インタビュー
「リアル脱出ゲーム」はどのようにして生まれ,ヒットしたのか。企画会社SCRAP代表に聞く,ハマるゲームの作り方
脱出ゲームにハマる人々
4Gamer:
そこへ行くと,今回の最後のどんでん返しは,かなりの高い難度でしたよね。あの仕掛けはどうやって生まれたんでしょうか。
加藤氏:
最後を二段落ちにするあの案は,クレームが出ると思ってすごく迷ったんですが,結果的には好評だったみたいで,まあよかったかなと……。
4Gamer:
脱出はしたけど生き残らなかった人を,司会で最後にフォローされてましたよね。
加藤氏:
だって俺がその立場だったら恥ずかしいし,皆イヤかなぁって(笑)。
4Gamer:
ちなみに生存者の数ってどれくらいなんですか?
加藤氏:
5日間の公演であわせると20人くらいかな? 初日の公演は生存者0で,一番多かった回が14人。毎回1200人ほどのお客さんがいるので,生存率は6000分の20,約0.3%です。
4Gamer:
私が参加した回は50人が脱出に成功して,うち生存者は1人だけでしたが,14人も生還者がでた回は,脱出者はどれくらいいたんでしょうか。
加藤氏:
あれは土曜日の雨が降っていた回で……70人くらいいました。
4Gamer:
それは多いですね。しかも雨の日って,傘が邪魔になりますし,紙だってフニャフニャになって難しそうなのに。
加藤氏:
実は土曜日って,翌日が日曜日ということもあって人気があるんですけど,それゆえに一番ディープな回でもあるんです。ファンクラブの人が先行でチケットを押さえるので……。
4Gamer:
ああ,なるほど。つまり強者揃いの回だったわけですか!
加藤氏:
土曜日のあの日は,確か1200人のうち8〜9割がリピーターだったハズです。コスプレの人も少なかったですし,お祭りじゃなくて“勝負”だと思って来てた人が多かったんじゃないでしょうか(笑)。
司会のコツとは
オープニングとエンディングで参加者を盛り上げる加藤氏。司会のコツをうかがってみると,なんと「その場の勢い」だという。必ず言わなければいけない注意事項以外は,台本を書かずにその場で考えながら喋っているそうで,そのため初日の司会が一番“ロック”なんだとか。
初日公演は,難度の面で不利になる場合があるものの,加藤氏のロックな司会を聞いてみたいというひとは,あえて初日を選ぶのもオススメだ。
リハーサル。空っぽの客席に向かってマイクテストをする司会の加藤氏
4Gamer:
ちなみにリピーター率って,普通はどれくらいなんですか?
加藤氏:
新規のお客さんが半分くらいでしょうか。
4Gamer:
つまりリピーターの人が50%と。来た人のうち半分くらいがファンになってくれると考えると,かなり高い確率ですね。お客さんの層としてはどういう人達なんでしょう。女性率もかなり高いように感じるんですが。
加藤氏:
女性は6割くらいいますね。むしろ今回はエヴァとのコラボだったからか,珍しく男性が少し多くて,半々くらい。ゲーマーやアニメ好きの人ももちろんいますけど,どちらかというとそういう属性を持った人は少ない。それより「面白そうだから来てみた」という普通の人が多いです。
4Gamer:
なるほど。皆さん,どこでリアル脱出ゲームのことを知るんですかね?
加藤氏:
大部分はSCRAPのサイトとツイッターだと思うんですけど……。
4Gamer:
つまり口コミですか。
加藤氏:
ですね。宣伝費は基本使っていません。最近はちょっと大きくなってきたこともあって,せっかくだからポスター作りたい,せっかく作ったんだからどこかに貼ろうよ,ってことで多少はお金も使ってますけど(笑)。
ソロプレイは無理ゲー?
広い場所をめぐるタイプのリアル脱出ゲームでは,大勢でチームを組んだほうが有利なのは,先の記事でもお伝えしたとおり。そのため最近は「ソロプレイは無理ゲー」という意見も散見されるが,加藤氏はこれについて,判断はプレイヤーに委ねているという。
加藤氏「僕らが守る唯一のルールとして,1人では解けないゲームバランスには絶対にしません。その上で30人で軍隊みたいなチーム組んだっていいし,もちろん1人で参加したって構わない。『30人チームで20分で解けました!』というのが楽しいかどうかは人によりますし,手分けにするにあたって作戦を練るなら,ゲームはもうそこから始まっているわけですよね。だから僕らが作ったフレームの中でどう遊ぶかも含めて,お客さんが考えることなんですよ。」
開場前の受付。少人数から大人数まで,チームを組んだ参加者達が列を作って開場を待っている
スタッフのお仕事
4Gamer:
今回取材と言うことで,スタッフさん達とお話をする機会も多かったんですが,皆さん,ほとんどがボランティアなんですね。このスタッフさんの皆さんはどういった人達なんですか?
加藤氏:
みんな脱出ゲームのファンで,手伝ってくれているんです。大学生がサークルの延長みたいな感じでふらっと来たり,毎日18時に仕事が終わる社会人が会社の帰りに寄ってくれたりとか,いろいろですけど。でもみんな楽しそうですよ。サークルというか,文化祭みたいで。
4Gamer:
私がお邪魔したときも,皆さんすごく楽しそうなのが印象的でした。いい職場(?)だなあ,と。
加藤氏:
ずっとあんな感じですよ(笑)。
スタッフの一日
スタッフの一日の動きを追ってみよう。
開場前にはステージ上でオープニングとエンディングのリハーサルを実施。またスタッフはチームごとに分かれ,物販ブースの商品を並べたり,遊園地内の決まった場所にパネルを設置したり,お客さんに対応する練習をしたりする。
スタッフは全部で30人くらいいるが,毎日のように入れ替わっているため,こうした準備を毎日欠かすことができない。各チームごとにマニュアルが作られており,毎日気付いたことを書き足しつつ,次の人に引き継いでいく仕組みになっている。
ステージ上のスクリーンを操作するブース 物販ブースの準備中にPOPを書く 「高飛車」チーム初参加スタッフのため,練習をしているところ アスカに扮した女性スタッフ一同で記念写真を撮ってみたりも
イベントが終わった後は,手分けして園内のパネルを回収して楽屋にしまい,スタッフ全体ミーティングをおこなって各チームごとに気づいたことを報告し,今後の改善策などを相談する。
この日はナレーションの入るタイミングの微調整のほか,脱出成功者をホールへ誘導するための通路の鍵がなぜか閉まっていた(本来誰も閉めるはずのない鍵だったたため,使徒の攻撃ではないかとスタッフ間でまことしやかに囁かれていた)原因を確認する,といった内容が話し合われた。
加藤氏自ら片付けに参加。スタッフ皆でカードホルダーを束ねる作業 パネルの回収と片付け。台が長すぎてドアを通らない……
4Gamer:
ちょっとお話をうかがった感じでは,スタッフの皆さんはアナログゲームが結構お好きなようだったのですが,事務所でいろいろなゲームをプレイしたりするんですか?
加藤氏:
ボードゲーム好きは多いですね。スタッフになるくらい熱狂的な人には,リアル脱出ゲームをアナログゲームとしてとらえてる人が割と多い。「テレビゲームにはついていけなくなったけど,アナログゲームには年間20万円使います」って人とかも,ちょいちょいいますよ。だからみんな朝までずーっとゲームやってるんですよね。お金も賭けずに(笑)。
4Gamer:
ちなみに,今人気のゲームは何でしょうか?
加藤氏:
今はやっぱり「ドミニオン」が熱いですね。あとは「おばけキャッチ※」とか……2年前くらいは,夜な夜な「パンデミック※」をやってました。トランプを相変わらずやってる人もいるし。僕は今ボードゲーム仲間からはちょっと外れてるので……(事務所内のスタッフに向かって)ねえ,弊社では今何がはやってるの?
※ドミニオン:数々のボードゲーム賞を受賞したことで有名な,デッキ構築型カードゲーム。
※おばけキャッチ:立体のコマを使ったカルタふうの,反射神経を使うゲーム。
※パンデミック:ウイルスの爆発的流行を防ぐため,プレイヤーが協力するボードゲーム。
スタッフの皆さん:
「7Wonder!※」「わりと簡単にできるやつが多いですね」「ワードバスケット※とかごきぶりポーカー※とか」
※「7Wonder」:世界の七不思議がテーマで,大判のカードを使ったスピーディなゲーム。
※「ワードバスケット」:カードを使い,しりとり勝負で語彙と反射神経を競うゲーム。
※「ごきぶりポーカー」:はったりを駆使して虫カードを押し付け合う,人間性の出るカードゲーム。
加藤氏:
そうそう,昔「ごきぶりポーカー」がめちゃめちゃ流行ってた時期がありましたね。満員電車の中でやろうとして,4人でぎゅっと寄り添ってプレイしたことも。今となっては,なんであんなに熱狂したのか分からないですけど(笑)。2回連続負けると罰ゲームというハウスルールがあって,そうすると1回負けた奴を全員が狙うじゃないですか。そこが逆に戦略になってきてね。
4Gamer:
あのゲームって性格が出るから,よく知ってる人とやると読み合いが熱いですよね。
加藤氏:
面白いよね。長いことやると傾向と対策も出てくるし。さらに……いや,ごきぶりポーカーはいいんですけど(笑)。
すみません,話がそれました。そろそろまとめに入りたいと思うんですが,その前にリアル脱出ゲームの今後についてお聞きしておきたいと。まずは先日発表された「宇宙兄弟」とのコラボ企画「月面基地からの脱出」がありますね。
加藤氏:
そうです。全国ツアーで,またカイブツさんと組んでやります。
4Gamer:
ポスターには「酸素残り1時間」とありますが,これはつまり脱出できないと空気がなくなってしまうという?
加藤氏:
そうですね,やはり死んでいただこうかと(笑)。あとは月面基地という舞台なので,その感じをどうやって出すか,かな。
それとコーエーテクモさんとコラボした「終わらない合戦からの脱出」も12月末にありますね。あと,先日上海公演を成功させたとお聞きしましたが,今後も海外での公演は予定されているんですか。
加藤氏:
うーん,本当はどんどんやりたいですけど,海外で興業公演を打つのってなかなかハードルが高いんですよ。なにより向こうにパートナー企業がいないと,僕が現地法人を作らなきゃいけなくて。なので,この記事を読んでSCRAPと一緒に海外公演にチャレンジしてみたい企業さんがいらっしゃったら,ぜひご一報いただきたいと。
4Gamer:
分かりました。では最後に,リアル脱出ゲームの作り側として,やっていてよかったと思うことはありますか?
加藤氏:
そうですね……「人狼村からの脱出」のときに,堀井雄二さんがプレイヤーとして来てくれたのは,やってて良かったと思いましたね。ドラクエが今僕がゲームを作っている原点みたいなものですから,握手までしてもらえて,すごく嬉しかったですね。
4Gamer:
ああ,それは嬉しいですね。逆に苦労していることはあるでしょうか。
加藤氏:
苦労するのは安全面ですね。やっぱり自由度が高いゲームですから,突拍子もないことやる人ってのは,どうしても出てきます。とにかく事故は恐いから,そこはもう細心の注意を払ってやってます。
4Gamer:
1200人も参加者がいると,そういった気苦労は多そうですね。
加藤氏:
今回も「高飛車」のチェックポイントで渋滞ができてしまって,スタッフが「なんとなく来た人は,まだ意味ないから並ばないで」とか叫んでいたでしょう? 本当を言えば,ああいうのもやりたくはないんです。何も言わず立っているスタッフに,ベロを出すとカードが渡されるみたいな,さりげない形が理想だと思っていて。でも,これだけ参加者がいるとそうもいっていられない。
高飛車チームの苦労
傘の中でベロを出すチェックポイント「高飛車」。ここは本来はスタッフ6名で待機する予定だったのだが,筆者が参加した日は,急に欠員が出たため,5名でのシフトとなった。
さらに初スタッフ参加で慣れていない人がいたことと,「イチジク隠せ」の謎が解けていないにもかかわらず「人が集まっているのでとりあえず」並んでしまった参加者が多かったことで,ゲームの終盤の時間帯にはかなりの行列となってしまった。
謎が解けない人と解けた人が混ざりあい,大混雑となった終盤の「高飛車」周辺
4Gamer:
なまじ自由度が高いゲームだけに,締めるべきところは締めていかないと。
加藤氏:
まあでも,そういった苦労はあっても,やっぱり楽しさのほうが上回っています。みんなで文化祭のようにワーワーやって,できあがったものを,お客さんが目の前で楽しんでくれる。いい仕事だと思いますね。
石井氏:
僕も,デザインの仕事をしてて,そういう直接反応が帰ってくるような経験って,これまでなかったので,今回はすごく新鮮でした。誰も解けなかったらどうしようってドキドキする感じとか(笑)。
4Gamer:
はい。あとこれは,ちょっと夢のない話になってしますんですが……ぶっちゃけリアル脱出ゲームって儲かるんですか?
加藤氏:
収支の大部分は,ほぼデザイン費に取られてしまう感じで,正直あまり儲かりません(笑)。まあ社員が7人ですので,その7人が細々と食べてくような感じですよ。
4Gamer:
これだけお客さんがたくさん来て,毎月イベントをやっていてもそんなものですか?
加藤氏:
いやあ,これでもしものすごく儲かるんだったら,今頃ものすごい量の対抗馬が出てると思うんですよ。それがないところをみると,やっぱり各社さんとも割に合わないことが分かっているんじゃないかと(笑)。この現状がすべてを物語っているんじゃないでしょうか。でも僕らがのびのび暮らしていく分くらいは,なんとか稼げてるので。
4Gamer:
何より,やっていて楽しいのが一番だと。
加藤氏:
楽しいですね。でもリアル脱出ゲームがきっかけで,色々な分野で仕事がくるようになったというのはあります。「Google Puzzle」のキャンペーン(※)とかね。そっちはちゃんと儲けが出ていますし,いろいろやれるので,やっぱり楽しいですね。
※Google Puzzle:Googleが公開しているWeb上で楽しめるパズルゲーム。SCRAPが制作に協力しており,HTML5やCSS3といった最新テクノロジーを駆使した難解パズルが楽しめる。
4Gamer:
はい。今後もジャンルを超えた活動に期待させていただきます。本日はありがとうございました。
今回の取材を通して一番驚いたのは,インタビュー中でも話題に挙がったとおり,非ゲーマー層,とりわけ女性の参加者が多いということだ。デジタルゲームが成熟と共に複雑化し,プレイヤーを選ぶものになりつつある中で,これだけプリミティブなゲームの楽しさを保ちながら,しかも幅広い層に受け入れられているリアル脱出ゲームは,この頃いまいち元気のないデジタルゲームの側から見ると,ちょっとばかり眩しく感じられる。
Flashで作られたシンプルなコマンド式アドベンチャーゲームの中に,世代を超えたゲーム体験の可能性を見たという加藤氏。その見識が正しかったかどうかは,現在における脱出ゲームの成功が証明してくれているはずだ。やり方次第でゲームの可能性はまだまだ残されているのだなと,少し胸をなで下ろした次第である。
なおインタビュー中にも出てきたとおり,2011年12月22日からスタートする「終わらない戦国からの脱出」や4月から全国ツアーが予定されている「月面基地からの脱出」など,SCRAPは今後も精力的な活動が予定されている。東京・新宿では常設型リアル脱出ゲーム「アジト オブ スクラップ」も営業中なので,前回と今回の記事でリアル脱出ゲーム興味を持った人は,ぜひ一度体験してみてほしい。きっとその魅力の虜になるはずだ。
リアル脱出ゲームのヒットをきっかけに,活躍の舞台をますます広げる両氏とSCRAPの活動に期待しよう。
「リアル脱出ゲーム」公式サイト
――2011年11月8日収録
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リアル脱出ゲーム
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