セッションタイトル
「Rules of Engagement: Blizzard's Approach to Multiplayer Game Design」にある“Rules of Engagement”とは,軍事用語で「交戦規定」と和訳されることが多い。これは,軍隊がいかなる状況でいかなる武器を使うべきかを定めたもので,このセッションでは,アクションRPG
「Diablo」,RTS
「StarCraft」,そして同じくRTSの「
Warcraft III」(以下,WC3)など,マルチプレイゲームの歴史におけるマイルストーンを世に送り出してきたデベロッパ,Blizzard Entertainmentによる「マルチプレイゲームの作り方」が,交戦規定つまりルールとして明らかにされるというわけだ。
Rob Pardo氏
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むろん残念ながら,これさえ守っていれば大ヒット間違いなしのタイトルがあなたにも作れる,というルールがあるわけではない(あったらいいのに)。Blizzardも過去に数多くの失敗から学び,地道な修正を繰り返すことで現在の地位を築いており,その経験と獲得したTipsを紹介しようというわけである。
スピーカーの
Rob Pardo氏はBlizzardの副社長で,MMORPG「
World of Warcraft」(WoW)のリードデザインなども担当してきた人物。2006年にはTime誌によって「最も影響力のある100人」の一人にも選ばれている。これはつまりRob氏が「明日からWoWは学園ファンタジーにする」と決断すると,世界の数百万人のプレイヤーがビックリする,ということだろう。違うかもしれないが。というわけで,セッションの様子をかいつまんでお伝えしよう。
まずマルチプレイから考えよう
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ちょっと前のように「マルチプレイはシングルプレイのおまけ」的な発想でタイトルを制作してしまうと,必ず失敗するとPardo氏は語る。いくらシングル部分がよく出来ているゲームでも,マルチプレイタイトルを作りたいならマルチプレイ専用にしたほうがいいとアドバイスする。ただ,Blizzardのあのタイトルにはシングルモードもあったけどなぁ,という突っ込みを私に入れられても困る。注目の最新作「
StarCraft II」も,マルチプレイ専用タイトルを指向しているとのことだ。
そんなマルチプレイゲームだが,ジャンルとしては大きく「PvP」(顔文字ではなく,Person versus Person。対人戦のこと)と,「Co-op」(Co-Operativeの略。協力プレイのこと)に分けられる。それぞれ,ターゲットとなるプレイヤー層がかなり違うので,まずそれを正確に決めることが必要だ。
そこで,PvPに求められるのは次の三つ。
・全員が同じ条件で戦えるゲームバランス
・スキルが高くなればそれなりに強くなるという違いが明確であること
・そのスキルの高さを正確に反映するラダーシステム
一方,Co-opに求められるのは次の二つ。
・プレイヤー同士の連絡が取りやすいチャット/通信システム
・さまざまな特技を持ったクラスの面白さ
40人の部下を率いるレイドリーダーの連絡方法がE-Mailしかなかったり,全員が同じクラスでは,なんだかなあ,なのである。
PvPとCo-opの違いはこんなとこ
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政治をテーマにしたマルチプレイゲームも楽しいかもしれない
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BlizzardはもっぱらPvP系のタイトルを手がけてきたので,以下はPvPを中心とした話が続くのだが,PvPは必ずしも戦闘を描いたものとは限らないとPardo氏は言う。例えばWorld of Warcraftにはアイテムの売買をするオークション機能があるが,これは経済をテーマにしたPvPとも呼べる。また,政治家に投票するような政治PvPも考えられるし,オンラインレーシングなどはプレイヤー同士の直接のコンタクトではなく,タイムや距離を通じて競い合うPvPである。オンラインデートゲームが出来れば,デートの相手を奪い合うPvPになるだろう。いずれも戦闘によって人が死ぬことのない(もしかするとデートゲームでケンカになると命が危ないかもしれないとPardo氏。がっはっは)PvPなのだ。
高いスキルのプレイヤーがちゃんと勝つのが正しいバランス。ビギナーにはしばらくは泣いてもらわなければならない
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ちょっと脱線した。Blizzardのタイトルでいえば,WC3がグループPvPをメインとしており,すべてのクラスが参加しての戦闘が楽しめるのに対し,StarCraftはまったく違う種族が戦うことがテーマだ。ある種族にはマザーシップがあるが,別の種族にはないといった具合に,その違いはわざと大きく作ってある。だが,PvPに求められる基本に則り,どこかの種族が一方的に強いような設定ではない。また,どちらもスキルの高いプレイヤーが必ず勝つようなバランスで,初心者にはちょっと辛いかもしれないことは認識しているが,それもまたマルチプレイゲーム制作において重要な点なのだ。
あまりにもさまざまな条件付けが可能なマッチメイクシステムは,結局対戦相手が見つからないということに |
派手なエフェクトは楽しいが,ゲームがやりにくくなる可能性も高くなる |
とはいえゲームバランスの問題はやはり難しい。これに「正解」というものは恐らく存在せず,Pardo氏はこのGDC08に参加する直前まで,本社でWC3のバランシングミーティングに参加していたという。5年以上も前に発売されたタイトルのバランス取りを,今でも続ける必要があるわけで,そこがまたマルチプレイの難しいところだと語る。
多くのシングルプレイのゲームが3か月から6か月ほどで製品寿命を迎えるのに対し,マルチプレイのメーカーは何年もサポートし続けることをコミットしなけらばならないのだ。技術の進歩に合わせてパッチを計画的にリリースしなければならないし,チートコードを使うようなプレイヤーは必ずBANしなけらばならない。
こういうマップでは,中央で戦いが発生するだろうと思っていたら,お互いにすれ違って敵陣に乗り込み,NPCを倒すという戦略がメインになった。メーカーの思うようにプレイヤーは動かない
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「とはいえ,パニックを起こすことはありません」とPardo氏はフォローする。プレイヤーは絶対にメーカーの思う通りにはいかないのだ。バランス調整に失敗して「必勝の戦術」らしきものを作られてしまっても,必ずどこからかカウンター戦術が編み出されるなど,プレイヤーはメーカーの上手をいくことがしばしばあるのだ。以上の話から,マルチプレイの難しさを知ったうえでプレイヤーを信頼する楽観を持っていることが,Blizzardをここまで成功させてきたのではないかと思ったりなんかした筆者なのである。
さらにユーザーインタフェースのあり方,ラダーシステムのコツ,e-Sportsの種目に入れてもらうにはどういうフィーチャーが必要かなどなど,Pardo氏のレクチャーは豊富なトピックを扱いつつ,失敗例にせよ成功例にせよ,必ず「私が体験したところでは……」という枕が付くなど,経験の深さもさすがという感じ。話題が細かくなりすぎるのでこのへんにするが,語り口もユーモラスであり,マルチプレイゲームの開発者にとって一見の価値あるレクチャーだったことは間違いないだろう。なにしろ,私もなんだかマルチプレイゲームが作れそうな気になってきたくらいなのである。30分で我に返ったが。