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[GDC 2019]鮮やかな人間ドラマを描く新感覚ゲーム「Florence」は,どのように作られたのか。22か月間の苦闘をデザイナーが振り返る
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印刷2019/03/20 21:28

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[GDC 2019]鮮やかな人間ドラマを描く新感覚ゲーム「Florence」は,どのように作られたのか。22か月間の苦闘をデザイナーが振り返る

 いまや売上額的にはゲーム世界の中心となったモバイルだが,話題として出てくるのは「基本無料」スタイルの作品ばかりだ。一方で有料アプリのゲームとなると,売り上げやダウンロード数といった領域において,そこまでの存在感を示す例は多くない。

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 しかしながら印象に深く残るゲーム,人の感情を強く動かしたゲームとなると,有料アプリの中からもいくつか傑出した作品が見えてくる。2018年にリリースされた「Florence」iOS / Android)も,そんな作品の一つだ。
 GDC2019の2日目,男女の出会いとそこで起こる二人の変化を描き,多くのプレイヤーを感動させた「Florence」の制作を振り返る「Letting Go:A Florence Post Mortem」と題された講演が行われたので,その模様を紹介したい。

「Florence」を作った「Mountains」の4人。左から2番目がKen Wong氏
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「Florence」公式サイト(英語)



「Monument Valley」のデザイナーが挑んだ新作「Florence」


 「Florence」を作ったのは,5年前にモバイルで大きな話題となった3Dパズルゲーム「Monument Valley」の制作者であるKen Wong氏らによる新チーム,Mountainsだ。
 「Monument Valley」は,美しくて印象的なグラフィックスはもちろんとして,3Dを利用した難しすぎないパズルと,世界を旅しているかのようなプレイ感覚が話題となり,普段ゲームをしない人達にも刺さるものとなった。またこの成功は,Wong氏に「モバイルであっても,良質なゲーム体験を求めている人がいる」ことを確信させたという。

「Monument Valley」
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 「Florence」もまた「Monument Valley」と同じで,目標は「美しくてユニークなゲーム」だったという。また「Monument Valley」を通じて「短編と呼べる長さのゲームでも受け入れてもらえる」ことを知ったWong氏は,「Florence」においても「プレイ時間は短くても構わない」ことを最初から織り込み済みだったそうだ。
 とはいえ「美してユニーク」「短時間でクリアできる」ゲームを手早く完成させられたかというと,そこには小さからぬ苦難の道のりがあった。
 もとよりそのゴールは簡単に達成できるものではないが,新チームであるMountainsが「失敗を前提として,大量のイテレーション(繰り返し)を行う」「友人などを頼りに大量のプレイテストを行う」という制作スタイルを取り,さらにはMountainsが作ろうとしているものに対してパブリッシャであるAnnapurna Interactiveが極めて協力的かつ寛大であったことも合わさって,「Florence」が完成するには22か月もの時間が必要となった。

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 しかもこの22か月の内訳としては,アイデア出しとプロトタイピングに6か月,いわゆるアルファ版作成に9か月,そこからゲームとして磨き上げて完成させるのに7か月となっている――つまりAnnapurna Interactiveは,Mountainsが半年にわたって「何を作ればいいのか」を試行錯誤し続けるのを,温かく援助し続けたということになる。

 さて,ではこの「何を作ればいいのか」の段階で,いったい彼らはどんなことを考え,そしてそれはどのようにして「Florence」として結実していったのだろうか。


はるかなる試行錯誤の旅路


 普段から「ゲームのアイデアを大量に書き溜めている」というWong氏だが,今回の企画のスタート地点は「タッチスクリーン上で3Dのオブジェクトを操作する」ことにあったという。「でも『Florence』って2Dじゃなかったっけ?」と思わされるスタートだが,そこに到達するにはまだまだ時間がかかる。順を追って見ていこう。
 最初に彼らが作ったプロトタイプは3D空間でオブジェクトを回転させて道を作り,スタートからゴールまでキャラクターが移動できるようにするというものだった。このプロトタイプは「Parade」というタイトルを与えられたが,「これはちょっと違う」ということでこの路線は立ち消えとなったそうだ。

「Parade」と名付けられたプロトタイプ。これはこれで面白くなりそうな雰囲気があるのだが……
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 続いて作られたプロトタイプは「Human Head」だ。人間の頭部の3Dモデルがいくつかの部品にカットされており,これを寄木細工のパズルのように操作して正しい形に戻すというゲームで,これは「人間のアイデンティティを探求することを暗示していた」とWong氏は語る(いかにもテーマが後付けのように聞こえるのはさておくとして)。

「Human Head」。ちょっとグロテスク
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 これもまたあまりよろしくないと感じた彼らは,今度は3Dジグソーパズルを作ることを考えた。パズルを組み立てていくと徐々に二人の人間の関係性を示すような像ができあがっていき,そこでプレイヤーは,その二人の人間関係を思い描くことができるわけだ。「Feathertop」と名付けられたこのプロトタイプに対して,制作チームは「これで行けるだろう」という漠然とした手応えを得たという。

「Feathertop」。アーティスティックだが,なかなか面白そう
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 ……しかしながら,話はそう簡単には前に進まなかった。プロトタイプの完成度を高めていくにつれ,「どうもこのゲームは3Dよりも2Dのほうが良いようだ」という認識が育っていったのである。
 かくして当初のテーマは変更となり,「2Dのジグソーパズルを通じて,二人の人間の関係性を描いていくゲーム」として制作が続行されることになった。このあたりでようやく,プロトタイプの画面写真は我々が知る「Florence」に近いものへとなっていく。

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 かくしてアルファ版を目指して制作が続くなか,2D化したゲームはどんどんシンプルになっていったという。だいたい2〜3週間で1つのチャプターのプロトタイプを作ってテストし,テストの感触が悪ければ別の方法を試すということがひたすら繰り返されていった。Wong氏は当時を振り返って「パブリッシャであるAnnapurna Interactiveがこちらを信頼し続けてくれたのが本当にありがたかった」と語る。
 ともあれこのイテレーションの中で,ゲームはどんどん「ジグソーパズル」ではなくなっていったが,「それで良かった」とWong氏は語る。結果,パズルは「1ステージにつき,1つのメカニクス」で構成されることが決まった。この段階でWong氏はゲームが最終的にどのような姿になるのかを示すために,それぞれのステージを象徴する絵を描き,それを漫画のようにつなぎ合わせることで,おおまかなイメージを作り上げたという。

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この段階ではまだ「Florence」と断言し難いが……
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こうなると,「これはFlorenceのプロトタイプだ」と分かるくらいに方針が固まってきている

 このように「Florence」は,企画の方向性が定まるまで6か月を要した挙げ句,そこから9か月をかけて,ついに(当初の企画とはだいぶ違う形にはなったものの)ゲームとしての完成を目指せる段階に到達したのだ。
 なお最終的なゲームコンセプトは「タッチスクリーンを使ったさまざまなゲームメカニクスに触れるなかで描かれる,人間関係の物語」となった。思えば遠くに来たものだ,である。


「Florence」における物語作成


 さて,「実を言うと僕は物語中心のゲームが好きなわけではない」と語るWong氏は,「Florence」の物語を詰めていくにあたって「なるべくたくさんの部分を空白のままにして作る」ことを選んだ。
 興味深いことに,これは登場人物に至るまで徹底している。登場人物がどんな人間なのか,可能な限り「ジェネリック」で「平均的」なまま作り上げることで,プレイヤーがキャラクターを受け入れてくれる可能性を高めようとしたとWong氏は語った。
 もっとも,そのままでは物語として厳しいことになるので,全体の骨格が決まったところでWong氏は登場人物の細部を詰めていく。ここにおいて,氏は「自分の家族や知り合いを参考にして,登場人物の個性や背景を決めていった」と告白した。ヒロインとその母親の関係性に至っては,「とある友人と,その母親の関係性そのまま」とのことである。

この写真に見えるキャラクターの「日常」は,すべてWong氏やその周囲で繰り広げられる「本当の日常」を踏まえたものとなっている
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 また「Florence」では人種も出身社会も異なる男女が恋に落ちるが,これもまたWong氏が暮らすオーストラリアでは「ごく普通にあること」だと氏は語った。このように「Florence」には,Wong氏の周辺で暮らすオーストラリアの人々の,さまざまな日常が詰まっているそうだ。

 さて,Wong氏はアーティストでもあるので「絵でストーリーを伝えるのは得意」だという。しかし「Florence」のアートスタイルがどうあるべきかを決めるまでには,かなり時間がかかったそうだ。

試行錯誤の歴史が垣間見える
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 最終的に,Wong氏は「同じ人物を何度も描くのは得意ではない」ものの,「Florence」をコミック(ないしグラフィックノベル)調のアートで仕上げることに決めた。シンプルな黄色一色を背景とし,色数を絞って描かれたヒロインの横顔は,最終的に「Florence」を象徴するアートとなる。
 またゲームの中での画面遷移もまた,漫画のコマ割りを基盤としたものにした。Wong氏はなかでも「Web漫画やSNSで共有されるコミックの表現を参考にした」と言うが,これには「プレイヤーはスマートフォンで本作をプレイするのだから,スマートフォンで普段見ている漫画と同じ構造にする」という意図があるそうだ。

「Florence」のキーアートとも言える一枚
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漫画のコマ割りが意識された画面遷移とステージ進行
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 「Florence」は音楽にも物語性を重ねている。楽曲自体は作曲家にイメージを伝え,打ち合わせを重ねながら作ってもらったものだが,使用する楽器はゲームシナリオに依存したものとなっているのだ。ヒロインであるFlorenceにはピアノ,その恋人となるKrishにはチェロが割り当てられ,二人が言い合いをするシーンはピアノとチェロの二重奏となる,という仕組みである。

 このようにしてゲームが完成に近づいていくなか,今度はパブリッシャであるAnnapurna Interactiveから要望が出されるようになった。
 中でも大きなものは「主人公として男女双方を用意してもらえないだろうか」という点だ。言うまでもなく,これはとてつもなく「重たい」要望だが,Wong氏は「Annapurna Interactiveはこの仕様追加に伴いものすごい作業量が必要となることを理解しており,予算を増額すると提案してきた。いろいろなパブリッシャと仕事をしてきたが,自分から『予算を増やす』と言い出したパブリッシャはこれが初めてだったよ!」と語った。

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 そしてWong氏自身,提案された当初は無茶だと感じたものの,「男性側からこの作品をプレイする」可能性を吟味するなかで,それによってこのゲームがさらに良くなるとも感じたという。とはいえその段階でゲームはもう完成間近であり,最終的には「主人公はFlorenceだけにする」ことに決まったそうだ。
 同様の交渉はエンディングがいかにあるべきかでも行われ,さまざまな討論が行われたのち,現在のような形に収まったという。

当初想定されていたエンディング。「30年後,二人はもう一度出会って……」という展開
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プレイヤーの内部に感情を呼び覚ますゲームメカニクス


 「Florence」は,とても変わったゲームだ。パズルと言えばパズルらしい要素はあるが,その多くはほとんど「作業」と呼んでも差し支えない程度に,易しい。これについてWong氏は「伝統的なゲームデザインとしては」と前置きして,以下のような方針があったと指摘する。つまり,

  • ゲームのメカニクスは,技術と挑戦を要求するものであるべきだ。
  • ゲームはプレイヤーの代理となる存在が選択を為すものであるべきだ。
  • ゲームは少なくとも数時間にわたって遊べるものであるべきだ。

 でも,「それが絶対の正解ではないはずだ」とWong氏は続ける。つまり,

  • ゲームのメカニクスは,プレイヤーの中に感情や理解を呼び起こすために利用し得る。
  • ストーリーを語るために,どんなゲームメカニクスでも使って良い。
  • ゲームのプレイ時間は,そのゲームにとって必要な時間と等しくて良い。

 という方針である。

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 「Florence」では以上の発想に基づき,「プレイヤーの中に似たような思い出を掻き立てるアクション」がゲームとして組み込まれている。
 例えばヒロインが朝起きて歯磨きをするシーンでは,歯ブラシアイコンを左右に動かすことでプログレスバーが伸び,バーが一杯になればそれで「クリア」というゲームメカニクスが採用されている。これは言うまでもなく簡単極まりないものだし,ゲーム的な側面は「プログレスバーが伸びる」ところに集約されているが,これによってプレイヤーは「ルーチン化した日常の中にある,ルーチン化したひととき」を想起できるというわけだ。

「歯磨き」
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「仕事」や「彼氏とのチャット」
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「思うに任せない会話」。言語依存していないことに注目したい
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逆ジグソーパズル
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 このように,どちらかと言えば「作業」と評価すべき行為であっても,「その作業をする」ことがメタファーとなって,プレイヤーの内部に登場人物と同じ感情が呼び覚まされるという経験が,「Florence」には詰まっている。Wong氏は「とくに最後の数シーンにおいては,この方式がとてもうまく行った」と評価しているが,実際にそこでプレイヤーが何をして,どんな感情を得るのか,実際にプレイしてみてほしい。

ちなみにこちらが,Wong氏が「参考になった」と紹介した作品。この手のゲームに詳しい方であれば,思わず「マジで?」と言いたくなるかもしれない
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 「Florence」は中国でも大きなヒット作となり,iOS版の22%がアメリカで売れたのに対し,41%が中国だという。中国市場の強さを思わせる数字である。
 このことは,Wong氏にとって「とても素晴らしい」結果を生むことにもなった。「Florence」を踏まえて中国ではブラウザゲーム「Gay's Life」が作られ,この作品もまた大ヒットしたのだ。
 「Gay's Life」は「Florence」と異なり言語依存性がとても高い作品だが,現代中国において自分が男性同性愛者であることを認め,それをカミングアウトし,自分を受け入れてくれるパートナーと出会い,そして家族や社会と向き合っていくという一連の流れを,見事に描いた作品となっている。「Florence」が作り上げた「タッチスクリーンを使ったさまざまなゲームメカニクスに触れるなかで描かれる,人間関係の物語」という構造を,異なる形で昇華させた作品と言えるだろう。
 「Gay's Life」が大きな成功を収めたことについて,Wong氏は「パブリッシャをはじめとした各方面から手厚い支援を受けながら自分達が完成させたゲームを利用し,自分達ほど恵まれているとは言えない若い人達が凄いものを作った。これは本当に素晴らしいことだ」と語っていた。

「Gay's Life」
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 クリエーターにとって最も嬉しいことの一つは,「自分の作品が,次の作品の踏み台となる」ことだ。けれどそのためには,「踏み台にしてもらえるくらいに,優れた作品」「踏み台にしてもらえるくらいに,強い印象を与えた作品」を作らねばならない。
 「Florence」は間違いなく,その領域に手を届かせた。それは本当に素晴らしいことだ。そんなことを感じさせてくれる講演だった。

「Florence」公式サイト(英語)

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