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[CEDEC 2011]新しく面白いゲームを法律でバックアップ。「もっと知りたいソーシャルゲーム時代の特許について」
バンダイナムコゲームス特許部恩田明生氏 |
しかし,実際には特許は万能ではないし,特許さえとれば安心というものでもない。また「国際競争において特許戦略は必須」といった言葉にも,現実と乖離した部分があったりする。
CEDEC 2011,2日目の講演「もっと知りたいソーシャルゲーム時代の特許について」では,そんなゲームと特許の問題が語られた。講演はテクニカルな話題も含んだ実務的なものなので,ここでは概略を中心にお届けしたい。
そもそも特許って何?
まず,そもそも特許は役に立つのか? という根本的な問題が語られた。バンダイナムコゲームス法務部の恩田氏は,「ゲームがネットワークを利用するのが当たり前になって,特許申請には難しい問題が増えた。費用対効果として微妙,という局面も多い」と語る。しかし「それでも,特許を取るなら,今取りにいくべき」と指摘する。
とはいえ,まずもって「特許とは何か」という疑問がある。巷ではよく「著作権侵害」について語られるが,特許と著作権はどう違うのだろうか?
「著作権で守られる範囲に存在するゲーム要素は,『乗せ換える』ことが容易。でも特許で守られているゲームの仕組みとなると,簡単な『載せ換え』はできない」と恩田氏は言う。
実際に特許で守られるゲームの仕組みとして,氏は「パズルゲームのルール,タッチパネルの操作方法,コントローラーの操作方法や,テクスチャの表現方法,効率的なパケット通信の手法」などを挙げており,なるほどこれらの部分だけを「すげかえて」別のゲームを作るのは,新しくゲームを作る(あるいはゲームを実現する技術を開発する)のと同じくらい大変なことになる。
特許は万能ではない
「だからといって,とにかく特許を出すべき,とは言えない」と恩田氏は語る。理由としては,コスト的なものと,情報公開リスク的なものがある。
コスト的な理由は,文字通り費用の問題だ。特許で技術が守られる範囲は国レベルなので,他国でも権利を守ってもらうためには,その国の特許庁に特許を申請しなくてはならない。これは決して安くない費用になるので,そのゲームをサービスする予定のない国で特許を取るのは有効とはいえないのだ。特許は維持にもお金がかかるので,かかるコストは想像以上に大きくなる。
また情報公開リスク的な理由として,特許出願した技術は,必ず公開されるという問題がある。特許の出願にあたっては実施可能な方法が明示されていなくてはならず,出願された特許は公開されるため,特許が得られようが得られまいが情報として共有されてしまう。データマイニングの手法など,表から見えない技術については,下手に特許を取るよりもノウハウとして社内に蓄積したほうがいい場合があるということだ。
オンラインゲームと特許
ゲーム機の内側で処理が完結するスタンドアローンのゲームと比較し,オンラインゲームはサーバーと端末でそれぞれ違う処理が行われる。「特許を取得する際には,サーバーと端末の両方の処理を漏れなく・ダブリなく押さえておかないと,役に立たない特許を取得することになる」と恩田氏は指摘する。
また,ネットワーク技術は日々変化しており,その進化の速度は日進月歩という言葉がふさわしい。一方,特許の有効期限は20年。したがって,来るべき時代に対応できる特許であるかどうかも,特許の有効性を決める大きな要素となってくる。例えばクラウド技術に対応できない特許が,現代のネットワークビジネスにおいてそれほど大きなインパクトを持てないのは明らかだ。
オンラインゲームは,他社から特許侵害申請がなされ,それが通ってしまったときの被害が甚大であるというのも,もう一つの問題となる。
スタンドアローンのゲームであれば,特許侵害によって販売不可ということになっても,問題はそのゲームの内側に留まる。しかしオンラインゲームの場合は,最悪サービス停止になってしまう。プレイヤーが購入した課金アイテムを含む,すべてのデータとサービスが無駄になってしまう――ここで発生する阿鼻叫喚を想像するに,「サービス停止だけは絶対に回避しなくてはならない」という恩田氏の言葉には素直に首肯せざるをえないだろう。もちろん場合によっては権利使用料の支払いなどで,いわば「許してもらえる」こともあるが,「訴えられたとき,お金で解決できるのはラッキーケースでしかない」と恩田氏は語る。
最近のオンラインゲームの場合,サービスを行っている事業主と,サービスが実体として動いている国が違っていることがあるのも問題だ。例えば,アメリカの企業がアメリカでサービスしているオンラインゲームのサーバーはブラジルに置いてある,といった場合を想像してほしい。ここで,アメリカにおいてそのオンラインゲームが持っている特許を侵害する案件が持ち上がったとき,これはアメリカの特許法で守られるのだろうか?
現状では,事業主体がアメリカにあれば,たとえサーバーがブラジルにあっても,それはアメリカの特許で守られる,という判例がいくつか出ている。しかし,まだ判例の数としては少ない。
加えて,オンラインゲームの場合,サービスの行う事業主そのものを完全に海外に置くこともできる。それこそ,特許制度のない国にサービス窓口を置いても構わないし,それでも「世界展開」は可能だ。このような形で特許侵害が行われた場合,現行の特許システムでは特許侵害と戦うことはできない。「今のところここまで徹底したケースはないが,理論上ありうる」と恩田氏は述べた。
特許を巡る戦い
類似商品が多く,競争の激しい市場においては,他社との差別化の手段として特許が注目される。そうなれば必然的に特許の出願数は増えるし,それは国内外における特許係争の増加を招くだろう。大手と大手,大手とベンチャーといった構図で,特許を巡る訴訟は増えていくはずだと恩田氏は予測する。
また,ソーシャルゲームが世界的に儲かっている業種である,というのも,別の問題を惹起する。いわゆる「パテントトロール」の暗躍である。パテントトロールはとくに米国で活発だが,社会の動態やブームを観測し,今であればゲームとは関係のない特許を買っておいて,ヒットしたソーシャルゲームがあったら「そのゲームは,弊社が権利を保有している特許を侵害している」という訴訟を起こす団体だ。
アメリカではこの手の訴訟には弁護士費用が1千万,2千万という単位で必要になるため,パテントトロール側は「5千万程度での手打ち」を申し出てくる。そしてほとんどの企業にとって,その金額で紛争が解決できるのであれば,払って惜しくない金額となる(そもそも「お金で解決できるのはラッキーケース」なのだ)。かくしてパテントトロールはそうやって得た資金をもとに,さらなる訴訟に乗り出す。
パテントトロールは非常に厄介な存在だが,「いまパテントトロールたちは,ソーシャルゲームをロックオンしている」と恩田氏は語る。
パテントトロール問題以外にも,スマートフォンを巡る訴訟は全面戦争の様相を呈しているし,北米では韓国・台湾・中国企業の特許出願も急増している。ゲームおよびゲームプラットフォームに関する特許を巡る係争は,これからさらに激しくなると見込まれる。
新しく面白いゲームを,法律で支える
そしてまた,せっかく獲得した特許を有効に活用するためには,明確な経営戦略が欠かせない。少なくとも展開する先が海外か国内かが明確でなくては,また海外展開するならどの国で展開するのかが明らかでなくては,特許の取り損が生じるのは前述のとおりだ。
アメリカの大手ソーシャルゲームデベロッパー,具体的にはZyngaは「特許で訴訟になれば,訴訟相手の会社ごと買ってしまえばいい」と(半分冗談込みで)発言しているが,「これはある種究極の特許戦略」と恩田氏は評価する。
最後に恩田氏は,特許担当者として気を付けてきたことを下記のように整理した。
・スタンドアローンが前提の発明でも,ネットを活用できないか考える
・子供の頃に感じた,こういうものがあったらいいな,面白いのにな,という視点を忘れない
・新しいものはひと通り試してみる。体験もせずに評価しない
・他社の特許をよく研究する
・技術者に,開発中の技術を語ってもらえるようにする(多くの場合,技術者は口下手なので,優秀な営業マンとなる必要がある)
・会社の製品やサービス,技術研究の方向を理解する
特許の強さという点において,恩田氏は「もしMobwarsのEnergyシステムに特許が存在したら,恐ろしいことになっている」と指摘する。そして「ただ真似るのではなく,一工夫して真似る。これがゲーム業界の原動力。その一工夫を,特許で守るのだ」と語って講演を締めた。
個人的な感想だが,ゲーム会社の法務部というと,ゲームのことを全然分かっていない法律のプロが何やら高い給料をもらっている,といったイメージが強いように思う。しかし実際には,法務部ほど最新のゲームや,それをとりまく環境と技術について理解していなくてはならない部門もない。「新しいものはひと通り試してみる。体験もせずに,評価しない」という言葉は,「最新のインディーズゲームをちゃんとプレイしているか?」という元マイクロソフトのディレクターの問いかけにも通底する。
ゲーム開発が総力戦の様相を呈する今,「誰よりもゲームが好きなのだけれど,実際にゲームを作る技術はなくて」と思う法学部生の方々は,ゲーム会社の法務部という道も念頭に置かれてみてはいかがだろうか。
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