業界動向
Access Accepted第605回:Steamの「人気の近日中リリース」悪用問題から考えるディスカバラビリティ問題
年間で1万本近い新作がリリースされる最近の欧米ゲーム市場では,自分達の作品の存在をいかにユーザーに認知させるかという「ディスカバラビリティ」の問題がしばしば議論されている。そんな折,「Steam」の設定を意図的に操作することで,「人気の近日中リリース」リストに特定のソフトが存在し続けるという状況が確認され,Steamを運営するValveは対応に追われているようだ。果たして,ディスカバラビリティの問題に解決策はあるのだろうか。
露わになってきたディスカバラビリティ問題
年間で1万本近い新作がリリースされる最近の欧米ゲーム市場では,自分達の作品の存在をいかにユーザーに認知させるかという「ディスカバラビリティ」の問題がしばしば議論されている。
「ディスカバラビリティ」というのは,端的に言うと“見つけやすさ”のこと。日本ではまだ聞き慣れないかもしれないが,2014年9月29日に掲載した本連載の第436回「デジタル配信時代に求められる“ディスカバラビリティ”」でも詳しく説明しているように,商品の数やサービスの形態が増えるごとに複雑化するオンラインショップで,売りたいものをどうやって消費者に見つけてもらうかはメーカーにとって死活問題なのだ。過去,さまざまなサイトで対策が講じられてきた歴史があるが,決定打といえるほどの解決策はない。
さて,PCゲームのオンライン販売で独占に近いトラフィックを誇るサービスといえば,我々が日頃愛用しているValveの「Steam」だろう。2018年には新たなサーバーの導入により,2.7PB(ペタバイト)におよぶストレージを追加し,1日平均4700万人というユーザーのさまざまな要望に対応している。「Fortnite」や「Apex Legends」といった人気タイトルはSteamを使っておらず,そうした例が増えてきつつあるとはいえ,それでもなお,PCゲーマーがSteamをまったく利用せずにいることは難しい。
2019年3月5日,そんなSteamにある問題点を指摘する人物が現れた。イギリスのパブリッシャ,No More Robotsを率いるマイク・ローズ(Mike Rose)氏が,「Hypnospace Outlaw」という新作を発売するにあたり,Steamの「近日中リリース」ページで選択できる「人気の近日中リリース」リストが悪用されていると自身のTwitterで訴えたのだ。これが,開発者やユーザーを巻き込んで大きな議論に発展した。
「人気の近日中リリース」は,Steamのバックエンドサーバーが,必要数の「ウィッシュリスト入り」が確認でき,さらにリリース予定日が近づいている新作ソフトを自動的にピックアップして,それをリストアップするシステムだ。
ローズ氏によれば,問題は開発者がバックエンドに書き込んだ発売日情報が,ユーザーがSteam上で確認できるものとは異なる点だという。さまざまな理由により,発売日は決定しているものの変更の可能性があったり,すぐには公表したくなかったりすることもあるはずで,それに対応したシステムになっているのだろう。
その仕掛けを意図的に操作し,バックエンドのデータを頻繁に書き換えることで「人気の近日中リリース」にリストアップされ続けるタイトルがあり,それらによって自分達のゲームのディスカバラビリティが低下して不利益を被っていると主張しているのだ。
故意か,ミスか。 「人気の近日中リリース」の悪用問題
ローズ氏はTwitterで説明を続ける中,その具体例としてEugen Systemsのストラテジーゲーム「Steel Division 2」を挙げた。ストアぺージには4月4日発売と掲載されているが,バックエンドでは3月5日に設定されており,発売日が近いと判断されたため,「人気の近日中リリース」にリストアップされたという。
Eugen Systemはこのことについて公式Twitterで説明しており,彼らは以前から発売日を正しく設定をしており,なぜこういうことが起きたのかSteamに問い合わせていると述べている。
ローズ氏はその説明を受け入れたようだが,このシステムを悪用するのが簡単なのは明らかだろう。Steamには「Coming Soon」(もうすぐ)とか「When it’s done」(完成時にリリース)といった,あいまいな発売予定日しか掲載されていない新作が少なくないが,それにもかかわらず「人気の近日中リリース」にリストアップされる作品は,バックエンドの情報を操作していると見られても仕方ないかもしれない。
「Steel Division 2」のほか,ローズ氏が指摘したのが,イタリアのPlayWayがパブリッシングを行うシミュレーション「Cooking Simulator」だった。こちらは,ストアページに「Coming Soon」と掲載されているが,ローズ氏によると1か月間で4回も「人気の近日中リリース」にリストアップされたという。
これに対して,今のところPlayWayからの反論はないようだが,Steam情報をフォローする「Today on Steam」というTwitterアカウントを見ると,ゲームが「発売」となっても発売されず,すぐに「近日中リリース」に戻ってまた同じことを繰り返す,という例が少なからず存在することは確認できる。
この指摘についてローズ氏は,発売が迫る「Hypnospace Outlaw」が,一向にリストのトップに表示されないことに不満を募らせた結果の“わがままな意見”だと語っているが,興味深いことに,ローズ氏の書き込みにValveの担当者の1人であるトム・ジアルディーノ(Tom Giardino)氏が反応しているのだ。
ジアルディーノ氏は,「なんて良いタイミングなんでしょう。ちょうど昨日の会議で取り上げられた話題で,あなたが不満に思っておられるように,我々も不満に感じています。しかし,最も重要なことは,開発者(やメーカー)が発売予定日を自分の意思で決められる仕組みであり,(改善するにしても)それを損なわない形にしなければなりません」と書かれており,今のところ抜本的な改善案はないようだ。
こうした議論が,外部から見られる形で積極的に行われている点は面白いのだが,1つだけ言えるのは,「人気の近日中リリース」は今のところ,開発者やユーザーにとって“使えない”情報であるということだ。
脱Steamか,Steamの進化を待つべきか
ショップでのパッケージ販売がメインだった頃のPCゲームは,新作が6週間もすれば棚の隅に追いやられるか,あるいはワゴンに投げ込まれて消えていくしかなかった。それに対してSteamのデジタル配信サービスは,「無限に保存できる専用スペース」を仮想空間に作り出すことによって半永久的な販売を可能にし,実店舗だった頃とは比べものにならないほど多くのゲーム開発者や消費者に利益を与えてきた。
しかし,とくにインディーズゲームの盛り上がりによって年間何千本もの新作が市場に登場するようになった現在,そのゲームが存在することをいかにして認知させるかというディスカバラビリティの問題に直面するようになった。
ショップのデザインを変更すれば解決するという意見もあったし,Valveも以前は「作品が多過ぎるゲーム市場など存在しない(つまり,いくらあってもいい)」と豪語していたりしたのだが,さすがにここまで作品数が増えると,開発費を回収できないまま,開発者やメーカーが業界から去っていくということも起こっている。
ちなみに,2010年にSteamでリリースされた新作は314本だったが,2014年には1812本になり,それ以降,急激に伸び始めて,2017年には7696本,2018年には9102本という数の新作がSteamに投入された。Steamは現在,3万本を優に超えるライブラリーを誇るまでになっており,この中から,好みのタイトルを見つけ出すのは至難の業だろう。
そんな状況の中で登場したのがEpic Gamesの「Epic Games Store」だ。Steamが30%の販売手数料を徴収する(と,言われている)のに対し,Epic Games Storeはそれを12%に下げてパブリッシャやデベロッパにアピールしているのだが,それ以上にありがたいのが,来るもの拒まず式のSteamに対して,Epic Games Storeが「ライブラリーを厳選する」と語っていることだろう。
サービスインしたばかりの現在,確かにEpic Games Storeのトップページは見やすく洗練されており,ゲームを見つけやすい。そのためか,参入を表明するパブリッシャも増えている。
もちろん,Valveもディスカバラビリティ問題について手を打っていないわけでなく,2019年の初頭には,ストアページのデザインやおすすめタイトルなどを,ユーザーの嗜好に合わせてカスタマイズする,機械学習を利用した新たなアルゴリズムを開発中だと述べている。
これに加えて,Steam TVを柱とするブロードキャスティングや,キュレーションシステムの向上も続けて行っていくとのことなので,今後の進化を見守っていきたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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