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世界はルールで出来ている。「放課後ライトノベル」第38回は『それがるうるの支配魔術』で書き換えられた“ルール”を見つけ出せ
ゲームといえば,お家の中ではPlayStation 3にXbox 360にWii。お外に出れば,PSPで皆で仲良くモンハンができるし,最近ではニンテンドー3DSも発売された。またコンシューマばかりではなく,PCのスペックも回線速度もグングン上がっているこのご時世なら,わざわざ自作で一から作ったりしなくてもPCゲームを簡単にプレイすることができるし,オンラインゲームもストレスなしで楽しめる。
こんなふうに,家にいても,旅行中でも,通勤通学途中でも,どこにいても誰とでもゲームが楽しめる良い時代になったものだが,たまにはアナログゲームに目を向けてみるのはいかがだろう。画質が向上したり,3D映像に対応したり,遠方の人間とプレイできたりと,進化を続けるコンピュータゲームの世界ではあるが,知人と顔をつきあわせてやるアナログゲームも,これはこれで味わい深かったりするものだ。最近では4GamerでもTRPGの古典中の古典「ダンジョンズ&ドラゴンズ」が特集されているしね。
そういったわけで,今回の「放課後ライトノベル」で紹介するのは,作者が生粋のアナログゲーマーなことでも有名な,『それがるうるの支配魔術(イレギュラー)』だ。
『それがるうるの支配魔術(イレギュラー) Game1:ルールズ・ルール』 著者:土屋つかさ イラストレーター:さくらねこ 出版社/レーベル:角川書店/角川スニーカー文庫 価格:650円(税込) ISBN:978-4-04-474009-2-C0193 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●覚えておきたい,物語の“ルール”
本作の大きな特徴となっているのが,《理操魔術》と呼ばれる魔術の存在である。これは,読んで字のごとく世界の《理(ことわり)》を操る能力のこと。具体的に説明すると,例えば「水は宙に浮くものである」という内容に《理》を書き換えた場合,その場にある水はぷかぷかと浮かび上がる。
それだけだったら,さまざまなフィクションに登場する魔法と変わらないのだが,《理操魔術》の凄いところは,実際に物に影響を与えるだけではなく,周りの人間の認識まですり替えてしまうという点だ。
先ほど挙げた「水は宙に浮くものである」という《理》であれば,周囲の人間は水が浮いていても何も不思議に思わず,それが当たり前であると認識してしまう。つまり,魔術がかけられていることに気づかないのだ。
しかし,その例外にいるのが,本作の主人公である犬海丸(いぬかいたまき)。彼だけはなぜか魔術で認識がすり替えられることはない。
そんな彼は高校の入学式で,一人の少女が空中を軽々と飛び跳ねている場面に出くわす。しかし,彼女の魔術はタマキが口にした「《人間の身体には相応の体重ってものがある》」という一言で破られてしまう。
空中から落ちる少女を間一髪で受け止めたタマキ。それが彼と“世界災厄の魔女”水那斗(みなと)るうるの出会いだった。
●張りめぐらされたルールを捜せ!
アナログゲームが大好きなるうるは,物語の中でタマキに対してあるゲームを持ちかける。それが「Rule’s rule」だ。
このゲームのルールは三つ。
ルール1・解答者は,出題者が作った《ルール》を当てる。
ルール2・解答者を除く全員は,その《ルール》通りに行動する。
ルール3・解答者は,《ルール》そのものについての質問が許されない。
例えば,パーティーで出題者が「グラスを左手で持つ」というルールを設定した場合,解答者以外の人間はそれに合わせて,グラスを左手で持たなければならず,解答者は彼らの言葉や動きを観察して,そこに隠された「ルール」を看破しなければならない。
単純なゲームだが,本作に出てくる《理操魔術》と,この「Rule’s rule」のルールは大変似ている。ただし《理操魔術》の場合は,その場に何らかの《理》が設定されていても,周りの人間が“それを当たり前に感じて行動してしまう”という点が「Rule’s rule」との大きな違いだ。そして,その《理》に気づけるのは,魔術を無効化し,いつもの日常との差異を感じ取れるタマキだけなのだ。
そうした《理》の中には,水や人が宙に浮かぶといった,おかしな点に気づきやすいものもあるが,ストーカーがターゲットの女の子の家に仕掛けた《理》や,いくら歩いても続いていく廊下など,一筋縄ではいかない《理》も登場する。そして,《理操魔術》によって書き換えられた《理》を,タマキの視点から読者がどのように発見するかというのが,本作の最大の注目ポイントだ。
作中で巧妙に仕掛けられている《理操魔術》は,漠然と読んでいるだけではなかなか気づけず,細かい描写の中から,違和感やおかしな点を見つけ出さなければならない。しかし小説は,ゲームやアニメとは違って自分のペースで楽しめるメディアだ。先が気になって,ついついページをめくってしまうような作品も楽しいが,本作のように,じっくりと文章を読み込んで楽しめるのも小説というメディアの醍醐味だろう。
●るうる可愛いよるうる
そして本作を語るうえで忘れてはならないのが,ヒロインである水那斗るうるの可愛さである。自分の《理操魔術》をタマキが破れると知った直後に,「パートナーとして相応しいかどうか見極める」という理由で,タマキのクラスに編入してきたり,手作りのお弁当を持参して,「あーん」ってやってきたりするんだぜ。最高じゃないの!
また,「欧州文化研究会」という名前だけは仰々しいけど,実際にはさまざまなアナログゲームをやるだけの部活に入ってるというのもポイントが高い。普段は口数が少ないのに,ゲームの説明をするときだけは,急に活き活きするというのもいいね。ああ,俺も女の子と放課後に部室でアナログゲームをするような青春が送りたかった……。
さらにるうる以外にも,るうるの友人である御剣言乃(みつるぎことの)や,今回は出番が少なかったが,「理解不能る」「超絶軽蔑る」など,変な喋り方をするタマキの従姉妹の神宮晶(じんぐうあきら)など,魅力的なキャラクターも多い。ストーリーに目を向けると,るうるとタマキの過去や,過去に起こった事件など,興味深い伏線が散りばめられており,今後の展開が気になるところだ。
何はともあれ,魔術という題材を扱っているものの,そこで書かれる世界はいたって論理的で,読者に対してフェアに開かれている。興味を持った人は,ぜひ本作を手に取って,作品の中で展開される“ルール”を見極めてほしい。
■魔術師じゃなくても分かる,土屋つかさ作品
土屋つかさは第12回スニーカー大賞奨励賞を受賞し,2008年に『放課後の魔術師(メイガス)』でデビュー。こちらの作品には,「論理魔術」と呼ばれる魔術が登場する。また,『それがるうるの支配魔術』では,視点がほぼタマキ一人に集中しているのに対し,『放課後の魔術師』ではさまざまな人物に視点が割り振られており,群像劇となっているのが特徴的。
『サマーウォーズ クライシス・オブ・OZ』(著者:土屋つかさ,イラスト:杉基イクラ,原作:細田守/角川スニーカー文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
だが,ここで注目したいのは,どちらの作品でも見ることができる,作者のアナログゲームへの愛だ。『それがるうるの支配魔術』では,「Rule’s rule」というゲームが登場したが,『放課後の魔術師』でも,さまざまなカードゲームやボードゲームが登場している。
また2010年には,人気映画「サマーウォーズ」のノベライズ,『サマーウォーズ クライシス・オブ・OZ』を手がけている。ノベライズといっても,ストーリー自体はオリジナルで,映画のメインキャラクターの一人,キングカズマこと池沢佳主馬を主人公に,映画本編の3か月前に起こった出来事を描いている。
また映画「サマーウォーズ」では,日本のアナログゲームを代表する花札が印象的だったが,小説版ではサイコロを使った「ミリオンダイス」というゲームが重要な役割を果たしている。
このように,さまざまなアナログゲームを作中で紹介し,場合によってはキーアイテムとして取り扱うのが,土屋つかさ作品の最大の特徴と言ってもいいだろう。アナログゲームでの経験が活かされているのか,設定や伏線がしっかり作りこまれているのも素晴らしい。
作中に登場するゲームはきちんとルールが説明されているので,事前知識がなくても十分楽しめるのだが,実際にプレイしてみれば,より作品への愛着が増すことは間違いなし。本書を読んだあとは,友人を集めて,作中に出てくるゲームをやってみるのも良いだろう。
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