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人々の欲求を探り出す「エクスペリエンス・マップ」とは。ディライトワークス主催の勉強会「お客様の『欲求』を探るワークショップ」をレポート
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好みというのは人によって千差万別である。年齢や性別によって当然のように差があるし,例え年齢と性別が同じでもまったく同じにはならない。そして,そうした好みの違いは,人々の消費行動の違いとして表れる。
東山氏は,ある人が育った環境や受けてきた教育などの「体験」は,その人の嗜好や消費行動に強い影響を与えているのではないか,と考えた。例えば東山氏は1969年生まれで,アニメ「マジンガーZ」で初めてロボットアニメに触れた世代だが,その玩具である「超合金 マジンガーZ」は当時買ってもらえなかったそうだ。
時は流れて1997年,最新の技術を駆使して作られたリメイク版「超合金魂 マジンガーZ」が登場。高額商品にもかかわらず30〜40代の男性を中心に大ヒットし,今なお続く大人向け高級玩具ブームの先駆けとなった。
つまり,東山氏と同じような経験をした人達を含め,1970〜1980年代のロボットアニメに思い入れのある人達が,「当時買ってもらえなかったが,今なら自分で買える」「今の技術で作られているのなら見てみたい」とリメイク版玩具を買い求めた結果,ブームになったというわけである。
その一方で,東山氏は「自分の主観や勝手な思い込みを軸に,ターゲット層や製品・サービスの価値そのものを決めてしまうのはリスクが高い」とし,「他人の気持ちをうまくのぞき込み,その人に成り代わることが必要」だと語った。ではどうすればターゲット層の具体化や,彼らの欲求の具現化ができるのだろうか。その一助となるのが,東山氏の考案したEXマップなのだという。
東山氏はEXマップを作ろうと考えたきっかけを,「歳を取ることで,市場と感性が乖離することを危惧したから」と説明。東山氏自身も,かつて年配の人が発した「若者はロックが好き」という言葉に,「ロックといっても昔より細分化されているので,今の市場では一括りにできないのではないか」と疑問を抱いた経験があるそうで,その人と同じ轍を踏まないようにEXマップを考案したというわけである。
EXマップは,団塊世代,氷河期世代,ゆとり世代といった,大雑把だが一理ある世代の分類をヒントにしたという。東山氏は「同じような年代で,同じような経験をしていれば,似てくる部分もあるはず。それを少し詳細に分析する」と説明した。
EXマップの具体的な作成手順は5段階あり,第1段階では「年代」を横軸,「体験」を縦軸にした年表の枠組みを作る。ここでいう体験とは,例えば「1972年にアニメ『マジンガーZ』の放映が始まった」「1995年にWindows 95がリリースされた」といったことを指している。
第2段階では,各年代に起こった体験をインターネット検索などで調べ,付箋に転記。続く第3段階では,その付箋を第1段階で作った年表に貼り付けていく。
なお,これらの手順はExcelなど表計算ソフト上で行っても構わないが,東山氏は「環境が許すのであれば,ぜひ一度は付箋を使って,7〜8名程度の共同作業でやってみてほしい」とし,その理由を「対話や感想のやり取りにより,記憶の再現を明確にしたり,記憶の劣化を補えたりできるから」と説明した。
第4段階では,作成した年表の下に「年齢ゲージ」を設ける。これにより,特定の年齢層が何を体験してきたのか辿れるようになる。例えば,2020年に発売する30代男性向けの製品を企画するには,2020年を起点として,過去30年の年表を作成する必要がある。
そして第5段階では,年表を俯瞰して眺め,事実に着目して仮説を見つけていく。
会場では,2013年リリース想定,ターゲット層を13〜16歳男子に設定したゲームの企画用のEXマップが示された。それを見ると,この世代は小学校に入学する前後から2013年に至るまでに,大ヒットゲーム「ポケットモンスター」シリーズをいずれか1タイトルはプレイしている可能性が高いこと,またゲーム本編がリリースされていない時期も,映画版などに親しんでいる可能性が高いことが見て取れた。
一方,2007〜2008年には「モンスターハンターポータブル 2nd」および「2nd G」が大ヒットとなったが,CERO指定がC(15歳以上対象)の商品であることもあり,その当時当時10歳以下であるこの世代に,PSPとモンスターを狩るゲームを与える家庭はそう多くなかったことが想像できる。またゲーム以外でも,この世代は「ベイブレード」などのおもちゃ遊びにハマっていた可能性が高いだろう。
そうやってEXマップを見ながら仮説を発見していった結果,この世代は「(モンスターハンターのような)リアルな見た目のアクション系ゲームにあこがれのある,収集・育成・バトルのエリート」という位置付けになったとのこと。例えば彼らが「ポケットモンスター」を卒業するタイミングで,収集・育成・バトルの要素を満たしたゲームを投下すれば,大ヒットする可能性が高くなるというわけである。
また,東山氏が2005年リリースのゲームの企画時に作ったEXマップからは,1970年前後から1980年代半ばまで,年に何本ものロボットアニメが放映されていたことが見てとれる。1969年生まれの東山氏がロボット好きなのはそれらアニメの影響だが,一方で5歳10歳と年齢が下がっていくにつれロボットアニメが少なくなり,影響も弱くなっていく。そこで企画時は,ターゲットを東山氏と同じ世代である2005年に35歳前後になる男性層に置き,そこに某ロボットアニメの集大成的タイトルを提案する,と企画したのである。
東山氏によると,EXマップから読み取るべきは「欲求に至る構造」であり,その例として「価値観の刷り込み」「体験の輪廻」「価値観の転換」「欲求の回帰」が挙げられた。
価値観の刷り込みの説明では,学生向けのワークショップで取り上げたという2009年に60代男性の間ではやった,ミニ耕運機の事例が挙げられた。
学生達が読み取ったのは,まずこの世代は高度成長期を経験したため,「労働が美徳」という価値観を刷り込まれており,定年後も何かしら働いていたいという気持ちが強いのではないかということ。また年金が入ってくることにより,資金的な余裕もある。さらに2000年以降は,狂牛病やO-157,産地偽装など国内で食に関する問題が次々に発生した。そして60代ともなれば,小学校に上がる前の幼い孫がいてもおかしくない……。
そんな状況が重なった結果,60代男性が「おじいちゃんの作った安全な野菜」を食べさせて,孫にいいところを見せたいという欲求から,ミニ耕運機がはやったのではないか,というのが学生達の見つけた仮説である。
もちろん,この仮説が本当に正しいとは限らない。しかし事実を追ったロジックは成立しているので,それを応用して,例えば「60代女性向け」の製品やサービスを作るならどうすればいいかを考え,競合他社が気づいていない部分にスポットを当ててビジネスにしていくことが重要なのだと東山氏は話していた。
また2000年代には,出版不況と言われる中,「LEON」や「UOMO」といった30〜40代男性に向けたファッション誌が創刊し今も発行されているが,これは1986年創刊の「MEN'S NON-NO」により「男性がお洒落をしてもいい」という価値観の刷り込みが行われたからではないかと考察した。つまり1986年に「MEN'S NON-NO」を参考にしてお洒落をする習慣を得た10代男子が,2000年代に30歳を迎え大人に似合うファッションを求めた結果,「LEON」のような存在を必要としたと推測できる。
体験の輪廻とは,言い換えると流行の再来とのこと。つまり「過去に流行が再来したものは,また流行する可能性がある」という考え方である。
例えば,ベーゴマをベースにした玩具「ベイブレード」は2001年から数年間ブームとなり,そののち2008年から第2次ブームが起きてやはり数年ブームが続いたが,そこには小学校内の文化が6年で1周するというサイクルが影響しているのではないかというのが東山氏の見解だ。
価値観の転換の説明では,クリスマスの過ごし方の変遷が挙げられた。1970年代,クリスマスは家族で過ごすという考えの人も多かったが,1980年代のバブル期には恋人同士で一流レストランのディナーを楽しんだり,豪華なホテルに泊まったり,高価なプレゼントを贈ったりする一大イベントという認識となった。その背景には,女性ファッション誌による「クリスマスは恋人と過ごそう」と呼びかけるキャンペーンがあり,女性読者のクリスマスに対する価値観を一変させたからだという。そして1990年代以降,不況が続いたこともあってか,一晩で大金を使うことに抵抗のある人が増え,クリスマスを家族や恋人などと自宅で過ごす人も多くなってきている。
東山氏は,聴講者に向けて「皆さんの製品やサービスによって人々の価値観を変えることができれば,クリスマスや正月などの過ごし方が変えられるかもしれない」「価値観の変換がどこかで発生するかもしれないということを踏まえてEXマップを見ることも必要」と話していた。
さらに2006年には,モデルの蛯原友里さんが身に付けた商品は軒並み驚異的な売れ行きになる「エビちゃん現象」が話題となったが,ここにも価値観の転換が見られるという。
2006年以前には,1986年に施行された男女雇用機会均等法によってキャリアウーマンブームが起こり,OLの間に「仕事のできる女性」然とした格好をするという価値観があった。
しかし女性の雇用に関する実態は,それほど変わったわけではない。そこで蛯原さんを専属モデルに起用し,「(仕事を頑張ることにも価値はあるとしつつ)仕事をしていながらも可愛く、美しくある」という別の価値観を提示したのが,当時のファッション誌「CanCam」であり,だからこそエビちゃん現象が起きたのではないか,というのが東山氏の見解である。
欲求の回帰の説明では,2004年の「韓流ブーム」が挙げられた。このブームの中心となったのは当時の40代女性で,つまり1974年に10〜20歳だった人達である。そして1970年代の少女漫画,とりわけラブコメと呼ばれるものはほとんど純愛ものだったとのこと。
つまり多感な時期に純愛ものに親しんだ女性が40代になり,韓国ドラマ「冬のソナタ」で,今や日本では珍しくなった純愛ものに再び出会って,かつての感情を揺さぶられたことがブームの背景にあったのではないかと考えられる。そして勉強会の冒頭で言及された超合金魂の話もまた,この欲求の回帰の一例である。
勉強会の終盤には,EXマップを使ったアーケード音楽ゲーム市場の変遷の読み取りが紹介された。音楽ゲームは,1997年よりKONAMIが市場を席巻し,「BEMANI」シリーズなどのナンバリングタイトルが溢れていた。その後2001年には,ナムコ(現バンダイナムコアミューズメント)が「太鼓の達人」をリリース。「ドン」と「カッ」の2種類の手軽な入力と,見た目も楽しげな太鼓という入力システムで,低年齢層を中心にもシェアを広げていく。
以上をEXマップから読み取り,かつゲームセンターで実態を観察した結果,東山氏は「スタイリッシュな筐体デザイン」「演出が映える55インチ液晶モニター」「簡単操作のボタン付き2レバー」「ボーカロイド中心の楽曲ラインナップ」という特徴を持ったアーケードゲームを2013年にリリースし,中高生男女を中心にヒットさせた。
東山氏はヒットの理由を,「低年齢からアーケード音楽ゲームをプレイした少年少女が,そろそろ今プレイしているゲームは卒業と潜在的に感じていたところに,自分達のものだと思えるような背伸び感のある見栄え」「プレイ映像がそのまま広告塔になるような大型モニター」「音楽ゲームがどんどん複雑になっていく中,ボタン2つ,レバー2つだけで操作できるので,誰にでも気負わずに遊び始められる」「当時の中高生が親しんでいたボーカロイドの楽曲を採用」と説明した。
勉強会のまとめでは,作成したEXマップをストックしておき,それらをクロス利用することで新たな気づきが生まれる可能性があることにも言及がなされた。例えば人口統計の変遷を年表化しておけば,その数値がそのまま市場規模として参考になる。東山氏は,「作って損はないので,多くのEXマップを作ってみてください。最初は仮説発見に少々苦労するかもしれませんが,クロスで分析するほど新たな知見が生まれます」と聴講者に呼びかけていた。
最後に東山氏は「年表を書いて,自分以外の誰かがどういう欲求を持っているのか,事実を元に洞察する。この手法を駆使すれば新しい製品やサービスの市場が開けたり,新しい顧客が見つかったりするかもしれません」として,勉強会を締めくくった。
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