MDR-1R」)。価格は3万975円(税込) |
MDR-MA900。実勢価格は2万〜2万5000円程度(※2012年10月6日現在)となっている |
西尾氏:
ヘッドフォンの好みというのは,非常に個人差が出るんですね,友人から「このヘッドフォンは非常にいい」と勧められても「そんなにいいかなあ?」と感じた経験があるのではないでしょうか。そういう意味で(ヘッドフォンは)スピーカーより個人差が大きいという捉え方でいいと思います。
ヘッドフォンを装着すると,周りの影響,たとえば顔越しの音だったり,顔の形の違いの影響がなくなるので,その部分をヘッドフォンの特性で補わないといい音に聞こえません。
ましてやインナーイヤーだと耳に入れますから,耳介(じかい),要は耳たぶですね,耳たぶの影響がなくなりますので,さらに違うということになってきます。なので個人差が大きいということになります。
4Gamer:
実は相当に奥が深いんですね。
西尾氏:
ええ。HMZ-T1ではヘッドフォンを固定していましたが,それに対して良いという人と嫌という人がいたのは,それに起因していたのだと考えています。
HMZ-T2で付け替えを可能にしたのは,いまお気に入りのヘッドフォンがあるなら,それで試していただくとフィットするのではという考えによります。ヘッドフォンを選ぶときに「あ,この音はいいな」と思ったとき,実は自分の耳の特性にあったヘッドフォンを選んでいる可能性がありますから。
4Gamer:
なるほど,それは考えたことがなかったですね。
西尾氏:
オープンな場所で普通に聞くのと,ヘッドフォンで聞くのとでは,(音に)大きな違いがあって,耳に装着したときには個人差が大きく出ると考えていただければと思います。
4Gamer:
ポータブルプレーヤーでヘッドフォン市場が盛り上がっていますが,それもそういう背景があるからということですね。
西尾氏:
あれはまあ,某プレーヤー標準のイヤフォンが……ということもあると思うんですけど(笑),「付け替えてみるとこんなに音が変わる。なら,ヘッドフォンにはお金をかけてもいいな」と思われるようになったんでしょう。
HMZ-T2に関して言えば,まず同梱のイヤフォンで聞いていただいて,不満でしたらお気に入りのヘッドフォンを試していただきたいですね。それでもダメなら,もちろんコンテンツにもよりますから,HMZ-T2に合うヘッドフォンはどれだろうと探していただければ,より楽しんでいただけると思います。
4Gamer:
VPTの話に戻りますが,具体的にインナーイヤー向けとオーバーヘッド向けとで,どのように設定を変えているか教えていただくことはできますか。
西尾氏:
先にちょっとお話ししたように,耳へ直接入る音と,間接的に入る音は異なります。HMZのサラウンドは(バーチャル)5.1chですから,「フロントスピーカーの左と右,センター,リアスピーカーの左と右から出る音の特性をそれぞれ耳の位置でとったらこういうふうになる,というのを再現する」といった,バーチャルサラウンドの処理自体は,インナーイヤーとオーバーヘッドで変わりません。
ただ,オーバーヘッドの振動板の位置とインナーイヤーの振動板の位置は違いますよね。その位置の違いで特性が変わってくるんです。その違いがインナーイヤーとオーバヘッドの違いと理解していただければいいと思います。
フルHD化を果たすには
ディスプレイデバイスの進化も必要
4Gamer:
最後に将来の話をお聞きしたいのですが,いま別途テストを行っている西川善司氏から,「白色LED光源と3枚のSXRD(※筆者注:ソニーが開発した高性能透過液晶)を使った3板式(※筆者注:RGBそれぞれ独立した表示デバイスを使う方式)の上位モデルはどうか」という話もきていたりもしますが,これは重くなっちゃいますよね。
高橋氏:
実は考えたことがあります。しかし,ものすごく巨大になっちゃう(笑)。(ヘッドマウントディスプレイの)創世記に図面を引いてみたんですが,さすがにありえないでしょうと。
(HMDには)眼幅調節というのがありますので,その制約の中でやると幅の大きさが決まってしまうんです。それで3板式はちょっと大きさ的にありえない感じですね。
森氏:
あとはバランスの問題で,どのデバイスが最適かということで現状ではOLEDが最適ですね。
高橋氏:
アイデアとしてはいろいろ考えています。(3板式が)出てきたりするかもしれません(笑)。
ご存じかもしれませんが,SXRDはブラックマトリックスが非常に小さいんです。だから,もし(SXRDでHMDが)実現できたとすると,先に指摘されいた白線が点線になってしまうような問題は解消するでしょう。そういう点では非常にいいデバイスです。
4Gamer:
あとは,多くの人が要望しているフルHD化ですが,可能な範囲で見込みをお聞かせいただないでしょうか。
フルHD化はデバイスの開発も絡んできますので,いますぐお話できることはないのですが,もちろんそういう声があることは我々としても認識しています。商品としていつになるかというお話ができる段階ではありませんけれども,開発テーマの1つです。
ただ,いまは量産レベルで,720pさえ,他社は実現できていない状況だということはご理解ください。今後も技術トレンドを踏まえて,その時点でできるだけ良い物を出していこうと考えていますが,現時点では「もちろんフルHDは意識しています」以上のお話はできません。
4Gamer:
HMZ-T1が出たときには,HMDを使ったことのある人達の間で,720pを実現したことが革命的だと注目を集めましたよね。ただ,一方で世間は1080pが当たり前になっていたので,その折り合いを付けるのは難しいかもしれません。
森氏:
フルHDを望む声があるのは必然かなと思っています。ただ,HMZは解像感が高いので,実際に使っていただければ不満は少ないかなとも思っています。
高橋氏:
ちょっと面白いトピックがありまして,(2つの目で)ディスプレイ1枚を見たときと,両目でそれぞれ1枚ずつ見たときでは,解像感が変わるんですよね。
(その理由は)まだ分析できていないんですが,論文によってはS/Nが数dB上がると指摘されていたりもします。人間の視覚システムを数値化するのは非常に難しいのですが,私達も実験を繰り返して,「確かにそうだ」と(いうところまでは来ました)。
この部分は,我々もさらに研究開発すべき内容だろうと考えています。
西尾氏:
オーディオの世界だと,あるD/Aコンバータがあって,それを1個使ったときのS/Nが100dBだったとすると,2個使って合成すればS/Nが3dB上がるんです。ランダムノイズは変わらず,振幅が2倍になることで,S/Nが改善されるんですね。
それと同じで,量子化ノイズやランダムノイズといった,きちんと認識されるもの以外の情報が左右別々に目に入れられることで解像感が上がるのではないかと。これはオーディオ側からの仮説ですけれども。
4Gamer:
確かにあり得る話ですが,「人間がどう感じるか」という話にもなるので難しいですね。
森氏:
数値化は難しいです。ただ,興味深いところではありますね。
4Gamer:
フルHD化に話を戻しますが,どのあたりが難しいですか?
森氏:
大きなところでは,やはりデバイスです。0.7インチというサイズでどこまで高集積なデバイスを実現できるかという技術的な課題がありますし,お客様にお届けできるリーズナブルさという観点もあります。
4Gamer:
デバイスがどうなるか分からないから現時点では何とも言えないということですね。
森氏:
そうですね,パネルの技術的なところが今後どうなるかですね。
4Gamer:
ほかにワイヤレス化という要望もあります。
森氏:
これも重要なテーマだと思っていますが,商品として出したときのバランスですね。使い勝手と安定性,コスト,それらを含めて,どのタイミングで盛り込んでいけるか考えているところです。
4Gamer:
規格としては,Intelが推している「WiDi」をはじめ,すでにいくつか立ち上がっていますよね。
高橋氏:
ワイヤレス化には先に取り上げられた遅延の問題がありますし,画質の問題もあります。我々は画質面の言い訳を絶対にしたくないこともあって,現状ではまだまだかな,というところがありますね。
森氏:
ワイヤレス化に関しては弊社だけでなく,それこそIntelさんを含めて各社が提案しているところですから,技術的な動向も見ながら検討していく必要があると考えています。
4Gamer:
将来の展開ということで言えば,東京ゲームショウ2012に展示された「PROTOTYPE-SR」は大変興味深いものでした(関連記事)。現状でもPROTOTYPE-SRのようにモーションセンサーを搭載すること自体は難しくはないと思いますが,いかがでしょうか。
森氏:
技術的には,「センサーを搭載したHMD」を作ることは可能で,あとはそれをどう提案するかです。私達もいろいろと検討はしています。
ただ,ハードだけ出してもしょうがないかなとも思っていまして,HMZ-T1と3D立体視のコンテンツの関係もそうだったのですが,両方が技術的に充実したタイミングで出して初めてお客様に使っていだだけると思いますので,もう少し考えていくつもりです。
高橋氏:
技術的には(センサーの組込みは)そんなに難しい話ではないですが,コンテンツですよね。もちろん,今後コンテンツはさまざまに変わっていくと思いますし,AR(Augmented Reality,拡張現実)的なものが出れば……。
ただ,ARも将来,何を目指すのかわからないところもあるんですよね。
4Gamer:
やはり最初はゲームかなと思いますが,いかがでしょう。PROTPTYPE-SRもかなりゲーム的だと思いますし。
森氏:
そうですね,可能性はあると思います。PROTOTYPE-SRは非常に作りこんだ形でデモをやらせていただいたんですが,使い方次第でHMDというデバイスで非常に没入感が得られるということを体験いただけたと思います。
高橋氏:
PROTOTYPE-SRは非常に良い実験になったと思います。私達も引き続き実験を重ねていきますし,また研究者の方々もいろいろな試みを始めていますから,そういった知見を参考にやっていきたいですね。
4Gamer:
長時間ありがとうございました。最後の質問です。
HMZは没入型ですが,他の方向性もありますよね。装着型,たとえばGoogle Glassようなタイプですが,あれをどう見ていますか?
森氏:
装着型もいろいろな可能性があると思っています。Googleの取り組みは面白いと思いますし,弊社も商品を発表しましたが、身に付けられるタイプのアクションカメラも盛り上がってきています。
HMZは家庭でプレミアムなエンターテイメントを楽しむという位置づけになりますが,装着型には別の可能性があるでしょう。「どういうコンテンツを扱うか」と(製品は)密接に関連しているので,装着型なら,「外でどういうコンテンツを扱うか」と合わせて提案する必要があると思います。
いずれにせよ,各社からHMDに関するさまざまな提案が出てくるのは,私達にとってもいいことではないかと考えています。弊社としてもいろいろな展開を考えていきたいですね。
インタビューを通じて感じたのは,ソニーの底力である。インタビュー中,話題に上がったカラーフィルタや頭部伝達関数といった部分で,ソニーは膨大なデータや経験を蓄積しているようで,HMDという発展途上のデバイスにもかかわらず,HMZ-T1であれだけ高い完成度を実現し,さらにそこから1年も経たずにブラッシュアップできてしまうのは,こうした蓄積の賜物だろう。
最後のほうで取りあげたPROTOTYPE-SRからも想像できるように,ソニーが,ゲームを中心としたエンターテイメントを意識してHMDの開発を進めていることは,まず間違いない。HMZ-T2はもちろんのこと,ソニーのHMDには,今後も注目していく必要がありそうだ。
ソニーのHMZシリーズ製品情報ページ
HMZシリーズ公式Facebookページ「HMZ没入快感研究所」
ソニーストアのHMZ-T2販売ページ
- 関連タイトル:
HMZ
- この記事のURL:
Copyright 2012 Sony Corporation, Sony Marketing (Japan) Inc.