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「悪役令嬢を探して」第2回:2000年代乙女ゲームの「悪役令嬢」たち。180本以上から見出したバリエーション豊かな悪の華を検証する
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印刷2024/11/27 08:00

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「悪役令嬢を探して」第2回:2000年代乙女ゲームの「悪役令嬢」たち。180本以上から見出したバリエーション豊かな悪の華を検証する

 近年人気を集める「悪役令嬢」もの。だが,そのイメージソースとされる「乙女ゲームの悪役令嬢」の存在については,これまで幾度となく疑義が呈されてきた。では,本当に乙女ゲームに悪役令嬢は存在しないのだろうか?

 4Gamerではゲーム研究者・向江駿佑氏に依頼し,乙女ゲームの中の「悪役令嬢」史を,全3回の構成でお届けする。第1回となる前回は90年代を扱ったが,今回のテーマは00年代だ。乙女ゲームの多様性が花開いた00年代の作品群から,新たな悪役令嬢たちの魅力を探ってみよう。

 今回は,ゼロ年代の乙女ゲームに登場する“悪役令嬢”を検証する。

 最初に,前回の記事に大きな反響をいただきながら,第2回がここまで遅くなってしまったことをお詫びしたい。その理由は今回の内容とも関係するので後で述べるとして,先に反響の中身について簡単に共有しておこう。

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 近年人気を集める「悪役令嬢」もの。だが,そのイメージソースとされる「乙女ゲームの悪役令嬢」の存在については,これまで幾度となく疑義が呈されてきた。では,本当に乙女ゲームに悪役令嬢は存在しないのか? ゲーム研究者・向江駿佑氏による,乙女ゲーム史の裏側に迫る短期連載(全3回)をお届けする。

[2024/05/25 11:00]

 筆者としては,既存の議論を参照しつつアカデミックな視点も取り入れて検証の枠組みを設定し,ベースとなる部分と本連載のおおまかな向性を示したつもりだ。ただ対象の選定や個別の作品のあつかいについては,納得したという声ばかりではなく「なぜこの作品やキャラクターが入っているのか/いないのか」という直接・間接の指摘もあり,筆者としても新たな知見を得ることができた。読みにくかったり,筆者の理解が十分でなかったりした箇所も少なからず見受けられたであろうなか,長い文章にお付き合いいただいた読者諸氏に感謝する。

 意外だったのは,国内だけでなく,海外からの反響も大きかったことだ。有志によって全文が英語やアジア諸言語など数か国語に翻訳され,各地の読者たちが現地の事情も交えてそれにコメントするさまは,悪役令嬢という存在が洋の東西を問わず高い関心の対象であることの証左と言える。

 書き手としては嬉しさ半分,プレッシャー半分ではあったが,少なからず遅筆ぶりが増してしまった。海の向こうのゲーマー諸氏が,もしまたこの文章を目にする機会があれば,忌憚のない意見をお聞かせいただけるとありがたい。

 他方,連載のコンセプトが説明不足だったと思わせられる反応もあったため,あらためて述べておこう。本連載は乙女ゲームというジャンルにおいて,悪役(悪人ではなく)がストーリー上,あるいはゲームシステムの一部としてどのようなはたらきをしているのか,検証することを目的としている。

 その過程で,なろう系小説などで認知されるようになった括弧付きの「悪役令嬢」によく似た存在を発見するかもしれないが,本稿ではそもそも悪役令嬢とはどんなキャラクターなのかというところから再検討することで(前回を参照),乙女ゲームに新たな角度から光をあてようと試みる。

 換言すると,可能な限り「いる/いない」の二元論ではなく,その背後にある多様なプレイジャンルや発売時期,パブリッシャごとの傾向といった諸要素間の差異と共通項を(再)発見し,乙女ゲームの悪役令嬢についての議論が部分的にでもアップデートされるような第三の道を探るのが基本的な方針だ。「乙女ゲームとはおしなべてこういうものだ」というレッテル貼りではないことにくれぐれも留意されたい。

1. 今回の対象作品について


 前口上はこれぐらいにして,なぜ今回の原稿執筆に長大な時間がかかったかということから本題につなげていこう。それはひとえに,一気に拡大した対象作品の範囲ゆえである。現時点までの筆者の調査では,2000年代に発売された乙女ゲームはおよそ180本ほどある。

 ここには移植版やマイナーチェンジ版,限定版,廉価版などは含まない。たとえば「耽美幻想 マイネリーベ」(2001)と「マイネリーベ 優美なる記憶」(2004)はそれぞれゲームボーイアドバンスとPS2で発売されたが,演出面でのちがいを除くとストーリーやキャラクターに大きな変更はなく,完全に別の作品とはみなしがたい。

 またモバイル(いわゆるガラケー)向けのみで発売・配信されたタイトルやスマホアプリ,同人作品,オンラインゲームなどについては現在調査を進めているところであり,それらを加えると200本以上にのぼる可能性もある(一部は今後,文化庁サイトの方の連載で取り上げる予定)。

 ではその180本のなかに悪役令嬢が登場する作品がどれほどあったかというと,前回同様,当該期間に発売されたタイトルのおおむね一割ほどに(たんなるライバルとはことなる)いわゆる悪役令嬢ポジションのキャラクターが確認できた。具体的な数で言うと20本前後,より一般的な意味でのライバルが存在する作品まで広げると30〜40本程度になる。

 これらはゼロ年代の10年間のみの数であり,前回分や次回の2010年代以降の分を加えるとさらに増える。ここまでくると一定の存在感があるが,悪役令嬢という文脈に限って言えば,本連載で取り上げる作品はこれまでWeb空間やSNS上ではほとんど,あるいはまったく話題になったことのない作品が中心である。

 やはり「乙女ゲーム」という概念がカバーする範囲やその中におけるより細かな嗜好がプレイヤーごとに微妙にことなっており,ボーダーラインギリギリの範囲まで俯瞰した検証はこれまでなされてこなかったのではないか。

 そこで本連載は各回を10年ごとに区切り,その期間に発売されたすべての乙女ゲームの現物や設定資料などを可能な限り実際に入手・プレイして検証することで,個々のプレイヤーがそれぞれの視野で認識していた悪役令嬢たちが一堂に会する機会を提供しようと試みた。

 とはいえ前回の3倍ほどの本数を同じ紙幅で取り上げるのは難しいため,「遙か」シリーズの続編や「乙女的恋革命★ラブレボ!!」のようにすでに言及したタイトルは割愛せざるを得なかった。それらを除いた対象作品が表1だ。今回はこの13本を紹介する。

画像集 No.017のサムネイル画像 / 「悪役令嬢を探して」第2回:2000年代乙女ゲームの「悪役令嬢」たち。180本以上から見出したバリエーション豊かな悪の華を検証する
表1. ゼロ年代の“悪役令嬢”と登場作品たち

 今回は表内にパブリッシャ名も併記した。パブリッシャとは,かんたんに言えばゲームを最終的にパッケージとして発売する責任を負う会社であり,同名で中身の方の開発も手がけることもあれば,そちらは社内の特定ブランドが担当するか外部メーカーに委託することもある。

 そのため仮にパブリッシャが同じでも,かならずしも同一の設計思想にもとづいてゲームがデザインされているとは限らない。それでもこうして並べてみることで,一定の方向性を看取する助けにはなるだろう。

 なにしろゲーマーは,しばしばパブリッシャの名声にもとづいてゲームの出来・不出来を類推している部分があるのだ(現コーエーテクモゲームス「ルビーパーティー」や,後発ながら業界のキープレイヤーとなったアイディアファクトリー「オトメイト」のように,ブランド名の方が浸透している例もある)。

 これでひととおり準備がととのったので,今回も時系列に沿って1本ずつ見ていこう。

2. ゼロ年代の悪役令嬢たち


1)「おしゃれ日記」(2001)


 最初は2001年にビクター インタラクティブから発売された「おしゃれ日記」だ。本作は「きせかえシリーズ」の第2弾で,ストーリー上の直接のつながりはないものの,システムは1999年発売の「きせかえ物語」をベースにしている。

 当時はまだ現在のようにCERO(コンピュータエンターテインメントレーティング機構)による審査がおこなわれていなかったため,各メーカーやハードごとに独自にレーティングを設定していた。「きせかえ物語」のパッケージには「推奨年齢:10才〜成人向け」と記載されており,同作が小中学生などの若年層を主たるターゲットにしていたことがうかがえる。

 続編の「おしゃれ日記」のほうにはそうした記述はないが,2年後の発売であることからコアターゲットは大きく変わっていないと思われる。彼女たちが慣れ親しんでいるであろうプレティーン〜ローティーン向けの漫画のようなビジュアルの使用は,この年代に向けたアプローチとしてはプレイへの習熟とストーリーの把握の両面において合理的であり,そこでの悪役令嬢も例のごとく特徴的な髪型と笑い声で記号化されている。

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図1. 如月麗華との遭遇シーン

2)「耽美夢想マイネリーベ」(2001)


 本作は前回参照したSNSなどでも,悪役令嬢の代表例として挙げられていた。その舞台は1930年代のドイツに隣接する架空の国家で,爵位をもつ貴族の子女が通う高校である。当然主要女性キャラは全員令嬢だ。主人公との関わりが深く最終的に彼氏候補を奪い合うこともある3人のうち,ミンナことヴェルヘルミーネマリーンは主人公に対する敵意をむき出しにする場面が少なからずあり,一見悪役令嬢のステレオタイプに見える。

 しかし実際には,3人ともゲーム開始時から連絡先を知る仲であり,遊びに誘うことが可能で,交流をつうじて友好度を高めていける。彼女たちの本当の怖さは,ストーリー上の描かれ方よりもシステム面にある。どれだけ仲良くなっても,一定期間連絡を断つと,「ときメモ」シリーズ(KONAMI)よろしく“爆弾”(※1)が爆発し,ほかの人物も巻き込んで主人公への評価を大きく下げてしまうのだ。

※1……爆弾とは,「ときめきメモリアル」シリーズに実装されている特徴的なシステム。特定のキャラクターだけを集中して相手にしていると,ほかのキャラクターの不満が高まり,「爆弾」が膨らむ。それを放置するといずれ爆発し,当該キャラクター以外のキャラクターも含む全員の好感度が下がる。

 実際に,本稿で使用するスクリーンショットを撮影するために筆者があらためて最初からプレイしていたところ,最後の月にオーガスタも含めた3人が爆弾を抱えてしまい,(本作では長期休暇や祝日以外は,最速でも2週に一人としか一緒に外出できないため)処理が間に合わず最後の週にミンナの爆弾が爆発,マリーンに本命を奪われてバッドエンドとなってしまった。

 ただし続編の「マイネリーベII 誇りと正義と愛」(KONAMI,2006)では,それぞれ不正をはたらいている彼女たちの父親たちを密告すると,一家をまるごと没落させられる。本連載で紹介しているように,悪役令嬢が登場する乙女ゲームはそれなりにあるとはいえ,友好関係から凋落までを目撃できるのは珍しい。その意味でももっと注目されるべき作品だが,現行の環境でプレイする方法がないため,2作合わせた移植やリメイクが待たれる。

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図2. 「マイネリーベ」の悪役令嬢(?)1,ミンナ(画像はPS2版)

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図3. 同2,マリーン。主人公の獲物をピンポイントで狙いにくるため,プレイヤーにとってはまさしく悪役令嬢

3)「DOKI×DOKI させて!!」(2001)


 「おしゃれ日記」と同じくビクターから発売された女児向けタイトルで,同名連載漫画のメディアミックス作品。低年齢向けだけあってこちらも分かりやすい記号化がおこなわれており,前回「令嬢」の条件で述べたように,日本型令嬢の特徴である成金要素が視覚的に描写されている。ただゲーム内でプレイヤーに対してボスとして立ちはだかるのではなく,ストーリー上の恋敵といった役回りなので,ゲームの難度自体には影響しない存在と言える。

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図4. 社長令嬢マリカ。意外とデレない

4)「フルハウスキス」(2004)


 同じく同名漫画をメディアミックスした作品。ゲーム中のいたるところで漫画的なコマ割りや表現が差し込まれ,その出自が強調されている(とはいえ連載開始とほぼ同時に出たため,時系列からして原作を再現しているというわけではない)。

 本作に登場する遊洛院十和子とその取り巻きたちもまた,ある意味ではよくあるタイプなのだが,それぞれ個性を持った悪役令嬢たちがグループとして登場するのは,90年代の乙女ゲームではあまり見られなかった点だ。本作にも続編があり,そちらでは主人公と和解した十和子と彼女の取り巻きのあいだでギクシャクした空気が生まれてしまうなど,グループであることで展開に幅をもたせられるようになった。

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図5. 続編では味方だが,本作ではストーリーが進行しても敵対的な態度が続く

5)「召しませ浪漫茶房」


 ディースリー・パブリッシャーはゼロ年代に3作の悪役令嬢ものを出しているが,その1作目が本作だ。同社のゲームはその多くが“作業ゲー”であり,エンディング分岐には緻密なステータス管理が必要になる。本作ではお菓子づくりというテーマのもと,材料収集やかんたんな農作業,メニュー開発や店舗経営の合間を縫って,会話パートが差し挟まれる。

 主人公との関係は業界内でのライバル(ランキング首位と圏外)だが,「アンジェリーク」の主人公とロザリアの場合とはことなり,本作の主人公には親友枠が2人存在する。そのため葵との友情エンドは存在せず,純粋に敵役としての登場となっている(ゲームの目的のひとつである菓子づくり大会で優勝すれば,祝いの言葉はかけてくれるが)。

 意識的か無意識かは別として,「アンジェ」を踏襲して敵+友人の役回りを1人のキャラに割り当てると,どうしても前者の面が薄まりがちになる。本作のように友人枠を別途用意するタイプは,それとはことなる流れとしてこの後もしばしば見られるようになる。

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図6. 悪役令嬢が口元に手を寄せる仕草はゼロ年代でも健在だ

6)「Kiss×Kiss 星鈴学園」(2004)


 本作も同名連載漫画のメディア・ミックス作品だが,原作には登場しない女性キャラが多数存在し,彼女たちが恋のライバルとなる。その1人である伊集院らんが本作の悪役令嬢ポジションで,「マイネリーベ」のマリーンよろしく,主人公のターゲットに照準を合わせてくる厄介な相手ではある。とはいえ彼女とも友好関係になることができるため,ストーリー上は絶対的な悪役ではない。

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図7. 描き込みを抑えた女児やローティーン向けの漫画は,解像度が低く画面が小さい携帯ゲーム機と相性が良い

7)星の降る刻(2005)


 本作は,オトメイトの前身である「IF乙女いと♪」が,自社オリジナルの乙女ゲームとしては最初に制作した作品である。キャラクターデザインを「薄桜鬼」シリーズを手がけたカズキヨネ氏が担当するなど,このあとに続く基礎がはやくも垣間見える。

 ただ,やはり実質的な参入第1作ということもあり試行錯誤には苦労したようで,カズキ氏とプロデューサーの藤巻氏は公式ビジュアルファンブックの中で,本作の悪役令嬢である朝比奈 恵をもっと活躍させたかったと述べている。

 プレイヤーの能動性が選択肢をとおしてしかプレイに反映されないビジュアルノベルという形式において,業界の雄となっていくアイディアファクトリーが悪役令嬢をストーリーにいかに組み込んだかは,ジャンル全体に大きな影響を与えたと考えられる。

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図8. 彼女は同級生ながら生徒会副会長なので,この年代の作品では珍しく正当な立場から主人公に指図してくる

8)そしてこの宇宙にきらめく君の詩(2006)


 本作の発売元のデータム・ポリスターは,もともと「ルームメイト」シリーズ(1997〜)をはじめとする美少女ゲームを制作していたメーカーだ。乙女ゲームとしては男女兼用の「エバーグリーン・アベニュー」(2001)などにも携わっていたが,本作の続編を最後にゲーム制作から撤退し,現在は存在しない。ようは今回とりあげる作品を手がけたメーカーの中で,もっとも乙女ゲームから遠いと言える。

 そうした背景もあって男性スタッフが多く,本作はガンダムチックなロボットが登場するなど,「男女兼用」的な要素もあえて残しているという(公式ビジュアルファンブックより)。制作にあたっては女性スタッフやWeb上(当時は個人ブログや掲示板か)の意見も多く取り入れたとのことなので,悪役令嬢の登場もそのあたりが反映されたと思われる。

 この頃は乙女ゲーム産業が右肩上がりの時期で,恋愛要素の有無にかかわらない女性向けゲームというくくりで見ても,2012年まで着実に販売本数を増やしていた(「ファミ通ゲーム白書2022」)。こうした好況に,同社のような新規参入組が新たな風を送り込んでいった。本作はそのなかでも2006年単年度で1万2000本以上売れており,この数は現在はもちろん当時としても決して少なくない。これら中堅クラスのソフトもまた,悪役令嬢のイメージを再考するうえで見過ごせない。

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図9. 手の位置と笑い声は典型的だが,髪色が暗いのは悪役令嬢としては珍しい
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図10. 悪役令嬢側の視点で主人公を見る演出もととのえられている

9)「ラスト・エスコート 〜深夜の黒蝶物語〜」(2006)


 ディースリー・パブリッシャーの2本目は,ホストクラブを舞台とした恋愛シミュレーションだ。それぞれの推しを自分の金でNo.1にしようとしたり,あるいは1人のホストを同じく金で取り合ったりなど金がモノをいう世界は,名門の血筋よりも財力をアピールする傾向にある日本型悪役令嬢にはうってつけの舞台と言える。

 完全オリジナルで,かつディースリー・パブリッシャー作品の特徴でもある多くの作業をこなさなければならない本作は,少女漫画よりドラマなどの影響のほうが大きいかもしれない。なお本作の悪役令嬢役・西園寺絢子もまたツンデレタイプであり,友情エンドも存在する。

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図11. 例に漏れず初対面時が一番当たりがキツい

10)「DEAR My SUN!! 〜ムスコ★育成★狂騒曲〜」(2007)


 数ある乙女ゲームの中で,筆者がもっともユニークだと考える作品の1つが本作だ。主人公がゲーム開始時点で結婚と出産を終えているのみならず,その婚姻状態が依然として有効で,義実家なども登場する中で子育てと自身の恋愛を両立させるという,ひとつ間違えば倫理的にクレームがつきかねないテーマをあつかっているからだ。

 本作にも,典型的な悪役令嬢イメージを体現する剛徳寺桜子が登場する。しかし桜子の登場時点で主人公はすでに彼女の思い人である大学教授の子を産んでいる状況であり,勝負ははじめからついている。

 そのため本作では恋愛よりもむしろ,子育てのライバルという意味での悪役になっているのが特徴だ。さらにその息子もまた主人公親子に対して敵対的であり,一度和解してもまた親子揃って敵愾心をみせるようになる点では,新しいタイプの悪役令嬢像も提示している。

 桜子は最終的にはおさだまりの“良きライバル”ポジションに落ち着いていくが,そもそも主人公親子の側でははじめから相手にしていないので,実際には狂言回し以上の役割を果たしているとは言い難い。しかし逆にこのことによって,悪役令嬢は単独では存在できず,ハッタリにしろ実力行使にしろ,常に他者から厄介な存在として認知される必要があるのだと再認識させられる。

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図12. エリザベスとちがい,外形的には髪色まで典型的な悪役令嬢の桜子だが,ゲーム内での実力はいまひとつ

11)「ワンド オブ フォーチュン」(2009)


 続いてはふたたびアイディアファクトリーから「ワンド オブ フォーチュン」だ。2023年にはSwitch移植版が発売され,今回紹介した作品の中では唯一,現行環境でプレイ可能となっている。作品自体の質も高く,実際に乙女ゲームに登場する悪役令嬢像の一類型を知るのにおすすめの1本だ。

 ここでも集団で登場する悪役令嬢だが,それぞれの主人公に対する態度には温度差があり,ボケとツッコミが役割分担されているなど,グループであることをいかしたキャラ付けがされている。

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図13.「フルハウスキス」の十和子たちとちがい,彼女たちに上下関係はあまり感じられない (画像はPSP版)

12)18禁ソフト


 最後にPCソフトに触れておこう。90年代からネオロマンスシリーズの移植やAMEDEO(ビジュアルアーツの開発部門)作品を中心に,乙女ゲームにもPC向け市場が存在していたが,「星の王女」(美蕾,2003)以降,BLを含む女性向け18禁ゲーム市場が急速に拡大した。その結果,そうしたゲームの中にも悪役令嬢と呼べるようなキャラクターが登場するようになった。

 「バトラーズ」「すみれの蕾」がまさにそれなのだが,秩序を維持する執事と作品ごとに新たな世界を創造する劇団関係者,というふうに両者の攻略対象は対極的な立場にあり(あくまで職種の話で,個々のキャラの内面は多様だ),登場キャラクターの外形的な要素もそれに合わせて対照的なのが面白い。

 とくに髪色にかんしては,前者は外国人のクリスをのぞく全員が暗めの色使いで,悪役令嬢である可憐も黒に近い。反対に後者は白に近いライムグリーンや赤,金が3人など,全体的にかなり明るめになっている。悪役令嬢のアキナも金髪だ。

 また「バトラーズ」の追加ディスク「ナイトモード」では新規エンディングが追加されており,こちらの分岐条件には「わがままお嬢様度」がかかわっている。あえて奔放に振る舞わなければならないので(そのわがままぶりは執事たちの陰口によってはかることができる),主人公自身の目線からちょっとした悪役令嬢ごっこが楽しめる。

3. 並列化によって見えるもの


 ここまで個別に作品をみてきたが,今回とりあげた作品のなかで,気になる点をいくつか整理しておこう。

・発売時期

 まずはメタ情報だが,発売時期は大きく3つに分けられる。まず2001年の3本はすべて携帯機で発売されている。今でこそNintendo Switch Lite以外のゲーム機がすべて据え置き機型か据え置き可能なハードのみになっているが,乙女ゲーム人気がPSPやPS Vitaといった携帯機に支えられてきたことは多くの読者もご存知だろう。

 それ以前からも,ゲームボーイやその後継機種,あるいはワンダースワンなどに,少なくないタイトルが供給されていた。そしてその多くは,主に価格面やハード性能の限界に適応した操作のシンプルさという点で,子供向けであった。

 当時は「ときめきメモリアル Girl’s Side」などの人気シリーズの登場前で,本格的な乙女ゲームブームが到来していなかったことから,人気少女漫画(家)とのコラボレーションによって手堅い売り上げが見込める低年齢向けソフトが占める比重も,今とはことなっていた。

 実際,「ママレード・ボーイ」(エンジェル,1995)をはじめ,「花より男子〜ANOTHER LOVE STORY〜」(TDKコア,2001),「Dr.リンにきいてみて! 〜恋のリン風水〜」(ハドソン,2002)など,当時の人気作品がゲーム化された例も少なくない。

 こうなると,当然漫画文化の影響は直接的に大きくなる。今回紹介した「DOKI×DOKIさせて!!」のようなゲーム作品も,漫画の文脈で発展した悪役令嬢のステレオタイプが持ち込まれるルートのひとつになったと考えられよう。

 2004〜2005年の4本のなかにも,「フルハウスキス」のように漫画作品とのコラボタイトルが含まれる。ただこの時期は,拡大の兆しを見せ始めた乙女ゲーム市場にそれまで様子見をしていた企業が次々と参入してきたことのほうがより重要だ。

 とりわけのちに,このジャンルで中心的な存在となるディースリー・パブリッシャーアイディアファクトリーが,それぞれ参入間もない時期から悪役令嬢を登場させていたのは興味深い。前者が手がけた「召しませ浪漫茶房」の公式ビジュアルファンブックの中で,葵のモデルがアニメキャラだと語られており,ここにも先行メディアからの影響が見受けられる。

 また両者ともそれまで男性も含む一般向け作品を手掛けてきたことから,女性向けのメディア以外からの影響もあった可能性が考えられる。いずれにせよ,この時期に培われたスタイルはこの後も折に触れて顔を出すことになる。

 2006年以降は,メインのプラットフォームがPS2となった時期だ。このあと2010年代に入ると一気にPSPの比重が増してくるので,乙女ゲーム史における最後の据え置き型機優位時代と言える。ここでも二大メーカーの作品が入っているほか,18禁ゲームが登場している。

 今回は筆者の環境の問題か,いくつかのパッケージ版PCゲームの起動がうまくいかなかったり,セーブできなかったりしたが,値段に目を瞑ればDL版が今でも購入可能なものもあるので,PS2などのプレイ環境をゼロから揃えるよりは手を出しやすい。ユクスキュルの環世界ではないが(※2),乙女ゲームの悪役令嬢をめぐる議論で,プレイ経験の多寡によって見えている世界が著しくことなる背景には,今回紹介したタイトルの多くが久しく移植されていないことの影響もありそうだ。

※2……環世界(ウンベルト)とは,あらゆる生物がそれぞれの種独自の知覚世界を備えており,おのおのが世界単位で異なる主観のもとで生きているとする考え方。ドイツの生物学者であるユクスキュルが提唱した。

・ジャンル

 プレイジャンルについても確認しておこう。アイディアファクトリーの2本を除くと,いわゆる紙芝居が延々と続くものは少なく,ほとんどの作品がプレイアビリティやゲームバランスを重視している。

 それらはシミュレーションタイプとアドベンチャータイプに分かれており,コナミやディースリー・パブリッシャーは前者,女児やローティーン向けタイトルは後者が多い。最近になってこのジャンルに触れた方には想像しにくいかもしれないが,ゼロ年代はむしろノベル形式の部分よりも“作業”パートのほうが長い作品も少なくない。

 他方で今回紹介した作品の中で,悪役令嬢がゲームシステムをとおしてプレイヤーの作業に妨害行為を与えてくる事例はあまり多くない。作業ゲームにおいても,彼女たちは基本的にストーリー上の噛ませ犬にとどまっているのだ。

 それでもビジュアルノベルよりも作業ゲームのほうに多く登場するのは,プレイヤーのチャレンジに並走してくれることで単調になりがちなプレイへのモチベーションが維持できたり,「浪漫茶房」のように到達目標として具体的にイメージしやすかったりするというポジティブな理由も考えられる。繰り返しになるが,彼女たちは敵役であっても「悪人」とは限らないのだ。

画像集 No.006のサムネイル画像 / 「悪役令嬢を探して」第2回:2000年代乙女ゲームの「悪役令嬢」たち。180本以上から見出したバリエーション豊かな悪の華を検証する
図14. 今回とりあげた作品(18禁ゲームを除く)

・名前

 悪役令嬢自体のイメージについても,考察しがいのありそうな点がいくつかある。

 まず命名パターンだ。前回は西洋風と日本風の割合はほぼ半々だったが,今回作品ベースでは3:10と3倍の差がついている。ここでは後者に注目してみよう。

 表1にリストアップしたものをもう一度並べてみると,如月麗華,マリカ,遊洛院十和子,白崎京香,姫神桜子,吹月 葵,伊集院らん,朝比奈 恵,西園寺絢子,大隈可憐,剛徳寺桜子,日下部アキナの12名だ。血筋より財力に裏付けされていることも多い彼女たちだが,とはいえ「院」や「寺」など伝統を感じさせるものや,「麗」・「姫」・「桜」など美をイメージさせるものが複数見られた。

 また麗華,葵,絢子,可憐など,画数の多い字が視覚的な重みを出す一方,マリカやらん,アキナのようにひらがなやカタカナの名前も複数の作品で使用されている。

 筆者は以前,乙女ゲームの男性キャラクターについて,社会的立場や性格といったキャラごとの属性と彼らがもちいる人称代名詞の関係を調査したことがあるが(こちらからPDFで確認できる),そこには一定の相関関係がみられた。名前についても同様に,なんらかの法則が発見できるかもしれない。次回余裕があれば,ノベルや漫画とも比較してみたい。

・外見

 容姿については90年代のような縦ロールは減少し,髪の色にバリエーションが見られるようになった。しかし興味深いことに,この時期には黒髪の東洋人悪役令嬢はほぼみられない。今回は最初から日本向けに作られている作品ばかりを選んだが,もしこれが日本あるいはアジア圏に顕著な傾向で,欧米ではことなるパターンが認められる場合,悪や敵という概念と想定されるプレイヤー層が本来持っている地毛の色が重ならないようにする,文化的な影響が働いている可能性も考えられそうだ。

 これらは現時点では筆者の推測の域を出ないので,また次回は新たな作品を加えて総括したい。ただ,こうした問いを発し,検証する機会を得るためには,まずは対象作品をきちんと洗い出しておかなければならない。この点も本稿がおこなっている下地づくりの目的のひとつである。

 以上,ゼロ年代の悪役令嬢たちとその登場作品について考察した。子連れやグループ内での仲間割れ,はては自分が悪役令嬢側に立つなど,展開の幅が格段に広がった10年だったと言えるのではないだろうか。次回は最終回,2010年以降の作品をまとめて紹介する。筆者のスケジュールの都合上,またしばらく間が空いてしまうが,ご関心がある向きはお付き合いいただければ幸いだ。
  • 関連タイトル:

    フルハウスキス2〜恋愛迷宮(ラブラビリンス)〜

  • 関連タイトル:

    ワンド オブ フォーチュン

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