連載
【Jerry Chu】レベルの概念のない「The Witcher 3」を想像して
Jerry Chu / 香港出身,現在は日本の大学院で勉強中
Jerry Chu「ゲームを知る掘る語る」Twitter:@akemi_cyan |
レベルの概念のない「The Witcher 3」を想像して
RPGとは「役割を演じる」ゲームだったはずだ。しかし,いつの間にか「レベルを上げる」ゲームになってしまった。
ご存じのとおり,デジタルゲームにおけるRPGのルーツは「テーブルトークRPG」だ。「プレイヤーは架空のキャラクターを演じる(操作する)」「戦闘の勝敗はプレイヤーのスキルよりも,キャラクターのレベルや能力値に依存する」「クエストをクリアすると,経験値や装備が入手できる」など,テーブルトークRPGの基本が受け継がれている。
「スーパーマリオブラザーズ」は,プレイヤーがマリオを演じる(操作する)ゲームと言えるが,RPGに該当しないのはレベルや装備といった概念がないからだ。
RPGと言えば,真っ先に「ストーリー」を連想する人も少なくないだろう。確かに,ドラマチックなストーリーを謳うRPG作品は多い。だが,そのゲームプレイは,「レベル」や「能力値」の概念から抜け出せてはいない。そもそも「レベル」はストーリーを語るためのものではなく,RPGのゲームプレイとストーリーが噛み合わず,齟齬を生じることだってあるのだ。
先日,「The Witcher 3: Wild Hunt」(PC / PS4 / Xbox One)の拡張パック「Hearts of Stone」(邦題:無情なる心)と「Blood and Wine」(邦題:血塗られた美酒)をクリアした。
魔法剣士ゲラルトになって世界を巡り魔物を狩る「The Witcher 3」は,筆者がこれまでに体験したRPGの中でも一,二を争う傑作だ。その拡張パックも,本編に勝るとも劣らない出来だった。
第1弾「Hearts of Stone」では,貴族の末裔オルギエルドの依頼を受けて下水道に潜む怪物退治に臨んだ。続く,第2弾「Blood and Wine」は女王の要請を受け,南の国トゥサンに赴き,謎の殺人魔を追うことになる。
このコラムの第2回でも触れたように,スラヴ民俗を背景にして構築された世界設定が,「The Witcher 3」の大きな魅力だと思っている。拡張パックに登場するカエルの王子や吸血鬼といったテーマも,ヨーロッパ民話がモチーフだ。
「Blood and Wine」の舞台であるトゥサンは南フランスを彷彿とさせる地域で,騎士道とワインを嗜む貴族の生活が描かれる。「大神」が日本神話をベースにしていたように,「The Witcher 3」とその拡張パックは中世ヨーロッパ民俗を独自の解釈でアレンジしている。
拡張パックのストーリーも抜群のクオリティだ。ただの勧善懲悪ものになっておらず,プレイヤーにジレンマを抱えさせて決断を迫ってくる。呪われた老婆を怪物と見なして討伐するか,呪いを解く手かがりを探るか。姉を殺そうとした妹を許すか,裁くか。
物語を追うだけでなく,プレイヤーの決断によって展開が変化していく。プレイヤーが最善を尽くしても,良い結末を迎えられるとは限らず,悲劇が避けられないときもある。喜びや悲しみ,驚きといった感情が交錯する,非常に色鮮やかなストーリーである。
ただ,そのゲームプレイにはどうしても腑に落ちないところがあった。「The Witcher 3」はRPGであるから,クエストをクリアすれば,レベルが上がり強力な装備が手に入る。苦難と試練を乗り越えた末に得られる武器は,性能がかなり高く,旅の大きな助けとなってくれる。
一方,「The Witcher 3」において一部の武器は,入手した時点のレベルに応じて性能が決まる。入手時のレベルが高ければ高いほど,武器の攻撃力が高くなるのだ。野盗が持っていたなまくらの斧が,とてつもなく高い攻撃力を持っていることもある。ありふれた普通の武器が,伝説の聖剣よりも性能が高いという状況すらあり得る。
ゲームプレイの面から見ると,武器の性能が入手時のレベルに依存するのは妥当だと言える。キャラクターの能力に見合った戦利品でなければ,「報酬」にならないからだ。
とはいえ,伝説の聖剣が野盗の斧に劣るのでは理にかなわないし,貴重な武器を手に入れたときの感動と達成感が薄まってしまう。
武器の性能だけでなく,敵のレベル設定も気になる。本編の舞台であるヴェレンに出没する敵のレベルは5〜25くらいだが,拡張パックのトゥサンではレベル35以上の敵ばかりだ。拡張パックは本編をクリアしたプレイヤーを想定しているため,当然なのだが,世界設定を鑑みると少々おかしい。
戦争の激戦区であるヴェレンよりも,平和なトゥサンのほうが敵が強いのは自然だろうか。同じ種類の魔物に,これほどの実力差がある理由はなぜか。どうにも納得できないのだ。
とはいえ,「The Witcher 3」のゲームデザインが杜撰(ずさん)だと言いたいわけではない。武器の性能と敵のレベルのバランスは,ゲームプレイの面では合理的に設定されている。
ストーリーは抜群の出来で,ゲームプレイもRPGとして申し分ない。ただ,ストーリーとゲームプレイを一緒にしたときに初めて齟齬が生じる。レベルや能力値で成り立つRPGのシステムと,リアリティや整合性を重視した世界設定はそもそもマッチしにくいのだ。
システムと世界設定の足並みが揃ったRPGが,まったくないわけではない。
「FINAL FANTASY VII」には,クラウドがセフィロスの部下として戦った過去を回想するシーンがある。このシーンでクラウドはレベル1のルーキー,セフィロスはレベル50でいくつかの魔法をマスターしている。伝説の英雄であるセフィロスの実力を言葉ではなく,「レベル」で表現しているのだ。
しかし,これはごく稀な例だろう。「レベル」と「能力値」はもとよりテーブルトークRPGに由来した要素であり,物語を描くための手法ではない。多くのRPGは,「The Witcher 3」のようにストーリーとゲームプレイをうまく融合できないでいる。
「Gone Home」や「Everybody’s Gone to the Rapture」「Firewatch」といった近年の傑作が,しばしば「Walking Simulator」と揶揄されることがあるのはご存じだろうか(参考記事1,参考記事2)。
これらの作品は,ゲーム的な要素を極力排して物語に主眼が置かれている。プレイヤーはステージを自由に探索して,散りばめられた断片的な情報から物語の背景を読みとっていく。戦闘やレベル上げといった要素がなく,ただ「歩く」だけのゲームだから,「Walking Simulator」だというわけだ。
しかし,優れたストーリーと没入感が評価され,今や1つのジャンルとして確立されている。ゲーム的な要素がなくともゲームが成立し,むしろレベルの概念がないほうがストーリーに専念できることを証明したと言える。
それでは,「Walking Simulator」のようにゲーム的な要素を削ぎ落とした「The Witcher」を想像してみよう。
ゲラルトは魔法剣士だから戦闘は外せないが,「レベル」と「能力値」はなくても支障を来たさないだろう。筆者は「Blood and Wine」をクリアしてから,「Hearts of Stone」をプレイした。推奨レベル30のクエストをレベル50の状態でプレイしたため,得られる経験値は雀の涙。所持している装備より強い武器を入手することも期待できない。
だが,それは全然気にならなかった。「Hearts of Stone」のストーリーは驚きに満ちており,「ストーリーの続きを知りたい」という動機によって,経験値や武器が物足りなくても意欲を損なうことはなかった。
戦闘に関しては,もともと高難度でプレイしていたため,「低レベルの相手でも気を抜くと痛手を負う」くらいの手応えがあり,ストーリーの合間の抑揚としてちょうどいい。どうやら,レベルの概念がなく,アクションとストーリーに焦点を絞った「The Witcher」は十分に実現可能ではないかと思う。
「RPG」と「ストーリー」はよく紐付けられるが,RPGは物語を描くのに適したジャンルだろうか。本気でストーリーを語りたいのならば,RPG以外のジャンルに目を向けたほうがいいのかもしれない。
■■Jerry Chu■■ 香港の引きこもりゲーマー。中学の頃は「真・三國無双」や「デビルメイクライ」などをやり込み,最近は主に洋ゲーをプレイしている。なるべく商業論を避け,文化的な視点からゲームを論じていきたい。現在はゲームプログラマーを目指して勉強中。 |
- 関連タイトル:
The Witcher 3: Wild Hunt
- 関連タイトル:
ウィッチャー3 ワイルドハント
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Wiedzmin (C) CD PROJEKT S.A, based on the novels by A. Sapkowski. All Rights Reserved.
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