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Genvidが手がける次世代ゲーム実況システムは,実況中のゲーム内に視聴者が干渉できる?
シンラは,既存のPCやゲーム機以上の高いハードウェアスペックでゲームを動かし,これを大勢のユーザーで共有するような新しいクラウドゲーミングの実現を目指して,2014年に発足したスクウェア・エニックス・ホールディングス傘下のベンチャー企業だった。代表を務めたのは,スクウェア・エニックスの元代表取締役社長の和田洋一氏で,当時,相当な肝いりプロジェクトとしてスタートしたものの,わずか2年後の2016年に解散してしまう。
当時,シンラが構想していた新しいクラウドゲームの世界は,筆者によるレポート記事に詳しくあるので,興味のある人は参照してほしい。
シンラ解散後,彼らは2016年にGenvidを設立した。そんな彼らが取り組んでいる技術は,昨今のゲーム実況ブームに新しいインタラクティブな要素をもたらしそうなものである。その概要をレポートしよう。
配信映像に追加情報を載せて表示するゲーム向けストリーミング技術
改めて説明する必要もないと思うが,現在のゲーム実況における基本的なスタイルは,プレイ中のゲーム画面を見せながら実況者が実況や解説の音声を加えて,これをYouTubeやTwitchなどのストリーミングビデオサービスを通して配信し,視聴者はWebブラウザや再生アプリを通じてそれを視聴するのが一般的である。
視聴者側が配信を見ながら行えるのは,チャット欄にメッセージを打ち込んだり,投げ銭的に寄付を行ったり,あるいはクライアント側での映像表示設定を変えること程度だ。実況しているプレイに直接影響するような行動はできない。
たとえば,eスポーツ分野でとくに人気の高いFPS「Counter-Strike: Global Offensive」(以下,CSGO)の場合,プレイヤー1人のプレイ画面を見ているだけでは,試合の全体像が掴みめない。中継を考慮したeスポーツイベントの場合,中継用にマップを俯瞰したり,本来は不可視であるほかのプレイヤーの姿を見えるようにしたりする場合もあるので,多少は理解しやすくなる。それでもCSGOや,ほかのチーム対戦型のFPSをやりこんだファンでなければ分かりにくいという点は否めない。
これは,サッカーのテレビ中継を思い出すとイメージしやすいだろうか。サッカー中継では,選手1人をアップで映した映像だけでなく,俯瞰視点でフィールドの広いエリアを映す映像や,両チームや各選手に関する情報表示を適宜組み合わせることで,マニア以外でも試合の流れを理解して楽しめる番組を作り上げている。そのような工夫が,ゲームにおける実況配信にも求められていくのは当然だろう。
Genvidが開発している「インタラクティブ・ストリーミング」では,スポーツ中継のように工夫を凝らした映像配信による,一歩先を行くゲームに特化した配信技術の実現を目指している。
インタラクティブ・ストリーミングを体験している視聴者は,Webブラウザに表示している配信画面の操作パネルから,任意のプレイヤーが見ている1人称画面に映像を切り替えたり,あるいは参加プレイヤー全員の画面を並べたマルチ表示にしたり,あるいは俯瞰視点の全体マップを表示するといった,見たい映像の選択を行えるという。
一視聴者にもかかわらず,まるで放送スタジオのディレクターかスイッチャーになったかのように,好みに合わせた実況配信を楽しめるわけである。
実際,2018年9月に行われた「FACEIT London Major」や,2019年3月に行われた「Intel Extreme Masters Katowice 2019」といったCSGOの世界大会では,Genvidとパートナー企業であるStatsHelixが共同開発した配信システムを採用して,5人対5人によるチーム戦の様子を,視聴者が俯瞰マップ視点や任意の1人称視点に切り替えて楽しむサービスを提供したという。
視点を切り替えるだけでなく,視聴者が各チームや各プレイヤーの装備,体力といったステータス表示をオン/オフすることや,全体マップ表示時に,お気に入りのプレイヤーがいる場所をマウスでポインティングして応援(Cheer)を送る機能もあったとのこと。なかなか楽しそうな中継だったようだ。
応援のエフェクトは,選手の画面に影響を与えることはないそうで,配信を見ている視聴者間だけで共有される。応援だけでなくブーイングも送れるなら,サッカー場におけるホーム対アウェイの雰囲気をゲーム実況でも作れるかもしれない。
CSGOでは無理だろうが,ゲームによっては,あえて応援やブーイングを選手の画面にも届けてしまうというのも,面白いかもしれない。
さて,Genvidのシステムでポイントとなるのは,全体マップやステータス表示の図版,テキスト,各プレイヤーのアイコンといったグラフィックスは,映像としてストリーミングしているのではないという点だ。
これらは,視聴者側のWebブラウザ上で動作しているスクリプトプログラムが,ストリーミング映像の上にオーバーレイするような感じでリアルタイムに描画している。リアルタイム描画といっても,比較的シンプルな画像や文字が主体なので,一般的なPCはもちろん,スマートフォンやタブレットでも性能面では余裕で行えるだろう。
そのため,たとえば10万人の視聴者がそれぞれステータス表示を切り替えたり,応援やブーイングのエフェクトを送ったとしても,映像配信サーバー側はそれらを考慮する必要がない。現状と同様にゲーム映像を配信するだけでいいのだ。
当然ながらこの仕組みでは,各プレイヤーの装備や位置といったデータを,視聴者側の端末が受信する必要がある。ゲーム映像に関連するデータを視聴者に伝送する仕組みや,応援をサーバー側に送る仕組みが,従来の映像配信サービスやゲーム実況サービスにはなかった部分だ。
こうしたデータ伝送のタスクは,Genvid SDKに含まれるサーバープログラムが担当するという。
以下に示すGenvidシステムの構成図をもとに説明しよう。図の右上にある「Multiplecast Audio+Video」は,YouTubeやTwitchといった既存のストリーミングサービスに当たる。「Game Data」は,ゲーム進行に関わるリアルタイム情報で,「Events」は,視聴者が配信に対して行ったインタラクションや操作の情報だ。Eventsは視聴者側からGenvidのサーバ側に送られていることに注目してほしい。
CSGOにおけるGenvidの事例では,CSGOのプログラム本体は一切改造していないのもポイントである。映像配信システムもTwitchを利用しただけで,視聴者側も任意のWebプラウザでTwitchにアクセスするだけでOKと,既存のシステムをそのまま利用できるのは重要な要素だろう。
それならば,どうして双方向インタラクティブの新しいサービスを実現できているのかというと,Twitchが,もともと双方向のデータ伝送を行うための拡張プロトコルを用意していたからだ。Genvidのシステムは,この仕組みを活用しているわけである。
ちなみに,YouTubeにも同様の拡張プロトコルがあるそうなので,Genvidは対応可能だそうである。
ところで,CSGOプログラム本体を改造せずにゲーム関連データを送出できているのは,StatsHelixのパケットスクレイピング技術を利用しているためだ。ここでいうパケットスクレイピングとは,簡単に言えばゲームプログラム(この場合はCSGO)がネットワーク上で送受している通信のパケットからゲーム状況を表すデータを抜き出したうえで,汎用データとして利用できるように変換して提供する処理系と理解してほしい。
格ゲーの配信映像にコマンド入力やヒットボックスをオーバーラップ
CSGO以外にも,Genvidのシステムを組み込んだ実例に,チリのゲームスタジオであるAOne Gamesが開発した対戦格闘ゲーム「Omen of Sorrow」があった。同作を世界最大の格闘ゲーム大会「EVO 2018」に出展させるにあたって,ゲーム実況配信をGenvidに対応させたそうだ。
Omen of Sorrowにおける実装は非常にシンプルで,視聴者側のWebブラウザ上に,対戦中のプレイヤーによるコマンド入力や,各キャラクターの攻撃判定,当たり判定(ヒットボックス)を表示できるというものだった。
これまでなら,そのゲーム上で実行するリプレイ機能でなければ見られない情報であるが,Genvidでは,これをゲーム映像配信サービス上でも見られるようにしたわけだ。映像だけでなく,コマンド入力やヒットボックスも見て研究したい視聴者には,面白いしありがたい機能と言えよう。
Omen of Sorrowでは,ゲームプログラム側がGenvid対応の仕組みを組み込んで実現している。CSGOのように,外部ツールを使ってパケット解析を行う手法よりも,ゲーム側でGenvidのシステムに対応する手法のほうが基本になると,Genvid側では想定しているとのことだった。
Genvidを活用したゲームの事例も紹介
CSGOとOmen of Sorrowの事例で扱った実況配信を視聴者側でカスタマイズするシステムは,どちらかといえば,Genvidのシステムにおける基本的な活用事例と言える。
Genvidでは,配信映像にほぼリアルタイムなインタラクティビティを組み合わせることで,これまでにないゲーム実況を実現できると考えており,現在,インディーズ系ゲーム開発スタジオとタッグを組んで,ユニークなゲーム開発に取り組んでいる。そのいくつかをGenvidブースでチェックできた。
1つめは,Katapult Studioの「CHKN」(チキン,関連リンク)だ。
実況者は,モンスター同士の戦いを面白おかしく実況していくわけだが,視聴者は配信映像を見ながら,Genvidによるインタラクティブ機能を使ってモンスターに対して声援を送れる。CSGOの事例では,応援は単に視聴者だけで共有するもので,ゲームには影響を与えなかった。しかしCHKNの場合,応援が多いほどモンスターの戦闘力が上がる仕組みを採用しているという。
また,ラウンドとラウンドの間に,視聴者は,好きなモンスターに対してエサなどのアイテムを与えることができる。すると,次のラウンドではそれまで負けていたモンスターの逆転を期待できるかもしれないのだ。
本作は,初期リリース時は4人同時,最終的には32人同時プレイが可能となる予定の2Dアクションシューティングゲームで,Genvidの仕組みがゲームプログラムに組み込まれている。
たとえば,Space Sweeperのマルチプレイに参加しているプレイヤーがプレイの様子を実況配信をしているときに,トークの中で視聴者に向かって「だれか見ている人,助けて!」と救援要請をしたとする。すると配信を見ている視聴者は,Webブラウザ上の実況映像にオーバーレイ表示されているコントロールパネルからゲーム内で使える支援アイテムを実況者に送ることができるのだ。あるいは,プレイヤーを苦しめている敵プレイヤーの周囲に,お邪魔虫的なキャラクターを散布することもできるという。
Genvidの仕組みを使うことで,視聴者がゲーム進行に介入できるゲームデザインが可能というわけだ。
ゲームの設定は,無人島に流れ着いた複数人のキャラクターたちが島を探索しながら生き延びることを目指すという,俯瞰視点のサバイバルゲームである。Electronic Artsの人生シミュレーションゲーム「The Sims」シリーズのように,ゲーム内のキャラクターたちはAI制御で自律行動をするので,プレイヤーはそれに干渉して,彼らを生き延びさせていくというゲームであるそうだ。
実況者は本作において,無人島におけるキャラクターたちの生活を実況していくわけだが,それを見ている視聴者は,Genvidの仕組みを使い,それらのキャラクターに対して食べ物や武器をあげたりできる。キャラクターがそれらをどう使うかは,AIによる個性次第。そのため,武器でほかのキャラクターを傷つけてアイテムを強奪する者もいれば,その武器を賢く使って動物を狩る者もいるだろう。食べ物をあげても,気弱なキャラクターならば他人に奪われてしまかもしれない。
ゲーム実況を楽しみつつ,視聴者も神の視点でキャラクターたちの行動にちょっかいを出しつつ楽しむコンテンツというわけである。
ちなみに,Project Eleusisの開発を担当するPipeworks Studiosは,全世界で2000万本以上を売り上げたインディーズゲーム「テラリア」の開発スタジオだ。Genvidブースにいた担当者によると,単にAIキャラクターの動きを観察しているだけだと飽きられてしまうので,定期的に「どこそこにある宝を手に入れるの誰か」というようなゴールを設定したり,「新キャラクターが流れ着いた」というようなドラマを提供する計画もあるとのことであった。
人気サスペンスドラマの「LOST」のバーチャル版といった感じだが,男女キャラクター同士のラブロマンスも発生するそうで,恋愛リアリティショー的な要素も組み込まれたサービス精神旺盛なゲームのようである。
ゲーム実況者も潤うGenvidのマネタイズ手法
さて,Genvidの仕組みはおおむね理解してもらえたと思うが,この仕組みを使って,Genvid自身はどうやって儲けるのだろうか。
結論から言えば,いわゆるレベニューシェアの仕組みを採用するという。Genvidのシステムを使ってインタラクティブな配信を行った事業者が得た売上げから,規定の配分率にもとづいていくらかをGenvidが受け取るという流れだ。
ただ,ゲーム開発者や映像配信事業者がGenvidを導入するために必要な開発者向けキットの提供や,開発や運用にともなう技術支援は無料で提供するとのことである。
具体的な例で説明してみよう。たとえばCSGOにおける事例の場合,世界大会の視聴をGenvidインタラクション付きで視聴する場合は,Twitchの有料プランである「Twitch Prime」を利用する仕組みにしたそうだ。つまり,通常の実況配信は無料一般席で,Genvidのインタラクション付き実況配信はプレミアムシートといったイメージだろうか。Genvidによると,これが予想外なほどに人気だったという。
一方,CHKNやSpace Sweeper,Project Eleusisの事例では,実況画面に対するオーバーレイ表示をカスタマイズして楽しむだけなら無料で試聴できるが,ゲーム進行に関わるインタラクションを行うには有料という方策を取るとのこと。視聴者がゲーム進行に関われるアイテムは,課金アイテムといったところか。
つまり,有料アイテムが売れてゲーム実況が盛り上がれば,実況者,配信事業者,そしてGenvidにもお金が入るわけである。
というわけで,Genvidのシステムは,インタラクションからマネタイズの仕組みまで,なかなかよく考えられていると思う。希有壮大すぎた感のあるシンラの事例と異なり,想定しているビジネス規模も大きすぎないし,技術の先進性とアイデアの独創性が,いいバランスでまとまっていると感じる。
Genvid担当者によれば,4月19日に東京・品川の日本マイクロソフト本社で行われるイベント「インタラクティブ・ストリーミングとメディアの未来」では,GDC 2019で公開された技術デモがすべて披露されるという。参加費は無料とのことなので,興味がある人は足を運んでみるといいだろう。
「インタラクティブ・ストリーミングとメディアの未来」イベント概要ページ
Genvid Technologies公式Webサイト(英語)
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