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「ちょっとすごいサウンド技術」のWavesを4年半ぶりに取材したら,いつの間にか「できること」が倍になっていた
4Gamerでは2009年6月に,PC向けサウンド技術「MaxxAudio 3」に絡んで同社を一度取り上げているが(関連記事),あれから早4年半。取材を申し込んでみたところ,「新しくなった『MaxxAudio 6』があるよ」という一言とセットで再びOKの回答が得られた。今回はそのときのレポートをお伝えしたいと思う。
なお,取材自体はCES 2014のタイミングで行っているが,その後,Wavesの厚意によってMaxxAudio 6を実際に操作する機会が得られたので,今回はそれも踏まえたものとなる。
イスラエル製の“ちょっとすごい”PC向けサウンド技術「MaxxAudio 3」を台湾で聞いてきた
MaxxAudio 6発表のタイミングで振り返る
2009年以降のMaxxAudio
Wavesでインターナショナルセールスディレクターを務めるYuval Weinreb氏いわく,「日本においてはNECパーソナルパーソナルコンピュータと10年以上の付き合いがあり,また,事業撤退するまではパナソニックのスマートフォン『ELUGA』に採用されていた。2014年の話をすると,日本の有名なAV機器メーカーによる採用も決定している」。MaxxAudio 3の時点ではノートPC向けの技術として訴求されており,実際,採用例もノートPCがメインだったが,現在のMaxxAudioはPCからタブレットやスマートフォンへと採用例が広がり,DellやASUSTeK Computerなどといった,世界市場でビジネスを行っているメーカーが主な顧客になってきているのだという。
というわけでMaxxAudio 6だが,対象デバイスの広がりに合わせて,スイートを構成するプロセッサ(≒機能)の数が増えているのが,最大の特徴ということになる。その数は14なので,6だったMaxxAudio 3比ではなんと2倍以上にまで拡張されたわけである。
ここで振り返っておくと,MaxxAudio 3を構成するプロセッサは,下記のとおりだった。
1.MaxxBass
「失われた基本波」の理論を応用した,低周波補正プロセッサ。倍音をうまく処理し,存在しない音(=スピーカーが出力できなかった基音や低次倍音)があたかも存在するかのように錯覚させる。
2.MaxxTreble
入力レベルに応じて「強調するレベル」が変動するダイナミックイコライザ。
3.MaxxEQ
すべての周波数帯域にわたって周波数の補正を行う完全独立型のパラメトリックイコライザが10バンド搭載された,周波数補正プロセッサ。コンシューマ向けオーディオ機器でよく知られた「グラフィックイコライザ」と異なり,補正する帯域幅や形状をユーザー側で調整できるのが特徴だ。プロオーディオでは一般的なプロセッサのWaves版である。
4.MaxxStereo
センターのイメージはそのままにステレオの分離感を向上させ,ステレオ感を増すための,ステレオイメージングプロセッサ。
5.MaxxDialogue
台詞(ダイアログ)やボーカルなどといった重要なサウンドコンテンツは「ステレオ信号のセンター」に配置されることが多い。その“センターイメージ”を取り出して,それ以外(=“サイドイメージ”)から独立して強調したり弱めたりできるプロセッサ。
6.MaxxVolume
Waves製の定番トータルリミッター(※ファイナライザーともいう)「L2 Ultramaximizer」をベースとした,ダイナミックレンジ補正プロセッサ。
7.MaxxLeveler
Waves独自のオートゲインコントローラ。オートゲインコントローラは,100〜500msといった一定の時間をかけて,ゆっくりとダイナミックレンジを圧縮するもの。コンシューマ機器では携帯電話やスマートフォンでお馴染みの技術だ。
「ついさっきMaxxAudio 3は6つのプロセッサからなるという話をしていたのに,なぜ7つ挙げたのか」というツッコミはもっともだが,2009年の時点で「MaxxVolumeのオプション」として扱われていたMaxxLevelerが,その後,プロセッサ扱いに“昇格”したため,MaxxAudio 3の最終形態は7プロセッサとなるのだ。
さて,MaxxAudio 3に続いて2012年にリリースされた「MaxxAudio 4」では,さらに以下のプロセッサおよび機能が追加されている。
8.MaxxMultiband
8つのマルチバンドコンプレッサまたはダイナミックイコライザとして動作することで,全帯域の周波数を,入力レベルに応じて動的に補正するプロセッサ。「特定周波数の大き過ぎる音だけを抑え,当該帯域の音量が小さいときは何もしない」とか「当該帯域の音量が小さいときだけ大きくする」といったことが可能になる。
9.MaxxSense
音楽やゲーム・映画といった,ダイナミックレンジの大きく異なるコンテンツを1つのプリセットで再現できるプリセット。要するに「機能」であってプリセットではないのだが,なぜかプロセッサと同等の扱いになっている。確認したが,その理由は明らかにされなかったので,これだけは「マーケティングキーワード」という理解でいいだろう。
10.MaxxSpace
ヘッドフォン使用時に音の広がり感を増すためのプロセッサ。
2013年の「MaxxAudio 5」では,以下に挙げる2つのプロセッサが追加された。
11.MaxxSurround
ステレオトゥサラウンド,もしくはマルチチャネル入力からのマルチチャネル出力時に,各チャネルに対してMaxxAudio処理を適用するためのプロセッサ。各チャネルのボリューム調整やディレイの設定を行えるので,いわゆるサラウンドマネージャの高機能版的なイメージになる。
12.Maxx360
サラウンド素材にMaxxAudioを適用できる,Waves独自のステレオ・トゥ・サラウンド(=アップミックス)プロセッサ。MaxxSurroundの「UPMIX」を有効にすると利用できる。
そして最新版のMaxxAudio 6では,下記のとおりさらに2つのプロセッサが追加されている。
13.MaxxExciter
倍音を再計算して,高周波をより低い周波数のみで再現し,強調も行えるプロセッサ。薄く,小さくなりすぎた結果,10kHz以上を再生できないケースが当たり前になりつつあるUltrabookやタブレット,スマートフォン向けの機能といえる。YouTubeやニコニコ動画,Twitchなどにおけるビデオの音質補正にも使えそうだ。
14.MaxxNR
全自動のノイズ検出&判定型ノイズリダクションプロセッサ。手動での有効/無効が行えるかどうかは明らかにされなかったが,ホームビデオはもちろんのこと,ゲームの実況音声に入り混むノイズの低減などに効果があると思われる。
右の写真で示したのは,Logitech(日本ではロジクール)製のサラウンドスピーカーセットを用いた「MaxxSurround+Maxx360」のデモ機。CES 2014におけるプライベートブースでは,実際に有効/無効を切り替えながら音を聞くことができたのだが,「MaxxBassとMaxxTreble,MaxxExciterも併用している」(Weinreb氏)とのことで,有効時は,自然なサラウンド感だけでなく,重低音や高音も印象的だった。一度有効化したら,無効化した音では二度と聞きたくないと思えるほど,圧倒的な違いがある。
たとえば,ダイナミックレンジ補正のキモであるMaxxVolumeのラックを開くと,多くのメーターが用意され,いま信号レベルをどの程度圧縮――MPEG-1 Audio Layer 3(MP3)のような信号圧縮ではなく,音量圧縮――しているかが一目で分かるようになったりと,より視覚的に設定状況を確認できるようになっている(※スクリーンショットの掲載は許可されなかった)。筆者はエンジニアではないので,当然のことながらこれをさくさく設定できるわけではないが,操作自体が簡単そうであることは,素人目にも分かった。
チャット相手が自分の声を聞きやすくなるMaxxVoice。音声認識補正スイートたるMaxxSpeechのGUIも統合
以上は出力関係の話だが,最近のWavesはオーディオ入力にも力を入れているとのこと。具体的には以下のとおり2製品が用意されている。
ゲームのボイスチャットやSkypeなどに代表されるVoIP(Voice over IP)は,マイクの品質が低いと,けっこう聞き取りにくい,もしくは不快な音になるケースが多い。それを,ボイスチャット相手が「聞き取りやすい」と感じられるよう補正するプロセッサスイートだ。商業用の映画や音楽ボーカル用として採用実績の豊富なプロセッサ群を,一般ユーザー向けに転用したものとなる。CES 2014で発表されたのは,第3世代となる「MaxxVoice 3」。
2.MaxxSpeech
Intelの音声認識エンジンに対応した補正プロセッサスイート。音声認識エンジンが理解しやすいように,入力された音声を補正する。
なお,MaxxVoice 3ではMaxxBeamにアップデートが入っており,仮想ビームが話者を自動的に追跡するオートトラッキングをサポートするようになったとのこと。これにより,身体を傾けたり,PCの周囲をうろうろと歩き回ったりしていても,ビームフォーミングの恩恵を受けられるようになっているそうだ。
そのほかにも,キーボードを叩きながらのボイスチャット時に打鍵ノイズを軽減する「DeKey」,歯擦り音や破裂音を軽減する「DeEsser」,ダイナミックレンジ補正用のMaxxVolumeも搭載されるなど,機能面は相当に充実した印象を受ける。
本気でマルチプレイタイトルやオンライン専用タイトルをプレイしている人の場合,ヘッドセット所有率は高いと思われるが,そうでない人だと,「国内大手メーカー製のPCを購入してきたときに付いてきた」単体マイクや,ノートPCの内蔵マイクを使っているケースが少なくない。そして,こういう人達とゲーム中にボイスチャットすると,「スピーカーから出力されたゲームのBGMなどをマイクが明らかに拾っている」ことに由来するノイズを聞かされて,大変不快な思いをすることになる。
ステレオECは,このような「マイク+スピーカー」構成時に,マイクで集音された音から,PCからステレオで再生されるオーディオ信号だけを除去もしくは減衰させ,声だけをより聞きやすくする機能だ。音声認識エンジン用の補正プロセッサには必須なのだが,これが第3世代MaxxVoiceには採用されているわけである。
これも実際に「マイク+スピーカー」構成でデモを体験してみたが,無効と有効ではかなり違う。無効時だと,BGMが被ってしまって,何を言っているのかネットワーク伝送前ですらよく分からないのに対し,有効化すると「被りゼロ」とまでは言わないものの,必要十分なレベルまでには,入力した音声がしゃっきりする。これなら,「マイク+スピーカー」でカジュアルにオンラインゲームのボイスチャットを利用するときも,チャット相手に迷惑はかからないだろう,というレベルだ。
なんでも音声認識がらみでは,IntelがUltrabookを名乗るための要件として「マイクの真正面(90度)でしゃべったときに,問題なく認識できること」というのを挙げているのだそうで,「競合他社は『Intelの認証試験をパスする』のをゴールにしているが,我々は,エンドユーザーが実際に使う環境を想定した開発を行っている。認証試験で求められる「マイクの真正面」でスピーチするケースだけではなく,80度,70度と傾けていっても,認識率が極端に落ちたりしないような設計になっている」とのことだ。
「機会があればぜひ試してほしいが,他社のプロセッサを用いたPC製品だと,マイクに正対しない限り,認識率は大きく低下する。もちろんMaxxSpeechでも低下はするのだが,低下率はごくわずかだ。どちらが実際の使用環境に即した製品であるかは言うまでもないだろう」(Leibler氏)と,相当に鼻息も荒かった。
PC以外のプラットフォームに向けても進むWaves
「出力&入力両対応」の立ち位置は要注目
以上はPCの話だが,Wavesは近年,PC以外のプラットフォームに向けた対応も積極的に行っているそうで,ざっと挙げただけでも,ARMアーキテクチャのCPUコアや,ARMベースのモバイルSoC(System-on-a-Chip)たるQualcommの「Snapdragon」,Tensilica(テンシリカ)のオーディオDSP(Digital Signal Processor)「HiFi 2 Audio DSP」といった“主要どころ”に向けた対応が進んでいる。非PC部門における最近の主要顧客はASUSTeK Computer(以下,ASUS)とのことだ。
また,Winbond Electronicsの子会社で,PC自作派からはSuper I/Oチップメーカーとしてもよく知られているNuvoton Technologyは,「MaxxChip」という名前でMaxxAudio専用DSPを開発・販売しており,家庭用のAV機器やテレビではこのMaxxChipの採用が進んでいるとのことだった。
筆者の認識だと,Wavesは,プロオーディオ業界に軸足を置きつつ,コンシューマ向けの製品スイートも展開しているメーカーだったのだが,MaxxAudio 6やMaxxVoice 3などを見ると,いつの間にやらプロ用製品にはラインナップされていないビームフォーミングやステレオECが実現されており,ずいぶんとコンシューマ向け市場へ本腰になっている。とくに,2012年以降のプロセッサ拡充度合いはちょっと異常なほどで,競合他社と比べても,インパクトは大きいように思う。
ちなみにここで言う「競合他社」は,出力系で大きな市場シェアを持っている米Dolby Laboratories(以下,Dolby)や米Digital Theater Systems(以下,DTS),入力系だと台湾Realtek Semiconductor(以下,Realtek)や米Fortemediaなどのことを指す。
DolbyやDTSは,据え置き型ゲーム機にも採用されているマルチチャネル音声圧縮技術が最もよく知られていると思うが,実のところ,大手メーカー製PCの多くが,音声圧縮技術だけでなく,別製品としてリリースされている音響補正技術も採用していたりする。一方のRealtekやFortmediaは,DolbyやDTSほど一般ユーザーからは知られていない――“蟹”のRealtekは自作PC派ならお馴染みだろうが――ものの,ステレオマイク仕様を採用した最近のノートPCやオールインワンPCにはたいてい入っているという理解でいい。
要するにWavesは,コンシューマ市場において,出力系と入力系の二正面作戦を本気でやろうとしているわけだ。出力と入力で“きれいに”棲み分けされているところへ,出力と入力の両方を持つ選択肢として食い込んでいこうと考えているのである。
もう少し技術面に踏み込んだ話をしてみると,出力系の場合,バーチャルサラウンドにはじまる,いわゆる空間系プロセッサからスタートした競合他社と比較したとき,相変わらずバーチャルサラウンドには目もくれず,プロオーディオの世界で必須の技術であるイコライザやコンプレッサ,リミッターといった,王道の音響補正技術を中心にしているのが,Wavesの特徴と言えるだろうか。
どんどん薄く軽くなり,音響特性的にはひたすら不利になり続けているモバイルデバイスに向けて,地に足を付けながら底上げを図ろうとしているところは,映画などで培った実績とブランド力を武器に戦っているDolbyやDTSとは明らかな違いが見られて面白い。
出自が異なるだけに,競合他社がやらないことをやってくる可能性が高く,その意味でWavesは,今後のモバイルデバイスにおけるゲームサウンド周りを追ううえで,継続的にウォッチしていきたいベンダーだといえるだろう。
Waves公式Webサイト(英語)
Wavesのコンシューマブランド「Maxx」公式Webサイト(英語)
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