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人口5万人の町が「ゲームで町おこし」をしたら,1000万本以上のヒット作がいくつもできた! スウェーデンのゲーム振興を語るディスカッションレポート
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印刷2024/08/09 09:00

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人口5万人の町が「ゲームで町おこし」をしたら,1000万本以上のヒット作がいくつもできた! スウェーデンのゲーム振興を語るディスカッションレポート

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 実際のところ,国家がちゃんとインディーゲーム開発者を支援したならば,実際にはどれくらいの効果が見込めるものなのだろうか?

 日本では今年,経済産業省による「創風」などの開発者の支援プログラムがスタートした。room6の木村征史氏,ジー・モードの竹下功一氏などゲーム業界での実績を持つ面々がメンターとして参加していることから,具体的な支援がある程度期待できるものだ。

 しかしまだ始まったばかりということもあり,今後どういった成果が生まれるかは未知数である。当の支援プログラム関係者も,他国の支援プログラムの事例を見ながら,これからの施策を考えている段階でもある。

 そんな中,支援プログラムによって世界でも屈指の成果を上げた国がある。スウェーデンだ。2024年6月20日,東京国際工科専門職大学にて,IDGA日本が主催する「ゲーム産業と政府との関係」に焦点を当てたセミナーが開催「パネルディスカッション:スウェーデンのゲーム産業とインキュベーションプログラム」にて,支援の状況が語られた。

 ディスカッションではジャーナリストの徳岡正肇氏が司会となり,ケムコ(コトブキソリューション)の黒川雅臣氏,サイバーエージェントの永塚 新氏らが参加。三人は共にスウェーデンのシェブデで行われた「Sweden Game Arena」(以下,SGA)というゲーム産業振興事業へビジネスで訪れていた。

 そこで見たものは——なんと「人口5万人程度の田舎町が,ゲーム作りで町おこしをしてみた結果,全世界で1000万本を売り上げるゲームがいくつも生まれた」という恐るべき実績だった。

きっかけは,町に若い人を呼び込むためだった


左から,ケムコ(コトブキソリューション)の黒川雅臣氏,サイバーエージェントの永塚 新氏
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 「スウェーデンはマーケットとしてあまり知らなかった。こういった機会でもないと分からなかったので,SGAに行きました」と黒川氏は言う。日本でもそこまで現地の事情を知らない人が多いかもしれない。
 
 そもそもスウェーデンは,ゲーム産業において世界的な影響を持つ地域だ。「マインクラフト」シリーズを擁するMojangや,「Crusader Kings」「Cities: Skylines」といったシミュレーションゲームをパブリッシングするParadox Interactive,そして「バトルフィールド」シリーズのEA Digital Illusions CE(DICE)の本拠地である。

 また,インディーゲームで世界的なヒットとなった「ホットライン マイアミ」を生み出したDennaton Gamesや,「It Takes Two」Hazelight Studiosなどがスウェーデン出身であることも忘れてはいけないだろう。

 このようにスウェーデンでは,世界的にヒットしたタイトルを開発・販売する企業が揃っている。ただ実際のところ,こうした巨大企業の活躍は同国のゲーム業界全体で3%にしか該当しない。残りの97%が従業員15名以下の小さな会社の集まりで構成されている,小ぶりな業界でもある。

シェブデの「Sweden Game Arena」から誕生したゲームの数々。以下,スライドは徳岡正肇氏が制作したものを,許可をいただき掲載している
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 そんな同国のゲーム産業を考えると、シェブデで行われたSGAは当初、97%の側にあたる小ぶりなプロジェクトだったように見える。

 もともとシェブデは,ゲームが強く根付いた街というわけではなかったそうだ。ところがこの町がSGAをスタートした途端,凄まじいインパクトとセールスを誇るタイトルがいくつも登場した。サバイバル&クラフトの「Valheim」「Raft」,そして「Goat Simulator」などが生まれたのである。

 徳岡氏は「小規模な町から1000万本も売り上げるタイトルが何本も出てくるのは,完全な異常値。人口1億人いる国でもそれくらい売れるゲームは年に何本あるかという話ですよ」と驚いていた。

徳岡正肇氏
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 徳岡氏は「町おこしというと,地方の魅力をゲームを通じて発信しようという発想になると思う」という。確かに町おこしとゲームと聞くと,たとえば日本では京都府宇治市のゲームのようなものが思い浮かぶ。しかし徳岡氏は「シェブデはそうではなかった」と説明。地元にゲーム産業を根付かせること,シェブデはそれ自体を町おこしにしたのだ。

 そこで発案されたゲーム産業振興プロジェクトがSGAである。プロジェクトの発案はシェブデ大学だが,その背景には町の生き残りを賭けた泥臭い努力があった。先述したようにシェブデは小さな町のため,若い人に来てもらわなければ存続が危うい。
 
 シェブデ大学には学部がふたつしかなく,そのうちのひとつがコンピューターサイエンスだった。しかし,その学部に学生が集まらなかった。そこで大学は興味を持たせるために心機一転,ビデオゲームに関係した学部に切り替えることにしたのである。

 SGAのスタートはこのように「産・官・学」でいうところの「学」からスタートしていた。そこから「Goat Simulator」が誕生し,世界的なヒットによって風向きが変わる。そこから「産」と「官」も加わり,産官学のプロジェクトへと厚みを増していく。

 「産」としては,ゲーム業界側から主に学生に無料でビジネスのコーチングを行っていた。シェブデ大学にたまたまコネがあり,ゲーム開発やゲームビジネスを教えられる教員が手配できたため,そうした施策が可能だったようだ。

 徳岡氏によれば「君たちは『ゲームを売ってお金にしたくはない』というけど,ゲームを売ってお金にしないと作り続けられないんだよ!」というレベルの話をしていたという。どうやら「自分の作りたいゲームだけ作って暮らしたいんだ……」という意識で自作を開発しているインディーゲームクリエイターがいるのはスウェーデンでも例外ではないようで,そのあたりを考え直してもらう意図もあるのだろう。

 そして「官」はシェブデの町自体の支援だが,人口3万人程度の町では開発者に直接資金援助できるような財源はない。代わりに「学生はオフィスを無料で利用できるようにする」という施策や,「月1回〜年1回はイベントを開催し,地方の住人に学生のゲームを遊んでもらう」施策を取っていた。

 ちなみにオフィス無料での施策は,実は町の空き家対策を兼ねていたという別の背景もあった。いまでは大きいビルを貸し出すようになったが,SGAの当初は先細る町の状況を痛感させるものだったという。

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 そんなSGAから数々のヒット作が輩出されるわけだが,徳岡氏は成功した理由を「インキュベーションをゲームに集中させたから」だと指摘する。ゲームを作りたくてSGAの支援を受けに来る人は,当たり前だがゲーム開発にしか興味がない。そこに一点特化する施策を取り,ビジネスと連携をサポートしたという。

 そんなことは当然のように思えるが,「産・官・学」が絡んだインキュベーションはそう簡単に割り切れるものでもないのだろう。実際,SGAはゲームでの成功を元にして、後に,植毛技術の研究などのインキュベーションに手を広げるというふうに段階を踏んでいるようだ。

SGAを取材して,どう思ったか


 このようにシェブデの支援プログラムの事例を聞くと「じゃあ日本でも,ゲームに特化した支援をやれば1000万本は売れるゲームが出てくるのか?」と思うかもしれないが,当然話はそこまで単純ではない。

 パネルディスカッションでは三者によるSGA取材の感想が語られるのだが,そこでは日本とスウェーデンにおける環境の違いがフォーカスされていた。その議論を聞く限り,「日本でSGAの手法をやるのは,今の段階ではなかなか難しそうだ」ということである。

 もともと黒川氏と永塚氏はマーケットを開拓する意図でSGAに訪れたが,最初の印象はどうも自分たちの得意分野のマーケットとは違うということだった。黒川氏はケムコで主にRPGを主に取り扱っており,永塚氏のサイバーエージェント(の子会社であるCygames)は「ウマ娘 プリティーダービー」などアニメ的なモバイルゲームを運営している。

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 しかしビジネスのマッチングのズレがあったとはいえ,ふたりは現地の開発者たちの環境に興味を抱いた。それは開発者のビジネスとしての意識と,開発者間の繋がりである。

 黒川氏は「現地のカンファレンスでいろいろ話を聞いていると,開発者はよく勉強している。普通,開発と話すとビジネス面が弱いということがあるのに,スウェーデンの開発者たちはそれを分かってる」と関心していた。

 興味深いのは「スウェーデンでは日本よりも開発者の横の繋がりが広い」という指摘だ。徳岡氏は一例として,SGAが飛躍するきっかけになった「Goat Simulator」で成功したCoffee Stain Studiosの試みを挙げた。同スタジオはゲームの成功後,シェブデ大学に寄附講座を作ったという。結果,寄付講座と大学の奨学金を受けた博士号取得者が出てくるなど,試みは成功している。「産」で成功した人間が「学」を助けたというわけだ。

 永塚氏は「産・官・学の連携は,東京で会社をやっているとイメージがわかない。基本的に自分たちで全部ゲームを作るし,他の企業はライバルと思う。でもSGAを見ていて,開発者がライバル同士ではなく緩いつながりでアイディアを出している姿勢は参考になった」と語った。

 黒川氏と永塚氏は,SGAでさまざまな関係者と会話すると「ひとりの人がいろんな方をどんどん紹介してくれる」ことに驚いていた。なんでも横の繋がりの広さに伴うアットホームさも興味深かったという。

 なぜここまで横の繋がりが強いのかというと,SGAでは成功した開発者が次の開発者へと再投資する考え方が根付いているからだという。このような考え方は日本では珍しい文化らしく,黒川氏も永塚氏も関心していた。

 しかしSGAは,この「成功した開発者の再投資」のサイクルによって,人口5万人の街で1000万本を売り上げるゲームをいくつも生み出す仕組みになっているのである。

 日本はSGAを参考にできるのだろうか? 徳岡氏は「ひとくちに行政の支援や産・官・学の連携といっても,その地域の特性もあって成功するかどうかが分かれる」と指摘する。筆者もディスカッションを聴いていて同意であり,現在の業界の慣習や環境を見る限り「再投資」も容易ではなさそうである。
 
 またディスカッションでは,開発者間の横の繋がりを作るための言語の問題も話題に挙がった。スウェーデンは英語を共通語として他国の開発者と繋がりを作ることができるのに対し,日本の場合は他のアジア諸国との繋がりを持とうとしても言語が壁になり,簡単にはいかない。

 さらに横の繋がりを作れる背景のひとつに,ゲームのマーケットがひとつの国だけで回せるかどうかも若干は関係している。スウェーデンの場合,人口規模が大きくないため,国内の収支だけでゲーム産業を回していくことは難しい。そのために,ゲームを売り出していくときは必然的に世界各国への輸出が視野に入る。ゆえに国外の関係者と繋がりを作ることにも積極的なわけだ。

 この話を日本で考えると,こちらは約1億人の人口を要することから,ゲーム産業はまず国内のマーケットで充足可能である。その事実が他言語圏への進出を結果的に阻んでいる。

 もちろんこれは単純化した話であり,日本のゲームは世界各国へローカライズされている。しかし言語の壁や,“今のところはまだ”持ちこたえている国内マーケットといった環境を鑑みるに,日本で今回のSGAのようなインキュベーションプログラムを実現するのは、現段階では難しいことも痛感させられたのだった。

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