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[CEDEC 2012]メイキングオブ「Agni’s Philosophy」。スクエニの次世代ゲームエンジン「Luminous Studio」を使った技術デモ,その開発秘話
そして同社はE3 2012のタイミングで,Luminous Studioによる最初の成果物となるリアルタイム技術デモ「Agni's Philosophy - FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO」(以下,Agni's Philosophy)を公開している(関連記事)。
CEDEC 2012の初日に開催されたセッション「メイキングオブ『Agni's Philosophy - FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO』-リアルタイムCG映像の未来」は,そんなAgni's Philosophyの開発秘話を語るものだった。
Agni's Philosophyとは?
Agni's Philosophy(アグニズフィロソフィー)は,スクウェア・エニックスを代表するシリーズであるファイナルファンタジーのイメージを継承しつつ,「現在のリアルタイムレンダリングにできることの最高峰」を目標に掲げて立ち上げられたプロジェクトの名前だ。
ゲーム業界の中でも,自社で,専任のオフラインレンダリング部門を有するスタジオは日本では数えるほどしかなく,この目標設定は「スクウェア・エニックスならでは」といえるかもしれない。
さて,Visual WorksはAgni's Philosophyプロジェクトにおいて,「これが最終的にリアルタイムレンダリングになる」ということをほとんど気にせず,これまで同部が取り組んできた制作スタイルのまま,プリレンダ版の制作に取り組んでいったそうだ。
Visual Worksが制作したプリレンダ作品としてのAgni's Philosophyをリアルタイムレンダリングに実装するにあたっての開発チームは,それほど規模が大きくはない。なぜかというと,Visual Worksが制作したコンテンツをリアルタイムに持っていくためのフレームワークやワークフローの整備と関連した基礎技術開発をあらかじめ行っていたためだ。
Visual Worksによるプリレンダ版の作成
Visual Worksでは,決定したストーリーやコンセプトにしたがって,コンセプトアート――キャラクターデザインも含む――を制作している。
Visual Works側では,Agni's Philosophyへ取り組むにあたって,それこそ新作の大作タイトル向けムービーを1本作るくらいの工数とコストをかけている。たとえば,主人公である女性魔道士「Agni」のヘアスタイルは,プロのヘアメイクアーティストが独特なヘアスタイルを創造して,これをモチーフにしてモデリングしたりしているとのこと。また,顔面の造形においても,デザイン画の雰囲気に似た役者達の顔を3Dスキャンして,その顔パーツを合成して1人のキャラクターを仕上げるといったことが行われているという。
上の工程を経て作成された,最終的なAgniのヘアスタイルがこちらだ |
各キャラクターの顔面は実在する人間の顔パーツを組み合わせて構築された |
Luminous Studioでは,レンダリングエンジンで物理ベースレンダリングにこだわっている。現実世界のライティング条件と,CG空間内でのライティング条件を合わせたときに,同じように見える工夫をして,素材テクスチャを取得・作成しているのだそうだ。
背景もコンセプトアートからパイロット版を制作し,それを基にアセットを制作するという本格的な制作スタイルがとられている。現在公開されている映像ではカメラ位置が固定されているため,パッと見,ただの一枚絵のように見える背景だが,実は膨大なジオメトリによって構築されているのである。
小道具類も,ほとんどゲーム1本分の制作コストがかかっているのではないかと思えるほど手が込んでいる。
紹介された事例があまりにも多かったのでここですべてを紹介することはしないが,たとえば武器類だと,パーツ単位でモデルを制作し,それを組み替えることでバリエーションを与えている。映像中,それほど活躍の場がないモブキャラの脇役達だが,その銃が一つ一つ異なっていたとは……。
モーションキャプチャにあたっては,顔面の演技と身体の演技を同時に取得する,いわゆる「パフォーマンスキャプチャ」で行っているとのこと。これは映画の制作スタイルと同じだ。
さらに「そこまでやるか」と言いたくなってしまったのは,後半に登場するケルベロスの動きについてだ。実はこれ,大型犬のジャーマンシェパードを実際に連れてきて,その演技をキャプチャしているというのである。本作中,ケルベロスが身震いしながらトラックを降りるシーンがあるが,これは実際にこの犬が行った演技なのであった。
大まかな光源配置を行ったあとのライティングは,Autodeskの「Maya」とリンクさせたLuminous Studio上で,リアルタイムレンダリングの結果を見ながら調整を行っているとのこと。このあたりは,Visual Worksによるプリレンダの作業と,リアルタイムレンダリングによる技術デモ制作が若干クロスした作業工程になっていたようだ。
プリレンダ版からリアルタイム版へ
Visual Worksが制作したプリレンダ版をリアルタイム版へ“変換”するにあたっては,Agni's Philosophyのプロジェクトが立ち上がるずいぶん前から,Luminous Studioの開発チーム側で,事前準備となる基礎研究を行っていたという。
これは,物理ベースレンダリングのノウハウ構築にもなっていたそうだ。このあたりの詳細な内容は,2011年に行われたスクウェア・エニックス オープンカンファレンスのセッション「リアルタイム用フォトリアル背景モデル作成講座」で語られているため,本稿では省略する。
こうした基礎研究の末,Luminous Studio開発チームは「プリレンダ版→リアルタイム版」の各要素のコンバート手法に関する基礎技術を確立させている。
下に示したスライドは,現在のLuminous Studioでプリレンダ版グラフィックスとリアルタイム版グラフィックスの各要素がそれぞれどのような対応になっているかを表したものだ。
「リフレクション」が「不一致」となっているのに気づいたと思うが,このリフレクションというのは,鏡面反射による映り込みのこと。プリレンダ版のレンダリングにはレイトレーシングを使用しているため,映り込みのような表現が自発的に出来てしまうのだが,リアルタイムレンダリングではそうはいかない。この部分をプリレンダ版に近づけるためには,リアルタイムに環境マップをレンダリングして適用するような,特別な処理系を実装する必要がある。
ちなみにリフレクションに対しては,ほかのゲームエンジンでもよく見られるような「ある一定領域に他者オブジェクトが入って来たら,環境マップを生成する」という設定を与えることで対処しているそうだ。
なお,Visual Worksで制作したプリレンダ向けの各種コンテンツは,リアルタイムレンダリングへ持っていくときに,双方のチームで取り扱いやすいDCCツールであるMaya用のデータにしている。Luminous Studio側では,Visual Worksが出力してきたMaya用のデータを,いかにしてそのままリアルタイムレンダリングへ持っていくかの技術開発に取り組んだそうだ。
その結果,前述したような,Mayaでの操作や調整内容がリアルタイムにLuminous Studioで確認できる,両者がリンクするシステムの構築に成功したというわけである。
2012年もオープンカンファレンスを実施
その後,橋本氏によるAgni's Philosophyにおけるリアルタイムレンダリング特有の技術デモンストレーションが行われたが,これはSIGGRAPH 2012の内容とオーバーラップするので,本稿では割愛する。SIGGRAPH 2012のレポートは追って掲載するので,もう少々待ってもらえれば幸いだ。
1つは,2012年もスクウェア・エニックスのLuminous Studio開発チームが開発した技術を広く業界に開示するためのイベント「オープンカンファレンス」が開催されるというものだ。申し込みはオープンカンファレンス公式ページから,9月12日の正午より可能になる予定。完全無料で誰でも参加できるが,受け付けは先着順で,定員に達し次第,参加募集は締め切られるので,申し込み開始日時を憶えておくといいだろう。
また,これは予告というわけではないが,今回のセッション中に岩田氏が「いずれ皆さんのPCでAgni's Philosophyを動かしてもらえる機会が来たらいいなと思っている」という発言を行い,それに対して橋本氏が「そうですねぇ」と受け答えるやりとりがあったことも報告しておこう。
現在,Agni's PhilosophyはハイスペックなGPUを搭載したWindows PC上で動いているため,技術デモやベンチマークソフト的な形で提供されれば,ゲーム業界はもとより,PC業界全体にも大きな影響を与えるに違いない。その日が来ることを期待したいところだ。
Agni's Philosophy公式Webサイト
CEDEC 2012公式Webサイト
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