レビュー
Waves Nxによるヘッドトラッキング対応の5万円超級ヘッドセットはゲームプレイを変えるか?
Audeze Mobius Headphone
米国に本拠地を置くオーディオ機器ブランドであるAudeze(オーディズィー)がクラウドファンディングプロジェクト経由で製品化したゲーマー向けヘッドセット「Mobius Headphone」(メビウスヘッドフォン,以下 Mobius)を知っているだろうか。
ゲーマーの間だとAudezeの知名度はほぼゼロだと思われるが,2008年創業のAudezeは,新興のハイエンドオーディオブランドである。高価なヘッドフォン製品だと日本円で40万円以上という値付けになっていたりするので,これまではオーディオ系メディア以外でその名を見る機会はあまりなかったブランドとも言えるだろう。
今回の主役であるMobiusも税込の国内価格は5万円超級と,ゲーマー向けヘッドセットの市場では文句なしに最高クラスの価格帯に属するのだが,筆者が独自に入手したので取り上げてみるというのが本稿の主旨である。
それに先だって,いくつかお断りしておきたい。
まず,MobiusはUSBおよびアナログのワイヤード接続とBluetoothのワイヤレス接続に対応する製品である。ただし,本稿ではワイヤード接続について語ることが非常に多く,またBluetooth接続がゲーム用途を前提としていないため,本稿でBluetooth接続時の音質傾向評価は行わない。
また,テストにあたっては,4Gamerのヘッドセットメインテスターである榎本 涼氏の自宅スタジオに赴き,氏の機材を借り,さらに氏によるアドバイスを受けた。一部のゲームテストではライターBRZRK氏に語ってもらってもいるので,その点もご注意を。
Waves Nxを統合しヘッドトラッキング機能を実現するMobius
Nxについては登場のタイミングで概要説明を行っているが,あれから個人的にもいろいろ試した筆者なりにあらためて整理させてもらうと,
- 音源から発せられた音が耳に届くまでの経路をシミュレートする頭部伝達関数(Head-Related Transfer Function,HRTF)
- 人間の左右の耳ではどのように聞こえるかをシミュレートするバイノーラルレンダリング(Binaural Rendering)
の組み合わせ――ひと昔前は1.のみ――が一般的に言うところの「バーチャルサラウンド(ヘッドフォン)」技術ということになる。そしてNxではそれらに加え,ジャイロセンサーなどからなるヘッドトラッカーで頭部の座標軸をリアルタイムにキャプチャし,頭部を動かしたときに生じる,音の聞こえ方の違いまでもシミュレートするというイメージだ。
その効果として得られるのは,音源がステレオかマルチチャネルサラウンドかに関係なく,部屋の中にスピーカーセットを配置して聴いているようなリスニング体験である。
「部屋にスピーカーセットが“置いて”ある」ので,Nx対応ヘッドフォンやヘッドセットを装着した状態で前から音が鳴っている場合,首を右に回せば,音は左から聞こえるようになるというのが,機能面のキモという理解でいい。
それに対してMobiusであれば,ヘッドトラッカーを含む,Nxの処理に必要なハードウェア一式を搭載しており,公称では1kHz,つまり1秒間に1000回の速度でトラッキングを行えるため,遅延の問題をクリアにできているという。
PlayStation 4などPC以外のデバイスとのUSB接続時やアナログ接続時,Bluetooth接続時には2chステレオ信号のみに対応するが,そういう場合や,PCとのUSB接続時であっても5.1chや5.0ch,2.1ch,2.0ch出力を受けた場合には,Nx側でいったん7.1chへアップミックスを行い,そのうえで7.1ch出力を受けたときと同様にバーチャルサラウンドサウンドヘッドフォン処理を行う仕様だ。
PlayStation 4とUSB接続するタイプのヘッドセットは一般的に2chステレオのみの対応となるが,いま述べた仕様のおかげで,Mobiusではステレオ・トゥ・サラウンドを利用でき,それこそ2ch再生であっても,部屋の中で音を聞いているときのような「後方や側方からの反射音」を再現できるメリットがある。
いわゆる「オーディオ用ヘッドフォン」的な外観のMobius
全体のイメージは,ゲーマー向けヘッドセット業界で最近流行のスポーツ系とは一線を画したものだ。若者でも大人でも装着して違和感のないデザインだと思う。また,持った感じもカチッとした感じで好感が持てる。
重要な点としては,電源ボタンによる電源投入が,Bluetooth接続時だけでなくUSBおよびアナログのワイヤード接続時にも必須ということが挙げられる。Bluetooth接続時とアナログ接続時には,搭載する独自のDSP(Digital Signal Processor,ここではサウンドチップとほぼ同義)「Cipher DSP」や1Wバランス出力対応アンプなどを本体内蔵のバッテリーによって駆動する必要があるので,このことは忘れないようにしたい。
なお,2つあるボリュームノブのうち,ヘッドフォンボリュームはPCとの接続時にWindowsのシステムボリュームと連動するが,マイクボリュームのほうはしないという仕様なのを確認できている。
操作系とインタフェースが並んだエンクロージャ部とイヤーパッドの間にはTeam Copperモデルだと銅色のラインが入るが,Mobiusにおいてはこのラインのところに工夫がある。
1つは,このライン部分を利用して傾きが設けてあり,装着時にはスピーカードライバーが耳の穴に対して正対することだ。つまり,ゲーマー向けのハイエンドヘッドセットでよく見られる「スピーカードライバーが傾いたような状態で実装されている」仕様と同じ効果を,エンクロージャとイヤーパッドのデザインによって実現しているわけである。
装着するときは外すときと同じように持ってカチッと音がするまで填め込むだけと簡単で,メンテナンス性は極めて高い。
そのイヤーパッドを外すと,ゲーマー向けヘッドセットではこれまで見たことのないような形のスピーカードライバーが出てくる。
これは,Audeze独自の平面駆動型スピーカードライバーだ。平面駆動型スピーカー自体は「リボンスピーカー」と呼ばれるスピーカーの一種だが,Audezeでは,もともとNASA(米航空宇宙局)の要求に従って作られたという薄いダイヤフラムと,Audeze独自の高効率ネオジム磁石技術「Fluxor Magnetic Technology」を組み合わせたものだとしている。
「一般的なゲーマー向けヘッドセットが採用するコーン型のスピーカードライバーだと素材的に軽量化の限界があり,音響特性上も一定の制限があるが,独自の平面駆動型スピーカードライバーでそれを克服した」というのがAudezeのアピールポイントであって,それは初のゲーマー向けモデルとなるMobiusにもその個性はしっかり息づいているというわけだ。
ヘッドバンド長は片手でも調整できるほど軽く,それでいて調整時にはしっかりしたクリック感もある。ただし,目盛りなどはないので,持ち運ぶときは好みの長さに再調整するのがちょっと面倒かもしれない。
その最大幅は実測約30mmとけっこう細身。頭頂部と触れるクッション部は中央にいくほど厚みが増し,最大で約12mmとなっている。
ブーム部分は細く柔らかで,狙ったところにしっかり固定できるタイプ。イメージとしてはSteelSeries製ヘッドセットのそれに近い。
さて,気になる装着感だが,ヘッドバンド幅が比較的狭くクッションの厚みがない割に頭頂部への負担は少ない。また,側圧は下側の方が強く,下側が顔から浮かないようになっている。このような配慮をしている製品は珍しい。さすがはオーディオ用ヘッドフォンで実績あるAudezeだ。
重量は本体が実測で約370g,マイクブームが同10g。重いと言えば重いが,左右の重量バランスをうまく取ってあるためか,実際に装着していて「重くてつらい」という思いをすることはなかった。
なお,3つある接続方式だが,優先順位は,USB > アナログ > Bluetooth となっており,たとえばスマートフォンとペアリングした場合,電源投入時は常時接続されるものの,その状態でUSBケーブルやアナログケーブルを差すとそちらが優先になる。やることはないと思うが,USBケーブルとアナログケーブルの両方でPCとつないだ場合はUSB接続したほうの音だけ聞こえる仕様だ。
というわけで,ここで一度ハードウェアのスペックを以下のとおりまとめておきたい。マイク関連の情報はほぼ未公開である。
●Mobiusの主なスペック
- 基本仕様:USBおよびアナログのワイヤード接続&Bluetoothワイヤレス接続両対応タイプ,密閉型エンクロージャ採用
- 本体色選択肢:Team Copper,Team Blue
- 公称本体サイズ:未公開
- 公称本体重量:約350g(※バッテリー含む)
- 公称ケーブル長:未公開
- 接続インタフェース:4極3.5mmミニピン×1,3極3.5mmミニピン×2(PC用スプリッタケーブル使用時)
- 搭載ボタン/スイッチ:電源ボタン,マイクミュート切り換えスイッチ,[3D]ボタン,マイク入力ボリューム
- バッテリー:搭載(リチウムポリマー)
- 対応技術:Waves Nx
- Bluetoothワイヤレス接続仕様:SBC,AAC,LDAC
- 主な付属品:USB Type-C−USB Type-Cケーブル(1.5m長),USB Type-C−Type-Aケーブル(1.5m長),4極3.5mmミニピンケーブル(1.2m長)
- 公式対応ハードウェア:PC(USB,アナログ,Bluetooth),Mac(USB,アナログ,Bluetooth),モバイルデバイス(Bluetooth ※3.5mmミニピンサウンド入出力端子搭載機の場合アナログ接続にも対応)
- 発売日:2018年10月
- 実勢価格:5万3800〜6万円程度(※2018年12月28日現在)
- 保証期間:未公開
- 周波数特性:10Hz〜50kHz
- インピーダンス:未公開
- 出力音圧レベル:105±3dB(@1kHz)
- スピーカードライバー:平面駆動型
- 方式:未公開
- 周波数特性:未公開
- 感度:未公開
- インピーダンス:未公開
- S/N比:未公開
- 指向性:未公開
- ノイズキャンセリング機能:搭載(※「Built-in Noise Attenuation」)
PCからのカスタマイズも可能ながら,基本的にはスタンドアロンで動作
Mobiusの使い方だが,前段でも触れたように,接続方法にかかわらず,利用にあたっては電源ボタンを3秒長押しして電源を入れる必要がある。初回起動時は自動的にNxが有効となり,さらに自動でヘッドトラッカーのセンタリング処理が入って,数秒後にヘッドフォンから「Centered」と英語のアナウンスが入る仕様だ。
Mobiusの動作モードは3つあり,[3D]ボタンを2秒長押しするたびに,「3D Manual」「3D Auto」「3D Off」がアナウンスとともに切り替わる。
Nxが有効になるのは前2者で,違いはヘッドトラッキング方法だ。3D Manualと3D Autoのいずれにおいても[3D]ボタンを短押しすればいつでもセンタリングは可能なのだが,3D Manualの場合,いったんセンタリングすると,音像はその位置から動かない。なので,センタリングした位置で音が前から聞こえるようにした状態で右を向けば,音は自分の左から聞こえるようになり,真後ろを向けば,頭の後ろから聞こえるようになる。
ちなみに,Nx Head Trackerだと真後ろは難しかった……というか,正面を0度としたとき左右ざっくり120度くらいが限界だったので,Mobiusが180度旋回に対応したのは技術的なトピックだと言える。
一方の3D Autoだと,顔を動かしたり歩き回ったりした場合,若干の遅延をもって「そのときユーザーが向いている方向」でセンタリングされ続ける。Audezeの説明によれば,3D Manualはディスプレイやテレビの前など,動き回らない条件でゲームなどを楽しむための動作モード,3D Autoは街中でモバイルデバイス片手に移動するのを想定した動作モードとのことだ。
この状態でマイクノブを3秒長押しすると「2 channels」とアナウンスが入って最大16bit 48kHz対応の2chステレオモードになり,さらに3秒長押しすると「Hi Rez」というアナウンスとともに24bit 96kHz対応の2chステレオモード(以下,ハイレゾモード)になる。この状態でもう一度3秒長押しすれば8chモードへ戻る仕様だ。ハイレゾモードに入れた場合,Nxは常時無効となる点を押さえておきたい。
Blutooth接続にあたっては電源ボタンを2回短押しする。これで「Pairing」とアナウンスが入ってペアリングが可能になった。対応するコーデックはSBCとAAC,LDACで,AndroidとiOSのいずれにおいても専用アプリの類は必要なく,普通に接続でき,また普通に音楽再生を行えている。
下に示したのは,実際にヘッドトラッキングしている状態を動画にしてみたものだ。挙動こそゆっくりめながら,ピッチ(Pitch,左右軸回転)とヨー(Yaw,上下軸回転),ロール(Roll,前後軸回転)のX/Y/Z軸の値が常に変動しており,かなり細かい動きまでヘッドトラッカーが追えているのを確認できるだろう。
さて,Nxには「頭の外周サイズ」(Head Circumference)と「耳から耳まで,後頭部を回ったときの距離」(Inter-Aural Arc)を入力することで,ユーザー個人個人に最適なサラウンド効果をもたらすという機能があるのだが,上で「設定をカスタマイズ」と述べたとおり,Audeze HQを使うと,これらの設定を行うことができるようになる。
効果のほどは後段でお伝えしたい。
榎本氏も4Gamerの記事で繰り返し言及しているが,バーチャルサラウンドサウンドは,リバーブ(reverb,残響)量が多くなると,RPGにおける「ゲーム世界への没入感を高める効果」が上がる一方で,FPSやTPSで「情報としての音」を把握する邪魔にあることが多い。逆も然(しか)りだ。
その点で,これを設定できるというのは極めて重要なのだが,筆者が試した限り,標準の35.0というのはまさに3D RPG(や映画視聴など)向け。FPSやTPS,あるいは2chステレオの音楽を楽しむという場合は10.0以下にすることを強くお勧めする。こうすることで,よりくっきりと音源の定位を把握できるようになるだろう。
なお,Audeze HQには「SOUND PROFILES」というタブがあるが,これは簡単にいうとイコライザのプリセットを選択するためのものだ。選択肢は工場出荷時設定となる「Default」のほかに,
- Flat(フラット)
- Foot Steps(足音)
- Ballistics(弾道特性)
- Music(音楽)
- Racing(レース)
- RPG
の6つあるが,どういう変化が生じるかは後ほどテストでお伝えしたい。
極めて優れた音響特性。バーチャルサラウンドヘッドフォン効果は高い
さて,テストである。
今回はMobiusはUSB接続型ヘッドセットとして主にテストするため,リファレンス機材となるデスクトップPC背面側にあるI/OインタフェースのUSBポートとつないだうえで,以下のとおりの検証を行うことになる。
- ヘッドフォン出力テスト:ダミーヘッドによる測定と試聴
- マイク入力テスト:測定と入力データの試聴
出力遅延のテストに用いるソフトウェア「Audacity」ではバージョンが2.3に上がっているのだが,WASAPI排他モードでテストすると物理的にあり得ないスコアが出るという問題が従来同様に発生することと,そもそもMobiusがWASAPIを掴めないという事情により,今回もDirectSound APIを用いたテストのみを行う点はお断りしておきたい。
一方,マイク入力の測定対象は周波数特性と位相特性。具体的なテスト方法は「4Gamerのヘッドセットレビューなどにおけるマイクテスト方法」にまとめたとおりだ。
さて,USB接続型ヘッドセットということで気になる遅延の計測結果からだが,4GamerがリファレンスとしているCreative Technology製PCI Express x1接続型サウンドカード「Sound Blaster ZxR」にSennheiser Communications製アナログ接続型ヘッドセット「GSP 600」を組み合わせた環境との比較結果が表となる。
Nx有効時のスコアはゲーム用途と考えられる3D Manualで取得することにしたが,結果,Nx無効時に平均18.0ms,有効時に21.7msとなった。Nxの処理で3.7ms余計にかかるわけである。
最近のUSB接続型ヘッドセットではSound Blaster ZxRより遅延状況に優れる製品もあるので,お世辞にも「速い」とは言えないが,「USB接続型ヘッドセットとして,めちゃくちゃに遅いわけではない」とは言っていいように思う。
テスト結果は,Waves製アナライザ「PAZ Analyzer」で計測したデータそのものと,もう1つ,「データのうち,周波数特性がリファレンスとどれくらい異なるか」の差分を4Gamer独自ツールで取得したものとで示す。
差分データのほうは,リファレンスに近ければ近いほど黄緑になり,グラフ縦軸上側へブレる場合は程度の少ない順に黄,橙,赤,下側へブレる場合は同様に水,青,紺と色分けするようにしてある。
差分画像の最上段にある色分けは左から順に重低域(60Hz未満,紺),低域(60〜150Hzあたり,青),中低域(150〜700Hzあたり,水),中域(700Hz〜1.4kHzあたり,緑)中高域(1.4〜4kHzあたり,黄),高域(4〜8kHzあたり,橙),超高域(8kHzより上,赤)だ。
以上を踏まえて,今回はUSB接続時とアナログ接続時のテストを行うが,今回,USB接続時はNxを無効化し,さらにAudeze HQの設定は工場出荷時設定の「Default」ではなく,最も味付けがないと思われる「Flat」を基準とした。つまり,Nx無効時+Flatではリファレンス波形との間で差分を取るが,それ以外のイコライザ設定における波形ではNx無効時+Flatとの間で差分を取るということだ。
アナログ接続時はAudeze HQからのイコライザ設定を行えなかったため,デフォルト状態でやはりNx無効時+Flatと比較する。
まずはNx無効+Flatからだ。下に示したテスト結果を見てもらうと,高低差が少なく,かつ比較的滑らかな,軽度のドンシャリ傾向なのが分かるだろう。
差分を見るに,低域のピークは50Hz〜80Hz付近あたり。高域のピークは8kHz〜9kHz付近に,そして最も低い谷は500Hz前後のところにある。
注目したいのは16kHz以上で,榎本氏のテスト環境で検証する場合,通常のゲーマー向けヘッドセットだとこの帯域は急峻に落ち込むのだが,同じシステムを使ってテストしたMobiusではあまり落ち込まない。
バーチャルサラウンド感,というかいわゆるステレオ感やサラウンド感というのは12kHz以上の超高域をしっかり再生することで得られるのだが,この帯域を見るに,一般的なゲーマー向けヘッドセットよりもサラウンド感を得やすいであろうことが予測できる。
全体としては,低域を残しながらも高域を若干重視した,いまどきのトレンドに沿った設計とまとめられそうだ。
そのほかのテスト結果は以下,グラフ画像と差分画像,キャプションでお届けしてみたい。
以上を踏まえてステレオ音楽の試聴だが,Nx無効+Flatだと周波数特性どおりプレゼンス(※)帯域の強調がないため,耳に痛くない。同時に,だからといって中域が無理に凹んでいたりはしないので情報量は十分で,また,超高域まで落ち込まないためか,音の輪郭もかなりカリっとしている。全体として定位が分かりやすい。
FlatとDefalutの違いはほぼ聞き分けられないので,工場出荷時設定でもほぼ同じという理解でいいだろう。
※1.4〜4kHz程度の中高域。プレゼンス(Presence)という言葉のとおり,音の存在感を左右するところで,ここの強さが適切だと,ぱりっとした,心地よい音に聞こえる。逆に強すぎたり弱すぎたりすればとたんに不快になるので,設定の難しい周波数帯だ。
しかも,ヘッドトラッキングの効果があるため,センタリングしたところに音が定位する。Nx Head Tracker利用時との決定的な違いはトラッキング速度の違いで,頭を動かすと,わずかな動きに対してもほぼリアルタイムで追従してくれるため,「音が遅れる」ことがもたらす違和感的なものはほぼない。
よって,4Gamerで以前から指摘している「Nxのアイデアはいいのだが,ヘッドトラックの遅延が……」という部分は,Mobiusでほぼ解決したと言っていいように思う。早い話が「ようやくNxがゲームで使い物になるレベルになった」ということである。
もちろん,これはROOM AMBIENCEを10.0にまで下げているからこその効果であり,工場出荷時設定となる35.0だと「何らかの処理が入っている」感が前に出てくるが,好みのリバーブ量にさえ調整できてしまえば,作った感じがしなくなる。つまり,ほぼ常時Nxを有効化したままで使っていけるのである。
先に後述するとしたHEAD CIRCUMFERENCEとINTER-AURAL ARCの効果も大きい。自分で計測した情報を入力すると,定位感の向上が大きい。とくに,しばらく工場出荷時設定で使ってからカスタマイズすると効果を大きく感じられる印象だ。
では3Dゲームのサラウンドサウンドはどうか。今回は「Fallout 4」と「Project CARS 2」,そしてPC版「MONSTER HUNTER WORLD」で試したが,まずFallout 4を使ってヘリコプターの周りをぐるぐると回ってみると,サラウンドの定位が変化するのはもちろんのこと,人間の耳にとってデッドスポットであり,現実世界では音が籠もって聞こえるはずの真後ろでちゃんと音が籠もって聞こえるのに驚かされる。
このあたりはNxプロセッサの解釈による影響もあるのだろうが,Mobiusだとより「リアル」だ。また,左右前方30度くらいにローター音がくるように立ってみると,きっちり30度で聞こえ,しかもアクセントとなる重低音も音が細くなったりしない。
Project CARS 2では前方と後方に敵車が常時存在し,敵車はブロッキングのため蛇行運転することが多いのだが,この音がぼやけない。真正面から左右30度くらいにおける左右30度の範囲の敵車移動は,いままで試したどのサラウンドサウンド技術よりはっきり分かる。これは初めての経験だ。
リアチャネルの定位もはっきりしているので,全方位で,音だけを頼りに敵車との位置関係を把握できる。
実際あちこち歩き回ってみると、足音はきっちり前方から聞こえ,また,プレイヤーキャラクターから見てたとえば左にいるモンスターの咆吼は正確に左から聞こえるが,人間の習性に従ってそちらのほうを向くと,動きに合わせる形でその声が正面から聞こえるようになる。この体験はなかなかリアリティが高い。
ただ,注意したいのは,工場出荷時設定であるROOM AMBIENCEの35.0という値はやはり残響が大きいことだ。今回試したようなタイトルではROOM AMBIENCEを適切と感じられるレベル――前述のとおり10.0以下――にまで下げることをあらためてお勧めしておきたい。
なお,アナログ接続にもバッテリー駆動でNxは有効化できるので,ステレオ・トゥ・サラウンドは利用できる。今回筆者はPlayStation 4版「Detroit: Become Human」で動作確認を行っているが,PlayStation 4以外にNintendo SwitchでもNxべースのバーチャルサラウンドサウンドを利用できる点は押さえておきたい。
さて,ゲームの評価,最後は競技性の高いタイトルにおける効果ということで,BRZRK氏によるインプレッションを以下のとおりお伝えする。
今回筆者は「Fortnite」と「PLAYERUNKNOWN’S BAT TLE
GROUNDS」 (以下,PUBG)でテストした。2タイトルとも,広大なフィールドで生き残りをかけたシビアな戦いが展開されるため,敵が発する銃声や足音といった耳から得られる情報をいかに素速く脳内で精査できるかが重要となる。テストにはうってつけと言えるだろう。
最初は,Nx無効で2chステレオサウンド出力対応ヘッドセットとして使ってみたが,この状態だと,筆者が普段から愛用しているSteelSeries「Arctis 5」と比べて,ちょっと違和感があった。
テスト中のBRZRK氏。「側圧が強すぎることはなく,イヤーパッドの硬さも適切なので,側頭部が圧迫されて頭が痛くなることも,イヤーパッドが側圧に負けて耳が押し潰され,痛い思いをすることもなく快適」と,数時間にわたるテスト終了後に語っていた
左右から聞こえる音に対して,感覚だけを頼りに視点を向けると,おおむね想像したとおりの場所で音が鳴っているのだが,前後方向は真正面と真後ろそれぞれ30度くらいは,音の聞こえてくる方向が分かりにくい。目を閉じて音を聞き,「ここだ!」と思って音のする方向を見ると全然違うことが多々あったのだ。
それに対し,工場出荷時設定のままNxを有効にし,ROOM AMBIE NCEだけ10.0まで落としたところ,左右から聞こえる音の場所が明らかにはっきりするのを確認できた。2chステレオ再生時だと「このあたりかな?」と思っていたのが,「ここだな!」といった感じで特定しやすくなる。
正面向かって30度くらいと,後方真後ろ30度くらいの聞こえやすさも改善し,「音源の場所を感覚的に感じ取れる範囲」は明らかに増す。このことは,FortniteやPUBGといった,敵より先に音が聞こえることの重要性が高いタイトルでとくに重要だろう。
次に,この状態から,HEAD CIR
CUM FER ENCEとINTER -AURAL ARCを計測して入力したところ,キャリブレーション前と比べて圧倒的に聞こえ方が良くなっている。
とくに「激変」と言っていいのは前後方向で,ただNxを有効にしただけだと「ステレオ時と比べて改善」というレベルに留まり,ぼんやりした感があったのだが,正面や背後の音がどこにあるか,(100%完全ではないにせよ)相当正確に把握できるようになる。キャリブレーション恐るべしだ。
また,左右の音の聞こえ方も,「どこから音が聞こえているか」,よりはっきり把握できるようになった。ここまで来ると,ゲームをプレイするうえで大きなアドバンテージになると断言していい。
なお,Nxの処理が入るということで遅延が気になる読者も多いと思うが,結論から言うと「『ゼロ』とは言えないが,気にならないレベル」である。銃を撃ったとき,わずかな遅延が感じられるとか,ジャンプの着地音が少し遅れて聞こえるといったことはまったくない。少なくとも,筆者が自宅で常用しているArctis 5と比べると,明らかに遅延状況は良好だった。
最後に,Nxの「センタリングした場所を中心として,音の聞こえる場所がロックされる」という仕様は非常に面白い。面白いが,ゲーム中,周りに顔を向けたりすることはまずないと思われるだけに,これ自体がゲーム用途で何かメリットを生んだりはしない印象がある。
「サイドトーン常時有効」の仕様は人を選ぶが,マイク入力の帯域幅は広く,品質も高い
続いてはマイクの入力品質だ。
Mobiusで解せないのは,マイクの有効/無効スライドスイッチからマイクを有効化すると,サイドトーン(※マイク入力した音声のダイレクトモニタリング)が常時有効になっていて,その音量を調整したり無効化したりはできないということだ。競技性のあるタイトルのプレイヤーほど,耳に入ってくる音の取捨選択は行いたいはずなので,この「サイドトーン常時有効」という仕様は人を選ぶと言わざるを得ない。正直,これだけで購入対象から外れるという人もいると思う。
細かく見てみると,1.2kHzのところに谷があり,それより低い帯域と高い帯域に二分され,後者のほうが一段高く,何を言っているのかボイスチャット相手に伝わりやすい特性になっている。
また,低域は60Hzくらいまでが有効で,かつ2.5kHzくらいから上は18kHzくらいまで比較的滑らかな周波数特性になっているため,「Discord」など,高いビットレート環境でも非常に「いい音」で集音できる。上が8kHzくらいでカットされるようなボイスチャットシステムであっても,8kHz以下がスムーズなので,聞き取りやすい声を届けられるはずだ。
周波数特性に表れない部分としては,MobiusでAudezeがマイクに採用すると謳う「Noise Attenuation」(ノイズ減衰機能)が,ノイズキャンセリング機能のように聞こえる点がまず挙げられる。もちろん「シングルマイクでノイズリダクションを行っている」可能性もゼロではないのだが,実際に声を入力して聴いた限り,ヒスノイズなどのルームノイズが入らない,すっきりした音質傾向なので,ノイズキャンセリング機能でいいと思う。
マイクの指向性が強く,マイクを顎のあたりまで下げると集音しなくなるのも要注意だ。下唇のすぐ下,なるべくマイクを顔に寄せて設置することを強くお勧めする。サイドトーンが常時有効なので,それを頼りに「ヘッドフォン部から自分の声が聞こえる」ことを確認しながらセッティングするといい。
バーチャルサラウンド出力対応“ヘッドフォン”としては出色のデキ
以上,バーチャルサラウンド出力対応のUSB接続型“ヘッドフォン”として,Mobiusは2018年におけるトップクラスの製品と言っていいように思う。とくにNxの効果は,Head CircumferenceとInter-Aural Arcのキャリブレーション後に圧倒的なものとなる。これは一度でも体感するとクセになるはずだ。
PCゲーム用途で「使える」だけでなく,ゲーム機とのアナログ接続時やモバイルデバイスとのBluetooth接続時における2chステレオ出力と相性がよく,ヘッドフォンなのに「音が目の前から聞こえてくる」感覚が得られ,かつサラウンド効果も味わえるのはとてもいい。
というわけで,出力周りについては文句のつけようがないMobiusだが,なんといっても5万3800〜5万4000円程度(※2018年12月28日現在)という強烈な税込実勢価格はどこまでいってもハードルになると思われる。
メーカー直販価格が399ドル(税別)なので,「内外価格差がひどく,国内価格が極めて割高」というわけでもないのだが,それでもゲーム用途を前提としたヘッドセットとしては圧倒的に高価だ。
また,マイク品質はともかく,サイドトーンが常時有効という仕様は,やはりなんとかならなかったのかと思う。Nx周りではあれだけカスタマイズできるようにしてあるのに,マイク周りの仕様がお仕着せというのは残念と言うほかない。とくに日本だとゲーム用途におけるサイドトーンは全体として不評なので,ここは評価を下げるポイントになるだろう。
これらプラス要素とマイナス要素を勘案するに,製品名のとおりにゲーマー向けの「ヘッドフォン」として理解し,Mobiusのマイクは着脱式のオマケと考えるのが,購入後に心の平穏を保つ,最もよい方法かもしれない。
PCでもゲーム機でもモバイルデバイスでもよいヘッドフォン出力品質と「ほかにはない体験」が得られる点において,Mobiusは間違いのない製品であり,価格とマイク仕様だけを理由に無視するのは,もったいないというのが正直なところである。
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AudezeのMobius製品情報ページ(英語)
- 関連タイトル:
Audeze
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