インタビュー
声優にしてクリエイター・杉田智和の原点を辿る「月英学園 -kou-」インタビュー。杉田氏と森Pが解き明かす,その原風景と世界観
本作は,声優の杉田智和氏と御立 弾氏が原作を手がけたPC向け同人アドベンチャーゲーム「月英学園 -ergØ-」をベースに,新キャラクターの追加やボイスの追加,シナリオの再構築が行われた,コンシューマ向けリメイクタイトルだ。
同人版からのスタッフである脚本の熊川秋人氏,音楽の伊藤賢治氏,イラストの哉ヰ 涼氏に,根岸和哉氏や企画屋(シナリオライター集団)といったメンバーが加わった豪華な制作陣。そして杉田智和氏の希望が反映された豪華なキャスティングなどで,注目を集めるタイトルだ。
今回4Gamerでは,その発売を記念して,本作の原作者である杉田智和氏と,プロデューサーの森 利道氏に話を聞いてみた。本稿では,その中で確認できた,本作の開発経緯や,作品の裏に隠されたテーマ,そしてクリエイター・杉田智和氏がストーリーに込める想いなどを余すことなくお届けしていこう。
※記事中,一部本編についてのネタバレとなる部分があります。ご注意ください。
■「月英学園 -kou-」の物語
月英学園への転校初日の夜,異形の存在に襲われた遠山浩は,何故かその場を訪れた月英学園生徒会の少女・御月英理によって殺害されてしまう。しかし浩は,死んだ記憶を引き継ぎながら目を覚まし,2度目の“転校初日”を経験するというタイムリープ現象に遭遇。自身の置かれた状況に困惑し,自分を殺害した御月英理が所属する生徒会に接触を試みる。
そこで浩は,桃生町には襲った人間を怪物に変える力を持った異形「ハザード」の存在すること,ハザードが学園の地下に隠された“匣”を狙っていること,そして生徒会が“匣”と桃生町の人々を守るためにハザードと戦う組織であることなど,多くの真実を知らされる。同時に生徒会へとスカウトを受けた浩は,自身に起きた謎の全貌を知るために,ハザードとの戦いに身を投じることになった。
月英学園の生徒会は,ハザードに対抗する“能力”を受け継ぐ9つの家「九頭龍」に属する人間によって構成されている。浩は九頭龍の人間ではないにも関わらず,ハザードと相対したことをきっかけに能力を発現させており,特異な存在として見られていた。
そのため,当初は互いに疑いの目を向け合い,生徒会の中に馴染めずにいたが,共に様々なハザードとの死闘をくぐり抜ける中で,少しずつ友情や愛情が芽生え始める。そうして仲間たちとの交流を通して信頼を勝ち取った浩は,生徒会や九頭龍の裏に隠された謎へと迫っていく……。
「月英学園 -kou-」公式サイト
原作:杉田智和――多くの人の手を介して生まれ変わった「月英学園」
4Gamer:
今回は,原作者である杉田さんと,プロデューサーである森さんのお二方に,本作の魅力について語っていただこうと思います。しかしこの面子だと,インタビューと言うより,対談になってしまうかもしれませんね。
森 利道氏(以下,森氏):
俺と杉田くんが対談ですって! なんだか嫌な予感しかしないぞ(笑)。
杉田智和氏(以下,杉田氏):
某スタン・ハンセンのテーマ曲(「Sunrise」)をかけながら入場して,花束で相手を殴る所から話を始めましょうか。
4Gamer:
脱線しそうになったら無理やり引き戻しますので,よろしくお願いします(笑)。ではまず,本作の成り立ちからなんですが……元々は同人ゲームだったんですよね?
杉田氏:
そうです。同人ゲームの「月英学園 -ergØ-」は,僕の友人でもある熊川秋人さん※を,世の中に適合させるために生まれたプロジェクト,のようなものなんです。彼が「自分はゲームが作れる。でも絵と曲だけはどうにもならない」って言っていたので,「じゃあやってみろ」ってことでスタートしました。
※熊川秋人氏…… 香川県出身のシナリオライター。「月英学園 -kou-」では,同人版から引き続きメインライターを担当。そのほかアークシステムワークス作品では「BLAZBLUE CONTINUUM SHIFT EXTEND」の追加シナリオのライティングなども行っている。以前は,「熊川貴族」の名義でアダルトゲームメーカーのアージュに所属し,シナリオなどを担当していた。また,4Gamerの動画企画「4Gamer TV〜突然!ブッピGAN!〜」第1回と第2回にも出演している。
4Gamer:
熊川さんは,本作ではシナリオにクレジットされていますね。杉田さんは,原作者という立場でスタッフリストに名を連ねていますが,具体的にはどこまで制作に関わられたのでしょうか。
肩書は原作者になっていますが,実際はほぼすべての工程に関っています。僕が直接制作したという意味では,全体のプロットと細かいシナリオの修正,それから完成した物のチェックや,修正オーダーなどですね。
森氏:
言ってしまえば監修役ですね。役職とするなら原案/監修という方が,より正確かもしれない。
杉田氏:
そうですね。スタッフから上がってきた物に対して「これはおかしい」と指摘していくんですけど,正直これが辛かった。なにしろ,自分ができないことを,できる人に対して「やれ」と言うわけですから。
森氏:
自分が思っているイメージを,他人に正確に伝えるのって,難しいんだよね。でも共同作業が前提になるゲーム制作では,とても重要なことなんですよ。
杉田氏:
心の中で「俺に曲が作れるか!」「絵が描けるのか!」「プログラムが書けるのか!」って,自問自答しながらの作業でした。
4Gamer:
同人版もプレイさせていただいたのですが,PlayStation Vitaでの発売となった本作では,音楽やイラストだけなく,シナリオや設定自体も作り直されていますよね。そういった修正も,杉田さんご自身で行われたのですか?
杉田氏:
僕も関わってはいますが,そこはスタッフ同士で何度も議論を重ねる中で,変化していった部分です。
森氏:
一番もめたのは,やっぱり女主人公から男主人公への変更だよね。
杉田氏:
(うつむきつつ)そうですね……。
4Gamer:
えっ,思い出してブルーになるレベルなんですか!?
森氏:
ある時,熊川くんの家でシナリオ会議を開いたんですけど,そこで僕と熊川くんが「主人公は絶対に男にしたほうがいい」という提案をして。それに対して杉田くんが「絶対に変えたくない!」と言って譲らなかった。……その日は,その言い合いだけで2時間半以上かかりましたねえ(笑)。
まだ御月英理のお話をやり切ってもいないのに,新作で主人公を変えるということに対して,納得できなかったんです。いきなり「今回からは男が主人公です」と言われても,僕自身,気持ちの切り替えができなくて。
4Gamer:
森さんと熊川さんは,なぜ主人公の変更を推したのでしょうか。
森氏:
単純に感情移入のしやすさですね。メインのプレイヤー層は,やはり男性ですから。付け加えて,「月英学園」という謎の多い世界の中で,傍観者として世界に疑問を投げかける立場のキャラクターが必要だと思ったんです。その役目を担うには,英理というキャラクターは背景が複雑すぎるんですよ。
4Gamer:
なるほど。遠山 浩が転校生というニュートラルな立ち位置にいるのには,そんな理由からなんですね。
森氏:
そういうことです。とまぁそんな具合に,熊川くんと一緒に杉田くんを説得して,今に至るわけですよ。いやぁ,大変だった(笑)。
杉田氏:
森さんにはプロデューサーという立場から,根岸和哉先生や企画屋さんには脚本という立場から,さまざまな意見をいただきました。そして完成したのが,この「月英学園 -kou-」なんです。とくに根岸先生からは,「これで本当に良いと思ったんですか?」という厳しい言葉をいただいたこともあり……。
森氏:
根岸先生は,色々な場面で調整と説得に奔走してくれたよね。本当にありがとう! 根岸先生!
杉田氏:
あの時,根岸先生に言われた「俺がこのナマクラを,立派な太刀に打ち直してやる!」という言葉が,今でも忘れられません。同人版の時と同じに,熊川さんと僕だけで作っていたら,きっと完成することはなかったでしょう。本当に感謝してもしきれないですよ。
現場を知るがゆえの,キャスティングへのこだわり
4Gamer:
では,ここからは少し内容に踏み込んだ質問をさせてください。
謎に満ちたストーリーや,伊藤賢治氏によるサウンドなど,さまざまな魅力が詰め込まれた本作ですが,やはり初見で目を惹くのは,個性豊かなキャラクターではないかと思います。そして,そのキャラクターに命を吹き込むキャスト陣の豪華さに驚かされるのですが……このキャスティングは,杉田さんのチョイスということで良いのでしょうか。
杉田氏:
僕が担当したのは,あくまでキャスティングの“希望”までですが。でも,結果的にほぼ希望通りのキャスティングが実現してしまったので,そういう意味ではその通りです。
4Gamer:
ということは,杉田さんのこだわりがかなり反映されていると。杉田さんが,本作の音響監督といってもいいのでしょうか?
杉田氏:
音響監督の仕事は熊川さんが担当したのですが,僕もアフレコ現場には極力立ち会うようにしていました。ただ,僕も熊川さんも本業の音響監督ではないですから,あくまで原作者・シナリオ担当として,キャラクターの方向性を見失わないよう,アドバイスするといった感じです。
4Gamer:
なるほど。キャスティング面でのこだわりなどをお聞きしてもいいでしょうか。
杉田氏:
キャスティングでは,英理役の早見沙織さんと,大河役の中村悠一さんは,とくに強く推した配役です。この2人は僕のラジオ番組等で強くキャラクターのイメージが出来ていたので,キャスティングを担当した弊社アトミックモンキー※の森永さんに強く念押しした記憶があります。
※アトミックモンキー……杉田氏の所属する声優事務所。所属声優に関 智一,長沢美樹,折笠富美子など。
森氏:
僕はやっぱり,上手な声優さんには悪役をやってほしいと思ってるんですよ。例えば映画のバットマンとかでも,悪役には必ず良い役者さんが当てられますよね。ああいうのが大好きなんです。「BLAZBLUE」シリーズで,ハザマ役に中村さんをキャスティングしたのも,実はそういう理由で。
4Gamer:
本作で中村さんの演じられた大河は,序盤でこそ主人公を導いていく人格者,という立ち位置ですが,物語が進むにつれて徐々にその本性を現してくるという,難しいキャラクターでもありますね。
杉田氏:
そう。どうしても中村さんにお願いしたかったのは,その本性を現した大河――僕等は“黒大河”と呼んでいるんですが――があってのことなんです。一度あの声の黒大河を聞いてしまうと,もうほかのキャスティングは考えられない。
4Gamer:
中村さんをゲストに招いたラジオ※の1コーナーで,中村さんが大河を演じられたのが決め手だったと。
※文化放送 超!A&G+のラジオ番組「杉田智和のアニゲラ!ディドゥーーン!!」。
杉田氏:
ええ。彼の演技は,なんと言いますか……スポーツドリンクよりも速いスピードで,僕の感性に染みこんで来るんです。常に孤独で,危うい印象があって,中村さんの声は,まさにそんな大河のイメージにピッタリでした。
そういえば中村さん,「俺の収録の時には(杉田さんが)1回も来なかったぞ」って言ってたよ(笑)。
杉田氏:
どうしてもスケジュールが被っていて……行けませんでした……。本当は行きたかったんですよ!
4Gamer:
杉田さんの中村さんへの愛が伝わってくるエピソードですね。ちなみに,ほかのキャラクターについてはいかがでしょうか。
杉田氏:
特定のキャラクターの話ではないのですが,収録現場では,とにかく「キャラクター性を被らせないこと」を意識していたのを覚えています。
4Gamer:
というと?
杉田氏:
自分が演者であるときの経験からなのですが,原作者の意向が濃く出ている作品だと,登場キャラクターの趣向が偏りがちで,演技が似通ってしまうことが多いんです。せっかく良いキャスト陣が揃っているのに,演技が似てしまってはもったいない。なのでそうならないよう,キャラクターを分けるように意識するんです。
4Gamer:
おお。もう少し詳しくお聞きして良いでしょうか。
杉田氏:
例えば,作品の中に「落ち着いた女の子」「おとなしい女の子」「クールな女の子」という3人のキャラクターがいたとしますね。この3人は性格は違えど,演者が出す声質という意味では,似た方向性を持っています。1歩間違えば全員が似通った声を作ってしまうでしょう?
4Gamer:
(早見さんの声で妄想しつつ)……た,確かに。
杉田氏:
「月英学園」で言えば,麻生 明は「クールな美女」で,久遠院朱音は「ミステリアスな女性」,英理は「不器用な女の子」ですよね。この3人は,まるで違うキャラクターではありますが,ある程度「落ち着いた女の子」という枠の中では,同じ方向を向いています。なので,最初に何がどう違うのかを説明しておくことが,非常に重要なんです。
4Gamer:
うーん,なるほど。
杉田氏:
沢城みゆきさんが演じている瀬川まりあは,“性格が悪い”という個性を強調するために,当初はもっと醜悪なキャラクターにしようかと思っていたくらいです。
4Gamer:
ええっ。まりあ,すごくエ……カワイイじゃないですか!
杉田氏:
でしょう? あれは熊川さんの「言うても,まりあにも良いとこあるやん?」という説得と,イラストレイターのすめらぎ琥珀先生の優しさ,そして根岸先生のシナリオの賜物です。絵の力に頼らずに「嫌なヤツでありながらも,愛される可愛いキャラ」というキャラクターを確立してくれたので。
4Gamer:
そこに沢城さんのボイスが付くことで,今のまりあになったわけですね。
杉田氏:
ええ。本来,一人の演者が「かっこいい」と「かわいい」という枠の中で用意できる選択肢って,実はあまり多くないんですよ。各ジャンルの枠内で,多くて2種類ぐらいが限度だと思います。
- 関連タイトル:
月英学園 -kou-
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