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公式ストーリー「Dreadnought Episodes」
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連載企画:TCG「ドレッドノート」公式ストーリー「Dreadnought Episodes」第5回
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印刷2015/08/03 00:00

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連載企画:TCG「ドレッドノート」公式ストーリー「Dreadnought Episodes」第5回

 KADOKAWAから発売中のトレーディングカードゲーム「ドレッドノート」の世界観を,小説形式でお伝えしていく連載企画「Dreadnought Episodes」第5回をお届けする。第5回は,事件解決のため共に動き始めた赤の神醒術士,旭レイジ恵比寿ユイの2人に,青の神醒術士であるマルコ・ベイカーアリス・フィフティベル,計4名のキャラクターが登場する。

 自分自身の“ローコストな日常”を守るため行動を始めたレイジと,そんなレイジをからかいながらも,共にストーカー犯の正体を探るユイ。この2人のやり取りは,今回の見どころだ。
 一方,八幡学園都市に届いた犯行声明に向かい合うマルコと,自分を襲った謎の襲撃者について,1人で調査をすることを決心したアリス……少しずつ,しかし確実に物語は進んでいく。


画像集 No.001のサムネイル画像 / 連載企画:TCG「ドレッドノート」公式ストーリー「Dreadnought Episodes」第5回

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旭レイジ 昼行燈のサボタージュ #3


画像集 No.002のサムネイル画像 / 連載企画:TCG「ドレッドノート」公式ストーリー「Dreadnought Episodes」第5回
「ストーカーは、神醒術士ってことですか?」
 とヒカルが尋ねる。レイジは首肯する。
「その可能性が一番高い。警察には行ったか?」
「いえ、まだ。犯人の姿を確認したわけじゃないので、どうやって説明したら取り合ってもらえるかわからなくて」
 なるほど、とレイジは頷く。警察には一応、神醒術犯罪の対策をおこなう課だか部だかが存在していたはずだが、被害がこれくらい曖昧な事件にまで人員を割いてくれるかはわからない。
 レイジが、今日会った警部を思い出していると、ちょうど似たことを考えていたのかユイが口を開いた。
「これって、あなたが攫われた誘拐事件となにか関係あるかしら?」
「どうだろうな。可能性はなくはないけど」
 えっ、とヒカルが顎を引く。学園の高校生が誘拐された、という話は些細なニュースになった。その高校生がレイジであることも、学園内ではそこそこ有名だ。ヒカルも知っている。
「私、誘拐されるんですか?」
「あくまで可能性の話な。言い切れはしない」
「もしそうなったら、私はレイジ先輩みたいに無事でいられる自信がありません……」
 ヒカルも神醒術士ではあるが、今のところ、レイジのようにひとりで神格を顕現できはしない。不安は当然だ。
 うつむくヒカルの背中を、ユイがさする。
「あのねヒカルちゃん、それが普通なのよ。こいつが異常なだけ。大丈夫、犯人は必ず私たちが捕まえるから」
 私たち? レイジは辟易する。まだ情報がほとんどないのに、俺を巻き込んで身勝手な約束をするなよと言いたかった。けど文句を言っても、きっとユイは譲らない。そんなことはこれまでの付き合いからわかりきっている。ユイを説得するよりも、ストーカーをぱっぱと捕まえてしまうほうが遥かにカロリーがかからないことをレイジは知っていた。
 ため息をひとつ。仕方がないので話を進める。
「ストーカーに遭い始めたのはいつからだ?」
「気づいたのは、1週間くらい前です」
 思っていたよりも最近だ。その短期間でストーカーだと確信して逃げようとしたのだから、よほど執拗につけ回されていたのだろう。想像して、さすがにちょっと同情した。
「つけ狙う人物や、動機に心当たりは?」
「どうだろう……ぱっとは思い当たりませんけど」
「んー、じゃあ手がかりはほとんどないわけか」
「すみません」とヒカルが頭を下げる。
「いや、お前の責任じゃない。そうだな……じゃあ、今日ここに来るまでには、ストーカーの気配はあったか?」
「はい、ずっと――あ、でもお店に入ったあたりからは、なくなりました。今もないような気がします」
 なるほど。さすがに店までは入ってこなかったのか。
 好都合だな、とレイジはストローを軽く噛む。このコーヒーショップは、インテリアの関係で外から店内の様子が確認しづらい。
「つまり、今こうして俺たちがヒカルと会っていることは見られていない」
「かもしれません」
「だったら、一番わかりやすい方法はひとつだ。このまましばらく、お前に貼りつかせてもらう。それでストーカーが姿を見せるのを待つんだ」
「えっ。私はありがたいですけど……いいんですか? そこまでしていただいて」
「仕方ない。じゃないと、いつまでたっても解決できそうにないからな」
 そこでレイジはふと、ユイがこちらを見つめていることに気づいた。
 なぜか嬉しそうに口元をゆるめている。
「なんだよ? にやにやして気持ち悪いな」
「ふふ。いえ、なんでもないわよ。ただ、ずいぶんとやる気だなぁと思って」
「はあ? 別に。ぱっぱと済ませて日常に戻りたいだけだよ。どうせお前は、この件が収まるまで俺を解放するつもりはないんだろ」
「ええ、もちろんよ」
 ユイはやはり嬉しそうに答えて、フラパチーノのクリームをスプーンですくった。それを小さな口にぱくりとふくんで、おいしい、と微笑む。
 ――ったく、なんなんだよ。
 ユイの性格はだいたい把握しているつもりだが、たまに何を考えているかわからなくなる時がある。でも、まあいい。
 レイジはフラパチーノを最後まで一気に飲みきると、手に持って立ち上がる。
「じゃあ、さっそく動きだすか。俺の日常を脅かすストーカー野郎を捕まえるぞ」

恵比寿ユイ よすがのレスポンス #3


画像集 No.003のサムネイル画像 / 連載企画:TCG「ドレッドノート」公式ストーリー「Dreadnought Episodes」第5回
 レイジがストーカー事件に協力してくれるのは心強い。
 ひとまずユイはヒカルとレイジに、メッセージアプリのIDを交換してもらった。ユイは既にどちらとも交換を済ませてあるので、これで3人ともがすぐに連絡を取り合える。
 そのあとヒカルだけを先に、店から出す。彼女には、歩いてすぐの商店街にある書店でじっくり5分から10分ほど時間を潰してもらい、それからレイジとユイも店を出た。
 夕日は沈みきって、あたりは暗くなっていた。
 商店街に入る。ぼんやりとした灯りをともす小さな個人店がならび、あまり活気づいているとは言えない。でも、のどかで雰囲気はいい。その商店街から一本脇道に入った塀の陰に、ふたりは身をひそめた。
 ユイは来る途中のコンビニに寄って買った、コーヒー牛乳とあんパンを食べながら書店をうかがう。ちょうど入り口が見える位置だ。レイジが横から、ぼそぼそと言ってくる。
「ユイ。お前、なんか浮かれてないか?」
「どこが?」
「その手に持ってる食べもんだよ。まるで刑事ドラマ気分じゃねーか。いちおう危ない事件かもしれねーんだぞ」
「だからこそよ。腹が減っては戦はできぬ、という名言があるでしょう」
「けどさっきフラパチーノも飲んでたろ。どんだけ飢えてるんだよ」
「いいでしょ。甘いの好きなんだから」
「太るぞ。――って冷てえっ!? ストローでつつくな!」
 ユイは据わった目で声を低くする。
「騒がないでもらえるかしら? 危ない事件の犯人に見つかるかもしれないじゃない」
「……前から思ってたけど、お前のどこが模範生なんだよ。みんな騙されてるだけだろ」
「安心して、あなたにだけの特別待遇だから」
「差別反対」
「それよりほら、ヒカルちゃんから返信があったわ。いよいよね」
 ヒカルには、ふたりが配置についたむねを先ほどメッセージで送っておいた。すぐに彼女からOKの返事があり、つづいて彼女が書店から出てきた。その手には袋をひとつさげている。きっとお店に気を遣って、なにか本を買ったのだろう。律儀な子だ。
 ヒカルにはユイたちの位置をあえて教えていない。探そうとしても見つけにくいはずだ。そのほうが自然に行動でき、ストーカーに感づかれる危険が減るだろうと思った。
 ヒカルの家までは、この商店街をぬけてから、しばらく距離がある。ストーカーをじっくり釣るにはちょうどいい。
 ユイが周囲を見渡すかぎり、今のところ不審人物はいない。手押し車に寄りかかって歩くおばあさん、巾着袋をふりまわしながら走るランドセルの少年、食材を手提げかばんに詰めた妊婦さん。だいたいはそんな感じだ。
 前方をゆっくり歩くヒカルに、ユイはメッセージで尋ねてみる。
『犯人はどこから現れそうだとか、わかる?』
 ヒカルを物陰から窺うと、スマートフォンで文字を打っている動作が見えた。そのすぐあとに、短い返信が届く。
『もういます。たぶん私のすぐ後ろに』
 ユイは思わず「え」と声を上げそうになった。
 歩くヒカルの周囲を、慌てて再確認する。でもやっぱり怪しい人物はいない。それとも、あのおばあさんや少年や妊婦さんが犯人だとでもいうのか。ありえない。
 ヒカルは怪しまれないために、歩くペースを変えない。背中が徐々にではあるが、ユイたちから遠のいていく。商店街を抜けて、もっと人通りの少ない道に出た。彼女を追跡しなければならない。けれどストーカーの位置も特定しないといけない。どちらかをミスするとヒカルを危険にさらして、犯人も逃してしまう可能性がある。
 と、そこで、ヒカルに視線を送っていたユイは違和感に気づいた。
 ヒカルの足元から伸びる影。その輪郭がずいぶん膨張している。ヒカルひとりぶんのシルエットではない。
 影から視線を上げて彼女のすぐ背後に目を凝らす。その空間が蜃気楼のように、あるいはデジタルテレビのノイズみたいに歪んでいる。
 この歪みは神醒術において、その座標の「情報」がいじられているために起こる現象だ――ヒカルのすぐ後ろに「なんらかの情報体」が立っているのは明らかだった。
 ストーカーが情報体だとしたら、それはヒカルが姿を視認できなかった理由になる。
 情報体に意思はないけれど、術士と五感を共有している。また、術士が任意に濃度を薄めることで身体を限りなく透明に近づけることもできる。透明度に比例して五感の共有も弱くなるけれど、一時的に姿をくらますぶんには便利だろう。
 その情報体は、ヒカルから伸びる影の上で、姿を徐々に鮮明にしていく。
 ユイはレイジの顔を見る。彼も気づいたようで、不本意そうに嘆息した。
「ち、面倒くせえな……相手が神醒術を使ってくるんなら、こっちも出し惜しみしてる場合じゃねえ。おいユイ、ひさしぶりにちょっとだけ、力出すぞ」
 レイジが素早く、左耳につけたイヤフォン型の機械を指で触った。巴、あるいは勾玉を模したデザインのそれは『ゲート』と呼ばれ、起動することで「世界」と「自身の脳」を繋ぐ門となる、情報顕現サポート用デバイスだ。ユイも続いてゲートを起動する。
 ふたりの神醒術士が門を開くとき、そこに神は現れる。

マルコ・ベイカー 理論武装のリサーチ #2


 マルコは犯行声明について、もう一度、考えてみる。

“学園都市が世界に隠している『本』の情報を、世界に公開せよ
 さもなくば重要施設をひとつずつ潰す
                     ――青き代弁者”
画像集 No.004のサムネイル画像 / 連載企画:TCG「ドレッドノート」公式ストーリー「Dreadnought Episodes」第5回
 この『本』が指すものは、十中八九、《原点》だ。
《原典》とは重要な「情報群」のことで、はるか昔から存在しているらしい。古典の代表とも言える世界中の『神話』は、すべてここから分派したとされる。一方で、現代の科学では想像もできないような近未来的テクノロジー――たとえば神醒術についても記載されているとも言われる。
 ただし、これらの情報はすべて、あくまで噂だ。
 その真実を知っているのは、おそらく八幡学園都市の上層部に位置するごく少数だけ。
 世界中の人間を巻き込んだ、人類史上最大規模の都市伝説――それが《原典》というわけだ。その伝説の公開を、犯人は求めている。
 
 しばらくして、学園都市の上層部は犯人からの要求に応じないことを決めた。八幡学園都市の政策企画局庁が交通事故に遭ったというニュースは、あくまでただの事故としてしか表に出ていない。犯行声明が届いていることすら、この街は情報操作によって覆い隠している。八幡学園都市は、あくまで水面下でこの事件を処理するつもりのようだ。
 当然だ、とマルコは思う。
 この都市は「神醒術」というオーバーテクノロジーを開発し、今も世界トップの技術力を有しているからこそ、他国への強い発言力を維持できている。《原典》が実在するとしたら、そのおかげで現在の地位を築いているわけだ。そんなブラックボックスの中身を、わざわざ他国に公開するメリットは限りなく少ない。八幡学園都市の選択は、公開でなく交戦しかありえない。
 八幡学園都市は、国際的に親交の深いI2COに協力要請を出した。
 これによりマルコにもI2COからの指令が降り、正式に事件の対策チームに加わることとなった。マルコ以外にも、腕利きの神醒術士たちがチームに割り振られている。
 さらに八幡学園都市の警察の対策部は、入院中の局長と、都市の各重要施設への警戒も強めた。現状、八幡学園都市はおそらく世界最高の防衛力を持った要塞と化した。
 さて。
 こんな状況で、犯人はどう考えて動くつもりだろうか?
 要求の期限までに時間的余裕はない。犯人としても、そろそろ戦力を配備して行動に移り始めないといけないはずだ。それも相当な人数で。でなければ、犯人の目的は成し得ない。
 だが今のところ目立った動きは、対策チームの耳に入ってきていない。時計だけが、刻一刻と針を進めている。

アリス・フィフティベル 深窓のプライド #2


画像集 No.005のサムネイル画像 / 連載企画:TCG「ドレッドノート」公式ストーリー「Dreadnought Episodes」第5回
 謎の男たちから襲撃を受けた翌日。
 アリスは、犯人たちについて調べてみようと思いたった。というのも、彼らの狙いがアリスではなく、アリスから派生して、父に及ぶ可能性が頭をよぎったからだ。そうなると、もしも残党がいた場合に父が危ない。
 ――いや、もちろん残党がいない可能性も充分にある。それに、アリスは父があんなチンピラまがいの集団に遅れをとるとも思っていない。でも念のためだ。父のためにできることはできる限りしておきたいから。
 思いかえせば以前彼らを倒したときに、直接尋問でもしておけばよかった。すっかり失念していた。彼らはもう八幡の警察に捕まっているので手出しはむずかしい。しくじりましたわ、とアリスは唇を噛む。
 現時点での手がかりはほぼゼロ。
 仕方がないので、聞き込み調査をしてみようと決めた。そんな警察みたいなことをするのは初めてだけれど、きっとなんとかなるだろう。アリスは微笑む。
 ――だってわたくしは、お父様の娘なのですから。
 
 昼のお勉強を済ませた夕方前に、世話係をつれてタワーマンションから出た。運転手の車に乗って移動した先は、以前襲撃に遭った現場あたり。車を近場の公園前に停めさせた。運転手はそこで待たせ、世話係とふたりで、とりあえず公園に入ってみる。
 入り口から見ると、平日のせいか人は少なかった。小学生くらいの男の子が4人いるだけだ。放課後に暇をもてあまして遊びに来たのだろう。
「いないよりは、ましですわね……」
 アリスは不満ながらも、公園の中に踏み入る。
 4人のうち3人はジャングルジムに集まって騒いでいる。
 もう1人は――あの3人とは友達じゃないのだろうか――ジャングルジムからは離れたコンクリート製の山型遊具の頂上に、あぐらをかいて座り、おもちゃのカードらしきものをいくつも広げている。
 さわがしい子たち3人よりは、大人しそうな子1人のほうが話しやすそうだ。それで情報を持っていなかったら、残りの3人のほうに行ってみればいい。
 アリスはとりあえず、山型遊具にいる子に歩み寄り、声をかける。

「はじめまして少年。ちょっとうかがいたいことがあるのですけれど」
 しかし、少年からの返事はなかった。聞こえていない? いや、耳が悪そうな様子はない。もしそうだとしても、知らない人が近づいてきたら何か反応くらいするはずだ。
「ねえ、ちょっと」
 今度は、アリスをちらりと見上げた。でもそれだけだ。少年はすぐにカードのほうに視線を戻した。
 せこせことカードの順番を並び替えている。どうやら整理中らしく、邪魔されたくないようだ。
「ちょ、ちょっと、無視ですの? せっかく、このわたくしが声をかけてさしあげているのに失礼ですわよ!?」
 アリスは憤慨したが、それすらも少年は無視した。
 横で世話係が「お嬢さま、落ち着いてください。相手は子供ですから……」と言っている。
「む。そ、そうでしたわね……わたくしともあろう大人が、こんな少年ひとりに熱くなる必要もありませんでしたわ」
 そう言うと、少年がピクリと反応した。アリスを見上げて、鼻で笑う。
「おとな? おねえちゃんって、6年生くらいじゃないの? 背低いし」
 アリスは驚き、一瞬息を詰まらせた。まさか、一言目にそんな失礼な発言が飛んでくるとは思っていなかった。
「む、むきーっ! あなた無礼にもほどがありますわよ! このわたくしが小学生に見えるとでも言うんですの!?」
「うん」
 アリスは小さな手で握り拳を作り、わなわなと震える。少年はあぐらをかいたまま、馬鹿にしたように続ける。
「ていうかおねえちゃん、大人だっていうわりに常識がなってないよ。なにか聞きたいことがあるんでしょ? なら、まずは自己紹介をしなきゃ。それくらいのことも親から習わなかったの?」
「ぐ、ぐぬぬっ!? 庶民の子供がなにを偉そうに……」
 またもや世話係が耳打ちしてくる。「お嬢さま、落ち着いてください。この子の言うことも一理あります」と。
 確かに少年の主張は間違ってはいない。あまり下品な対応をすると、アリスの父の威厳を損なうことにもなる。アリスは仕方なく、咳払いをしてから、スカートの端をつまみあげてお上品に頭を下げた。
「――これはこれは、失礼しましたわね……わたくしの名はアリス・フィフティベル。れっきとした『14歳』ですわっ!」
「ってことは中学生? ぜんぜん大人じゃないじゃん。ぼくとほとんど一緒だ」
「はっ!? あなたなんかと一緒にしないでくださいませ!」
「でも2歳しか変わらないよ」
「2年の差は大きいですわよ! それよりほらっ、自己紹介をしたんですから質問に答えていただきますわ!」
「うん、聞くよ。なに?」
 少年は一応、素直な態度になったようだ。アリスはほっとする。深呼吸をひとつしてから、背筋を伸ばして尋ねる。
「最近、このあたりで怪しい集団を見ませんでしたか? たぶん黒ずくめのスーツを着たやつらですわ。そいつらは悪い人たちですから、わたくしがとっつかまてやらないといけないんですのよ」
 アリスは言ってから、ごくりと唾を飲んだ。口をつぐんで、情報を一言も聞き逃さないようにと少年の答えを待つ。
 少年はそんなアリスの目を見つめて、じっくり5秒ほどの沈黙を待ってから言った。
「うん見たよ。けど教えない」
「っっっ!?」
「だって自己紹介をしたからって教えるとは言ってないよね? さっきも、ぼくは『聞くよ』と言っただけだし。絶対に答えないといけない約束じゃない」
「………………」
 アリスは怒りのあまり、言葉もでなかった。
 これほどひどい扱いを受けたのは初めてだ。歯を強く強く噛みしめる。それから、ふたつに結んだ髪を手で払うと、ふっきれたように踵をかえす。
「――ふんっ、わかりました、もういいですの! あなたみたいな性格の悪いガキんちょを頼ろうとしたわたくしが間違っていましたわ。あっちのジャングルジムで遊んでる子たちに訊いてみることにしますわ」
「あ! ちょっと待って!」
 と、そこで少年がアリスのスカートをつまんだ。
 すでに歩き出していたアリスはつまずき、前向きにびたーん!と倒れる。「お嬢さま!」と世話係が慌てて、その身体を起こす。
 アリスは彼女に肩をかりながら立ちあがって、歯ぎしりする。
「くっ、こ、この、このガキんちょ……どこまで人をコケにしたら――」
「ごめんごめん。わざとじゃないんだ。それより、怪しい人たちの話だっけ? さっきは教えないって言ったけど、気が変わった。条件を満たしたら教えてあげてもいいよ」
「え? ほんとですの?」
「うん。じつはぼく、最近このあたりで怪しい人たちが話してるのを見かけたんだ。なんか『ゆーかい』がなんとかかんとかって言ってた気がする。たぶんおねえちゃんが言ってた、悪い人たちだと思う」
「な、なーんだですの! だったら最初からそう言ってくださいませ。それでその男たちは、どんな話を――」
「だめだよ、その前に条件。おねえちゃんがぼくと勝負して勝ったらね」
「勝負?」
「そう、このカードゲームで。ちょうど調整相手を探してたところなんだよね。おねえちゃんは弱そうだけど、いないよりはましだからさ。もしぼくに勝ったら、なんでも教えてあげるから」
「……ほ、ほほーう。なるほど、大人相手に勝負を交換条件に出すとは。なかなか勇気のある子供ですわね。わかりましたわ、その勝負うけてたちますわ!」
 アリスはプライドが高い。まさか子供にこけにされて黙っているわけにはいかない。大人の貫録というものを見せてあげる必要がある。
 隣で世話係が「本気ですか?」という顔で心配そうに見てくる。
 しかしアリスには自信があった。
「大丈夫ですわよ、わたくしはお父様の娘ですもの。どんな場所に出ても恥をかかないように、知的ゲームの教育も受けていますの。ふふふ……ポーカーだろうがブラックジャックだろうが、ぎったんぎったんにしてさしあげますわ!」
 胸を張ってふんぞりかえるアリスに、少年が嬉しそうに言う。
「じゃ、決まりだね。おねえちゃんはデッキを持ってないだろうから、ぼくのサブを貸してあげるよ!」
「へ? デッキ……?」
 少年からカードの束が手渡される。アリスは、その見たこともない絵柄と表記に、ぽかんと口を開いた。

文/河端ジュン一

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