連載
本好きのための物語。「放課後ライトノベル」第66回は『ビブリア古書堂の事件手帖』で古書にまつわる秘密を覗いてみませんか?
2011年10月現在,ライトノベルの刊行点数は,主要な少年向けレーベルだけで月70冊を超える。少女向けや,こまごまとした「ライトノベルらしき」作品を含めると,その数はゆうに100以上。よほど腰を据えて読んでいかないと,ちょっと網羅できる数ではない。こんな連載をやっている以上,その境地に達したいと常々思ってはいるのだが,なかなかそうもいかず,なにが言いたいかというと,これでも毎週結構ひーこら言いながら書いてます。すみません。
ところで新刊を追うだけで手一杯となると,それ以外の本に手を出す余裕は当然なくなるわけで,事実ここしばらく“新刊以外の本”を読んだ記憶がない。古本などは言わずもがな。つい先日,神保町(東京の有名な古書店街)で開かれていた「神田古本まつり」に足を運んでみたのだが,「ここはてめえのような小僧が来るところじゃねえ……帰りな……」と言われている気がして,すごすごと引き返したものである(※実際の古本まつりは古本好きにはたまらないイベントだと思います)。
しかしそんな自分でも,「たまには古本を読んでみるか」という気持ちにさせられたのが,今,大きなヒットで話題を呼んでいる『ビブリア古書堂の事件手帖』だ。今回の「放課後ライトノベル」では,先日待望の第2巻が刊行された同作を紹介する。読者の皆さんもぜひ一度,この本を通じて,筆者と一緒にめくるめく古書の世界を覗いてみてほしい。
……え? 栞子さんに萌えただけだろうって? ハハハ,そんなバカな。
『ビブリア古書堂の事件手帖2 〜栞子さんと謎めく日常〜』 著者:三上延 イラストレーター:越島はぐ 出版社/レーベル:アスキー・メディアワークス/メディアワークス文庫 価格:557円(税込) ISBN:978-4-04-870824-1 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●ある夏の日,青年は美しき古書堂店主と出会う
北鎌倉の線路沿いにある,年季の入った店構えの古書店。「ビブリア古書堂」と号されたその一軒の店が,物語の舞台となる。
就職予定先が倒産し,目下就活中の23歳,五浦大輔(ごうらだいすけ)には,「本が読めない」という体質があった。活字ばかりの本を読もうとすると,動悸がしてきて,どうしても先を読み進めることができないのだ。
あるとき,1年前に亡くなった彼の祖母の遺品から,1冊に著者の名でサインが入った『漱石全集』が見つかる。値打ちものでは,と考えた母の頼みで,大輔はその本に挟まっていた値札に書かれていた「ビブリア古書堂」を訪れる。彼自身,店の近くの高校に通っていたこともあって,店のことは印象に残っていた。
いざ訪れてみると,店主は怪我で入院中。それならばと向かった病院で大輔が出会ったのが,ビブリア古書堂の若く美しい店主――篠川栞子(しのかわしおりこ)だった。彼女は本を受け取るや否や,たちどころにサインが偽物であると看破し,それどころか,大輔から本にまつわる祖母の話を聞いただけで,家族の誰も知らなかった祖母の秘密を見抜いてしまう。
「事件」が終わり,栞子は大輔に,うちで働かないかと提案する。大輔は彼女の洞察力に驚きつつも,本への興味から,彼女の提案を受け入れる。
かくして,本が読めない青年と,本の虫である古書店主,そして奇妙な客人たちによる,謎に満ちた日常が幕を開けた――。
●そこに古書があるならば。冴えわたる,栞子の推理
晴れてビブリア古書堂の店員となった大輔だったが,日々の業務を営むあいだに,しばしば変わった客や,古書にまつわる妙な事件に遭遇する。そのたびに大輔は,店主である入院中の栞子のところに足を運ぶのだが,栞子はそのことごとくを,大輔から話を聞くだけで解決してしまう。
自らは事件現場に赴かず,伝聞や基本的な情報だけで真相を見抜く探偵のことを,ミステリでは「安楽椅子探偵」と呼ぶが,古書のこととなると人間離れした洞察力を発揮する栞子も,そんな安楽椅子探偵の一人と言えるだろう。そしてこの,謎解きに古書が絡むというのが,数ある安楽椅子探偵ものと一線を画す,本作ならではのエッセンスである。
古書というものは,決してただの本ではない。もとは大量生産され,全国どこでも買える本であっても,ひとたび人の手に渡り,持ち主と人生を共にすることによって,「製品」である頃には持ち得なかった,さまざまな物語を宿すようになる。それは表だっては,本への書き込みといった形で現れてくるのだが,栞子の「推理」はまさに,そうした古本に宿る物語を,そっと目覚めさせる行為であると言えるだろう。それらは幸福であることもあれば,時にほろ苦くもある。
一方で,流通数が少なかったり,のちの大作家の無名時代に書かれたりした作品が後年になって途方もない価値を持つようになることもある。コレクターのみならず,一般人でも目の色を変えるほどの価値を持つ古書。本作で描かれる「事件」の中には,それが発端となって起きるものもあるが,それもまた「古書だからこそ」の物語と言えるだろう。
本作には実在の書籍が多数登場するが,それらは単なる小道具の一つではなく,それぞれの本の内容もストーリーや謎解きに深く関わってくる。古書が謎を呼び,本に隠された真実が栞子によって解き明かされることで,そこに込められた想いが人から人へとつながっていく……本作はミステリであると同時に,古書への愛に満ちた,古書好きのための作品なのだ。
●明かされる過去。栞子の背負う呪いを,大輔は断ち切れるのか
だが「推理」の驚きも,探偵役が魅力的でなければ半減してしまうというもの。本作はその点も抜かりない。普段は内気で人見知り,口にする言葉もたどたどしいが,本のこととなると途端に饒舌になり,放っておくといつまでも楽しそうにしゃべり続ける。外見は眼鏡に長く下ろした黒髪と,古式ゆかしい文学少女の姿を踏襲し,嬉しいことがあると,無意識に口笛を吹いてしまう(ただし下手)。こうした栞子の人柄が,本作の魅力の一つであることは間違いない。
第2巻ではそんな栞子の,これまで謎だった過去の一端が明かされる。時として恐ろしささえ感じさせる栞子の洞察力――その秘密は,彼女の母にあった。2巻で起こるある出来事を通じて,大輔は栞子が母親に感じている複雑すぎる思いを知ってしまう。そしてそのことが,共に時間を過ごすことで徐々に近づきつつあった大輔と栞子の距離を再び引き離すことに……。
栞子とその母が追い求めてやまない,古書の魅力。だがそれも,行き過ぎると呪いへと変わってしまう。その呪いを解消できるのはきっと,本を読むことができない大輔だけ。栞子が語る,興味深くも延々と続く本の話にいつまでも付き合うように,大輔が少しずつでも,栞子にかけられた呪いを解いていってくれることを祈りたい。
1巻で物語を彩った脇役たちも引き続き登場し,ますます目が離せなくなっている『ビブリア古書堂の事件手帖』。古書好きならずとも,一度は手に取ってほしい一作だ。
■古書マニアじゃなくても分かる,「本」にまつわるライトノベル
本を読む人=本好きと考えると,「本」がキーアイテムになっている作品は,それだけで読者の心を掴みやすいといっても過言ではないだろう。今回のコラムは,そんな「本」に縁のあるライトノベルをご紹介。
『ダンタリアンの書架』(著者:三雲岳斗,イラスト:Gユウスケ/角川スニーカー文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
まずは本連載の第9回でも紹介した「文学少女」シリーズ。ミステリテイストの物語で,事件を解決するのが大の本好きであるヒロインという設定は『ビブリア古書堂』に通じるものがある。『ビブリア古書堂』はマンガや実用書を含む古書全般,「文学少女」シリーズは基本的に小説という違いはあるものの,実在の本が多数登場するというのも共通している。
続いて紹介する『犬とハサミは使いよう』(著:更伊俊介/ファミ通文庫)の主人公も尋常でない本好き。一度殺され,なぜか犬になって蘇ってもなお本を読もうという姿勢には頭が下がるばかり。やはり本連載の第46回で紹介した『僕と彼女のゲーム戦争』も,主人公は物語開始当初は本ばかり読んでいる少年だった。
最後を締めるのは,アニメ化もされた『ダンタリアンの書架』(著:三雲岳斗/角川スニーカー文庫)。こちらは主人公の祖父が大変な蒐書狂(ビブリオマニア)で,主人公は彼からその蔵書を引き継いだ……という設定。人知を超えた力を持つ“幻書”が鍵となる,幻想的なファンタジー作品だ。
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