レビュー
「ハーツ オブ アイアンIII」と「アーセナル オブ デモクラシー」今遊ぶなら,どっち?
アーセナル オブ デモクラシー
【完全日本語版】
6月25日にサイバーフロントから発売された「アーセナル オブ デモクラシー【完全日本語版】」(以下,AoD)は,第二次世界大戦をまるごと扱った人気ストラテジーゲーム「ハーツ オブ アイアンIIドゥームズデイ アルマゲドン」(以下,HoI2DDA)をBL-Logicが改造・拡張して制作した,「Arsenal of Democracy」の日本語版だ。いわば有志が開発した超巨大なMOD(MODについては後述)を,本家Paradox Interactiveが販売するものと思ってもらっていい。
HoIシリーズは,現在では「ハーツ オブ アイアンIII」(およびその拡張パック「Semper Fi」)が最新作となるが,AoDはあくまでも「2」の延長線上に存在する作品だ。インタフェースやゲームシステムの根幹はHoI2であり,HoI3のラインとは関係がない。
AoDは単体で動作するので,HoI2シリーズを持っていなくても問題はない。また,HoI2DDAをプレイしてきた人にとって最も重要な情報だと思うので先に書いておくが,HoI2DDAに対応したMODを,AoDではすべて利用可能だ。
「ハーツ オブ アイアンIIドゥームズデイ アルマゲドン」の
スタンドアロン拡張版として
AoDは,基本的にはHoI2DDAの拡張版である。
プレイヤーは国家を指導する絶対の独裁者となって,軍隊の生産から運営,政治や外交の切り盛り,戦争経済の安定など,「第二次世界大戦」が持っていた,あらゆる要素を扱うことになる。期間は1936年から1964年まで。
プレイ国家としては「当時存在したほぼすべての“国”および“勢力”」が選択可能で,日独米英ソといったメジャーな勢力はもちろん,フランスやイタリア,果てはチベットやハイチといった国までプレイ可能だ(どれくらい活躍できるかは,自ずから別の議論となる)。
ゲーム内容は非常に緻密で,それはゲーム内部の最小時間単位が1時間であることにも現れている。ゲームはRTS的にリアルタイムで世界同時進行するが,時間の進む速度は自由に変更できるし,任意にポーズも可能なので,反射神経は必要とされない。
一方,大幅な省略がなされている部分も多く,例えば「兵器」に関して言えば,「同程度の研究によって完成した兵器は,どの国で生産されようが同じスペックである」と割り切られる。
そして,これと対を成すように「ドクトリン」という概念が存在しており,兵器がどれくらい効率良く運用可能かは,このドクトリンの研究度合い(および,どのようなドクトリンを選択しているか)に依存する。
こういった大胆な省略と,そうやって簡易化されたギミック相互のコンビネーションがHoI2シリーズの醍醐味であり,また,いわゆる「パラドゲー」(Paradoxが作る歴史ストラテジーゲーム)の魅力でもある。
歴史上の事件がイベントとして随時発生するのも特徴で,例えばドイツであれば「ラインラント進駐」「モロトフ=リッペントロップ協定」「三国同盟」,ソビエトであれば「冬戦争」「大粛清」といったイベントが用意されている。
これらのイベントは,ただ発生するだけではなく,プレイヤーに選択肢が用意されていることが多く,「三国同盟でイタリアをハブる」「大粛清をしない」といった,歴史のifを楽しむことも可能だ。
AoDのゲームシステムはHoI2を基盤としており,各種要素の自動化やゲームギミックの追加は行われているが,ゲームとしてはあくまでHoI2だ。このため,HoI2シリーズをプレイした経験のある人であれば(とくにHoI2DDAまでプレイしてきたなら),チュートリアルを選択する必要はない。
HoI2DDAをさらに拡張しただけあり,AoDはきわめて膨大なゲームである。そしてこれはAoDにとって最大の弱点であると言えるだろう――正直,AoDはストラテジーゲーム初心者はもちろん,HoI2を一度もプレイしたことのない人が遊ぶには,相当にハードルが高い。
とはいえ,これはAoDの数少ない顕著な弱点と言ってもいい。本稿末尾に「AoDで初めてパラドゲーに触れる人」向けの簡単なコラムを付しておくので,興味のある方はそちらを読んでみてほしい(あるいはHoI2およびHoI2 Doomsdayをベースとしたリプレイ集を4Gamerで過去に連載していたので,そちらを参照していただくのも良いだろう)。
「ハーツ オブ アイアンIIドゥームズデイ アルマゲドン」と
「アーセナル オブ デモクラシー」の違い
さて,HoI2DDAを遊んできたプレイヤーにとって,最も気になるのは「AoDで何がどう変わったか」であろう。当然ながら,データが変わったりグラフィックスが変わったりしている程度の変更では,ない(その程度ならMODで十分だ)。
以下,個人的に「これは大きい」と感じた変更点を箇条書きしてみる。
・高解像度に対応した
いきなりゲーム性と関係ない話だが,これはとてもとても大きい。実際にどれくらい偉大かは,画面写真の比較でご確認いただきたい。無理やり高解像度化するMODは以前から存在していたのだが,何かと不安定だった。ちなみにウィンドウモードにも正式に対応している。
左が従来の解像度,右が1600×1200ドット。1画面に入る情報量の差は絶大だ | |
ある程度までユニットを正確に操作できるレベルで,ベルリンからモスクワまでが1画面に入る。概況ぐらいなら,世界の主戦場のほぼすべてが見渡せる |
・補給システムがリアリティを増した
補給そのものに大胆なメスが入っているのだが,最も分かりやすいのは「ユニット単位で補給が運搬されるようになった」ことだろう。HoI3の補給と同様,AoDではユニットが最大30日の物資を持って移動しているので,地図上で包囲されたからといって即補給切れということにはならない。
・プロヴィンスの設備修復にICが必要になった
従来は時間とともに回復していたプロヴィンス設備の修復に,事実上ICが必要になった(自然回復もするが,非常に遅い)。このため,戦略爆撃でインフラや空海軍の基地を破壊することによって敵国のICを拘束できるし,焦土戦術(AoDでの新機能)を取られるとインフラや生産設備の復旧に膨大なICが必要となる。いわゆる「占領地は儲からない」が,理念的には実装された。
ICに応じて研究ラインがどんどん増える。ドイツくらいの技術大国だと,海軍を全部捨てると1940年くらいには1943年級の技術しか残らなくなる。が,研究に必要な時間そのものも伸びているようだ。
・AIが賢くなった?
以前よりは賢くなった――と思う。少なくとも生産パターンについては,かなり優秀になった。制空権の確保は難しくなり,陸軍にしても,あまり舐めた計画で構築していると勝てるはずの戦争で大苦戦することになる。
部隊のマニューバについては,賢くなっているとは思うが,かねてからの弱点は相変わらず弱点として残されている印象が強い。確かに小細工は弄してくるが,こちらの小細工にもあっさり乗ってくる。
・爆撃が弱体化した
戦術爆撃機および近接航空支援機による爆撃が弱体化している。また航空機の損耗はHoI2DDA並なので,「戦線を膠着させたあとは一点攻撃と爆撃の繰り返しでやがて全戦線崩壊」といった状況は期待しないほうが無難だ。
・戦車が非常に強くなった
・諜報システムが一新
インタフェースが大幅に改善されたほか,「パルチザン支援だけしてれば世界が崩壊する」ことはなくなった模様。
「ハーツ オブ アイアンIII」と
「アーセナル オブ デモクラシー」どっちがいいの?
さて,もしかしたら読者の中には「HoI3はプレイしたけどHoI2は未プレイ」という方もいるかもしれない(いるんだろうか?)。また,両方ともプレイしたことのない方も圧倒的多数として存在していると思う。
となると,ここで気になるのは当然ながら「HoI3とAoD,今ならどっちを買うのがいいの?」ということだろう。古式ゆかしいマニアであれば「迷ったら全部」がセオリーだが,このご時世でそんなことをしていたら,何回熱海旅行をしなくてはならないか分からない。
とはいえ,ありがちな回答で申し訳ないが,「こちらがベター」と一概に決定するのもまた難しい。というのも,HoI3とAoDは,ともに「第二次世界大戦をテーマとして,国家のすべてを操作する戦略級ストラテジーゲーム」だが,ゲームとしてはほぼ別ものだからだ。
それぞれの特徴を簡単にまとめると,以下のようになる。
【ハーツ オブ アイアンIII】
■利点および特徴:
・戦線の細かな運営より,どういう編成/指揮系統の軍を構成し,それをどの戦線で運用するかのほうが重要
・補給や人的資源の管理が非常にリアル
・自動化可能な範囲が広い(ほぼすべてを自動化可能)
・ゲームが強制終了することはあまりない
・ユーザーインタフェースはだいぶ改善されている
■弱点:
・プレイには,ある程度まで高機能なグラフィックス環境が必要
・ゲームとしてまだまだ発展途上であり,追加拡張パックがあと二つくらい出ても不思議ではない
・MODの種類がそれほど多くない
・現状では戦線に近い小国には生存権がほとんどない
【アーセナル オブ デモクラシー】
■利点および特徴:
・戦線のマイクロマネージメントが極めて重要かつ面白い
・ゲームの完成度は高く,「これがあったらなあ」「これができたらなあ」は,ほぼ間違いなく存在/可能
・MODが豊富なので,データ・シナリオ・グラフィックス上の不満があっても,だいたいはMODで解決できる
・PCのグラフィックス能力は低くてもよい
■弱点:
・ゲームが不正に強制終了し,深夜に妙な悲鳴を上げてしまうことがある(オートセーブはゲーム内時間1か月がほぼ絶対のお約束)。そんなに頻繁に落ちるわけではないが,落ちるときは落ちる
・HoI3の自動化を知ってしまうと,「これも自動化できて良くないか?」と思う機能がまだまだ多い
・感覚的にはHoI3より動作が重く,CPUパワーを上げてもあまり改善しないが,一定以上にはパワーのあるCPUでないとゲームの進行速度が悲惨なことになる
・どうせ読まないとはいえ,マニュアルが絶望的に読みにくい
荒っぽく言えば,「戦争時の国家を高い視点で経営する」のがHoI3で,「戦争時の軍隊を操りつつ,それを国家全体でサポートする」のがAoDだと分類できるだろうか。そしてそのことは,別の論点を惹起する。
MOD文化とゲームの熟成
「MOD」(Modification)とは,ユーザーが制作した,一種の改造プログラムである。
「改造」と言うと,すぐに「不正」の二文字を連結したくなるかもしれないが,MOD制作の利便性を重視したり,あるいはMOD制作のための専用のツール(SDK)を無料配布したりするデベロッパも多い。MODで最も有名なのは,最近オンライン版も運営されている「カウンターストライク」で,これはもともと「ハーフライフ」のMODだった。
このため,やろうと思えば相当に詳細なイベントを作りこんでいくことが可能だし,思い切った歴史ifものを一から作ることも,大変ではあるが不可能ではない。なかにはかなり踏み込んだところまでイジってある巨大MODも存在していて,一定の人気を博している。
もともとParadox Entertainmentは,こういったMOD文化に対して,かなり積極的だった。そもParadoxを大きく飛躍させることになった「ヨーロッパ・ユニバーサリスII」(EU2)の誕生は,その一つ前の作品である「ヨーロッパ・ユニバーサリス」に大量のファンMODが生まれたことに端を発しており,またEU2では公式パッチとしてMODを採用することすらあった。
Paradoxは2008年に,EU2の原型となる「Europeエンジン」を公開しており(関連記事),AoDはその成果の一つとなる。EU2の有志改造・拡張作品であり,まもなく完全日本語版が発売される「フォー ザ グローリー」(FtG)も同様だ。これは,言ってみればParadoxが「既存のゲームの熟成は,ユーザー側からの努力に大いに期待する」宣言をしたと言ってもいい。
Paradoxの,この一種のUGC(User Generated Contents)との一体化方針は最新作にも表れていて,HoI3ではクローズドβテストと称して,ユーザーからヒストリカル・リサーチなどを広く受け入れていた。
ゲームを熟成させていくには,膨大な手間(つまりコスト)がかかる。しかしその成果は,パッチとして無償で配布されるか,せいぜい安価な拡張パックとして販売されるのが一般的だ。
デベロッパは,企業として動く限り,ブログにたった1文字を書くことにすら人件費が発生してしまうわけで,ここにおいて究極の無料兵器である「愛情」と「熱意」をもとに力を発揮するファンの活動には,どうやっても一歩二歩と遅れざるを得ない。
Paradoxの決断は,「ならばその愛情と熱意こそを財産とすべきだ」という発想の転換である。そして,それをより高いレベルで結実させ得るシステムとして,Europeエンジンの配布と,その成果物の販売という筋道を立てたと見ることは可能だろう。同様の傾向は,Source Engine(Valve)やUnreal Engine(Epic Games)にも見られる。
では,ゲームの熟成に対しユーザーと事実上の共生をすることにしたParadoxは,デベロッパとして何をするのか? その答えが,「ヨーロッパ・ユニバーサリス III」(EU3)であり,HoI3であったと思う。
FtGのような作品がEU3に,あるいはAoDのような作品がHoI3になる可能性は,十分にあり得た。むしろ世のストラテジーゲームの続編には,そういう作品がしばしば見受けられる。
だがParadoxはそれを良しとせず,ゲームをゼロから創り上げることこそがデベロッパの仕事であるとして,その結果EU3やHoI3が生まれたのではないか――FtGもAoDも素晴らしい作品だが,それを「Paradoxが創る」必要はないのだ。この,「新しいゲームを作ること」と「ゲームを熟成させること」の分業体制という発想は,効率的だし,今後にも大いに期待できる体制だと思う。
もっとも,難しい部分がゼロかといえばそうではないし,そこまで低コストの方法でもないだろう。愛情と熱意というのは,とかく暴走しやすいので。
歴史に対するフェティッシュな楽しみ
AoDは,ゲームとしては申し分なく面白い。ここからスタートするとなると,いささかハードルが高いが,HoI2というゲームの持っている底力を存分に楽しめる作品だといえるだろう。繰り返しになってしまうが,HoI2のMOD資産を継承できるというのも嬉しい。
ただ,「もうHoI2はたっぷり遊んだからなあ」と思う人であれば,AoDよりもHoI3をお勧めしたい。HoI3を遊んでいる(あるいはHoI2から3へ移行する)とつい忘れてしまうそうになるが,HoI2とHoI3は驚くほど別のゲームだ。AoDは良くできた作品だが,ゲームとしてはHoI2である。
ともあれ,歴史や戦争そのものが持つ固有名詞部分へのこだわり(いわゆるフェティッシュな楽しみ)は,HoI2から強化されて引き継がれている。20世紀中葉の歴史が好きであれば,問答無用で時間を忘れてハマれるゲームだ――が,朝日に向かって奇声を発しないためにも,「オートセーブは1か月,セーブはこまめに」これをお忘れなく!
【おまけコラム】AoD初心者はここからスタート
AoDは膨大なゲームだ。なので初心者はまず,その膨大さを自主的に減らしてプレイしてみよう。
最初のお勧めはソビエトだ。「おいおいなんで日本じゃないんだ」と思うかもしれないが,日本は陸軍と海軍と空軍のすべてを駆使する必要があり,なおかつ陸戦はすべて海外で発生し,しかも戦争が始まるのがどの国より(イタリアとエチオピアを除く)早く,下手するとAoD最大最強のラスボス・アメリカと正面衝突する。ゲームシステムを完全に理解してから挑むほうが無難だろう。
この点,ソビエトにはいくつかの利点がある。
・陸軍のことしか考えなくてよい
空軍も欲しいには違いないが,なくてもなんとかなる。海軍? なんですかそれは? 美味しいんですか?
・戦闘正面が1方向
ドイツに勝てるかどうか以外,ソビエトに論点はない。ドイツは勝手にこっちを殴ってくるので,宣戦布告の方法を知らなくても問題ない。
・豊かな国力と人的資源
工業力が高く,天然資源も豊富,人口も使い切れないほどいる。複雑な資源外交をしたり,残り兵役人口とにらめっこしたりしながら戦力のバランスを考えたりする必要が一切ない。
ちなみに次点はアメリカで,こちらは国家が滅ぶ心配が絶無なのが魅力だ。ただし戦争はすべて海外で発生するので,陸軍を船に乗せて運ぶ・海を越えて補給線を引くという操作を覚えておく必要がある。また,早々に英国艦隊に叩きのめされる独伊海軍と異なり,太平洋を渡るには日本海軍をなんとかしなくてはならない。
さて,その上で,いくつか心得を。
・「生産」と「技術」タブ以外は見ない
生産では軍隊を作り,技術では兵器やその運用技術を研究する。生産では歩兵と戦車を作り(戦車は非常に重要だ),技術ではその双方の技術・陸軍ドクトリン・産業関係の技術を研究する。
・部隊の命脈は「指揮統制値」
HoI2シリーズでは,部隊は死傷者によって戦闘力を失うより早く,士気が崩壊して撤退を始める。部隊に表示されるオレンジと緑のバーのうち,緑が指揮統制値。これが高くないと,データ上では強力な部隊であってもすぐ撤退してしまう。
・最低でも部隊を合流/分割させる方法だけは把握しておく
マニュアルの98ページ,「戦闘集団の選択と編成」は読んでおくと無難。一応チュートリアルもプレイしておきたい。あまり役にたたないが。
お勧めは3個師団(ユニット3つ)で1部隊にしておくことだ。指揮官は中将以上にしておくこと(少将しかいないなら昇進させる)。
・国が滅んでも泣かない
最重要。このゲームは死んで覚えるゲームであり,3〜4回ほど国土が吹っ飛ぶころには,だいぶいろいろなことが飲み込めるハズ。
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