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【Jerry Chu】一人称視点ゲームのプレイヤーはどこに位置するのか
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印刷2019/04/27 12:00

連載

【Jerry Chu】一人称視点ゲームのプレイヤーはどこに位置するのか

Jerry Chu /  香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー

画像集 No.021のサムネイル画像 / 【Jerry Chu】一人称視点ゲームのプレイヤーはどこに位置するのか

Jerry Chu「ゲームを知る掘る語る」

Twitter:@akemi_cyan


 見下ろせば自分の体が見えない。現実ならパニックになるだろうが,ゲームでは驚くことではない。

FPSゲームで見下ろす。自分の影は見えるが,腕以外の肢体が見えない(「BioShock 2」より)
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 FPSゲームでは,銃を持っている腕は見えるが,自分の胴体と足が見えないことが多い。床に自分の影が見えても,見下ろしてみたら,影を落としているはずの身体が見えない。プレイヤーは人間のキャラクターを演じていると思い込むが,実際に操作しているのは宙を浮く両腕だけだ。

 そこにあるはずの身体が見えない。シュールなことであるが,気にするプレイヤーはほとんどいないだろう。戦闘と探索において,プレイヤーの目線は常に水平を保つ。たまに目線を上下に傾けることはあるが,真下に向けることはほぼなく,主人公の身体が見えないことにそもそも気づかない。これは一人称視点ゲームのプレイヤーの盲点である。


盲点を突く「Paratopic」


 その盲点を突いたインディーズゲームがある。昨年リリースされた「Paratopic」公式サイト)はプレイ時間にして1時間未満の短編作品であり,今年のIndependent Games Festivalでは「Excellence in Audio」を受賞,さらに「Nuovo Award」にノミネートされた傑作ホラーゲームだ(IGF公式サイト)。

道端に横たわる屍をカラスが貪るような退廃した都市。主人公はある人物に密輸出の仕事を依頼されたが……
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 ゲームのスタイルは,以前の連載で紹介した「Virginia」に近い。プレイヤーは一人称視点で断片化されたストーリーを体験していく。
 密輸がバレて尋問を受けるシーンからゲームは始まる。審問官が席を立つと,唐突にそのシーンが終わり,ダイナーで窓の外を眺めるシーンにつながる。プレイヤーが拳銃を持ち上げて装弾すると,また次のカットに切り替わる。同じダイナーではあるが,今度はボスらしい男に密輸を命令される。スマッシュカットで強引につながれた,突拍子もないシーンの連続だ。

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 こうしたスマッシュカットは,不安感の構築に一役買っている。シーンが不意にカットすることに驚き,目の前の情景が急激に変化することに混乱する。次のカットはいつ来るのか。次は何が出てくるのか。重低音のアンビエント音楽と相まって,スマッシュカットが緊張感と警戒心を煽る。

 ビジュアルは初代PlayStationを思わせるものであり,テクスチャもポリゴンも粗い。だが,これは単なるレトロ趣味ではないだろう。周囲の景色が不鮮明でキャラクターの身体もどこか不自然に見えるため,まるで悪夢の世界に迷い込んで,あらゆる物が歪められている感覚だ。はっきり見えないからこそ,一層の不気味さが漂う。

キャラクターの顔と輪郭も崩れているため,異様な威圧感と不自然さを感じる
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 不穏な雰囲気を醸し出すテクニックはほかにもある。とりわけ印象的な情景といえば,車を操縦するシーンだ。国境を目指して,道端のガードレールにぶつからないように車を延々と運転するだけの単調なシーンである。プレイヤーは移動できないが,目線を動かせる。窓の外を眺めたり,ラジオを操作したりしていると,隣の座席に置いた箱がいつの間にか消えていた。しばらく経つと,箱のあったところに拳銃が現れる。

そこにあるはずの物が消え,そこになかった物が現れる
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 車内には主人公しかいないはずなのに,気づかないうちに周りの物が変化する。まさに霊異な出来事だ。逃げも隠れもできない狭い空間に,得体の知れない存在が潜んでいるかもしれない。単調な旅だったはずが,胸騒ぎを禁じ得ない。

※「Paratopic」とは関係ないが,視界の外の環境を変化させることで不安感を生じさせる例だ

 得体の知れない物といえば,「Paratopic」のストーリーも謎めいている。スマッシュカットでつながれた短いシーンで構成されているため,プレイヤーは支離滅裂な情報しか得られない。しかも,シーンとシーンの前後関係が掴みにくい。
 密輸について尋問されていたのに,次のシーンではなぜかダイナーで拳銃を持っている。密輸品を持って国外に向かっているはずなのに,次のシーンでは森で野生動物を撮影している。森を歩いていると,いきなり車を運転するシーンに切り替わる。
 シーンとシーンのつながりが飛躍しすぎているため,話の筋が見えない。あまりにも不合理で,いよいよ物語のロジックを疑わざるを得ない。これらのシーンは時系列順に並んでいないのでは? これらのシーンを体験しているのは同一人物ではないのでは?

 少々ネタバレになってしまうが,「Paratopic」のプロダクトページで示唆されているとおり,プレイヤーは複数の主人公の視点で物語を体験している。これに気づけば,不条理だったシーンに新たな意味が見えてくる。
 車内の箱と拳銃が消えたり現れたりするのは,異なる主人公が移動していると解釈できる。つまり,「箱が消えた」「拳銃が現れた」のではなく,別の主人公の視点に切り替わったというわけだ。この知識を持ってプレイし直すと,ようやく物語の全貌を推察できる。

明敏なプレイヤーであれば,早々に主人公が複数であることを見抜くだろうが,筆者は終盤までそれに気づけなかった
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 一人称視点だからこそ,「Paratopic」のような体験が得られたのだろう。主人公の身体は見えないが,プレイヤーはそこに違和感を持たない。自然に主人公の正体を隠し,やがて「このシーンの主人公は誰なのか」という謎が生まれてくる。


対極にある「Wolfenstein II: The New Colossus」


 「Paratopic」は主人公の身体を隠すことで,プレイヤーの盲点を突いた。本作をプレイし終えたとき,筆者は「Wolfenstein」シリーズのリブート作品を思い出した。
 同シリーズはナチスが第二次世界大戦を制した世界が舞台になっており,プレイヤーはレジスタンスとしてナチスに抗う。オーソドックスなFPSゲームだが,主人公の身体の扱い方は「Paratopic」と対極にある。

 主人公のB.J.ブラスコヴィッチはユダヤ人の血を引くアメリカ兵士だ。白人の容姿を持つが,ナチスの支配下において許されざる存在である。シリーズを通して,ブラスコヴィッチがナチスの軍人に詰め寄られる場面がいくつもある。こちらの顔を舐めるような視線は,刺さるように痛い。
 ユダヤ人であることを隠し通せるのか。偽装を見抜かれてしまうのか。ナチス政権下において,自分の身体は疑われる対象になる。主人公のユダヤ人としての身体と,アメリカ人である正体を意識していないとスリルは半減するだろう。

列車でナチス軍の高官に呼び止められ,「不純な血」を検出される(「Wolfenstein: The New Order」より)
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ナチスの研究機関に潜入するブラスコヴィッチは,アメリカ人であることをごまかさなくてはならない(「Wolfenstein: The Old Blood」より)
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ダイナーにいるブラスコヴィッチは,ミルクシェイクを買いに来たナチスの軍人に話しかけられる(「Wolfenstein II: The New Colossus」より)
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 「Wolfenstein II: The New Colossus」は主人公の身体に着目している。前作の最後の戦いで重傷を負ったブラスコヴィッチは,かろうじて一命を取り留めるが,身体が衰弱しきっていた。自分の足で立つことすらままならず,車椅子に座ったままナチスと戦うことなる。

「Wolfenstein II: The New Colossus」の冒頭,車椅子に乗ったまま戦うシーンがある
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 車椅子だから走れないし,階段も登れない。ゲーム中,使い物にならない自分の足が画面の下端に見える。移動時には銃を両足の間に置いて,両腕で車椅子を動かす様子も目に入る。ブラスコヴィッチの身体の脆弱さがビジュアルとゲームプレイを通じて伝わってくる。

 その後,ブラスコヴィッチは戦死した仲間の強化スーツを受け継ぐことで,まともに戦える状態に戻るが,身体は壊れたまま。強化スーツによって多くの装甲を身につけられるが,ライフは通常の半分になる。戦闘中も強化スーツの甲冑が腕を覆っていることが確認できる。

完璧な肉体で目覚めるブラスコヴィッチ
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 やがてブラスコヴィッチは身体を失うが,仲間達に助けられて,生体工学で作られた肉体に頭が移植される。強化スーツなしでもスーパーソルジャーとして活躍できるだけでなく,特殊なパーツを装着して超人的能力を発揮するようになった。ライフも通常の値に戻る。

※カートゥーン風の二次創作だが,ブラスコヴィッチの身体の変化を分かりやすく表している

 「Wolfenstein II: The New Colossus」はアメリカのレジスタンスがナチスに抗う物語だが,ブラスコヴィッチの身体と心の進化の物語でもある。戦いに疲れても安らぎを得られず,身体が壊れたまま戦場に引き戻される。同胞の遺志を受け継ぎ,無残な身体に戦闘を無理強いする。愛する仲間達に救われて,戦う意思を新たにする。ブラスコヴィッチの身体の変化は,彼の心の移り変わりと同調している。

 「Paratopic」と同様,「Wolfenstein II: The New Colossus」のプレイヤーは複数の身体を操る。「Paratopic」は一人称視点によって主人公の正体を隠したが,「Wolfenstein II: The New Colossus」は主人公の身体を前面に押し出した。ナチスが支配する国を歩くユダヤ人という主人公のアイデンティティをも強調し,プレイヤーは文字どおり,ブラスコヴィッチとなって物語を体験する。FPSでありながら主人公の身体に着目するというアプローチは,「Paratopic」と対照的だ。


プレイヤーはどこに位置するのか


 FPSにおいて主人公の身体は盲点だが,プレイヤーと主人公の身体の関係に着目すると面白い発想が得られる。

 「Beyond the Sea: Navigating BioShock」という「BioShock」シリーズをテーマとした論文集がある。その中にあるPatrick Brown氏の論文は,FPSにおけるプレイヤーと主人公の身体の関係について,興味深い解釈を提示している。
 「BioShock」はFPSゲームだが,同シリーズの主人公は「プラスミド」と呼ばれる薬物を注射することで,雷撃を放つ,念動力を使うといった超能力を習得できる。プレイヤーは左手で超能力を繰り出し,右手で銃器を扱いながら戦う。

超能力を使うために注射をする主人公(「BioShock 2」より)
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遺伝子組換えによって超能力を宿した左手がプレイヤーの目の前に光る(「BioShock」より)
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 Patrick Brown氏は自説を唱えるなかで,ドイツのメディア学者であるLars Schmeink氏の論文を引用している。

「画面上に見えるアバターの手は,その持ち主の身体と視点がプレイヤーと同じくモニターの前にあることをほのめかす。視点とプレイヤーの物理的位置の融合は,バーチャル空間と現実空間の連結を示唆する。物語の世界は完結したものではない。ゲームの世界は現実世界に漏れ出す」

※Lars Schmeink氏の論文より(引用元)。原文は「The view of the avatar’s hand on screen insinuates that the body it belongs to is placed in front of the monitor, situating the PoV in front of the monitor as well - which is where the player is. A merging of this PoV with the position of the physical player suggests a connection of virtual and real space. There is no diegetic closure: the game world leaks into the real world.」

 そして,Brown氏はSchmeink氏の論をさらに発展させている。

「(主人公である)ジャックの両手は,まるで義肢のようにプレイヤーにつながれる(中略)。『BioShock』における両手は虚構世界と現実世界の曖昧な境目であり,2つの世界がつながれるところである。Galloway氏の著書『インタフェース・エフェクト』の具現化である。氏はインタフェースを『「境界上にある」という状態である。1種類の物質が別の物質と区別される瞬間である。つまり,インタフェースは物ではなく,常にエフェクトである。インターフェースは常にプロセスか転換である」と定義している(中略)。遺伝子組換えはジャックの両手に念動力や炎と電撃を放つ能力を与える。(中略)ジャックの両手は,虚構と現実の間の曖昧な空間に存在するだけではなく,生物とテクノロジーの間の不確定な領域をも占めている」

※Galloway氏…ニューヨーク大学のメディア研究者Alexander R. Galloway氏。
※「Beyond the Sea: Navigating BioShock」Chapter 14「The Hands of the Other: Media Allegory in Bioshock and The Hands of Orlac」より。原文「Jack’s hands have been grafted onto those of the player, as if they were permanent prostheses... The hands in Bioshock are the very point at which the indecision between the simulated world and the real world is located, at which one is grafted onto the other - an onscreen manifestation of Galloway’s “interface effect.” ...Gene splicing endows Jack’s hands with abilities such as telekinesis and the projection of fire and electricity... Jack’s hands, beyond inhabiting the zone of indecision between simulacrum and reality, also occupy the indistinct zone between organism and technology.」


 プレイヤーは主人公の両手を介してゲームの世界に働きかけるが,主人公の両手に何ができるかは,ゲームのプログラムによってコーディングされている。テクノロジーは我々に力を与えると同時に,テクノロジーの裏にあるルールと意思が我々を操る。Brown氏にとって,「BioShock」の主人公の両手は人間とメディアテクノロジーの関係性を表しているものだ。

 Brown氏の考察を辿れば,FPSゲームで主人公の腕しか見えないのは,別に訝しむべきことではない。主人公の身体はあくまで,プレイヤーをゲームの世界に接続させるために,プレイヤーの身体に移植された拡張である。主人公には,プレイヤーとの接続部分である腕さえあればいい。腕以外の身体は必要ない。プレイヤーの身体は主人公の腕と一体化して,一個の身体となすのだ。

 「Paratopic」では主人公の正体を見抜くことで,不条理だったシーンに新たな意味を見出せる。それと同じように,一人称視点ゲームにおけるプレイヤーと主人公の立ち位置を意識すれば,さまざまな発見がある。主人公がプレイヤーの死角に隠れる「Paratopic」。プレイヤーが主人公の身になる「Wolfenstein II: The New Colossus」。主人公の両腕がプレイヤーの拡張となる「BioShock」。作り手と遊び手の想像力次第で,一人称視点ゲームは多様な視点を与えてくれる。

■■Jerry Chu■■
香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー。中学の頃は「真・三國無双」や「デビルメイクライ」などをやり込み,最近は主に洋ゲーをプレイしている。なるべく商業論を避け,文化的な視点からゲームを論じていきたい。
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