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[CEDEC 2019]無数のアイデアをもとに,チーム全員が納得できるアイデアを生み出す手法とは。小規模チームのアイデア絞り込みメソッド
できれば「三人寄れば文殊の知恵」を実現したいのが人情というもの。というわけで,CEDEC 2019で神奈川工科大学の中村隆之准教授が行った講演「チームの力でアイデアを絞り込む! メンバーが納得できる最適なアイデアを選ぶだけでなく,チームの団結力も高めるアイデア絞り込み手法」と題された講演をレポートしよう。長いタイトルだが,そのタイトルが示すとおりの講演だった。
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アイデアを絞り込むことの難しさ
だが。まさにこの「もじぴったん」を作っているときに,当時の中村Pは重大な問題に遭遇した。それは「PSP版を世に出すにあたり,ゲームのタイトルをどうするか」というものだった。
そこで中村Pは,スタッフを集めてブレインストーミングを行った。ブレストは総じて楽しい雰囲気で進み,さまざまなアイデアが出されたあと,投票で「もじぴったん大辞典」というタイトルに決まった。
だがその後,中村Pはブレストに参加したメンバーから「そのタイトルでは納得がいかない」という猛抗議を受けてしまう。ほとんど喧嘩腰と言ってもよいその抗議は,落ち着いて聞いてみると,「そのままでは,どんなゲームなのか分からない」という,とても的を得た指摘だったという。
かくして中村Pはタイトルを再考し,最終的にPSP版は「ことばのパズル もじぴったん大辞典」に決まった。「ことばのパズル」という文言を加えることで,「どんなゲームなのか」をタイトルに含めたわけだ。
この経験は,2つの教訓を中村Pに残した。
1つは「アイデアの中から1つのアイデアを選んだとしても,それがベストだとは限らない」ということ。選ばれたアイデアには,改良の余地があるかもしれないのだ。
2つめは「多数決ないしリーダーの独断で決めると,チームに不満を残すことがある」ということ。例えば得票率30%のアイデアであれば,チームの70%はそのアイデアに不満を持っていることになる。
つまり,アイデアを捻出することも大変なのだが,「アイデアを絞り込む」(かつアイデアを出してくれたチームを満足させる)のもまた大変だということだ。
「アイデアを出す」という方向性ではさまざまなメソッドが開発されており(上記のブレインストーミングはその典型),中村准教授が2014年のCEDECで発表した「EMSフレームワーク」(空欄に言葉を埋めるだけでゲームのアイデアが作れる仕組み)といったものを利用すると,少人数のメンバーでも膨大な数のアイデアが出てくる――ないし,出てきてしまう。
ブレインストーミングで高揚したムードを無にしないために
こうして,今度は「アイデアを絞り込むメソッド」が必要となってくる。
ゲームのタイトルなら,採用できるタイトルは1つだけなのだから,絞り込みは必須だ。また,提示されたアイデアをひとつひとつすべて検証していけば,理論上は絞り込みが可能になるが,それをするには発生するアイデアの数が膨大すぎる場合がある。
しかし,なんの策もなく「アイデアを絞り込む」と,デメリットが発生し得る。
例えばブレストでアイデア出しをした場合,ブレストという行為が楽しくまた高揚するものであればあるほど,結果的に「最後はリーダーが独断で決めました」とか「多数決で決まり,少数派の意見は反映されませんでした」とかいうことになり,落胆も大きい。その結果,せっかくブレストでチームの雰囲気が良くなったのに,残ったのは不満だけということにもなりかねない。
とはいえ,この問題は既知の問題であり,すでにさまざまな「アイデアの絞り込み方」が提案されている。中村准教授はその例として,以下の3種類を提示した。
(1)多重投票:
1人が複数票を持って投票する。これは比較的よく採用される方法だが,最終的には意思決定者が「これ」と決める必要がある。
(2)ペイオフマトリクス:
出されたアイデアを,例えば「効果」と「費用」といった軸で評価し,マトリクス上にマッピングする。良い方法に思えるが,現実的には評価軸が2軸ですむことはまずない。
(3)KJ法:
アイデア間の関係性を見出していく手法。うまくいくこともあるが,例えば商品名のように非論理的に複数提示されるアイデアを絞り込むのには向かない。
これに対して中村准教授の提案する方法は,Design SprintとIDEAVoteと呼ばれる手法の「いいとこどり」であるという。
そしてこの方法なら,
(1)アイデア絞り込みのプロセスでチームの力を活かせる
(2)アイデアの質を高める(これはブレスト本来の目的でもある)
(3)チームの団結力を高める
と,実に良いことずくめな結果が得られるという。果たして,そんな都合の良い話はあるのだろうか?
実際の手順
中村准教授が提示した手法は,6つのステップからなる。以下に列挙しよう。
(1)多重投票
1人あたり3票程度を有する多重投票で,提示されたアイデアに対して投票する。投票の際に名前の頭文字を書くなど,記名式の投票のほうが良いことが多い。記名投票である理由はステップ(3)に依存。
なお「自分がどれに投票したか」を忘れないでいられるなら,無記名投票でも問題ない。
(2)選別
1票も入っていないアイデアを捨てる。
これによって一気に絞り込みを行うことが可能となる。
(3)投票の理由を共有
1票でも入ったアイデアについて,票を投じた人が「なぜ良いと思ったのか」を説明する。当然ながらそれなりに時間がかかるし,「ただなんとなく」での投票もあり得るので,理由を言語化するのに時間がかかったりする。だが,これは非常に重要なプロセスだという。
(4)評価軸を決定
ステップ(3)を行うなかで,チーム内部で自然に「何が『良い』ことだとチームメンバーが考えているのか」が共有される。
そのうえで,プロジェクトの要件と照らし合わせて,アイデアを評価するにはどんな評価軸を準備する必要があるのかを話し合って決める。
例えばゲームのタイトルを決めるということなら,ゲームタイトルの要件は
- 分かりやすい
- インパクトがある
- 呼びやすい
といった点がピックアップされる。
これがゲームコンテストに出展するゲームを作るということなら,
- 面白そう
- インパクトがある
- 技術的チャレンジがある
といった形になるだろう。
この評価軸の決定が,「この方式のもっとも難しいところ」と中村准教授は指摘する。また,このパートはプロデューサーが先に「今回の評価軸はこれ」と決めてしまってもよいという。
(5)評価軸にそって機械的評価
この段階ではもう話し合いは行わず,機械的な投票を行う。
それぞれのアイデアごとに,評価軸それぞれについて,「評価できる」なら挙手で表明し,挙手した人の数を記録する。
(6)アイデアの改良改善
この段階ではまだ,評価の数値は不揃いなことが多い。例えば上の「ゲームのタイトル」案件を6人チームで決めるなら,「わかりやすい:5」「インパクトがある:1」「呼びやすい:6」といった,項目ごとに上下幅が大きくなりがちだ(もちろんいきなり全項目満点ということもあり得るが,普通はまずないという)。
そこで,高得点をとっている複数のアイデアを並べてみて,それらのアイデアが「どの評価軸が強いのか」を参照しつつ,それぞれ足したり引いたりすることでアイデアを改良していく。
そして,改良された各種のアイデアで(5)を行い,再び(6)を行う。これを繰り返すことで,理想としては,「すべての評価軸において満点が出る」アイデアが出てくるまでブラッシュアップを繰り返す。
実績のある手法として
この手法の特徴として,中村准教授は2つのポイントを提示した。
- メンバーの合意でアイデアを決定することで,チームの力を活かせる
- 「アイデアを候補から選出する」のではなく,「要件を満たす新しいアイデアを生み出す」ことを目的にできる(後者のほうがより合理的なゴールだ)
もちろん,この方法にもメリットとデメリットがある。
メリットは「チームで価値観を共有できる」うえに,「チームの結束力を高められる」ということ。デメリットは「8人以上になると全員の合意が取れることはまずない」ということだ。この手法は,あくまで少人数のチームにおいてのみ有効というわけだ。
中村准教授によればこの手法は,「学生チームや即席チームがときおり陥る,『リーダーがリーダーシップを発揮できていない』という状況でも有効」とのこと。
今回発表されたアイデア絞り込みの方式は,机上の空論ではない。中村准教授がもじぴったんの中村Pだった時代にそのプロトタイプが作られており,「もじぴったんDS」のおまけゲームのアイデアを絞り込む際に使ったという。
また,東京ゲームショウで行列ができた学生創作ゲーム「アオモリズム」もまた,タイトル決定にあたってこの方式が利用されている。
なお注意事項として,評価軸の決定にあたっては「万能の評価軸セットはない」だけでなく,「評価軸に優先順位がある」ことが指摘された。
例えば「もじぴったんDS」のおまけモードのアイデア出しにおいては
(1)楽しそう
(2)知的好奇心がくすぐられる
(3)短時間でプレイできる
(4)ニンテンドーDSらしい
(5)技術的難度が低い(開発が簡単)
(6)開発期間が短い
という評価軸が定義されたが,これは,上のほうが優先度が高い評価軸になる。このため「1〜4の評価が高ければ,5と6は『頑張って作る』という解決を選ぶこともある」と中村准教授は語っていた。
この絞り込み方法のマニュアルは,CEDiL(CEDEC Digital Library)でも公開されるという。講演のモットーとして,「すぐに持ち帰って使える手法の公開」を掲げる中村准教授らしい,文字どおり,明日から使えるノウハウだ。
言うまでもないが,本講演で提示された手法は「絶対の正解」ではない。だが,小規模なチームでのゲーム開発(とくにインディーズゲームの開発)ではこの方法がかなり有益に機能するであろうことは想像できる。TGSで公開される神奈川工科大学の独創的ゲームの数々は,十分に実績と呼ぶにふさわしいだろう。
もっとも,筆者としては1つだけ,本方式には問題があるように思える。それは「方式が命名されていない」ということだ。これは何もこの記事を書くにあたってそこに一番苦労したというだけではなく,「メソッドには名前をつけたほうが良い」(命名しないと,あとから別の人が「新発明」として世に問うことも珍しくない)という論点もある。中村准教授にはぜひ,本方式に名前を付けてほしいと願うばかりだ。
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