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バイオハザード7のサウンドチームがそのメイキングを実演。効果音に必要なのは糸こんにゃくとローション,洗面器!?
CEDEC 2017でも明らかにならなかった,本邦初公開の情報が語られたセッションは,間に休憩を挟みつつ,前後編にわたって約2時間という大ボリュームだった。そのすべてをお伝えするのはなかなか難しいため,今回は要約してレポートしたいと思う。
ゲームサウンドの歴史
それによると,1980年代は,矩形波を主軸としたPSG(Programmable Sound Generator)による,いわゆるファミコンサウンド(もしくはピコピコサウンド)が主流だった。その後,FM(Frequency Modulation)音源へと移行し,1990年代に入ると,PCM(Pulse Code Modulation)音源と呼ばれるサンプリング音源の積極活用が始まる。楽曲制作の現場では,サンプリング音源とMIDI楽器(Musical Instrument Digital Interface)の併用で曲を完成させ,これを実機ハードウェアに合わせて「落とし込み」するスタイルが確立した。
2000年代になると,制作した楽曲をそのままPCMデータとして保持し,これをそのまま実機で再生する「ストリーミング再生」が主体となっていく。
この頃からゲーム機にはDSP(Digital Signal Processor。ここではサウンドプロセッサを指す)が搭載され,DSPの活用によって,「ストリーミング再生されるPCMサウンド」に対してリアルタイムに多彩な音響効果を与えられるようになる。
近年は,その発展形が主流となっていて,サラウンド技術やオブジェクトベースオーディオによる3D音響技術が取り入れられるようになった。さらに,曲を制御するプログラム側でも,ゲーム進行に連動した曲再生や曲調変調を行うリアルタイムインタラクティブ制御の活用,あるいは,音の遮蔽や回折などといった音響学の理論などを取り入れるようになってきている,といった具合だ。
バイオハザード7における恐怖の演出ループ「4+1」とは?
以上を踏まえつつ,本題である。
バイオハザード7のサウンド制作に関しては,本作のサウンドチームで開発に携わった鉢迫 渉(はちさこ わたる)氏と森本章之(もりもとあきゆき)氏,宇佐美 賢(うさみ けん)氏が登壇して,フリートークスタイルでの解説を行った。
鉢迫 渉氏(カプコン BIOHAZARD 7カプコンサウンドチーム サウンドディレクター)。ゲーム全体の音響ディレクションと,効果音制作,ボイスの編集加工,映像とゲームサウンドの最終ミックスなどを担当した |
森本 章之氏(カプコン BIOHAZARD 7カプコンサウンドチーム コンポーザー)。バイオハザード7の楽曲作曲を担当。前作「バイオハザード6」でも楽曲作曲に参加している |
宇佐美 賢氏(カプコン BIOHAZARD 7カプコンサウンドチーム サウンドデザイナー/サウンドディレクター)。本作では効果音の制作を担当した |
開発時にそのことを聞かされたサウンドチームは,バイオハザード7で求められる「ホラーの定義」をあらためて確認するため,チーム全体でホラー映画や他社製のホラーゲームを研究したそうである。
サウンドチームはそこで,「緊張と緩和」こそが重要だということを再認識し,それをどう組み立てるかを,サウンド開発における最重要のテーマとして設定。最終的に「4+1の法則」とも言うべき「基本ループの概念」に辿り着いたという。
4+1とは,具体的には以下のことを指す。
- 1.ノーマル
〜日常。ループの始まり - 2.不安をあおる
〜予兆とも言える不安なシチュエーション - 3.ショック
〜実際に発生する怖い体験 - 4.アフターショック
〜ショックが過ぎ去った後の余韻 - +1.恐怖体験後のノーマル
〜ノーマルに戻るが,すでに一度恐怖を経験しているので,本当の意味のノーマルではない状態
鉢迫氏や森本氏の解説によれば,これは落語家の桂 枝雀氏が提唱する「落語における笑いに至るまでの緊張と緩和の理論」と非常によく似ているそうで,人間の「笑い」と「恐怖」という感情は,もしかすると表裏一体の関係性があるのかもしれないと両氏は述べていた。
ともあれサウンドチームとしては,この4+1の段階,もしくは法則を盛り立てるためのサウンドを制作していく必要が出てきたわけだが,チーム内における制作方針の議論を重ねたのはとくに1.の「ノーマル」と2.の「不安をあおる」の2パートだったそうだ。
3.の「ショック」はホラー演出における「ビックリ」なポイント,4.の「アフターショック」は敵との戦闘や追ってくる敵から逃げるようなシチュエーションになることから,BGM演出はそれぞれ「敵が突然出現したときの脅威感を高める楽曲」や「敵から追われている状況の緊張感を煽る楽曲」といった感じの,一般的なゲームに対する音楽演出と同等のアプローチでいいが,「ノーマル」と「不安をあおる」では日常シーンから恐怖シーンに向かわせる導入を作るための工夫が必要だとサウンドチームは考えたのである。
結論から言うと,バイオハザード7における「ノーマル」では,BGMを用意せず,代わりに環境音を贅沢に演出することとした。この判断理由について森本氏は「1.の『ノーマル』において,何らかのBGM楽曲を入れてしまうと,メロディや曲調でプレイヤーの感情を操作してしまう可能性があるため」と述べていた。
サウンドチームはこれを「ミュージックアトモス」(Music Atmos)と呼ぶことにしたそうだが,結果的にバイオハザード7のサウンド演出において最大の個性となったのである。
ミュージックアトモスは,「効果音のような音楽」「音楽のような効果音」
バイオハザード7のゲーム中,音楽とも効果音とも言えない,なんとも微妙で不安げな音が流れるケースが多いことに気が付いたプレイヤーは少なくないはずだ。
これが,ミュージックアトモスである。
ミュージックコンクレートは,音符の羅列で表されるノートベースの音楽ではなく,音素材が持つ味わいを効果的につなぎ合わせて楽曲のように構成する,トーンベースの作曲手法である。「ドレミファソラシドで作曲するのではなく,音素材の変化を用いて作曲する」と説明したら伝わるだろうか。
音の素材をまず用意して,そこからトーン(音色素材)を作り,トーンを重ね合わせていくイメージである。
森本氏によれば,収録した音素材は弦楽器系(Strings FX),効果音的なフォーリー系(Foley FX),人間の肉声系(Voice FX)の3タイプに分かれるという。
Strings FXは,オーケストラを構成する多様な弦楽器の音素材群で,それぞれをさまざまな奏法で奏でた音を収録したものになる。わざと弦を緩めた状態で奏でるなど,一般的な楽曲演奏とは異なるセッティングでの収録もあえて行ったそうだ。
Foley FXは,主に効果音からなる音素材群になる。
フォーリー(Foley)とは,撮影時に収録された現場のサウンドを使うのではなく,効果音制作専用スタジオで,さまざまな器具や装置を使って実際に音を鳴らし,そのサウンドを収録する手法のことだ。この様式で録音することをフォーリー収録と呼び,そうした録音収録を行えるスタジオをフォーリースタジオと呼んだりする。ちなみにFoleyというのは,米国でこの方式を確立した人物と言われる映画効果音アーティスト,Jack Foleyの名前を取ったものだ。
たとえば,映画やアニメなどの「人の骨が折れるシーン」で,「ボキッ」という効果音が流れることがあるが,これはもちろん実際に人の骨を折ってその音を収録しているわけではない。作品によっても異なるが,筆者が以前見たことのある某Disney(ディズニー)作品では,セロリを折ったときの音で代用していた。
実際に骨が折れたときの音はそんな音ではないはずなのだが,そうした非リアルな効果音のほうがむしろリアルに聞こえたり,その痛さを増強して表現できたりするため,あえてこうした手法を用いるのである。
Foley FXでは,創意工夫により,さまざまな音素材を用意できたそうだ。
Voice FXは,人が発した声を収録した音素材群であるがゆえに,収録手法自体は「セリフの収録」とよく似たスタイルにはなる。ただし,その場で録音される素材は「意味のある言葉」ではなく,うめき声,悲鳴,喘ぎ声など,ほぼ効果音に近いものになる。
こうした音素材群を駆使し,実際に,ミュージックアトモス楽曲(?)を制作していくわけだが,この作曲には「Resident Evil Music Module」(略称:REMM,以下略称表記)と呼ばれる内製ツールを用いたそうだ。
ちなみにゲームサウンド制作の過程で,NI製のソフトウェアを使うケースは多く,Kontakt以外にも「Komplete」や「Absynth」といったところもカプコンのサウンドチームはよく使っているそうだ。
話を戻して,REMMはStrings FXとFoley FX,Voice FXの3レイヤーを自在に掛け合わせたサウンドデザインも可能で,バイオハザード7におけるミュージックアトモス制作の中核的な存在となったようである。
また森本氏は,バイオハザード7が,朽ち果てたアメリカの片田舎の廃墟を舞台としていることから,一部のシーンでは,1970年台にソニーが発売して,いまや傷んでいる中古のカセットテープレコーダであえて楽曲を録音し,その音をデジタルで収録してからゲーム中で再生させることによって,本物のヴィンテージテープの質感を楽曲に入れ込むというアプローチを行ったそうだ。
バイオハザード7の楽曲制作手法は,通常とは異なるだけでなく,手間暇もかかっているというわけだ。
ユニークな効果音制作手法〜セッション会場でバイオハザード7の効果音を生演奏!?
セッションでは,鉢迫氏と宇佐美氏が中心となって,バイオハザード7の効果音をどのように作ったか,実演を交えての解説を行うパートもあった。
両氏いわく,バイオハザード7における効果音の数々は,やはり膨大なフォーリー収録によって集めた音素材を加工して制作したとのことだ。
カプコンでは,バイオハザード7のサウンド制作にあたり,当初,映画用の「東宝スタジオ」を使っていたが,開発の途上でカプコン社内に自前のフォーリースタジオ「カプコンフォーリーステージ」が完成した後は,そちらでの作業が多くなったという。
効果音制作用に用いた「音を鳴らすための小道具」(※専門用語で「プロップ」という)は700以上。環境音から各キャラクターの動作音,武器に至るまで,ありとあらゆる音素材を収録したそうだ。
宇佐美氏によれば,そういった環境音の制作では,環境音そのものを3要素「ベース音」「設置環境音」「スプーキーサウンド」に分解して作業を進めていったとのことだ。
1つめのベース音だが,これは低音パートのベース(bass)ではなく,当該シーン全体の「下地」として鳴り続ける効果音のことを指す。空調の音や,屋外から聞こえる風の音などがそれに当たるが,主に定位情報を持たない環境音という位置づけである。
2つめはの設置環境音は,シーン内に存在する小道具や大道具が音源となる効果音だ。水道の蛇口から水滴が落ちる音や,窓ガラスが揺れて,窓枠との間でガタつく音などが該当する。どこから鳴っているかが明確な定位情報を伴った環境音という位置づけなので,プレイヤーが動けば音像も動くサウンド要素ということになる。
3つめのスプーキーサウンド(spooky sound,気味の悪い音)は,その場を盛り立てる「なんだかよく分からない効果音」のことを指すらしい。いわゆる廃屋などで聞こえそうなラップ音がそれに該当すると思われる。
宇佐美氏によれば,静かなシーンほど,環境音を贅沢に演出したのだそうだ。これは,静かなシーンこそ環境音をプレイヤーはより多く聞くことになるため,そうすることでシーンに対する没入度をさらに深める効果を期待できるからなのだとか。
鉢迫氏が披露したのは,本作における実質的なザコ敵である「モールデッド」のサウンドだ。
鉢迫氏が話したエピソードによると,氏自身が自宅で風呂の下水口を掃除していたときに,そこに絡まっていた髪の毛のゴミが奏でる音がヒントになって,モールデッドの効果音の着想を得たという。面白いエピソードである。
カビから連想される音は,ぬめり,へばりつくようなイメージである。もう1つのリゾットというのは,ドロドロしたシチューのような液体に近いイメージだという。
そこで鉢迫氏は,カビ系の音には,「ココナッツファイバー」と呼ばれる,ココナッツの果皮に付帯する食物繊維を引っ張ったときにでる軋み音を採用した。そしてリゾット系の音には,糸こんにゃくにローションを混ぜてこねくり回したときの音を採用することにした。
ここで鉢迫氏はステージ上で,糸こんにゃくを開封して洗面器に入れ,そこにローションを注いで混ぜ,実際にマイクの前で音を奏でる実演を行って見せた。すると「べちゃべちゃ」した音が鳴り,モールデッドが動き回るときの音としてしっくりくることに来場者が一丸一致して納得。拍手が巻き起こる。
鉢迫氏は続けて,カビ系の音を出すためにココナッツファイバーを取り出し,これをマイクの前で引っ張る。すると,繊維状のものが擦れるような「パチパチ」という音がして,モールデッドの繊維がそこにあるかのような質感が伝わってきた。
ここでも鉢迫氏の実演に対し,来場者から感心と賞賛をまぜたようなため息が漏れる。
ドシドシという低音とともに,キシャキシャという甲虫を踏み潰したような音が響く |
箒を振り下ろす音は,モールデットが腕振り下ろして攻撃してくるときの音となる |
鉢迫氏がうめき声とうなり声を実演 |
そして今度は,モールデッドの攻撃モーションにおいて腕を振り下ろすときの風切り音を箒(ほうき)を振って出したり,人間なのか動物なのかよく分からないうめき声は自身の声を使って表現してみせたりした。
鉢迫氏が鳴らした音は,宇佐美氏がその場で収録し,DAW(Digital Audio Workstation,制作マシン)上で「(まだ音のない)モールデッドとの戦闘シーン」に対しミックスを行う。そのうえで,森本氏が制作したミュージックアトモスも付加した状態で最初から再生すると,製品版ゲームと見紛うような完成度のサウンドミックスが完成するのであった。
これを再生し終わったとき,来場席からは,これまで最大級の拍手が鳴り響いた。
来場者を見渡すと,筆者のようなメディア関係者はわずかで,現役のサウンドクリエイターや,「その卵」ともいえる学生達が主体だったので,こうした第一線級で活躍するサウンドクリエイター自らによる「手の内明かし」と「その実演」は相当な刺激になったのではないだろうか。
今回のセッションは,音響設備がしっかり整った日本科学未来館内の小劇場ホールで行われたのだが,この会場も,今回のセッション構成には必要なものだったと言える。
非常に価値の高いゲーム技術解説カンファレンスだった。
カプコンのバイオハザード7公式Webページ
Native Instruments日本語公式Webページ
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